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三十五話 ハゲVS剛毛

「そうだな。ここからは正真正銘一対一……。まずはお前を斬る方がよかろう。おい、仕切り直しじゃ」


 猛蔵は抜いた刀を青眼へと構え上げた。


「……抜け。どうやらお前はわしと立ち合いたいらしいな。ではやってやる。いざ、参れっ!」


 オーシャコットは「……よし!」とうめきを上げつつ両腰の剣を共に抜いた。二刀流である。


 ついに武器を構えた二人の男。奇怪なる金剛力士たちは今再び相対した。

 刀を持った以上、これからの生死の決定は一瞬の流転である。相対しつつ、双方やはり沈黙しうかつには飛び出さない。あくまで明るい青空の下、それと同じぐらい広いのどかな草原でじっと動かず相手を見る両者の間の空気が、次第にじんと氷結してきたようだ。その静寂とした敵の構えを見て、猛蔵は心中に舌を巻いた。


 ――ううむ、二刀流……。はじめて立ち合うが、これは……。


 二刀流という物珍しさもさることながら、それが決して演芸に終わらぬ確かな技を持っているということに気付いたのである。具体的に言うならば、その構えに隙が見当たらない。

 一刀流と二刀流、構えの隙の無さで言えば、これはどちらに軍配が上がるだろう? 考えてみれば一刀流だ。一見して二刀流の方が剣を両手に持ち、何だか対応の手も広いように思われるが、やはり一つの刀を正面に構えた際の上下左右への対応の移りやすさには敵いそうもない。しかも二刀流は重い剣を片手で扱わなければならないのだから剣を扱う速度に陰りが生じるはずだ。そもそも構え続けることにすらも難儀するだろう。いずれ腕は疲れ、段々と構えは下がってゆくに違いない。

 だが、見よ。オーシャコットの腕はそんな理屈など通じないもののように太くたくましい。袖に隠れて見えないが、その下の腕は膨れ上がった筋肉が瘤のようについているのは間違いないと思われた。片腕で剣を構えてなお疲れも見せず微動だにしないその構えは堅牢そのものであった。


 ――これは、いかんな。


 オーシャコットの構えを見た猛蔵が静かだが確かにやや押しひしがれた。二刀流最大の弱点と思われる取り回しの難儀さが克服されているのなら、これは手数の分だけ自分より優位な気がする。彼は二刀流の剣士と戦ったことはないが、自分の剣を片方で受けとめた上で、もう一方の剣が襲いかかってくるとは簡単に想像がついた。そのもう一方の剣をどう止めよう? いや、これは惑うまでもない。猛蔵には毛髪という剣にも勝る真の武器があるのだ。止めるにはこれを使えばいい。ただ、真の武器を控えさせているのはオーシャコットも同じであった。彼にもまた魔法という武器がある。これはどういう技を繰り出してくるのか明らかではないが、せっかく攻撃の手を止めても捕えた髪へと対処されてしまう可能性は恐らく高いだろう。要するに猛蔵としては手札の数で相手に劣っているのである。手札の数で劣っているということは、状況はどうなろうと常に彼にとって不利となるということである。

 そもそも猛蔵が先ほど「抜け」、とわざわざ言ったのは剣を使わせることでオーシャコットの魔法に対する意識の分配を少しでも減らすという打算があった。人間は複数のことにそう簡単に意識を振り分けられないのである。そうやって魔法などよりもやることがはっきりしている剣とわかりやすく立ち合おうと思ったのに、まさか二刀流などという珍なる剣法を用いてこようとは。しかもそれが予想を上回って達者で堅牢な構えを見せようとは。――

 陽照る草原にもともと汗をかいていた猛蔵の額はさらにあぶら汗を滲みださせてきた。彼はあらかじめ言った通り、ここでオーシャコットを斬るつもりでいる。それから何の不安もなく清十朗を追うつもりでいる。下手にここで背を向けて逃げることはそれこそ隙を作るということであり自身の破滅を呼ぶことだと認識していた。だが、この戦いをどう勝とう? 自分の明確な勝ちの目が見えない。


 ――ともかく、奴に隙を作ることだ。


 このとき、刀を正面に上げる猛蔵にある変化が起きた。巨大な体で刀を構え、岩のように横幅のある体がさらに大きく見える変化だ。彼の後ろ髪が、両端に向かって扇を逆さにしたように広がったのである。


 そういえば、動物は敵を威嚇する際、できるだけ自分のことが大きく見えるように体の部位を広げて構えるという。目を見開く猫、翼を広げるカラス、怒ったとき無駄に素振りを大きくする人間――。中でも体を大きく見せるといえばクジャクという鳥が思い浮かぶが、あの羽の展開はあくまで彼らにとっての求愛行動のためであり、ほんらい威嚇のためではないという。ただ、色こそ黒一色だが、クジャクの羽に劣らぬ美しさをした髪を手も使わずに不気味に広げる猛蔵は巨大な体、ぬうと前に伸ばした刀、ひげ面で恐ろしく相手を睨む顔にさらに闇クジャクがごとき迫力を加えた。

 が、オーシャコットの表情に動じる様子はない。しかしその心中は知らず、変わらずその構えに隙の見せぬ彼は、猛蔵の威嚇をはね返さんとしたか、「エヤーッ!」と怪鳥のような叫びを上げて前に踏み出してきた。


 ――いかん。来たわ!


