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№22 先制、奥義、模倣


 タイガとアシュリーとの戦いは終わり、続いて準決勝の二回戦が始まろうとしていた。

 タイガとアシュリーとの戦いで熱狂し、最後に静寂した観客達であったが、またも熱を帯びてくる。

 観客達が今大会で一番盛り上がると予想している対戦がこれから始まるのであるから、それも当然かもしれない。


 二人の闘士が闘技場で向かい合う。


 一方は金獅子族代表のクイン、かつては短く刈り揃えられていた金髪はショートボブほどに伸びた。

 男装の麗人のようであった以前とは違い、より女性らしくなった。

 とはいえ、立ち振る舞いは闘士のそれであり、佇まいからして強さを感じる。


 対するは大獅子族代表のジェーン、かつてのクイン以上に短く刈り揃えられた金髪。

 クイン以上に主張する特大の女性らしい膨らみが無ければ男と見間違える者もいるかもしれない。

 威圧感は男性以上であり、それは長身である事だけが原因ではないだろう。


 観客達の熱は上昇し、審判の開始の合図を今か今かと待ち構えている。


「始め!」


 審判の合図とともにクインが間合いを詰める。

 だが、先に仕掛けたのはジェーンだ。

 開始早々、族長技の雷砲を繰り出す。

 放出された闘気はクインの顔を目掛けて一直線で飛んでいく。


「はあっ!」


 気合の声と共にジェーンから放たれた闘気の塊を闘気を纏った拳で殴るクイン。

 闘気の塊が霧散したのを見て驚愕の表情を浮かべるジェーン。

 それを隙と見て、クインは跳び蹴りを見舞う。

 咄嗟に腕でブロックするジェーンだったが、威力を消せずに数歩後退る。

 先制打を受け、カッとなったジェーンがクインを睨みつけようと目を向けると、目の前にはクインの膝が飛んでくる。

 クインは跳び蹴りの着地と同時に跳び膝蹴りを繰り出していたのだ。

 後ろに仰け反り膝を躱すと膝から下が伸びてジェーンの顎を蹴り上げる。

 膝を躱された瞬間に蹴り上げに移行したクインの攻撃である。


 顎を蹴られ、大きく仰け反るジェーン。

 ヒットは的確ではなくダメージも大きくないがプライドは大きく傷つけられた。

 そんなジェーンにクインは追い打ちの横蹴りで腹を狙う。

 ジェーンは急いで防御しようとするが間に合わず、クインの横蹴りを腹部にもろに食らい、数歩下がると片膝をついた。

 胃液が喉元まで上がってくるほどのダメージ。

 だが堪える。

 弱みを見せれば執拗に狙われるのは闘士の常識だ。


 片膝をついたのをダウンとみなしたのか、クインは攻撃を控える。

 そのことで更にプライドを大きく傷つけられたジェーンだったが、激怒する寸前で堪えた。

 

『さっきの試合で経験したばかりだろう』


 そう自分に言い聞かせると大きく息を吸い込み、雷神流闘法の特殊な呼吸法をすることで冷静さを取り戻そうとする。

 だが沸々と湧き上がる怒りは収まりそうにない。

 感情のコントロールができない訳ではない。

 だが、プライドを傷つけられた時の怒りだけはコントロールしきれない。

 ジェーンは傷つけられたプライドを慰撫する為にクインに放つ技を決め嗜虐的な笑みを浮かべたが、すぐさま表情を取り繕うと徐に立ち上がる。

 対するクインはそれを黙って見ている。

 勝負に対して高潔な心構えではあるが、ジェーンには大して価値が無い。


「はっ、高潔なことで!」


 ジェーンの言葉にクインは眉を顰める。

 その表情も気に食わないとばかりに、ジェーンはクインに襲い掛かる。

 その技は拍手万雷。

 大勢の人の盛大な拍手という意味ではない。

 拍手とは一拍の間に繰り出す手を使った技であり、それが万雷の様にいくつも繰り出されることから名付けられた技である。

 数秒の間に繰り出される数十の拳や手刀、掌打。

 その全てをクインは防御し捌き、あるいは躱した。

 防御した分だけダメージはあるが、それは僅かでありクインの動きを阻害するものではない。

 次は自分の番だとばかりに、クインが攻撃に転じる。

 その技はジェーンと同じく拍手万雷。

 ジェーンは驚き、またもプライドを傷付けられたが、なんとか冷静にクインの攻撃を防御し捌き躱す。


 そしてジェーンはタイミングを見計らいクインとの距離を開けた。

 クインは予想以上に強いとジェーンは感じていた。

 自分より優れている可能性を持つ相手であり、舐めていい相手ではない。

 それくらいの評価を持って相手をしなければならないと決めた。


 ジェーンの顔つきが変化したことにクインは気付いた。

 私を舐めて油断していてくれると有り難かったのだがなとクインは思った。

 前回大会で自分の兄と戦った時のジェーンをクインは知っている。

 油断していい相手ではない。

 改めて気を引き締めるとクインは静かにジェーンと対峙した。


 暫しの静寂の間の後、先に動いたのはクイン。

 八つの技を流れるようにスムーズに繰り出す連続技で、金獅子族に伝わる雷神流闘法の基本の型を実戦で通用するレベルまで研鑽したものである。

 各獅子系獣人にそれぞれ一つずつ受け継がれている伝統的な八種の型の一つであり、他の獅子系部族は知識として知っているが自身の部族に伝わる型を重視するように教え伝えられているので、深くは理解しない。

