九話 召喚後のソーラコア
ジルマの部屋を出たテューマー王は次に聖女様の下へと自ら足を運んだ。聖女様の居住地は城から伸びる廊下によってのみ中に入ることができる白い塔にある。テューマー王はその廊下に踏み入った。廊下は一切の音がなく静寂としていて、壁も床も天井も純白で窓も飾りも何もない、清浄と言うより幽冥の世界への道のような場所であった。テューマー王はそのまっすぐな廊下を突き当たりまで進むと、そこにある白い扉の横に垂れ下がった白い綱を引いた。これは頑強な扉に隔てられて廊下には聞こえないが、小さな穴を通された綱が塔の中で鈴をけたたましく鳴らし、来訪者を伝えるという仕組みのものだ。ややあって聖女様の塔にいるただ一人の男が扉から優雅な顔をのぞかせた。
「これは陛下。御自らお越しになられるとは」
テューマー王の姿を認めて、すぐに扉を開け放ったのはアプライトであった。彼はそのまま扉の横で、「聖女様へ御用でございますね。どうぞ、こちらへ」とテューマー王を迎え入れた。塔はさすがに中までは真っ白ではなく、生活空間らしく薄茶色で模様の入った壁紙が貼られ、数点の風景画が壁に飾られ、台の上の青い花瓶には白い花が生けてある。ただ、勿論ここは聖女様の私室ではない。ここはいわゆる玄関だ。聖女様の私室はこの天井まで三十メートルばかりの吹き抜けとなっている円状の玄関に取り付けられた螺旋階段を一番上まで上るとある。しかし、アプライトはそこへは案内せず、「こちらへ、こちらへ」と端の方に置かれた小さな椅子と机も通り過ぎて、一階にある部屋へ入った。その一室はいわば応接間であった。テューマー王がそこに置かれていたソファに腰かけるとアプライトは、
「ただいま聖女様をお呼びいたします」
と出ていった。
すかさず侍女が茶を運んできた。しかしテューマー王は侍女が出ていったあとも茶を飲みもせずただ眺めるだけであった。そしてそうしていると、数分ののち聖女様が一人やってきた。
「お待たせいたしました。陛下」
「おお、来たか。聞きたいことがあってここへ来た。まず、座ってくれぃ」
礼をしていた聖女様がこの言葉でテューマー王と対座した。
「お話とは他でもない、救国物召喚のことでございますね」
「そうだ。結果のわからなかった救国物召喚、その召喚されたものが何かわかったのだ。それは大地だ」
「大地」
「そうだ。詳しいことはまだわからぬが、帰城途中の○○たちが発見した。で、ここからが意見をもらいたいところなのだがな。実はこのことを先ほどジルマに話したところ、こんなことを言い出した。それはその大地が召喚されたのではなく、我らソーラコアが世界を……その何と説明すればよいかわしもまとめるのに困るのだが……」
テューマー王が苦笑いしながら言葉をまごつかせる。するとそんな彼を見やる聖女様が、
「その大地が私たちのもとよりの世界へと召喚されたのではなく、私たちがその大地の世界へと召喚された、ということですか?」
と言いだした。
「……なに?」
「そうですか……やはり。それは私もそうではないかと思っておりました」
「やはりっ? やはりとはうぬまでそう申すのか?」
テューマー王は勢い込んで立ち上がった。そうすると一国の王らしく山ののしかかってくるような迫力があるが、興奮するテューマー王に聖女様は怯えるどころかなだめるような深沈とした視線を向けた。
「はい。救国物召喚が行われたあと、吹きゆく風、流れる空気が違うものになったと感じておりました。そしてこれまで感じていた魔王の魔力も感じ取れません。なので心のどこかでそういうこともあると思っておりましたけれど、陛下のお話を聞いて確信いたしました」
テューマー王は黙り込んだ。そして興奮するその脳中に様々なものが吹きめぐった。テューマー王がそのまま彫像のように微動だにせず、何事か考えをめぐらしていると部屋がノックされた。我に返ってソファに座ったテューマー王に促されると扉を開いて中に入ってきたのは侍女であった。彼女の手にはカップを二つ乗せたトレイがある。彼女は先ほどテューマー王に出した茶を交換し、聖女様の前にも茶を置くと部屋を出ていった。出された茶に口をつけた聖女様が静かに言い出した。
「陛下。申し訳ございません」
「……む? 何を謝る」