 内心に叫んだ猛蔵は広げた髪を自分の体で割って前に伸ばした。迫りくるオーシャコットを捕え、手も魔法も使えぬだろう口塞ぎの磔にしてしまうためである。

 しかしオーシャコットはそれを横に飛んで避けた。「ちっ」と舌打った猛蔵は次いで伸ばした髪を地面に垂らすと横へと薙ぐ。足払いのそれも前に飛んでかわしたオーシャコットはやや横合いから猛蔵に向かって片方の剣を振り下ろしてきた。片手の剣とはいえ、筋骨たくましい腕から振り下ろされるのは常人には受けるもならぬ鉄槌といって差し支えない強力さであった。

 それでも迎えるは怪力の蓑毛猛蔵。髪を用いる間もなくとにかく咄嗟に一刀を頭上に掲げた彼に、しかしこの振り下ろしを受け止め得るという自信は十分にあった。だが、これを受け止めてどうしよう? 受け止めた瞬間、相手のもう一方の剣が襲い来るのは間違いない。それを意識改めて髪によって防いだとしても、次いでオーシャコットによる魔法が繰り出されるだろう。恐らく数瞬のうちに行われるはずのその工程こそ猛蔵の考える最悪の筋書き通りであった。

 とはいえ止まらぬ時間の流れ――振り下ろされるオーシャコットの剣と受ける猛蔵の刀は戛然たる響きを上げた。その数瞬後――、


「あっ!」

 という叫びが起こった。


 猛蔵の声である。だが彼は斬られてはいなかった。また魔法に身を焼かれたわけでもなかった。彼はオーシャコットの剣を受けた態勢のまま無事であった。むしろ傷ついていたのはオーシャコットの剣であった!

 何たること、振り下ろされた彼の剣が振り上げられた猛蔵の刀にぶつかった瞬間、その接触面から折れ飛んでしまったのである。その様子をかえって声もなく目を見張って見ていたオーシャコットがすかさず後ろへと飛び退いた。


「ふふふふふ。お前たちの国は我々よりも物を造る技術が優れておるようだなっ?」


 凄まじい形相で笑った猛蔵がこう吼えつつそれを追って前へ飛んだ。空中で、彼の刀が今度は逆にオーシャコットの頭上から振り下ろされる。


「だが、剣ばかりは我らの方が勝っていたということだ!」


 それを受けたオーシャコットのもう一方の剣もまた氷柱のように砕けて落ちた。これにより彼の武器は両方とも失われてしまった。着地し、刀身のない両手の剣の柄を手放しながらもう一度飛び退いた彼に追いすがってまた飛ぶ猛蔵は刀を振り上げた。


「不出来な剣を呪え!」


 剣が折れるという予想外のアクシデントに狼狽したか、オーシャコットはとにかくも飛び退くばかりで魔法を使う様子がない。ここまでに魔法を繰り出せなかった以上、すでに刀を振り上げている猛蔵を前に最早それを繰り出す暇はない。

 猛蔵は完全に戦闘の流れを掴んだのだ。猛蔵は受ける武器のない彼を目に、勝利の陶酔すら感じながら袈裟がけに斬り下ろした。

 吹き撒かれるは赤い霧のような血しぶき。生臭くもこの場合にはかぐわしいそれに猛蔵はいっそう恍惚の念に沈んだ――。

 が、それは実際には吹き撒かれなかった。吹き撒かれたと映ったのは猛蔵の夢幻であった。代わりに銀しぶきを上げたのは猛蔵の一刀であった。細かい破片が散るなか、氷片のように飛んだのは半ばから砕け折れたその刀身であった!


「な、なにっ!」


 猛蔵は覚めた。たしかにいま眼前で彼の刀は鎖骨より斬り込んでいったのに。これまで二振りの剣を叩き折ってきたその刀が、何と生身によってへし折られてしまった。

 血のしずくも流さぬオーシャコットがニッとして言う。


「あいにくと、こちらは不出来ではない」


 彼はすかさず腰を回して肘を引き、「うおりゃあっ!」という凄まじい気合の絶叫と共に右腕を突き出した。

 刀を振り切り腕が下がり、無防備な猛蔵の顔にその大砲のような打撃が打ち込まれた。

 巨岩蓑毛猛蔵も、さすがに同じ巨漢のオーシャコットに打撃されてはのけ反ってよろめいた。万歳するように腕が振り上げられ、力の抜けた手からすっぽ抜けた刀身の折れた柄が中空に飛ぶ。が、よろめく猛蔵はすぐにガッきと歯噛みすると、足を突っ張り上体を立て直し、その前への戻りを利用して髪をぶん回しながら相手の顔に拳を放った。その打撃は、オーシャコットの鼻面へと突き刺さった。

