二十五話 忍者という化け物の忍び込んだ城
「な、な、なにっ? ユールズとオネストが死んだっ? い、いつ……? どういうことですリィン・マクベス殿!」
と入道頭の双子の弟バウルンが叫んだ。
リィン・マクベスの執務室にて、同じく椅子に座る入道頭の兄オーシャコットと彼を前にしてのことであった。
「そうか。お前はまだ知らなかったのか。遺体が発見されたのは今朝のことだ」
リィン・マクベスが静かに答えた。華美な装飾を為された服を着て、マントをつけ、元々それらの似合う彫刻めいた気品のある容貌を持ち、高潔冷静とした彼だが、さすがに今は平静としているようでもやや青ざめて彫刻そのもののような顔をしている。彼は続けて遺体のあった状況などを説明した。バウルンは知らぬ間にそんなことが起きていたのかと驚愕した。
「その上、つい先ほど知らされたことであるが、二人の遺体を検めたところそこにはある奇怪な点が見つかったそうだ」
「皮をひんめくられた以上に奇怪な点があると申すのですか?」
「うむ。その表皮を剥がれたということだがな。誰もがそう思っていたのだが、実はそうではなかったようなのだ。二人は表皮を剥がれたのではなく、内臓をはじめとする肉や骨を全て抉りだされた上で皮膚を裏返されたようなのだ」
バウルンはすぐにはこの言葉を理解し得なかったようだった。つまり、二人がやられたこととはキウイか栗でも食うときのように皮を残して肉や骨を抉りだされ、皮膚をシャツのように裏返されてはそののち外に出された骨肉を戻されたということであった。首を切り落とされていたのはこのためであったのだ。そのことをもう一度説明されることで理解したバウルンは、「馬鹿な!」と叫んだ。
「骨肉を全て抉りだすなど大変な重作業だ。その上、それらを戻すなど……。だいたい、皮を破らずに皮を裏返す、こんなことが果たして本当に可能なのですかリィン・マクベス殿」
「検めたところ二人の皮膚は妙な弾性と柔らかさをしていたそうだ。骨肉も同様。そのため皮膚を裏返すことはできるし、骨肉を抉りだすことも恐らく容易にできたであろうな」
バウルンは呻いた。そしてその呻きが止むと重い息を吐いて右手で目元を覆いながら、
「……しかし、まさかあの生意気な小僧どもがそのような目にあうとは」
と枯れた声で呟いた。
それに、この場にいる後の二人も苦渋の表情を浮かべた。その様子は心中の声なき呻きが聞こえてくるようであった。そのまましばし黙り込んでいた三人であったが、ややあってリィン・マクベスが、
「今ある問題は、それを誰がやったのか、ということだ。実はお前たちをここへ呼んだのもそのことで意見を聞きたいがためである」
と言い出した。
これまで深沈としていた彼の目がギラリと光っている。これに答えたのはバウルンであった。
「誰かと言うならそれは勿論、いま戦をしている国の奴らでしょう」
「待て。敵がここにいるということか? それならばその者たちはオッフェンバック断結界を越えたということになる。魔王にも越えられぬ断結界を一体いつ、どうやって越えたんだ?」
と言ったのはオーシャコットだ。
「それはわからんが、それ以外に何がある?」
「そうだ」とリィン・マクベスが口を挟んだ。「この場合、道理を考えれば実行犯は敵国の手の者以外にない。私もそう思う。だが、敵国の者だとするならよくわからぬ点が諸々ある。それが私を悩ませるのだ。この点について、お前たちの意見を聞きたい」
「よくわからぬ点とはなんです?」
「まず、オーシャコットが言った結界越えがその一つ。ただこれについてはあまりこだわらぬ方がよいと思う。結界を越える方法に想像はつかないが、断結界を過信するあまり出来ぬと断定してしまうのは危険だ。このことはそういうこともあるかもしれぬとしておいた方が都合がよいだろう。それよりも大きな疑問は二人の遺体の状態にある。二人の体は通常の人間にはあり得ぬ弾性と柔らかさを持っていたそうだ。恐らく魔法……。しかし、この世界の者たちは魔法が使えぬそうなのだ」
「えっ! ってことはつまり、犯人はこの国の人間ってことですかっ?」
「しかも城勤めの人間である可能性が非常に高いということになる」
三人がこう言うのも仕方のないことだ。日本の者たちですらその多くが知らず、また知っていても胡乱気に見る忍法――人間の可能性を追求したこの幻妖たる技の存在をソーラコア側は知らぬ。しかし二人の言葉にリィン・マクベスは首を振った。
「それもまたそうとも断言できん。ただこのことを踏まえて、果たして犯人は外から来たのか内にいたのか、お前たちはどう思う?」
オーシャコットたちは腕組みをした。そしてしばし悩み、静かになった中にバウルンが
、
