↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
54/75

山小屋会議

 空はまだわずかな暖色を残し、山はじっくりと背中をあぶる。山にとっては吹き出物の如き目障りな突起の中に五人の子どもたち。彼らが秘密基地と呼ぶ山小屋に一つの声がこだまする。彼は人にあって人にあらず。赤いロボットは独演を続ける。

「食べながら聞いて欲しい」ジンケの声が続ける。「まず、はっきりさせること、僕らには共通の敵がいる。その名は、水色の子ども……」

 ぞくっーー。皆が一様に寒気を感じる。肉体を持つ子どもたちが同時に持ったイメージ。それは脊髄を氷の針で刺され、ゆっくりと壊死していく感覚。山小屋の中は依然として暖かいままだが、その名前を耳にしただけで、心底、震えと怯えが止まらない。

「奴に実際に遭ったのは」ジンケが言う。「この中ではナオユキ、タカシ、僕……そしてカホリ」

 ナオユキは電撃に打たれた。カホリが……まさか、そんな目に!? 弾かれたようにカホリを見ると、少女は恥じらいもなくねじりパンを頬張りながら赤いロボットに気もそぞろ。その絹のような肌には暴行を受けた痕跡はない。どこか痛がっている様子もない。

「カホリは僕らとはちょっと勝手が違ったんだ」ナオユキの心中を察するようにジンケが言った。「ガイに誘われて病院の僕を見舞いに行った。だけどガイは既に体を乗っ取られて、僕を殺そうとしていた。カホリは僕を救ってくれたんだ。どうしてガイがカホリを連れて行ったのかは、よくわからない。詳しくは、カホリから聞こう」

 赤いロボットはいかにもロボットらしい身振りでカホリに同意を求めた。カホリは一つうなずき、軽く咳払いをして話し始めた。

 ガイから事件の話を聞いた。妙な噂も聞いた。そしてジンケの見舞いに誘われた。一緒に行くつもりはなかったけど強引に誘われた。その時から様子がおかしかった。でも、友達を心配しているせいだと思った。だけどそうではなかった。病室に入るとガイは豹変した。比喩か何かではなく実際に姿を変えた。信じてもらえないかもしれないけど人間ではなくなっていた。そしてジンケを狙っていた。理由も目的も知らないけど、個人的な恨みがあるように感じた。助けようとしたけど、私は体の自由を奪われたーー。

 カホリは話しながら、時折ねじりパンに唇を当てた。それは口づけと言っても良い仕草だった。他の者ならば滑稽に映るだろう。だがカホリがそれを行うと不思議と絵になった。本人としては、ほとんど無意識な行動だったのだが、ねじりパンの表面にまぶされた粉砂糖が、恐怖の思い出を和らげてくれるような気がしていたのだ。しかし思春期の少年たち(ヨリコでさえも)はその蠱惑的とも思える動作に魅了された。粉砂糖が付着した桃色の小さな唇は、パンの揚げ油でねっとりと照る。時折、細長い真っ赤な舌がアリクイの如く砂糖の粒を根こそぎ舐める。この官能的な演出が功を奏したのか、説明する本人も、聞く側の者も恐怖に呑まれるということはなかった。にわかに信じられない話を、頭から否定するではなく、第三者的な視点でそれぞれの思考に没頭できたのだ。だから反論も質問もなかった。ただ、カホリの体験したことを情報として蓄積したのだ。これはひとえにカホリの才能なのかもしれなかった。

 ここで一つ要点を押さえよう。ガイの体を乗っ取り、その行動を操作したのは、その名を聞くのもおぞましい水色の子どもである。もちろん突拍子のない話だ。だがそうとしか言えないし、そうとだけ感じることができる。その直感こそが彼らの武器である。では彼奴はガイを使って何をしようとしていたのか? 答えは明白、ジンケへの接触、あわよくば殺害である。しかしカホリは、個人的な恨みがあるように感じたのだと言った。更に付け加えると、弄んでいるようにも見えた。確かに何かを探っているのだが、そこには嫉妬と羨望の混在、そしてちらちらと頭を出し入れする無垢な好奇心ーー。それでも吐き気がするほどの悪意には変わりがない。だからカホリ自身にも危険が迫った。その時、思いがけず起こった奇跡によって救われ、偶然出会った教師に保護されたわけだが、実際彼奴が何をしようとしていたかについては皆目わからないままだった。