 殴られた怒りも込めた凄まじい逆襲ぶりだ。常人ならばこの一撃で首がもげ飛んでしかるべきというほどの。が、殴られたオーシャコットには全く堪えた様子がなかった。どういうことか、かえって猛蔵の方が後ずさり、打ち込んだ拳を無言のうちに押さえ、しかめっ面にあぶら汗を流した。それは先ほど打撃されたひげ面よりも、殴った拳の方が痛いような様子であった。


「……お前、身の内に何を仕込んでおる? 人の体がさまで硬いはずがない」


 オーシャコットは猛蔵のこの言葉に答えず、ぬうと前に進んで彼に近づいてきた。腕はぶらりと下げて無防備で、しかもその顔は鼻面を打たれたにも関わらず薄笑いを浮かべている。


「小癪な奴め!」


 カッとして吼えた猛蔵はこの嘲弄的な敵の膝横を蹴り、首筋に手刀を食わせ、みぞおちに突きを入れた。たとえ体内に何かを仕込んでいたとしても、体を曲げるためここだけは何も仕込めぬ要所であった。しかも人体における弱点でもあった。が、オーシャコットに崩れる様子はない。どころか彼は蹴りを繰り出し、手刀を振るい、拳を放った。猛蔵がやったことを、同じ箇所に同じようにやり返したのである。


「ぐぐっ、ば、馬鹿な!」


 腹を押さえた猛蔵は大きく後ろへ跳ね飛び、着地と同時に頭を振るって髪の大束を舞わせた。先だってソーラコア兵たちを血霞と散らせた髪旋風である。それは横合いからオーシャコットの頭部へと叩き付けられた。

 が、血霧は、散らぬ。側頭に打ち込まれた髪を何のこともないように腕でぐいと押しのけたオーシャコットは頭を勢いよく振る真似をして、それからその頭をつるりと撫でて苦笑した。


「これはやり返せん」

「……お前、何かを仕込んでいるわけではないな? では、何故だ? まさか、魔法か?」

 と髪を戻す猛蔵が言った。


「察しがついたらしいな。その通り。別に差し支えないので教えてやる。私には体を補強する魔法がかかっている。具体的には体が硬く、そして強くなるということだ。それにより私はどんな攻撃で決して傷つくことはない。つまりだ――」


 オーシャコットは前へと走り出した。


「お前はどうあっても私に勝つことはできん!」


 そして彼は大胆不敵に飛び蹴りを放った。「くっ」と呻いた猛蔵がそれを後ろへ引きつつ腕を上げて受ける。それから二人は凄まじい格闘戦を始めた。飛び蹴りから降り立ったオーシャコットが突きや蹴りを幾度も繰り出し、猛蔵が下がりながらそれを弾き、叩き落していく。その中で、猛蔵がオーシャコットの突きに片手を沿わせ、ぐるりと回すと器用にも突きを逸らし、そのまま拳へと変えたその手によって相手の腹部に痛烈な一撃を返した。だがオーシャコットは止まらぬ。


「おお、拳法! お前、心得ておるな!」


 オーシャコットが昂然と言う通り、両者修業し、達者な体術を会得している者たちだけにその後も続く拳を繰り出してはそれを受け、蹴りを放ってはのけ反って避けるという立ち合いは巨躯の猛々しさに加えて踊るように軽快であった。いや、この幻妖なる技を持つ二人の戦いは人並みの格闘だけに留まらない。オーシャコットが火球をその手に出現させては押しつけるように腕を振るった。受けるわけにはいかぬこの攻撃を猛蔵は「おおうっ」と言って飛び退きかわしている。着地した猛蔵は毛髪をうならせた。ざわと逆立った髪が数十の束に分かれ、それら全てが鞭のように乱れ打たれたのだ。


「では痛みならばどうだ!」


 刑罰に用いられ、その中でも比較的軽いとされる鞭打ちだが、むろんこれは凄まじい苦痛をもたらす。しかもこれが数十の一斉連打によって繰り出されたのだからいくら硬かろうが人体が受ければ一瞬にして発狂するような痛みを与えるはずであった。が、オーシャコットはその鞭の乱れ打ちを豪雨を浴びるに過ぎないように口をぐいと笑わせながら近づいてくる。


「ちっ!」

 と舌打った猛蔵は全ての髪を自分の左右へ引き、オーシャコットに槍衾のように幾千もの毛先を向けた。途端に凄まじい勢いで繰り出されるのはその全てによる無数の針突き。針が動き迫る分、針地獄よりも恐ろしい光景が現出した。