「やはりこの国の、それもこの城にいる人間があんなことをしたとは思えん。俺は敵国の人間がなんとかしてやったものと思う。兄貴はどう思う?」
「うーん……俺もそう思う、いや思いたいが、その前に犯人は何故あのようなことをしたのかという疑問がある。何故犯人はあのように二人の遺体を晒すような真似をしたのか? この国の者にその必要があったのかと言われれば無いと思われるが、敵国から来た者にはなお無いと言える。せっかく我々に知られずにここに潜り込んだのに、その存在をほのめかすような真似をしてどういうつもりなんだ? 陛下や聖女様の暗殺……あのようなことをするよりも、潜り込んだならばもっとやるべきことが相手側にはあるはずだ」
これにバウルンは反論の言葉が思いつかなかった。さすがの彼らもユールズオネストへの凄惨な行いがその聖女様へ近づくための作戦だとは想像を超えている。バウルンは犯人を嘲るような薄笑いをして、
「だがそんな異常なことをする奴だ。頭がおかしいのは間違いない。頭がおかしいのなら、案外なんの考えもなしにただやっただけじゃないか?」
「いや、それはないだろう。この戦時中に相手方が脳の崩れた奴を潜り込ませてくるとは考えられない。もし犯人が敵国の者ならばそいつは理性的な奴だと思う。だが先ほども言ったようにその理性的な奴がなぜ今回のようなことをしたのかが分からんのだ。その理由が分かるまでは、俺としてもあまりこう思いたくはないが、犯人は内側にいるのではないのかと思えてしまう。それに、お前の言う犯人は頭がおかしいという話、これに一致する人間に俺は心当たりがある」
「なに? 本当か?」
とリィン・マクベスが聞いた。
「ああ。そいつは召喚や開戦が重なって精神的に参ってしまったらしく、ここ最近おかしなことを言ったりして周りに心配されていた」
「名は何と言う?」
「ユークリウッド・クルリンパだ」
リィン・マクベスは首を捻った。
「私の部隊の者ではない」
「俺の部隊とも違うぞ」
「お前はその者が犯人だと思うのか。だが少々精神的に乱れがあったとしても、それだけで此度の事態を引き起こしたとは疑えまい。――よし。そのクルリンパを呼ぶ。ここへ呼んで見定めようではないか」
「それは無理だ」
「何故?」
「ユークリウッド・クルリンパはここ数日姿を消している」
リィン・マクベスは黙った。ユークリウッド・クルリンパといえば城中への物見の際、移木四季右衛門が成り代わった門番のことだ。前に宿屋にて、内紛を疑わせる工夫をしてきた、と物見帰りの四季右衛門がちらり言っていたのを御記憶であろうか。その工夫がこのことだ。わざと奇矯な振る舞いをしておき、突如姿を消す。四季右衛門はその後のことを考えてこの工夫を施しておいたのだ。身を乗り出したバウルンが、
「そ、それじゃいかにもそいつが怪しいぞ。ということはつまり、そいつが今回のことをやったのに間違いないってことか?」
と慌てて言った。
眉根を寄せて沈思しているらしいリィン・マクベスが、ややあって「いや」と首を振った。
「それでもなお、今はまだ断定するべきではない。だがこれでますますわからなくなってしまった。果たして犯人は外から来た者なのか、もしくはそのクルリンパなのか。いずれにせよ確かなことは犯人は未だこの城に潜んでいるということだ。それはこちらにとっては不気味だが、相手からしても最早ここから出ることは叶わない。城門はすでに厳に警戒されているからだ。ここにいるならば必ずや犯人はあぶり出されるであろう。そうなれば、私がそれを斬ってやる」
事件発覚からすぐ、当然ながら城中には警戒態勢が敷かれた。城門の警備は増員されて出るも入るも禁止がかけられ、城中は隅々まで捜索された。加えて城勤めの者ひとりひとりに対して事情聴取や身体検査めいたことすら行われることとなった。が、怪しい者は誰も見つからない。幕府の隠密や目下もっとも疑わしいと思われるクルリンパが潜んでいるところも発見できなかった。にもかかわらず、ユールズとオネストの死から三日、日毎に同じ状態の犠牲者が一人ずつ出ていった。
奇怪至極。これでともかくも犯人が未だ城中に存在することは確定したのだから、捜索はさらに人員を増やして城中を燻すように過熱したのにそれでも犯人は見つからない。いくら議論しようとその正体もわからない。そしてそれによる混乱の中に今日もまた一人犠牲者は出ていく。城中の人々は城門から出ることを制限されたことでむしろ自分たちが死の檻に囚われたのではないかと錯覚した。この間にも城下に騒ぎが漏れぬよう城勤めの人々は強いて静粛にしているが、それだけに城中には不穏と恐怖によるドロリとした空気が滞り始めたのであった。この中で、捜索の指揮を率先して取っていたリィン・マクベスは、
「馬鹿な!」
と愕然とするしかなかった。




