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八話 混乱するソーラコア王国

 いや相模(神奈川)。


 相模の下部、ちょうど弧を描いている海沿いのところに日本全国から集まってくる雲は集結していた。そして何たる怪異、集結した雲は一気に赤く染まった。そのさまを見ていた民衆はみな騒然として恐怖した。また不作をもたらす異常気象が起こったのかと思ったのである。しかしそれよりも、これは後々知られたことだが、この後に起こっていたことに人々は驚愕した。その赤い雲が地上へと急速に落下し、その雲が四散したあと、何と安房(千葉)と伊豆(静岡)の脇を過ぎて海に大きく突き出した巨大な大地が出現したのである。

 この現れた大地にある城に彼らはいた。


「いったいどうなった? 救国物召喚は……成功したか?」


 うっすらと目を開くや否や口も開いたテューマー王であった。床に倒れ込んだ彼の側に立っていたジルマが、

「見る限り、何が現れた様子もありませぬな」

 と言った。


 たしかに儀式場には先ほどと何ら変わった様子も見られない。倒れ伏したアプライトや重鎮たちに兵士たち、そしてもちろんすでに立ち上がっている聖女様もいて、なにが減った様子はないが、しかし増えた様子もなかった。


「では失敗かっ?」


 テューマー王が声を上げると、傍から静かな声が挟みこまれた。


「いえ、手応えはありました。成功した……はずです」


 柱の側に立って外の景色を眺める聖女様であった。テューマー王は「しかし……」と再び辺りを見回してから声をかけたが、聖女様は彼に背を向けたまま何やらじっと外を眺めている。

 とりあえず兵士たちに手を借りて立ち上がったテューマー王はジルマに、「どういうことだ?」と聞いた。


「さあ? 成功したと言うのなら、もしやここには現れなかったのかもしれませぬな」


 顎をしごいてジルマが言うと、テューマー王が「よし。では城の中、またその周辺に何か異変がないか兵たち総員で確認せよ」と側の兵たちに命令した。兵たちが走り、やがて城中は捜索の手でひっくり返るような大騒ぎになった。テューマー王たちはそれを待ち、聖女様はその間ずっと外を眺めていたが、しばらくしても何も見つからず、ひとまず儀式場の面々は解散となった。言うまでもなくその後も捜索は続けられた。城中だけでなく、城下町でもなにか異変がないか聞き込みやらが開始された。しかしそれでも何も見つからない。変わったことと聞くと人々は赤い雲が落ちてきたと言うばかりであった。それが四日続いてやはり失敗したのではないか? とテューマー王が思い始めたとき、リィン・マクベスたち五人が帰ってきた。そしてリィン・マクベスは驚倒すべきことを言い出した。


「アスファイヤの外に謎の大地が現れました」

「なに? どういう意味だ?」


 テューマー王は眉をひそめて聞いた。


「我々が王都へと帰る途中、赤い雲が地上へと落下いたしました。それにより意識を失った我々が目を覚まして周囲を見回し、背後を振り返りますと、先ほどまで駆け抜けてきた草原にあり得ざるものを目にしたのです。それは、そこにあるはずのない小さな砂地でございました。しかもそれは内陸にあるはずのない海の匂いのする砂でありました。疑問に思った我らはその砂地を越えて辺りを調査いたしました。その結果、そこは先ほどまで駆けてきた草原と明らかに地形も生えている草も違う土地であったのです。これは間違いなく我らの知らぬ大地が突如あらわれたものとしか考えられませぬ」

「そ、それだっ。それこそ召喚されたものに違いない! だが大地が現れただと?」


 この話を聞いたテューマー王はジルマの下へと急行した。


 何をしているのか、自室にいたジルマは椅子に座っては机の上に置いた水の入った器に顔をつけていた。水に沈んで天下を見るとはおかしな話だが、これは千里を見通す遠望の魔法であった。テューマー王が来たことで水から顔を上げたジルマが、布で顔を拭いつつ彼の話を聞くことでニヤリと笑った。


「やはり。あれから遠望の魔法を使い、今しがたも遠くを見ていたのでござりますが、そのうちに面白いことに気がつきました。陛下、救国物召喚はとんでもない結果をもたらしたようでございますぞ」

「そ、それは?」

「我々ソーラコア王国は全く別の時空に召喚されてしまったようにございます」

「は?」


 テューマー王は呆けた顔をした。途端に慌てて、


「ま、待て待て。何を言うておる。お前はわしの話を聞いておったか。もう一度言う。よいか? 例の救国物召喚、あれによって何と大地が現れたのだ。このことはリィン・マクベスたちが見ている」

「聞いております。しかし言うことは変えませぬ。遠見で知ったことからつらつら案ずるに、それは陛下の思い違いでありましょう。つまりその大地が我らの世界に召喚されたのではなく、我らが時空を越えてその大地のある世界にやってきたのです」


 テューマー王は判断を絶して黙り込んだ。時空を越える、世界がどうのという概念については救国物召喚の説明の際に聞かされて彼も何となくだが解っている。だが自分たちが他の世界にやってきたなどということは到底飲み込めることではない。はっきり言って意味がわからない。

 

 それでも一応ジルマの言ったことを考えて、

「やってきたと言って、そ、それはソーラコア王国ごとか? アスファイヤの大陸ごとか?」

 と細い声で聞いた。


「その通り。そうとしか考えられない。ただ、見てみる限りソーラコア全域ではなく魔族に侵略されたところは削り取られているようでございます。要は魔族たちは来ておらぬようで」


 テューマー王は再び言葉を失った。いったいどうしてそんなことになってしまったのか。原因はわかるがあまりのことにそれを考え進められない。それでも少しして口を開いた。


「そ、そうか……しかし、来ておらぬと言って……いったい我らはどこに来てしまったのだ?」

「それはわかりませぬ。だがとにかく我らは時空を越えた。我々が呼ぶのではなく、我々自身が出向いてしまったのですな」

「何故っ? 何故そんなことになったのだ? 救国物を呼ぶのがあの魔法の効果であろう?」


 ジルマは首を振った。


「わしもこのようなことが起こるとは予想もしなかったので何がしかが召喚されるという言い方をしましたが、正確に申せば国を救う召喚が行われるというのがあの魔法の効果でございましてな。そのために何が召喚されるのかわからぬというのは前に言った通りでございます。……しかし、ははぁ、まさかこうなるとは……ふっふっふ、これは何が来ようとあの魔王は倒せぬ、ということであったのかもしれませぬ。何にせよ、魔族たちの脅威は去った。我々はきゃつらのいない世界にやってきたのです。さてこれからどういたします?」

「…………」


 どうします、と聞かれても答えようがない。人はいるのか、国はあるのか、いったいどういう場所なのか、なにも分からない時空に来てしまうという事態にテューマー王は混迷に陥って空白になった。しかしそれも仕方がないとも言える。国の王として何の情報もない異界の地で何をするのか、即断即決するという無責任はできない。いや、そんな慎重さというよりも、テューマー王は未だに他の時空にやってきたことに実感がないのであった。信じたくないとすら思うのだった。



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