「その体、硬いのは全身か? 余すとこなくそうなのか? 確かめてやろう!」


 数千の針による数万の連打である。もとより避けるも防ぐもならぬこの猛蔵の毛針は、オーシャコットのへそも、のども、目玉も全身余すとこなく突いているはず。あまりにも多い毛針によって前方が藪のようになり、もはや猛蔵からもオーシャコットの姿を見ることができないほどであった。もし、オーシャコットに少しでも硬化の及ばぬ部位があるのなら、彼はただでは済まない。

 その藪の正面が、ふいにかき分けられた。そこから顔を出したのは相変わらず顔を笑わせているオーシャコットであった。


「なにっ!」


 彼は愕然として目を見開く猛蔵の顔に、拳を突き刺さらせた。打撃され、吹き飛んでひっくり返った猛蔵にオーシャコットが声を降らす。


「わかったか? 硬くない部位などないのだ。色々と試しているようだが、この魔法に攻略の手立てはない。そのことは、これまで数々の戦いを経験してきた私が今ここに生きているということによって何より証明されている。――これで納得いったろう。お前は私に勝てないのだ。そして逃げられもしない。その点は、重々気をつけて見張っているからな」

「……さて」

 と言ったオーシャコットが手に火球を生みだした。


「やや時間をかけてしまった。さあ、ひと思いに殺してやろう」


 地に尻をついている猛蔵は依然として目を見開いたまま呆としたようにオーシャコットを見上げたままであった。いかなる攻撃も効かないという話を告げられ、戦慄すべき事実を目の当たりにしてはそれも仕方がない――。だが、彼は絶望してはいなかった。彼は跳ね起きると放たれた火球を五メートルも後ろざまに飛んでかわした。


「いや、納得はまだできん」

「まだ何かあるのか?」

 となお気力を見せた猛蔵にオーシャコットがやや呆気にとられて言った。


「一つお前に教えてやろう。お前は自分の体が傷つくことはないと言った。たしかにお前の体は恐ろしく硬いが、この世に傷つかない、ないし壊れない物などない」


 猛蔵は講義を始めた。


「どんなに弱い力であっても物がぶつかれば物をわずかにでも傷つける。それがどれほど弱い力で、ぶつかるのがどれほど硬い物であってもこれは絶対だ。雨垂れ石を穿つというのがいい例だな。つまり、実はお前もわずかに傷ついているはずなのだ」

「ふうん。その理屈はわかったが、だから何だ?」

「よって、攻撃し続ければお前はその傷がつもり、やがて致命な怪我へとつながることになる、ということだ」

「馬鹿な」オーシャコットは笑った。「お前はそれまで攻撃をし続けようと言うのか? おい、お前の攻撃が強力なのは認めるが、それでも私にとっては雨垂れに等しい。しかも私の体は石どころではないぞ。その致命の怪我というものに至るまで、千年経っても終わらんわ」

「いや、攻撃が強力であればあるほど、当然お前は深く傷つき、それほどの時間は必要なくなる。そしてわしにはその通り、これまでの攻撃が雨垂れにも思われるほどの力を発揮できる技があるのだ。その技を、いま見せてやる!」


 足を開いて立つ猛蔵が「ふぅぅ」と獣のように深く息を吐いて腰に両拳を添えた。同時に彼の全ての髪がピンと空に向かって逆立ち、剣山の如くなった。

 その姿を見たオーシャコットは「……むっ」と低い声を出した。ちょっと動揺したのである。自分の魔法に対する自信は揺るがないが、歯を噛みしめ苦鳴のような唸りを漏らし、明らかに気合を込めていると見える猛蔵を目にして、もともと容易ならぬ奴だと認識しているだけに何かをやってのけるのではないかと思ったのだ。――万が一ということがある。その思念が流れたオーシャコットは未だ気合を込めていると見える猛蔵を前に手にサンセクションの火球を生みだした。


「その技とやら、何をするのか知らんが振るうに振るわせん。この戦いはもはや終わった!」

「いや、すでに振るい終わった」

「なに?」

 と、言ったとき、オーシャコットの顔は横を向いていた。突風が薙ぎ付けたように勝手に首が回ったのである。彼のすぐ前には拳を振り抜いた猛蔵の姿があった。次いで猛蔵は拳の連打を繰り出し、オーシャコットの身を叩いていった。


「これならばこれまでとそう変わらんぞ!」


 たしかにそうだ。連打とはいえ、これでは特に際立った技とは思われないが、身を打たれ続けるオーシャコットは次第に驚愕してきた。


「は、速い!」


 打ち出される拳が、凄まじく速いのである。打たれてもどうということはないオーシャコットだが、これは驚くべきことであった。なにしろオーシャコットほどの者が、猛蔵の繰り出す拳を霞がかった動きとしか見てとれず反応できない。猛蔵の拳こそ暴風の中に銀としてしぶく無数の雨しずくであった。

 オーシャコットは先ほどまでの組み合いによって猛蔵の力量に大体の目処をつけていた。が、今の猛蔵はこれまでとはまるで違う。拳の速さだけでなく、初撃を食らわす際の距離の詰めようもその間七メートルはあったのに一瞬であった。もとよりこれまで手加減をしていたなどとは考えられない。では目処を大きく超えるこの劇的な変化は何だ?


