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三十四話 相争う金剛力士

「私の名はオーシャコット・エレクティア。ソーラコア王国兵科兵団の隊長が一人。王城にて繰り広げられた事件の下手人、また敵国の者であるお前たちを始末しにやってきた!」


 低いが、よく通る声で言い放ったのはその通り、オーシャコットであった。髪の一本も生えていない頭をし、顔の方は岩のようにごつごつとした男臭い容貌をして身体つきは筋骨隆々とした百九十センチを超える大男である。その体格、肩書き――せっかくソーラコア兵たちを倒せたのに、そこに遅れてやってきたのは猛蔵にとってこれまでにない大敵に間違いなかった。

 大敵そこに現れたということを、猛蔵はもちろん認識している。ただし体格や肩書きといったもので判断したのではない。彼はそんなものだけで敵の手強さを判断しない。彼は先ほどオーシャコットが落馬したときに見せた不可思議な頑強さ、そして今も放たれているまるで物理的に自分を射抜いているかのように物凄い眼光によって判断したのである。


「お前の名はなんという?」


 それを思えばこの問いかけ、静かなようだがこれもまたのしかかるような物凄い迫力であった。その声、その眼光を浴び、すでに刀の柄からも手が離れている猛蔵は腕をダラリと下げてこれまで通り黙り込んでいた。オーシャコットの気に心臓を打たれ、慄然として痺れたように立ち竦んでいると見える姿である。


「おい、聞いているのか? 名前を言え」


 ややあって、オーシャコットがもう一度言った。先ほどよりもやや語気を強めての言葉であった。が、猛蔵はふいに笑った。


「馬鹿め。わしは隠密であるぞ。名など名乗るか」


 これまで圧倒されているかのように見えた男の、何とも不敵な面魂であった。オーシャコットは一瞬意表をつかれたような顔をしたが、すぐに彼もまたニッと笑った。


「つれないな。これからどちらかが死ぬのだ。自分を殺す相手に、己の名を知っていてもらいたいとは思わんか?」

「忍者に名乗りを上げる見栄はない。自分の名を知られず、時には名すら知らぬ者を相手に殺し合う。それが忍者の道じゃ。それに、死ぬのはわしではない。死ぬのはお前だ。ならばよかろう、オーシャコット」

「ふふん……。なるほど。隠密らしい。お前たちならではだな。それがお前たちの戦いに対する心得というわけか。……」


 双方笑みを携え、しかしそれが獣よりも恐ろしい顔と見える巨漢の二人。彼らは油断なくお互いの様子を見つめ合っている。

 一方は頭に毛のない入道頭、もう一方は蓬髪を背中に垂らしたひげ面の男。対照的だが、両者百九十センチを超える身長を持ち、太い骨格に厚い筋肉を盛り上がらせた常人ならば見ただけで息が詰まり、前に立って面を向けることすらできそうにない二人である。それは奇怪な金剛力士が相争いを始めたかのような大気すら震えるような光景であった。

 そのまま少し時間が経った。睨み合う彼らの間の何もない空間に、眼光こそ交錯するものの二人は一向に動こうとはしなかった。そのとき、オーシャコットを見ていたその目を何故かギョロっと上向けると、はたと猛蔵が呟いた。


「隠密ならでは……? ……よく言うわ。この心得者め!」


 猛蔵は地を蹴って飛んだ――。ただし後方に向かって。後ろに飛び退いたことで前に吹き流れた猛蔵の髪がそのまま伸び、彼はその髪を操って入り乱れるように無茶苦茶に動かした。地に足擦って着地した彼が繰り出したのは乱髪を無数の鞭とした暴風のような乱打であった。猛蔵の眼前は、髪が地を打つことによって砂埃が立ち、その埃すらなお粉微塵に千切れんばかりの凄まじい髪の交錯ぶりを見せた。

 命を奪わんと追ってきたオーシャコットと、命を守らんと逃げてきた猛蔵の戦いがついに始まったのだ。――と思われたがどうもそれらしくもない。両者の距離は八メートル、これくらいの距離ならば今さら目測を誤る猛蔵でもなかろうに彼の鞭髪はオーシャコットに届いておらず、両者の間の空間をむやみやたらに振り乱れているのであった。