「私の見解によると最早ソーラコアは異なる世界に来たものとしか思えませんからこう言いますけれど、これから陛下や民の皆は多大な苦労をすることになるでしょう。異界に来てしまったのだからそうなります。救国物召喚をすることで、私は大きな失敗をしてしまったのかもしれません」
「いや、そんなことはない。気に病むな」
むっつりとしていたテューマー王がさすがに慌てて言った。救国物召喚は何が起こるかわからないと説明されていたし、そもそもそれを承知して聖女様にやらせたのは彼だからだ。
「お気づかいありがとうございます。それで、言葉の続きとなりますが――しかし別世界に来たとはいえ、これで長年陛下や皆を悩ませ、私も物心ついてからこれまでの人生全てに至って悩まされた魔族たちの脅威は去りました。それなら、これから苦労はあれど戦乱もなく、皆は平穏に過ごすことができるのでございますよね?」
「……そうだな。そうするのがわしの仕事ではある」
テューマー王のこの言葉に聖女様はにっこりと微笑んだ。それは満足と喜びの笑顔であった。そして、
「では、私の聖女と呼ばれるほどの役目もこれで終わりました。けれど、これから私にも何かできることがあるのなら何なりとお申し付けください。陛下、これから頑張って参りましょう」
と言った。
テューマー王は無言のままにこくりと頷いて、茶に口をつけはじめた。この茶と共にテューマー王はソーラコアが別世界にやってきたということを一応飲み込んだ。救国物召喚の開発をしたジルマと、その実行をした聖女様に言われては納得せざるを得ないことであった。しかし再び幽冥なる真っ白な廊下を通り、現世に帰るように城へ戻ったテューマー王は城の廊下を歩くうちに眉をひそめ、また疑念の残っているような浮かない顔をしはじめた。こうしてこれまでと何ら変わらぬ城中を歩いていると、あの幽妙の白廊下で繋がった塔こそが別世界のようで、話に納得しつつもやはりその実感が湧いてこないのであった。
それから数日――。
実感がないのだからとにかく何かに手をつけよう、とキリキリ舞いしているようでも雲を掴もうとしているようなものだ。テューマー王は何かをしているようでけっきょく実利のあることはほとんどできず、ジルマの遠見や派遣した兵科兵団の情報を待つことになった。
さらに半月ほど経ち、そんな彼にここが異界であるという実感をもたらす情報が入ってきた。○○が言った小さな砂地の向こうから明らかにアスファイヤ人とは異なる容姿、服装をした者たちが馬にまたがりやってきて、兵科兵団の者たちと接触したというのである。
「なに! それでどうした?」
「異なる言語を使う者たちでしたが、こちらに翻訳の魔法を使える兵がおり、会話は成立いたしました。そして話を聞くにその者たちは、突如現れたアスファイヤを調べにきたブシという身分の者たちであるとのことでございます。こちらも自己紹介をし、ブシたちはその場はひとまずそれだけで帰って行きました」
「そうか。……」
これで砂地の先には人がいるということがわかった。それを知ったテューマー王は目を閉じて何やら沈思黙考をはじめた。はじめたが彼は別に砂地の向こうへと調査を試みようとかそういうことはまだしなかった。近くの砦に駐留させた兵科兵団を毎日砂地へと派遣させるに留めたのである。だがそのことあって兵科兵団の兵たちは時々砂地へとやってくる武士たちと二、三度の交流を持つことはできた。ただこれによる会話の内容こそ事細かにテューマー王へと報告され、おそらく相手方も自国の責任者へと話を伝えたのであろうが、これは国家間の交流、接触といった大仰なものではなかった。テューマー王は武士たちに話すべき言葉を一応兵たちに授けたが、それは相手を極力刺激しまいとするあまり踏み込まぬ内容のものであり、そのことによって顔を合わせて話す兵と武士たちもどこかぎこちなくまるで初対面の人間同士が探り探り会話するような様相であったからだ。それから――目を閉じて沈思黙考を続けるテューマー王があまり接触に積極的な態度を取らないうちにまた半月ほどの時間が経った。すると代わりに向こうの方から接触があった。しかもテューマー王たちが驚いたような方法で。