「お前、何故こんな。なにをしたっ?」

「脳を刺したのだ!」


 一方的に拳の波に呑まれ続け、顔を右に左にあぷあぷと揺さぶられるオーシャコットはそのためというわけでなく、そもそも猛蔵が言っていることの意味が理解できなかった。だが猛蔵の忍法を知る者ならば思い当たる節がある。脳を刺した――そう、猛蔵は髪の毛によって自分の脳を刺したのだ。

 脳というものは本来百パーセントの機能を使っていないという話はよく聞く。ただちょっと調べてみるとこれは誤りでちゃんと使っているというのが現在の定説のようだ。が、脳が平成現代においても未だ謎の多い器官であることは間違いない。そこを髪の毛によって刺した猛蔵は脳機能の百パーセント以上を実現させ、パワーやスピードが大幅に向上したのだ。

 当世具足の鎧を身に着け、加えて大岩までくくりつけて崖を登れる清十朗――その彼の振り下ろした刀を片手で受け止められる猛蔵。それほどの彼が更なるパワーアップを果たしたら一体どれだけの怪力となるものだろう? それはこの世のあらゆる物を破壊できる力と思われた。

 しかも猛蔵は執拗にオーシャコットの鼻ばかりを狙った。彼は自分が語った例の理論を現実のものとするつもりなのだ。

 むろん、オーシャコットがこのままいいように打たれ続けることをよしとしたわけがない。しかし彼は何もすることができなかった。身を逸らして逃れようにも電光のように伸びてきた手が彼を引き戻し、反撃をしようにも上げようとする腕はその前に抜かりなく叩き落されて彼は腕を下げた状態のままひたすら打たれ続けた。

 その中で、顔を赤くし歯を食いしばり、鬼のような形相となっている猛蔵はついに何かが潰れるような手応えを感じた。


 ――よし。果然なり!


 心中に叫んだ猛蔵は髪を操りオーシャコットの手足を捕えた。オーシャコットを支えた彼は一層念力を込めて拳を振り出す。打つごとに手には崩れるような感覚が走った。数秒経ち、その感覚も極まって何か液状の感が出始めたころ猛蔵は「うおりゃあっ」と絶叫して大振りの一撃を放った。

 髪の縛りが解けオーシャコットは吹き飛んだ。吹き飛んだ彼はそのまま地面に背を擦って倒れた。

 それをやや遠目に見る猛蔵はさすがに満面汗まみれで目元も疲労に淀み、息も荒い。荒い息を飲んで彼は言う。


「……動かん。死んだろう」


 潰れるような手応えのあった獰猛苛烈な連打突き、止めと放たれた渾身の一撃であった。猛蔵はくるりと背を向けた。


「あやつを追わねばなるまい」

「いや、それにはまだ早い」

「なにっ!」


 猛蔵は背後へと向き直った。そこには仰向けに倒れ伏しているオーシャコットがいる。その彼が、こうべを垂れつつのっそりと起き上がっていく。


「まさか……」


 ぐわっと正面に上げたその顔は、鼻周りすら何ともない全くの無傷であった!


「馬鹿な! たしかに肉の潰れる感覚があったはずだ! なぜ、なぜ無傷なのだっ?」

「潰れる感覚とはそれのことではないのか?」


 悠然たる面持ちのオーシャコットに指差され、食い寄る猛蔵がハッとして自分の両手を見下ろした。その両拳は、げん骨が潰れて赤い肉すら露わとなっていた。


「これはっ!」

「そのようになってなお気がつかなかったということは、よほど必死だったらしいな。たしかにそれもわかる見事、素晴らしい、そんな言葉では言い表せぬ拳法だった。だがそれでもやはり私を脅かすことはなかった。――お前はこの世に傷つかぬ物などないと言ったな。なるほど、それはこの世の理屈だろう。だが原則には必ず例外がある。この世において決して壊れぬその例外がオッフェンバック断結界であり、またこの私だ。お前の攻撃は、絶対に私には通用しないのだ!」


 オーシャコットが走り出した。猛蔵の前へとはせ寄った彼が拳を振るう。頬を殴られた猛蔵は続くオーシャコットの攻撃を「くっ」とうめいて何とか血塗れた手の平で受け止めた。次いで振るわれるもう一方の拳も受け止めたものの、オーシャコットが一旦離れたあとすぐに手を開いて向かってくると、猛蔵は押されるようにその両手を掴んで組み合った。組み合って、自分を圧倒しようとして込められてくる剛強たる力に歯を噛んで身を震わせて対抗しつつ、猛蔵の顔は眉が弱く寄せられちょっと悲愁と見え、また呆然自失の感があった。

 ――わしの技はことごとく通じない。もはや万策は尽きた……。我がこと終わった……!