「弱点を見つけたの」カホリは続ける。「これなんだけど……」とバッグからプラスチックの容器を出した。中身は空のようだ。ラベルに『アルコール手指消毒液』そして『ジェルタイプ』と読める。よくある、ポンプ式の消毒液だ。

「だけどこれは効き目が薄いのかもしれない。病院の入り口にあった、スプレーの消毒液、あれはすごく効いてたかも。火傷みたいになってたもの、ガイの手……」

「へえ……」スグルが手を伸ばし容器を取る。そして何やら説明書きを熱心に読む。

「それでだいじょうぶなのか?」ナオユキが聞く。「また襲われたりしないのか、ジンケの体」

「たぶん」ジンケは答える。「かなり痛い目に合ったからね。それに、人目があればあそこまで大胆な行動には出られないと思う。今日、僕の体は検査漬けだし、父がいない時は、ちゃんと看護の目が届くはずだから」

「そう」とカホリ。「ジンケのお父さんの前ではへこへこしてたわ。先生たちの前でも。ひょっとしたら大人がいるとダメなのかも。大人も弱点なのかもね。でも、なんか気持ち悪い。悪知恵があるって言うか、大人に媚びへつらってる感じがする」

「なあ、痛い目って何のことだ?」続けてナオユキが聞く。

 ジンケとカホリが目を合わせ、見えないマイクはカホリへと手渡される。

「あいつはジンケを食ってやるって言ったの」カホリは話す。「助けようとしたけど、その瞬間、私は水の中に閉じ込められた。何て言うか、魔法みたいなものをかけられたの。それで、声も出せないし、息もできなかったけど、水の中に入っていたのは首から上だけだったから何とか歩くことはできた。だからそれをお見舞いしてやったの。ちょっと貸してくれる?」

 カホリはスグルから消毒液の容器を受け取り、皆の注目を集め、それを勢い良く逆さまにする。どぼん。見えないジェルが一直線にこぼれ落ちる。

「あいつ一瞬はひるんだのよ。だけど、あまり効いてなかった。頭に穴が空いたっていうのに、すぐに再生した。それどころか、今度はどんどん大きくなった。筋肉質に、まるでボディビルダーみたいに。魔法は解けて私は自由になったんだけど、今度は酸欠状態で動けなくって、もうダメだって思った。次にあいつが狙ったのは私だったから。私があいつを怒らせてしまったから。でもその時に、あの人が来てくれたの……」

 あの人? 唐突な第三者の登場に、ナオユキ、スグル、タカシは目を丸くした。「何だ、また新たな登場人物が増えるのか?」という心の声が誰ともなしに聞こえてきそうだった。

「私にはよく分からない。人なのかどうかも分からない。でもあの人は助けてくれた。私とジンケを助けてくれたの。突然窓の外から光が射して、姿は見えないんだけど、その光がガイを止めてくれた。私にはここまでしか分からない。ジンケとヨリコなら、もっと詳しく知っているんでしょ?」

「言えるのは」ヨリコが口を開いた。「あの人は味方で、私たちのリーダーで、本当は私たちが守らなくてはいけない存在で、そして全ての始まり……それがあの人。今言えるのはこれだけ」

 沈黙。誰も意を唱えない。妙な説得力がある。とにかく、中心人物がいるということは、なんとなく安心できる。追い追いわかって行くのだろう。それくらいがちょうど良い。一気にまくしたてられても、おそらく消化できない。その点、少年たちは潔い。

「あのな」仕切り直すようにナオユキは言う。「一応確認だけど、警察に通報するってのは、考えたのか?」

「考えたわ」すぐさまカホリが答える。「もちろん、そんなこと真っ先に考えた。だけど、何も言えなかった。私、ジンケのお父さんにも、木村先生にも河合先生にも会ったのよ。それもあいつのいる前で。だけど言えなかった。わかるでしょ? 言えないの。大人の前では言えなくなってしまうの。言っても無駄。立場が悪くなるだけ。それに、恐ろしいわ。私たちだけなら良いのよ。大人に話すことで、どんな恐ろしいことが起こるか想像がつかない。何て言うか……巻き込みたくない。ちょっと待って……すごく変な感覚だけど、私たちが守ってあげなくちゃいけない、そんな気がする……」