砂地から一番近い砦に百人ほどに及ぶ武士たちの小軍勢がやってきたのである。その上、その手には槍や刀を携えて。ただ彼らは何も戦を仕掛けにきたわけではなかった。彼らは砂地の向こうには自分たちの国が広がり、こういう御方がそこを統治し威光を発しているとつらつら説明し、さてそのような国に土地をくっつけて陸続きとなった以上、そちらの国は我らに与する意思があるのかと問いかけてきたのだ。要するに半ば我らに与せよとの脅しである。砦のソーラコア兵たちはどうすればいいのかわからず、とにかく相手の指揮官とその他数名だけを砦の中に招き入れることに成功し、テューマー王に伝令を走らせたという。
目を見開いたテューマー王はすぐに重鎮たちとそれから遠見をしていたジルマを会議室に集めた。会議が開始すると集った重鎮たちはすぐさま言葉を戦わせ始めた。
「陛下、どういたしましょう?」
「どういたすと言って、これは明らかに脅しだ。脅しには屈することはできんだろう」
「つまり、向こうと戦おうと言うのか? しかし我らは向こうのことを何も知らん。それどころか我らが時空を越えてやってきたというこの世界のことも何も知らん。もし向こうが魔族以上の化け物であったらどうする?」
「だが、相手を知らぬのは向こうも同じはずだ。それで脅されるままに相手に従うというのはあまりにも情けない。何か条約などを結ぶことがあったときそんなことでは相手になめられてしまう。そうはお思いになられませぬか? 陛下」
そう口々に言う重鎮たちをなだめてテューマー王がジルマに、
「ジルマ。何か遠望の魔法でわかったことはあるか?」
と聞いた。ジルマは顎をしごきながら、「それですがの」と言って、
「いま向こうが魔族以上の化け物であったらどうする、という言葉が出ましたな。しかし遠見をしていてしばらくしてから確信したのですが、どうやらこちらの人間たちは魔法を使えないようでございますぞ」
「な、なにっ? しかし、相手には知性があるのだぞ?」
高い知性があるなら多少なりとも魔法が使える。これがアスファイヤに住まう者たちの常識だ。
「いや、それでも使えぬようでございますな。これも世界の違い、人の違い。しかも他に恐ろしい技術もないようで」
それを聞いて目を見開き、次に眉間にしわをよせて焦点の定まらぬ瞳を下に向けてきょろきょろと振り子のように動かし始めたテューマー王は、ややあってまた何やら目を閉じて沈思黙考の面持ちをした。その様子をしばし見つめていたジルマがニヤリとして言った。
「相手は技術がなければ魔法も使えぬ。ということは、戦おうともまず勝てますな」
テューマー王の頬がぴくりと動いた。続けてジルマが、
「さてどういたします? 陛下。どうするにせよ、あまり砦に招待したという相手を待たせることはできませぬな」
と言った。
テューマー王は答えなかった。目を閉じる彼は重鎮たちやジルマに見つめられながらしばらくじっと何事かを考えていた。重鎮たちは緊張して息を呑んだ。相手に与することを良しとするのか、もしくは相手の申し出をはねのけるのか。はねのければ或いは相手との戦になるかもしれないが、誰もテューマー王の決断に文句は言えないだろう。もともとソーラコア王国は絶対王政ではないが、魔族の侵攻によって各地の権力者の力が弱まって相対的に王の権威が強まっているからだ。つまり、この国の今後はテューマー王の判断にゆだねられているということだ。そして一時間ほど経ち、息を呑んで待ちつつもさすがにみな痺れを切らしはじめたとき、目を開いたテューマー王は言った。
「たとえ戦になろうとも脅しには屈せられぬ。後に同盟を結ぶことがあるにしても、そのときのことを考えるなら尚更いまその脅しをはね返さなければならない。相手に言われるがまま頭を下げて従って、相手から尊重されることは人間世界ではありえないのだ。……我らは優位に立たなければならない。それがこのなんとも知れぬ世に来てしまい、味方もいないソーラコアが生き残るための第一の策だ。覇を見せられぬ弱気な国は食いつぶされるのみだろう。そのために、まず伸びた相手の鼻面を叩かなければならぬ。砦に招いているというその者たち……そやつらの首を刎ねさせい!」
首を刎ねさせるというとんでもない命令に重鎮たちは戦慄しつつ、テューマー王の言葉に従って兵へ伝えに慌ただしく会議室を出た。会議室にはテューマー王とジルマの二人になった。その後で、己の決断が悩ましいように額に手を当てて顔を伏せていたテューマー王は、「ククッ」としゃくりあげるような笑みを一瞬だけ漏らした。その際の笑顔は昂然として、腫瘍が膿んだような凄まじいものであった。