 オーシャコットから伝わってくる自分を押し潰さんととする力にバネのような無意識的な反発こそしているものの、この取っ組み合いを制しようと彼にとっては無意味である。とはいえ、この取っ組み合いに負けて引き倒されでもしたら待っているのはもう立ち上がるもならぬ苛烈な攻撃だろう。この取っ組み合い、猛蔵にとっては勝っても無意味、負ければ死の地獄の苦しみであった。しかも、脳を刺して怪力を増しているはずの彼が徐々に圧され、背を反らすような体勢となっていく。これは彼の心身の疲労、衰弱のみならず、オーシャコットの力の増しようからも来た。今更のようだがオーシャコットは筋力を高める魔法を思い出して使い始めたのだ。

 万事休す。死へ落ちる斜面に足はかかってしまった。その苦境苦鳴の中で、猛蔵は何を思ったか、あらぬことをし始めた。


「なにをする?」


 と言うオーシャコットの頭を、自分の髪によって撫でさすり始めたのだ。その髪は、事前に腰に結び付けられた彼秘伝の薬が入った壺につけられていた。

 彼秘伝の薬は所詮髪を生やし、伸ばすためのものでこれは明らかに攻撃ではない。彼の表情にもそのような気概は見てとれない。であるならばこの場合に、これは全く意図不明の行動となる。彼はこの絶体絶命の中で錯乱的な意識を起こしたのか? いや――思うに彼はこれまで三十余年修得と発展に力を注いできた伊賀忍法が通用しなかったことに悔しさを引き起こして、とにかくそれが通じるさまを見たくなったに違いない。薬を塗られたオーシャコットの頭には見事髪が生えてきた。


「おおっ? か、髪か? 髪が生えたのかっ?」


 オーシャコットは前髪の毛先を上向きにした目に映して、これに関する諸々の疑問よりもまず抑えきれぬ喜色の声を上げた。オーシャコットの頭に伸びたその髪を見た猛蔵も淡く笑った。敵同士、この瀬戸際に浮かべる喜悦の笑い。が、むろん取っ組み合いの力込めは続いている。猛蔵にとって忍法の成果を見て薄笑いを浮かべたのがせめてものことで、彼は目をつむると共に膝をがくんと折ると上から押さえつけられ遂に地面へ引き倒された。


「何のつもりか知らんが、髪を生やしてくれたのか。嬉しいぞ。最後に、そのことは礼を言っておく!」


 猛蔵の腹に跨り両腕を足で押さえ、逃げも抵抗もできぬようにしたオーシャコットはこう言ったがしかし、その手に生み出されたのはサンセクションの火球であった。死の小型太陽である。オーシャコットの手が弓なりに引かれ、猛蔵の顔に向けて振り下ろされた。

 黄泉路を照らすこの一瞬、倒れ伏した猛蔵はそれをまさに中天に見上げるような形になりつつ、その目はオーシャコットの髪ばかり見ていた。ただ、その目が自分の最後の成果を見るような満足とした目ではない。何かいぶかしいようなものを見る目だ。そして、いよいよ彼の声ではなく目が「あっ」と叫んだ。

 直後、「うぐっ」という呻きが上がった。火球の顔に迫っていた猛蔵だが、それでは口を焼かれるはずの彼にこんな声を出せるわけがない。これはオーシャコットの声であった。彼は猛蔵の上から後ろざまに転げ落ち、背をついた。その右目には、猛蔵の髪が粘りつくようにまとわりつきその辺りを眼帯のように覆い隠していた。素早く起き上がって片膝をついたオーシャコットが言う。


「き、貴様、まだ意気が挫けんのか。くどい、しつこい。もう疲れきっているはずだろう?」


 手の火球も無意識に消え、歯噛みして言う彼だが、そういえば何故彼は先ほど怯んだような素振りを見せたのだろう? 右目には猛蔵の髪がピンと張って伸びているが、たとえ何をされようと通じぬはずの彼ではなかったのか?


「それに、この凄まじくゴロゴロする感じ。お前、髪を目の奥に潜り込ませておるな? 止めろっ」


 さすがに不快そうに顔をしかめてオーシャコットが右目に伸びる髪を掴もうとした。その手を髪をくねらせることで避け、すでに立ち上がっている猛蔵が言う。


「そうはならん。……二つの意味に於いて。ついにお前の弱点を見つけたからだ」


 昂然とした心地を押さえられないような声であった。


「なにっ?」


 オーシャコットが幾度も空を掴んでいた手を止めて立ち上がった。


「これまで色々試してきて、そんなものがないことはわかったろう。何を以ってそんなことを言うのだ?」

「いや、わしにはわかる。これまでの人生、どれだけの時をこの髪という忍法に捧げたか。その功徳が、この土壇場で来た。お前の髪の生えよう。硬い体ということを考え合わせたその速度。そこから考えるに、お前の弱点は脳だ。間違いない」