 だがしかし、何のつもりかわからぬそれをオーシャコットは目を見張って見ていた。しかも目を見張るだけではなく、すぐに彼の歯の根はギリギリと噛み締められはじめたのだ。自分の眼前で振られてこそいるものの、決して自分の身には届いておらず何もない空間を虚しく暴れ回っているそれを何故か苦悶するように見ていた彼は呻きだすように、

「もういい、戻れ!」

 と叫んだ。


 その瞬間である。猛蔵の背後の低空に、一人の人間が現れた。まさに一瞬の合間に、投影されるかのように何もないところから突如現れたそれは空中で体を地と平行に伸ばし、どうやってか手も足も使わずに背中のマントをやや丸く張った状態にしていた。マントに空気を孕ませたその人物はスーッと二十メートルも滑空すると地に降り立った。


「忍法ムササビか」


 オーシャコットにも気を配りつつ、体を横にしてその人物の方を見た猛蔵がそう呟いた。すでに髪の乱打は止まっている。その彼の前で、ムササビめいた滑空をした人物はバッと振り向いた。


「俺のことに、どうして気付いた?」


 愕然たる声であった。が、その人物の顔を見た猛蔵もまた「おおっ」と名伏しがたいうめきを漏らした。


「なんだ? 分身かっ?」


 猛蔵が驚いたのも無理はない。滑空の人物とはオーシャコットと頭から顔、さらには身体つきまでそっくりなバウルンであったのだ。双子とはいえ、剛強な身体つきまでそっくりでこの世にここまで似た者同士は他におるまい。自分を挟んで立つ同一人物めいた二人を首を振って見比べている猛蔵にバウルンが苛立った声をかけた。


「おい。俺のことに、どうやって気付いた? ……馬鹿なっ。見抜けるわけがない!」

「いや、わしは見抜く」


 首をバウルンの方で止めた猛蔵がニヤリとして言った。


「先ほどの時、わしはホコリの一粒一粒すら見ていた。その中に、明らかにわしの方へと漂ってくる一つのホコリがあった。風向きの具合からしても、これ一つだけこちらに向かうとはありえんことだ。そのため何かしらの奇襲が仕掛けられているのではないかと思ったのだ。とはいえ、それが人間だとは思わなんだが――。信じがたいことに、どうやらお前は身をホコリのように小さくすることができるようだな。ただそれでもわしは見抜く。忍者の目はあらゆるものを見抜くのだ!」


 いつか――大陸アスファイヤが日本に召喚されてくる前、オーシャコットやバウルンがブラッドルンやノータレィンといった魔族たちと戦ったことがある。その戦いの中で、バウルンは瞬間移動の如く唐突に現れては消えるという不可思議なことをやっていた。その出現の秘密はこれであったのだ。彼は魔法によって体を大小自在に変化させることができるのだ。そして体を小さくした彼はマントを翼として空を飛べる。魔法を使い、風を自在に操ることができる彼にとってこの移動方法もまた加速減速、方向転換自由自在に間違いなかった。

 そのバウルンの奇襲を見事見抜いた猛蔵がオーシャコットへと言う。


「当てが外れたか?」


 切り札が不発に終わったか? という意味である。してやったりと笑う猛蔵の前でオーシャコットが何のことはなさそうな顔で肩をすくめた。だがその顔の裏で、彼の心中には確かに平静とはいえないさざ波が広がっていた。


 バウルンの奇襲が見抜かれるとは予想外だったのである。オーシャコットの覚えにある限り、これまでタネを知らぬ者には対応されたことのない奇襲であった。その作戦を見抜き、対応してみせた猛蔵に彼は、