数日後、命令の通りに砦の中にいた武士たちの首は刎ねられた。のみならず、砦の前で待っていた他の者たちもソーラコア兵の攻撃によって潰走の目にあった。もはや戦いは避けれらぬ――というよりその戦いを望んでいるかのような所業であった。わずかながら生き残った日本の侍たちが大将の下にこのことを報告し、すぐに彼らは攻め返しに来ることだろう。ただ、その敵たちの前にテューマー王の前にやってきた者がある。それは珍しくも憤慨した聖女様であった。
「陛下! どうしてそのような無惨で、そして戦いを起こすようなことをなさったのですっ」
砦での話を聞いたらしい聖女様はアプライトも連れずに執務室に訪れると、開口一番こう言った。
「……向こうの脅しに屈さぬためだ」
陽も入って明るい執務室の中、机から目を上げたテューマー王がさすがに言い訳でも話すかのように低い声を出した。
「それでも、戦いを引き起こすような行いをなさることはなかったはずです。脅迫に泰然とした態度で返し、それでも脅かしが続くようならこちらも示威することで覇を見せるという方法もあったはずです。国の人々はこれまでの魔族たちとの戦いで疲れています。戦いが嫌になっています。にもかかわらず……」
普段おおらかで大抵のことを許す聖女様がこればかりは言い訳を許さずこう言うと、額に細い手を添えて、
「それに、今度の相手は魔族ではない人間です。魔族とはもはや共存できない。それは私もよくわかり諦めていたことですが人間は違います。たとえ世界が違おうとも、相手が人なら仲良くなれたはずです。想像と違ったとはいえソーラコアのみながようやく魔族の手から逃れることができ、これから苦労はあるでしょうが平和に過ごせられるかもしれなかったすぐ後にこのようなことになるなんて……」
と長嘆した。
いくら王様といえども、これまで偉業を果たしており人間的にも好ましく思っている聖女様にはテューマー王もあまり強く出れず、その言葉を難しい顔で聞いていた。が、彼はふいに「しかしだな」と呟くと、
「先ほどこの国の民たちが戦いを嫌がっていると言うたが、このことはそもそもその民たちのためであるのだぞ?」
と厳然として言い出した。
「どういうことでございますか?」
「たしかに魔族たちの脅威はなくなり、これから平和となるはずであっただろう。見知らぬ異界の地に召喚されたとはいえ、それも国ごと家族ごと、誰が欠けたわけではない。それどころか異界の人々とも接触でき、もしかすればその風習や文化を取り入れて、これから我々の文化にも新しい発展が生まれたかもしれない。だが、民たちの住む場所はどうする?」
「えっ? それはそのまま、元いる所に住めばよろしいではありませんか」
「しばらくはそれでいいだろう。だが、慣れぬ憤慨をして忘れたか? ジルマから前に説明されたが救国物召喚の魔法によって召喚されたものは召喚者たるお主が命を落とすか、力が弱まれば元の場所に帰ってしまうらしいではないか」
聖女様は「それは」と鼻白んだ。
「この場合はアスファイヤの大地そのものだな。お主にも寿命はあり、その他にも万が一何か起こることもある。よってそれを考えて民たちは他の土地に移動しなければならない。帰ってしまえば魔族たちがいるからだ。そして我々に当てがあるとすればひとまず例の者たちの国だが、受け入れられるかはわからない。その国に我々全員を住まわせるだけの土地の広さや豊かさがあるかわからぬからだ。さらにたとえ受け入れられたとしても、奴隷のような扱いを受けるかもしれない。しかし我らはそれに文句を言うことはできぬのだ。何しろ受け入れてもらう立場であるからな。わしが戦いを選んだ訳がわかったか? ソーラコアの民たちが安寧を得るにはただ相手と対等な同盟をするだけでは足りぬ。相手の胆をひしぎ、のちのち和睦し同盟を結ぶにしてもこちらを重々しく見せる必要があったためにそんなことをしたのだ。そしてそのためには戦をしなければならないと思う。これは王として、そうしなければならないという決断だ」
「……王としてしなければならない決断?」
こう言って何か反論しようと口を開いた聖女様はしかし言葉が見つからず口を閉じた。さしもの聖女様もまだ十七歳で政治的なことにはあまり詳しくなく、今テューマー王が奴隷うんぬんと言ったことが本当に起こるのか、かつ砦での行いが本当にやむを得なかったことなのかは自信を持って判断できない。ただ、話を聞いた限りテューマー王の言うことには一理あるような気がする。ようやく言葉を見つけたらしい彼女は、