「……」


 このときオーシャコットの顔色が劇的に変わった。それを見て、疲れた顔に息を吹き込まれたようにニッとした猛蔵が続ける。


「お前の頭骨を貫くことはできない。またお前の眼球を貫くこともできない。だが、脳とその直近はお前の魔法とやらの効果が弱いのではないか? それもむべなり。やはり脳は硬くてはいかん。柔らかくなければならん。そのことをお前の髪が教えてくれたのだ」

「……」

「ようやく……同じ土俵に上がったな。今の状況はわかるだろう。わしの髪がお前の脳にたどり着き掻き回すが早いか、お前がわしを殺すないしはこの髪を切るのが早いか。最後の勝負だ!」


 猛蔵がオーシャコットから距離を取るように後ろへと跳ね飛んだ。同時にオーシャコットと彼とをつなぐ黒い糸は前へと進んでいる。右目に何か蠢くものを感じ、茫乎としたように立っていたオーシャコットはぐわっと歯を剥き、獣のような形相となった。

 オーシャコットの金剛不壊の魔法――その唯一の弱点が脳だとはその通りであった。心臓その他の臓器はよいのに脳だけは柔らかくなければならない。ここだけは魔法をかけたら血のめぐりが悪くなり、止めても三十分は思考に霞がかかったようになる。これだけは改善せねばと色々試しても未だ直せぬ弱点であった。それをこの隠密の男は彼ならではの理屈で見抜いた。脳を直接掻き回されるなど想像すら殺す行いだということは言わずともわかる。死の線は繋がってしまったのだ!


「うおう!」猛然、オーシャコットは火球を投げ、雷電の稲妻を放ち、地より火柱を噴き上がらせた。


 猛蔵はそれを避ける。走り、横っ跳び、転がり、伸ばした髪を地面に刺してはそれをたぐって一瞬の静止も見せない。双方必死の様態の中で、相手と顔を突き合わせコンパスのように相手の見えぬ右目の方に回りながら猛蔵だけが笑っている。


「どうした? 早くわしを仕留めねば。目から脳まではそう遠くはない。お前には時間がないぞ」

「ちっ。まさかここまで追い詰められるとは、やはりお前は容易ならぬ奴だったっ。だが!」


 オーシャコットは呪文を唱えると火球を生みだした手を自分の右目に持っていった。彼は先ほど掴もうとしても避けられたことから猛蔵との間に伸びる髪の束の方は捉えるのに時間がかかるとして、避けられぬ目元の方を焼きにいったのだ。金剛不壊によって火球すら効かぬオーシャコットの体であった。

 が、そのとき、オーシャコットの左目に一条の黒い流星が伸びた。それを見たオーシャコットが火球の手よりも頭に意識をやって咄嗟に首を振ってそれをかわした。伸びてきたのは猛蔵の髪であった。


「あはは。隙を見せるな。お前の目はもうひとつあるのだからな。両目に潜り込まれては、盲目となってもはや勝ち目はないぞ」

「では!」


 オーシャコットは左目を左手で覆った。これで両目とも真っ暗になってしまったが、それは右目を燃やすまでのことだ。再び火球の右手が動き出すと、同時に左手に棒で突かれるような重い感覚が走った。それはいい。それは想定内だが、直後指の間に走った感覚にオーシャコットは「わっ」と慌てて左手を振るい払いつつのけ反りかえった。


「わしの髪はどこへでも潜り込む。指の隙間がある限り、お前でも止めることはできん。――そして!」


 猛蔵が吼えるとオーシャコットがはじめて「ぐうっ」と苦鳴を漏らして前のめりになった。手の火球もそれと共に消えた。彼の右目を覆っている髪がぷっくりと丸く膨らんでいる。その膨らみが徐々に猛蔵の方へと移動を始めた。


「やはりわしの予測は当たった。蓋は外れた。もう髪は達するぞ。ここまでの逆転劇は世にも稀だろう。わしの勝ちだ!」


 自分の攻撃をことごとくはね返され、一方的に傷つけられた果てに得た挫けぬ男の死に物狂いの勝利宣言であった。

 ……一方では死の宣告である。それを受けたオーシャコットは前のめりから顔を上げるとそのままゆっくりと空を仰いだ。


「……そうだな。私の立場で考えても、お前は素晴らしい戦いをした。そのことは、つくづくそう思う」


 こちらこそ死に物狂いになってしかるべき男の、この場合に煙管でも吹かすようなゆったりとした言葉であった。その目も、空に消えていく煙でも追うような憂いとした一種のんびりした光がある。

 このオーシャコットの佇みにかえって猛蔵の目が不審に揺れた。観念したとしか見えない姿だが、自分が諦めなかったようにこの剛強とした男が果たして事を諦めるものだろうか? その動揺を抑えるために、


