四話 聖女と救国物召喚の魔法
「そうでございますか……」
とオーシャコットが言った。
「では、エスパミアやアイディールにニューサンス、他の種族と同盟を組むって話はどうなりました? 奴らそれぞれ特技があって強いですからな。協力できれば大助かりなんですが」
乗り出した身を引いて席についたオーシャコットを横目にすかさずこう言ったのはバウルンであった。
「それも上手くいっておらんな」
隣に立つ秘書役の男にちらと目をやり、彼が首を振ったのを見てテューマー王が答えた。バウルンは鼻から大きな溜息をついた。
すると、その様子を見ていたユールズが、
「しかし、どうして奴らはわれわれ人間に協力してくれないのでしょう。たしかに過去、ソーラコアの前身であるマキュラ王国が奴らの土地を脅かしたり、ソーラコアとなってからも色々といざこざはあったでしょうが、そんなのは魔族も同じこと。魔族も魔王が現れる前から奴らに襲いかかったりしていたはずです。だったら協力してくれてもいいのになぁ」
と言った。そんな彼に答えたのは兄のオネストであった。
「たしかにそう思うかもしれんが、もともと大陸は我らソーラコアと北方三国がそのほとんどを領有していたからな。つまり、それだけ魔族による被害は人間の方が多い。お前の言っていたようなことから人間への恨みもあるだろうし、奴らにとっては魔族は人間を襲うものという印象が強いのだろう。そのために自分たちには関係ない、として奴ら協力しようとしないのだ。私はそう考える」
「なるほど……けどさ、ちょっととんでもないことを言うけど、もしソーラコアが負けたらあいつらはどうするつもりなんだろう? ソーラコアを倒しても魔族たちはまず止まらないはずだ。そうしたら次に危ないのはあいつらだろ? それなら俺たちと協力してもよさそうなものなんだけどな」
「さてな……その辺りのことをどうしようとしているのかは私にもわからん。ひょっとすると何も考えていないかもしれん。何せエスパミアはぐーたら、アイディールは俗世に関心がなく、ニューサンスは薄馬鹿だからな。案外、奴らが同盟を結びたがらないのも何も考えずにただ戦いたくないからかもしれん」
ユールズは頭をかいて沈黙した。
救国物召喚に他種族との同盟――これは前にテューマー王も進捗を気にして人に話を聞いており、何だか主従で同じことを聞いているが、現実、この二つ以外に現状を救う革新的な考えもなく、他に頼るべき策もなしといったところであった。それだけに、
「何か他に聞きたいことはあるか? もしくは何か案はないか?」
とテューマー王が聞いても、もう誰の口からも出る言葉はなく、場そのものが沈黙した。それが三分ほど続いて会議室に所在なさげな、ぎこちない雰囲気が流れた。テューマー王はふと深い息をつき、
「……そうか。では下がってよい」
「はっ。知恵が出せず申し訳ございません」
「いや……。とにかく、お前たちは休め。休んで、それで何か案が浮かんだら申してくれ」
「かしこまってござります」
オーシャコットたちが腰を上げようとしたそのとき、ふいに会議室の扉が丁寧にノックされた。
「よろしゅうございますでしょうか。陛下がここにおられると聞いてまかりこしました。聖女様警護役のアプライトにございます」
扉の向こうから声がかけられた。男の声だが、澄み切って甘美とすら思われる声であった。
「アプライト? ま、まさか……は、入れ!」
テューマー王が息切って言った。
扉が開かれて男が静かに入ってきた。左腰に剣を佩き、白いズボンこそはいているものの、前面に赤い刺繍の施された司祭服のような白色の服を着た二十二、三の美男であった。服装と同じく色白で優雅な容貌をした彼はまずテューマー王に向かってゆっくりと礼をして、それから他の一同にも同じことをした。
それをもどかしげに手を揉みねじって待ったテューマー王は、
「アプライト。何用だ? 何をしに来た? まさか、救国物召喚の魔法っ、その習得が成ったか?」
と椅子から立ち上がっては身を乗り出して弾むように言った。
「その通りでございます」
会議室にいる皆の口から「おお」という声が漏れた。これまで目を閉じうつむいて身じろぎもしなかったジルマも顔を上げて、「ほ」と言った。