 それはつまり、実戦で使える程に研鑽したものであれば基本の型とはいえ他部族に通用するともいえる。

 クインはそこまで深く考えて、その技を出したわけではない。

 だが結果として、その技はジェーンに少なくないダメージを与えるはずだった。


 しかしジェーンはクインの放つ八つの技の全てを事前に知っていたか如く、尽くを軽やかに躱した。

 クインの父である金獅子族の族長は、それを見て戦慄し思わず立ち上がった。

 そしてジェーンの父である大獅子族の族長を大きな疑念を持って睨む。

 だがその視線の先に居る大獅子族の族長も驚愕の表情を浮かべていた。

 そんな金獅子族の族長の行動を周囲の族長ではない獣人は何か問題でもあったかと訝しむ。

 そう、それはコノメ大森林の獅子系獣人であっても族長だけが驚くべき事象であった。


 八種の基本の型は族長ならば、その全てを深く理解している。

 なぜならそれこそが族長秘技だからである。

 八種の基本の型は八種の基本の技から成り立っているが、どの基本の型も最後の技の後に他の基本の型にスムーズに移行できるようになっている。

 つまり基本の型は八つの技を連続して繰り出すものであるが、他の基本の型と組み合わせれば体力の続く限り無限に技を繰り出せる代物であるということだ。

 だが、これは非常に危険な技である。

 体力の続く限り繰り出される技を連続で食らい続ければどうなるかを考えれば明白である。

 そのことを各部族の族長だけは知っており、だからこそ他部族の基本の型を部族の闘士に深く理解させようとはしない。


 それなのにジェーンは金獅子族の基本の型から繰り出される技を深く理解しているからこそできる対処の仕方で一撃も食らわなかった。

 それはつまりジェーンは他の部族の基本の型を理解しているという事であり、それが全八部族であるなら族長の秘技を大獅子族の族長はジェーンに教えていることになる。


 しかし、大獅子族の族長も驚愕の表情を浮かべていた。

 という事は彼も知らなかったという事であろう。

 そこまで金獅子族の族長は考え、ジェーンがどうやって知ったのか、その裏にある存在を意識し危ぶんだ。

 大獅子族の族長であるなら、コノメ大森林の獅子獣人の問題としてどうとでも対応できる。

 だがもし、外の者であるなら? タイガを代表とした金獅子族、アシュリーを代表とした赤獅子族という例をもって反論されたら悪しと断罪はできないであろう。

 金獅子族の族長は何も言えぬまま、視線を闘技場に戻した。


 闘技場では技巧的かつ迫力のある攻防が両者拮抗の元に行われていた。

 クインは予想通りの、ジェーンは予想以上の相手の力量に冷や汗をかきながらも楽しんでもいた。

 それは互いにまだ手札があるからこその余裕であると互いに分かっている。


 どちらが先に手札を切るか、あるいは切らせるか。

 そんな駆け引きをしながらもあわよくばの一撃も狙っている。

 スリリングな凌ぎ合いは一進一退であったが、徐々に均衡が崩れて行くのを観客は感じていた。

 観客が押していると見ているのはジェーン、本人にもその自覚はあった。


 ジェーンは高揚感に包まれていた。

 自身に予知の魔眼が開眼したかと思わせるほどに、クインの次の一手が分かる。

 そして、その予見に合わせてカウンターの技を出せば仕留められるほどに、クインの癖を見切ったと感じた。

 プライドを大きく傷つけられた代償に残虐な技で痛めつけてから勝とうと考えていたジェーンだったが、そこまでする必要はないかと考えを改めていた。

 癖を見切り、技を見切ったことで、自分はクインより上位者だと感じたからだ。

 序盤の失態は雑魚が少し燥いだだけであり、強者である自分が気にすることではないとプライドを慰撫したからである。

 舐めていい相手ではないと判断したはずが、自分が優位であることを確信したことで変わってしまった。

 だが、そんな考えを後押しするかのように、クインの技を先読みできていた。

 

『ほら前蹴り、ここから上下のコンビネーション、最後は中断回し蹴りだ』


 もはやジェーンは余裕の笑みを浮かべてクインの技を見切っていた。

 一連のコンビネーション、基本の型とは違うクイン独自のものであるが、ジェーンは易々と見切り、躱していく。

 最後の回し蹴りは、クインのコンビネーションの組み立ての癖のようなもので、決まってやって来る。

 しかも、軌道が分かり易い。

 いっそのこと回し蹴りに合わせてカウンターの一撃を入れようと考えた。

 クインが最後の中段回し蹴りへと動いたと同時にジェーンは攻撃しようとする。

 だがジェーンの予測した中段蹴りは来ない。

 かつて自身がタイガにしてやれれたのと同じ様に、クインもまたジェーンにこの技が来ると思い込ませた。

 ジェーンはその策に見事に嵌り、一瞬の隙を晒してしまった。

 その刹那、ジェーンを襲ったのは高速の上段回し蹴り。

 数メートル吹き飛び闘技場の床を滑るジェーン。

 果たして勝負は決したのだろうか。


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