「では――まず受け入れてもらえるように魔法の使えないという彼らに魔法を見せて興味を引いて、もし陛下のおっしゃるような扱いをされたときには今回のような行動を起こせばよろしかったのではありませんか?」
と、言ったがこれは自信を持った反論ではなく、ただの苦し紛れに出た言葉だ。これにテューマー王は、
「お主も先ほど言ったことだが民たちは戦いに嫌気がさしている。一度戦わんで済むかもという心になれば戦わねばならぬときに腰が重くなる。それならば初めから戦うとした方がよい。そもそも、我らには時間があるとも言い難い。お主の身の話に戻るが――何せお主はまだ若く、またその身を脅かせるものがどの世にもざらにあるとは思われないが、それでも何が起こるかわからんからな。もし例の者たちとゆったりと交流しておってその間にお主の身に何かが起こったら目も当てられん。我々はまた魔族のいる場所へと戻ってしまう」
と言った。聖女様は今度こそ沈黙した。
テューマー王はその姿を見ずに、宙の一点に目を止めていた。何かを眺めるというよりも自分の心をまさぐるが如く。
さて、聖女様が沈黙するほどに筋の通ったことをこれまでつらつらと述べてきたテューマー王だが、実は彼はこのことを前から考えていたわけではなく、いま頭を回転させながら口に出してきたのであった。それどころか彼は自分の口から出てくる言葉に自分でも――ああ、そういえばこういう理由もあったな、と納得していたのだ。しかしそれよりも、彼が今回のことを起こした理由として驚くべきことがある。――いま考えたこととはいえ、彼自身の口から出てきた言葉なのだからこういう理由は無意識的にでも自身の心の内にあったことであろうが、それよりも、彼はこのような理屈よりもただただ相手を侵略してしまいたい、精妙なる交渉事に繰り出すよりもそうしてしまった方が早い、という心境になっているのであった。それが今回のことを起こした最大要因であった。
このような心境に薄っすらとでもなったのは初めて武士たちと接触したと聞いたときだが、そのことを強く覚えたのはジルマからその武士たちが魔法を使えぬらしいと教えられたときだ。これまで沈思黙考する彼はその度にこの心境が自然と湧き上がっていたのだ。
元々テューマー王はよく人に話を聞きに行くことからもわかる通り篤実で協調を重んじる人物ではあった。では、テューマー王は何故そのような心境となったのか? それは魔族への恨みつらみの照り返しだ。積年悩まされた魔族に対してようやく反撃ができる、そう思っていたところに救国物召喚の魔法によってこの世界に飛ばされ、それが叶わなくなってしまったテューマー王は、その感情を脅しをかけてきた者たちにぶつけたいと欲求したのであった。それに加えて、これはテューマー王自身も把握していないことだが、彼は長年にわたって魔王に悩まされるうちにこれが王というものの一つの憧憬の姿であるとして魔王と同じことがしたいと刷り込まれていったのだ。彼にも他の国を侵略して大陸の覇者となったソーラコアの前身マキュラ王国王家の血が流れているのだからこれはその血流が静々と脈動したと言える。
いずれにせよ――テューマー王は敵が魔法を使えないことを知って恨みつらみによって腫れ上がった悪念の腫瘍を弾けさせたのであった。
そうとは知らぬ聖女様は目を閉じ、悲愁な表情を浮かべると、
「王として、ですか……ともかく、陛下は相手が私たちを快く受け入れるはずがなく戦うべきだと仰せられるのですね。戦いですが……」
と呟いた。そして「お時間を取らせて申し訳ございません」と言って頭を下げては部屋を出ていこうとした。
そんなちょっとしょんぼりとした感じの彼女の背にテューマー王が声をかけた。
「お主はよくやってくれた。結果は予想外のこととはなったが、救国物召喚を成功させ、魔族たちの脅威からソーラコアを救ってくれた。遅れたがこのテューマー礼を言うぞ。そして、お主にはもう一つ頼みがある。オッフェンバック断結界を張ってくれ」
立ち去ろうとしていた聖女様がぴたりと足を止めた。そして少しの間そうして佇んでいたが、やがて「……はい」と言って部屋を出ていった。聖女様が出ていった扉を見つめるテューマー王がぐいっと口の端を吊り上げた。
「これで万全……」