「そのために聖女様が至急陛下にお会いしたいとのことで、私がお探ししておりました。これよりこの場にお連れいたしてもよろしいでしょうか?」
「おお、よいよい。すぐに連れて参ってくれ」
アプライトは晴々しい笑顔となったテューマー王に見送られ、また礼をして部屋を出ていった。
「陛下。これは大きな希望が生まれましたな」
と、オーシャコットが笑いながら言った。
「おお。やはりやってくれたわ」
「さすが聖女様ですね」
と、ユールズが言った。彼もまた和やかになった会議室の様子を見て気楽な笑みを浮かべていたが、しかしふいに顔をややこわばらせると、
「けど、聖女様は今からここにおいでなさるんでしたね。ああっ、どうしよう。緊張してきた」
と頭を抱えた。
「どうしようとはどういうこった。もしかして、聖女様のことが苦手か?」
こう言ったのはバウルンであった。
「いや、めったにお目通りがかなうこともないし、苦手どころかむしろ敬愛しておりますが、それだけに何か粗相をしたらどうしようと思いまして。なにしろ相手は聖女様ですよ、聖女様。この国の至宝ですよ!」
「お前、またそれか」
バウルンが苦笑する。苦笑しつつ、
「しかし、あの聖女様に対してなら俺たちが何を言っても無礼にはならんだろう。それより……俺はむしろあのアプライトの方が苦手だな。あれだけは少し怖い」
と続けた。
聖女様警護役のアプライト――国の王であるテューマー王を探しに来たりするなど、ただの警護役というよりほとんど秘書、執事、代理人みたいなものだ。そんな彼にはちょっとした逸話がある。
彼が聖女様の側にいるのが問題となったときのこと――。
アプライトはテューマー王をはじめとする城の重鎮たちの前に呼び出された。
秘書、執事、代理人みたいなもの、といってもむろん衣類の洗濯などの身の周りの世話などはしない。その手の役割は女性が引き受けている。しかし、いくら警護役といえども男性たる彼が聖女様の側にいて万が一何がしかの間違いが起こらないか心配になった、という理由からだ。なんだか下種の勘ぐりのようだが、これが聖女様のオッフェンバック断結界に頼っているこの国にとって意外と重大事で、聖女という名称からくるイメージに対しての心配ではない。処女の血が薬を作る材料となるなど魔術的にはよくある話だが、処女性というのは魔法に関する上で重要な要素だ。もとより強大な聖女様の力も処女性によってさらに増大している。
そういうわけで呼び出されたアプライトは皆にこのようなことがないか聞かれた。
「…………」
常人ならば前に立つのも緊張する面々たちに半ば釘を刺されるように聞かれるアプライトは、しかし目をつむり何も言わなかった。それが慎んでいるようではあるが、人によっては不敵とも見え、重鎮の一人が声を荒げようとしたそのとき、突然目を開いたアプライトは何を思ったかズボンと肌着を下ろしそのあたりを公然展開してしまった。
「な、なにをする?」
この重鎮の方がかえって動揺してこう言うと、アプライトは屈み、皮鞘から抜きながら自分のナイフを拾い上げた。拾い上げたナイフは頭上に振り上げられ、そして――。
己の股間に向かって刃を下に振り下ろされた。それが一切躊躇ないと見える凄まじい速度だ。見える、と言ったがすぐ前にいる重鎮たちが目で追うこともできぬ速さであった。が、刃がなにかを切り落とすことはなかった。ナイフの切っ先は触れるや触れぬかの位置でビタリと止められていた。ということは元々彼は止めるつもりであったのだろうが、目にも留まらぬ速さで振り下ろしたナイフを測ったような位置で一瞬静止させたのはその大胆さよりもなお驚くべき技量の冴えだといえる。
ようやく「おっ……」と喉のつまったような声を漏らして目を剥いた面々にアプライトは優雅な顔に微笑すら浮かべて、
「御命令とあらばこのまま切り落とします」
と言った。
重鎮たちは慌てて止めさせた。たしかに男なら、たとえ他人のものであっても想像するだけで胆が縮みあがるようなことだ。このことによってアプライトは重鎮たちに聖女様警護役であることを認めさせたという。