「それわかるよ」タカシが言った。「誰にも言えないっての、よくわかる。だから俺引きこもってたんだから。これくらいの熱、本当はどうってことないんだ。むしろ引きこもるために、気合入れて熱上げてるくらいなんだから。だからみんなでこの話してるのって、すげえスッキリする。正直、ナオにもハッセにもどんな顔して会えばいいかわかんなかったもん。きっと、気まずくなると思ったから……。それで、そう言うナオはどうなの? このこと誰かに相談した?」

「いや……」ナオユキは答える。「話してない。スグルが来てくれて、初めて人に話した」

「な、やっぱりそうだろ。そういうもんなんだよこれは」とタカシは少々得意げにねじりパンをかじる。粉砂糖にまみれた口元は今や体調の悪さをどこにも感じさせない。

「でも本当は誰かに話したくて仕方なかった」赤いロボットが言う。「ただ、そうしてはいけないという底知れぬ圧力のようなものを感じた。友達に話せば嫌われてしまう。大人に話せば怒られてしまう。そんなレベルの話ではない。話した時点で、友達も、家族からも、学校からも、この世界からも永遠に見放されてしまう。この忌々しい経験は既に僕らの一部だ。僕らの中で生きている。それを全てなかったことにされてしまうと、生きながら幽霊にされてしまうんだ。この僕みたいにね……」

 赤いロボットは肩をカクカク揺らした。笑っているつもりなのだろうか。だがその仕草は見るもの全ての勇気をくじいた。次は自分の番かもしれない。動き、そして喋るハリボテ人形を見ていると、どうしてもそんな想像がよぎる。

「脅かすなよ!」タカシが口火を切った。「それはそうとジンケのそのザマ、なんなの!? まだ何の説明もないんだけど」

「僕が言いたいのは、全ては関連しているということ」ジンケは話す。「僕はこれを捨てたんだ。だけどヨリコが持っていた。わざわざ清掃公社に連絡してまでこれを回収したんだ。この赤いロボットを作ったのは僕だ。どうしてこれを作ったのか僕自身にもわからなかった。時に僕たちみたいな子どもは理由もなく物作りに熱中する。そんなことだろうと思っていた。でも今ならわかる。僕もヨリコも自分の意思とは別の力で動いていた。全ては今のために。そしてこれからのために。あらかじめ用意されていた選択肢だったんだ」

 彼らは聞き入る。どんな授業でもこれほど集中したことはない。

「あの人だよ」ジンケは続ける。「あの人が段取りをした。僕らの親愛なるあの人がみんなを集めたんだ。この体がないと、僕はヨリコ以外には視えない。ナオユキがこの無線機を持って来てくれたから僕はみんなと話せる。カホリがお見舞いに来てくれたから僕はまだ生きている。ナオユキたちが真っ先にあいつと遭遇した。それがなかったら、僕らは今頃何も知らずにいた。みんな自分の思惑とは違うところで選択肢を与えられて来た。それはきっと選ぶことのできない選択肢なんだ。そして例え二者択一だったとしても、同じものを選ぶはず。それが僕らなんだ。あの人の忠実なしもべである僕ら……」

「ちょっと宗教じゃないんだからそんな言い方やめてくれない」ヨリコが横槍を入れた。「あの人は確かに普通じゃないんだけど、別に神さまじゃないわ。ただ、ずっと心配していたの。こんなこと起きなければ良いと思っていた。それに万能でもなんでもないのよ。だったらこんな回りくどいやり方しないでしょ。あの人自身で解決できるはずなんだから。あの人はね……弱っているの」

「弱っている?」タカシが聞いた。

「だからあたしたちが頑張らなくちゃいけないの」とヨリコ。

「頑張るって、何をだ?」ナオユキが問う。「まさか、俺たちで戦えって言うのか? まさか……いかれてやがる! あんなバケモノ、どう戦えって言うんだ!」

 気まずい沈黙が流れる。ナオユキにそれを言われたら何も言い返せないことが皆十分に分かっている。この中で戦闘員と呼べる者は彼以外にはいないからだ。

「ねえナオ」タカシが言う。驚くほど澄んだ声をしている。「俺できると思うよ。わかんないけど。ほら、あの時のこと、俺ビビっちゃって細かくは覚えていないけどさ、ほら、ジンケだっているしーー」

 タカシは話した。一時は記憶の彼方に忘却した悪夢。たった一日前とは思えないほど遠く重々しい記憶。ナオユキ、ハッセと共に経験した悪魔とのファーストコンタクトを思い出せる限り話して聞かせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。