 ――こいつ、城への潜入をやってのけただけにやはり大した奴だ。それだけに、油断ならん奴。

 と感嘆に似た驚きを覚えた。

 この舌の巻きようは猛蔵がオーシャコットに抱いたのと同じものであった。

 一層目を据えて猛蔵を睨みはじめたオーシャコットにバウルンが声をかけた。


「おい、隊長どの。少しよろしいか?」

「なんだ?」

「こいつ、案外大した奴だが、俺たちならばたとえ一人であったとしても仕留められると思うわな?」

「それは勿論だ。我らの能は先ほどの策だけではない。それが見抜かれたとしても、倒す自信は十分にある」

「しかも俺たちは二人いる。仕留めるのは実に簡単だ。だが二人がかりでやったとしても、少し時間がかかりそうとも思わんか?」

「それは……そうかもしれんな。この男、何をしてもそうすぐにはくたばるまい。見た目からしても、いかにも粘りそうな予感がある。それが?」

「こいつを倒すことに苦労はないだろうが、下手に時間をかけると一つ困った問題が出てくるだろう。こいつには確かにもう一人仲間がいた。そいつは先に行ったが、こいつらの足の速さは尋常じゃない。俺たちの馬はあの通り怪我をしているし、自分の足で追ってもあまり時間がかかるようなら見失って逃がしてしまうかもしれん。俺たちはあんな事件を起こしたこいつらを誰一人として逃がすわけはいかないだろう? そこでだ、ここは一人身で戦ったほうがいいと思うんだが、それを承諾してくれるか?」


 これがここにいる一人が自分にかかり、もう一人が清十朗を追うということを意味する言葉だとは猛蔵にはすぐにわかった。彼は「むっ」と呻いた。猛蔵を間に挟みながら、彼を対象とすることを話しているのにある種彼を無視したようなオーシャコットたちの会話は続く。


「なるほど。それは一理あるかもしれんな」

「だろう?」

「よし。よかろう。では、私はこの男を仕留めることに集中するわ。お前は行け」

「いや、そうはさせん!」


 こういった叫びを上げたのは猛蔵である。そもそも清十朗を逃がさんとここに留まった彼は髪をいくらかの束として伸ばし、触手のごとくバウルンへと襲いかからせた。だが、オーシャコットが行けと言った瞬間、バウルンはすでにこの場から消えていた。彼はまたもやホコリのように小さくなっていたのである。こうなってはバウルンを捕えようにもそう簡単にいかぬのは先ほどの乱打を別に支障なく潜り抜けられたという事実を以って明らかである。襲いかからせた髪の触手は虚空を泳いだ。


「いかん!」


 髪を蠢かしながら横向きの猛蔵はバウルンが進んでいると思わしき方向――つまりは清十朗が逃げていった方をぐわっと注視した。目を凝らして見れば、この眩い日差しが差す中でもホコリのごとき極小物を捉えられる猛蔵の目である。だが、


「こちらを向け!」

 との声がかかると猛蔵はその方へと完全に背を向けて、声のかかった方へとバッと向き直ってしまった。声に従ったというより、覇気によって後頭部を叩かれたような反応であった。向き直ったその方にいるのは当然、未だ五メートルの距離に立つオーシャコット・エレクティアである。


「凄まじく遠目であったが、望遠の魔法で見た限り先に逃げていったお前の仲間、たしかに若かったな。心配か?」


 オーシャコットは言った。


「あのような若者が命を失うとは私としても心臓の鈍くなる思いはする。……だが、お前たちのためにユールズとオネスト、こちらの若者たちは死んだ。ならばあの若者も死なねばならん。そしてそれはお前も同じだ。どうせ死ぬならば、最早こちらに集中し、よく戦って満足して死ね。それとも、バウルンの方ばかり見て、不意をつかれ戦うこともなく死にたいか?」


 よそ見を許さぬ恐ろしい言葉であった。その言葉と共に放出される豪壮なる迫力。バウルンとの会話を挟もうと、すでに戦闘の態勢にあるその彼の様子をじっと見た猛蔵は、間もなくすると何かを振り切るかのように一度首を振った。


「……仕方がない。あれには何とか切り抜けてもらうしかない」


 猛蔵の腰から一刀が滑り出た。


「そうだな。ここからは正真正銘一対一……。まずはお前を斬る方がよかろう。おい、仕切り直しじゃ」


 猛蔵は抜いた刀を青眼へと構え上げた。


「……抜け。どうやらお前はわしと立ち合いたいらしいな。ではやってやる。いざ、参れっ!」


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