実はこの話が本当にあったことなのかは確証はない。どこから出た話なのか、アプライトはもちろんその他の面々も公然とした場でこの話をすることはなく、またアプライトにこんな話の真偽を軽々しく聞けぬのは当然だがそれ以外の当事者も高位の人間であるだけに誰も話を聞いてみようとする勇気がなかったからだ。その上、アプライトはその時に用いたというナイフをどこに装備しているのか知れない。
しかし、それでもアプライトの剣の腕の達者なところと聖女様への忠節は確からしい。
「あれは他人であろうと自分であろうと聖女様より聖女様への無礼を許さんだろう。だからまあ、お前もしばらく黙っておいた方がいいな。俺のためにも。ふふふ」
とバウルンが言った。
そんな話が交わされていると間もなく扉がノックされた。テューマー王に「入れ」と言われて扉が開いた。そこにいたのは開いた扉を押さえるアプライトを伴った聖女様であった。
水に浮く船のようにスーッと部屋の中に入ってきた聖女様は、
「皆さん。お待たせいたしました」
と澄んだ声で言った。それだけで、会議室の中に涼風が通ったものと思われた。
御年十七。純白のドレスを着て、金の瞳をし、淡い光を照り返しているような水色の髪を腰までたらしている。そんな聖女様を目にすると、或いは奔放、或いは荘重、或いは重厚、いずれもそう簡単には怯まぬ男たちが息を呑んで鼻のスッと通るような感覚を覚えた。たしかに涼しげな美貌をした人物ではある。しかし美貌よりも彼女が発するその澄み切った魔力と気配よ。光を返す水色の髪といい、生臭い血の代わりに全身清流が流れているのではないかと思われるほどに清浄な人物であった。
聖女様が言葉を切るとすかさずオーシャコットが、
「そ、それで聖女様っ。本当に召喚の魔法はご習得できたのでしょうか?」
と、前のめりになって聞いた。
聖女様は彼の方に微笑した顔を向けるも何故か答えず、
「習得は成ったか?」
とテューマー王に穏やかに問われてようやく、
「はい。先ほどやっと物にすることができました。長い時間がかかり、みなには苦労させ、不安にもさせてしまいました」
と首を戻して言った。
「いや、それはよいよい。ともかく、習得できたのならさっそく今からでも救国物召喚の魔法を使うことができるのか?」
「はい。できます」
「よし! ならばこれより召喚を――」
「やっ! 待った! ……失礼。恐れながら陛下、今から召喚を取り行うというのはお待ちくださいませ」
と、テューマー王にみなまで言わせず慌てて口を挟んだのはアプライトであった。
「聖女様はご習得のため、ここ三日三晩一睡もしておられません。それに加えて召喚魔法を実行する際にもおそらく多大なご負担がかかることでしょう。ここは万全を期すために聖女様にはしばし御休息をとっていただくべきだと存じます」
彼の言葉に「むっ」とうめいたテューマー王は端然と直立する聖女様をまじまじと眺めた。しかしさすがは聖女様、彼女は肉体的疲労に囚われぬ精神力を持っているのか、三日三晩不眠であったと聞いても顔色に陰った様子は見て取れず、楚々としてテューマー王を見つめ返している。ただ陰った様子こそないものの、普段よりもいっそう儚く透明――朧とした感じはあって、テューマー王は息をついた。
「……そうだな。いや、わしも気が急いたわ。ここまできて本番で失敗するのも馬鹿馬鹿しい。アプライトの言うとおり、しっかり体を休ませたのちに臨んでもらおう。……ただ、それならそうと言ってくれいよ。無理をせずとも、まだ我らにも余裕がないわけではないのだからな」
諭すようにこう言ったテューマー王に聖女様は困ったような、ばつが悪いような、あいまいな微笑を浮かべた。
すると、オーシャコットが、
「では、いつにいたすおつもりですか?」
と問いかけた。
「いつにいたそう。魔法による疲れはただ単なる肉体の疲労とちと違う。たいていこれだけ、と休んで回復するかはよくわからぬ。それに……救国物召喚ほどの技を確実に成功させるためには快調となっても数日前からそのつもりで意識を集中させておいた方がいいだろう。それだけにどうするか……」
ううむ、と悩むテューマー王にややあって、声がかかった。オーシャコットのものではない。それはこれまで発言することがなかったもう一人の隊長、リィン・マクベス・ニンキューナの声であった。
「よろしいでしょうか? 日程をいつにするかはともかく、それまでに為したきことがある。これまでつらつらと考えていた私のその思いをお聞き願いたい」