「それももう終わりだ!」

 との発声と共に髪を操ることに没入した。手探りで動く先に目のない髪の毛がたしかに間もなく脳にたどり着くことを確信していると、オーシャコットが「ところで」と言った。その顔には穏やかとすら見える薄笑いが浮かんでいる。


「お前の右耳、音が聞こえなくなっているなどということはないかな?」

「なに?」


 猛蔵は耳に手を当てた。そして眉を寄せて二、三度首を振った彼は、「なにっ!」とまた言った。


「な、なぜじゃ!」

「まさに一髪の差、我らが先んじたということだ」

「……。まさか!」猛蔵が愕然と目を見開いた。

「……しまった。忍者たるわしが潜り込まれるとは」


 その瞬間、猛蔵の頭部がザクロの実の如く弾けた。破裂した。突如なくなった彼の首から上――代わりにその肩に乗っていたのは血まみれとなったバウルンであった!


「……人混ぜあったと悪く思うな。私とバウルンは一心同体。一体の者なのだ」


 オーシャコットがもはや聞こえるわけもないことを虚無的に呟いた。体を自在に伸縮させられる彼の双子の兄弟バウルンは、清十朗を追ったのではなかったのか?

 首がなくなり膝から崩れ、前のめりにどうと倒れ伏した猛蔵の体から着地したバウルンは頭に粘りついた猛蔵の毛を拭いながら言った。


「危なかったな。なかなか近寄る隙がなかったが、機会を窺っていた甲斐があった。やはり一人身で戦ってよかっただろう?」


「そうだな……」オーシャコットはこう答えつつ、右目に手をやってそこに絡みついている髪の毛を引っ張った。顔をしかめ、ズルリとした感覚を覚えながら髪の毛を引き抜くと彼はすぐにそれを捨て、右目へ薄緑の光を纏った右手を当てた。


「大丈夫か?」バウルンが小走りに兄の下へ駆け寄った。


 そのとき、二人の耳に草と土を踏む鉄蹄の低い音が伝わってきた。


「馬か」


 しばしして二人の下に一頭の馬がやってきて止まった。その上に乗っているのは辺りを見回すリィン・マクベスであった。


「死んでおるのは隠密か。しかし兵たちは、やられたな……。お前たちは無事か? ……む、目をどうかしたか?」

「管を切られて眼球を取られた」

「なにっ? お前がか?」

「そうだ。そこの首がないやつな。大した敵であったぞ」

「なるほど。それで、目はどうだ?」

「とりあえず悪くない。治療ももう終わる。取れた眼球もその辺りに落ちているかもしれん」

「探すか?」

「いや、よい。地面に落ちたならどうせ拾っても汚かろうし、王都に戻って魔眼を入れてもらえば目の方はまた見えるようになる。それより、見ろ。目を失った代わりに一つ得たものがあるぞ」


 オーシャコットはぐいと口を広げて笑ったまま頭を撫でた。最早つるりとではない。その頭にはふわりとした髪があった。


「……髪か。生えたのか」


 リィン・マクベスがこう言うと、彼と共にその頭を見ていたバウルンが心配そうな顔から一転、忌々しげな表情となった。


「何を一人生やしてるんだ? 俺はわざわざ逐一髪を剃ってるのに。あんたに合わせるためだぞ」

「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ。これまで済まなかったな。これからは生やせ」


 軽口を交わして笑うオーシャコットは「さて」と言うと、光の消えた右手を放し、その右の掌を左袖の半ば辺りに向けた。彼がよく聞き取れぬ声で何かを言うと袖は丸く裂けて分かれた。分かれた袖を外し、それをさらに裂いて四角い布としそのまた真ん中を途中まで裂いて一本の鉢巻きとした。彼はそれを亡くした目に斜めに当てて結んだ。袖を眼帯とした彼は次いで自分が乗ってきた馬のところへ向かった。猛蔵に転がされ、地面に倒れて怪我をしているその馬に彼は薄緑の光を当てた。


「放っておいて悪かったな」


 しばしして馬はよろめいて立ち上がった。その馬に乗るとオーシャコットが言った。


「隠密はまだあと一人いる。どこの方角へ逃げたのかはわからんが、痕跡を探して追おう」


 この間、水球を生み出して体の血を洗っていたバウルンが血色の水球が零れると共に小さくなって消えた。リィン・マクベスとオーシャコットは酸鼻なる死体たちを抜けて馬を走らせ始めた。


 こうして――移木四季右衛門、冷餅柔膳、蓑毛猛蔵の三人は死んだ。

 人間ならぬ死闘の末、その三人を討ち果たした彼らが残る新瑞清十朗を追う。

 忍法秘奥を繰り出す恐るべき先輩忍者たちすら討ってのけた者たちに追われて、一人残された清十朗に命があるとは思われない。――


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