爽やかだが、やや冷然とした声だ。テューマー王は彼に目を向けると、「何だ?」と聞いた。
「単刀直入に申す。私は明日の朝にでもファラリアル城塞の方へと取って返したい」
「な、なにっ?」
と、テューマー王は声を上げた。ジルマや聖女様を除いた面々も目を丸くした。
「取って返したいと言って……そのファラリアル城塞を魔族にとられ、お前は先ほど帰ってきたばかりではないか……」
「その通り。だからこそ私は悔しい! このままでは耐えがたい! そのために取って返したいと申しておるのですっ……」
テューマー王はきしるような声を漏らすリィン・マクベスを見つめた。
リィン・マクベス・ニンキューナ。――年齢三十五歳。三十五歳ではあるが、真ん中で丁寧に分けた銀髪の下の顔は彫刻的な気品があって三十ばかりのエレクティア兄弟よりもよっぽど若々しい。さらに装飾の華美な服を着て、マントをつけているなど、基本的に籍を置いているうち野暮ったい性質となってゆく兵科兵団にあって貴公子的な人物であった。貴公子的と言ったがそれも当然だ。彼はこの中でも家柄ではテューマー王に次ぐ位を持った人物であった。そんな彼だけに普段は高潔悠然――余裕をまとった態度をしているが、ことさら剣や兵法にかかわる話になると今のように負けん気を見せるようになる。その性質を知っているテューマー王は深沈と、
「しかし、お前がそうしたいとは言っても、お前の部隊の兵たちは疲れ果てておる。とてもすぐに戦いに赴く気力はあるまい」
となだめすかすように言った。リィン・マクベスは頷いて、
「わかっております。そのため、先ほど帰参した兵たちは連れてゆきませぬ」
「では、他の部隊に伴ってファラリアル城塞を取り返しに戻ると申すのか。気持ちはわかるし、わしもすぐに取り返したいとは思うがな。それなら救国物召喚の儀が行われてからでもよい。それまでお前はしかと身体を休めて……」
「いや、他の部隊にも頼らぬ。ここにいるオーシャコットやオネスト、私を含む五人で赴きたい」
「な、なにっ!」
テューマー王は叫んだ。言うまでもなく、思いもよらず巻き込まれる形になったオーシャコットたち四人もまた目を剥いた。たしかに四百人余りの兵がいても撤退した彼らにとってはとんでもない発言だ。
「おい、リィン。それはいくらなんでも無茶だぞ」
とオーシャコットが言うと、リィン・マクベスはわかっている、と何故か澄ました顔で素直にうなずいた。
「陛下。話の流れで言い損ねたが一つ訂正したきことがあります。ファラリアル城塞の方へ取って返すというのは、その方へ取って返しはするものの城塞を取り返すという意味ではありませぬ」
「では、なにをしに行くのだ?」
「占拠されたファラリアル城塞から出てくるであろう斥候、物見――それを叩く。しかし、これはただ情報を相手に渡さないための行動ではない。むしろ何体かは生かし、あえてファラリアル城塞へと帰す。つまりは、はね返すのです」
「なぜ?」
「城塞にいる魔族たちの足を止めるために。先日敗走した相手がすぐに取って返してきたと知れば、奴らも警戒して多少は侵攻を見送るでしょう。そのため本当なら部隊で向かった方が効果は高かろうが、たしかに兵たちは疲れている。よって我々だけで行きます」
「うぅん」
「いかが?」
テューマー王は目を閉じて黙考を始めた。そして、彼が黙考していると、腕を組んで同じく考えを巡らせていたらしいオネストが、
「なるほど。魔族たちの足を止めるとは言っても大した効果は望めないでしょうが、たしかに救国物召喚を果たすまでにここにいる五人ができることといったらそれが最大のものでしょうな。それに、大した効果は望めないとは言ってもやっておいたほうがいいことでもある」
と言った。
テューマー王が目を開いた。
「だが、斥候という少数の敵ではあるが相手をするからには危険も伴うであろう。それでも行くか? ……わしは止めておいたほうがいいと思う。それに行くにしても……やはり他の部隊についてきてもらった方がいいのではないか?」
「御役目柄、これまで危険は常に伴って参りました。そして、今回の任こそ失敗したとはいえ、それでもその危険を潜り抜けともかくも生き残ってきた実績が我らにはある。任務についても、今回は失敗いたさぬ!」
とリィン・マクベスが言った。彫刻的な顔についた目をぎらと光らせ、昂然としてきたらしい彼は、
「他の部隊についてきてもらうというのも望みません。部隊を動かすともなれば様々な面倒ごとがあるし、人が多ければそれだけ取って返す際の足も遅くなる。今回の考えは取って返すのが早いほどよいものですから。……何より! 他の部隊の世話になっては城塞での汚名をすすぐという目的もあるこの考えの意味が薄れる。私のプライドも許さない!」
と続けた。
「ううむ」
「陛下。どうかこの考えにお許しをいただきたい!」
テューマー王はリィン・マクベスの言葉に再び目を閉じて沈思黙考を始めた。今でこそ声を張って昂然としているが、リィン・マクベスがふだん冷静沈着な男だということは本当なのだ。それがこうなるとは彼の剣や兵法にかける情熱とプライドもまた本物であろう。それだけに、ここでテューマー王が駄目だと言い切れば表面でこそ従うだろうが決して納得はすまい。そんな彼の心情に依るわけではないが、たしかに彼の考えは実行しておいたほうがいいことではある。そんなことをしなくても聖女様の回復を待つ余裕ぐらいはあるが、魔族たちの侵攻を少しでも遅らせることで結果的にこの国の被害が減らせるからだ。考えをまとめ、目を開いたテューマー王はまず、
「ところで、お前たちにリィン・マクベスと共に行くつもりはあるのか?」
とオーシャコットたちを見回しながら聞いた。
「我らでございますか? そうですな……たしかにリィンの言うことには一理ありますが……」
「来たくなければ来ずともよい。その場合、私一人でもゆく」
一人でもゆくとは無茶でいてかつ自信満々ともとれる言葉だが、別に誰も笑ったりはしなかった。実はアプライトに剣を教えたこともあるというリィン・マクベスの剣や魔法の腕前の凄まじさは皆よく知っているからだ。少なくとも彼は剣技においては当代最強の剣士だと目される男であった。それでも、
「やっ、いやいや、隊長が行くのなら俺たちも行きますっ。そうだろ? 兄さん」
と、ユールズが慌てて声を上げ、
「そうだな。……。行きます」
とオネストも頷いた。オーシャコットも、
「汚名をそそぎたいというのは私にも当たりますからな。その機会があるのなら私も行く所存はあります」
頭をつるりと撫でて言うと、その方を見て、
「お前はどうする? バウルン」
「……俺か? ……まあ、我が隊長殿が行くなら俺も行くしかあるまいな。何せ俺と隊長殿は一体の者であるから」
テューマー王が頷いた。
「よし、ではやれ。ただし決して無理はするでないぞ。そして救国物召喚の儀についてだが、それは今日より八日後とする」
「承知いたした」
リィン・マクベスとオーシャコットが同時に言うと、テューマー王が場の解散を宣言した。宣言すると、途端にリィン・マクベスが立ちあがり、テューマー王へこくりと礼をしたのち足早に扉の方へと向かった。
「あっ、隊長っ。どこに行かれるのですか?」
と、ユールズがそそくさとそれを追いかけた。
「眠いから寝るのだ。お前も来るつもりなら準備をして寝ておくがいい。出立は明日の朝だからな」
リィン・マクベスは言い残して会議室を出ていった。オーシャコットなども「では陛下。我らも休息を取るため、これで失礼いたしまする」と挨拶してから部屋を出た。
それを見送っていた聖女様も、
「それでは私も退出させていただきます」
とテューマー王に声をかけた。
「うむ。先ほども言ったが儀は八日後だ。そのときは頼むぞ。それまでよく体を休めて備えておいてくれい」
「わかりました」
頭を下げた聖女様もアプライトを伴って静かに去って行った。
残るはジルマと秘書役だけになった会議室でテューマー王は、
「さて……」
と言った。さてとは言ったが別に何をしたわけではない。椅子にもたれかかり、ぼうとした顔で天井を見上げただけだ。彼は少しのあいだ何事か思いを深めるようにそうしていたが、その顔にじんわりとある表情が浮かび上がってきた。
「ようやく、ようやく魔族たちへの反撃のときがはじまるな」
テューマー王は口を吊り上げてつぶやいた。彼は笑ったのだ。だがその笑いがただの笑いではなく、これまでの恨み憤懣が膿んで腫れ上がったような凄まじい笑顔であった。




