№21 回想、覚醒、格上
タイガの攻撃がクリーンヒットしたアシュリーはダウンし、観客達はアシュリーの負けを確信するも、それを覆そうとアシュリーはゆっくりとではあるが立ち上がろうとしている。
タイガはそんなアシュリーをじっと見詰めており、その眼差しは自分が立ち上がるのを望んでいるようにアシュリーには思えた。
『この感じは親父に初めてぶちのめされた時みたいだな。そういや、こいつも親父みたいな眼差しをしてやがる』
アシュリーは起き上がりながら過去を回想する。
彼のいう親父とは実の父親ではなく、彼の師匠である。
アシュリーの記憶の中に母親だけは居たが、彼が幼い頃に死んでしまっている。
父親は誰かすら知らず、知りたがりもしなかった。
だからアシュリーの生きる場所は王都の中の貧民窟になった。
だが、アシュリーは逞しく生き抜いていく。
恵まれた体躯と凄まじい度胸に加えて類稀な戦闘の才能も持つアシュリーは、スラムで生き抜いた数年で顔役の一人となる。
まだ未成年者であったのにも関わらず顔役となったアシュリーは、大小様々なグループが混在するスラムで一番勢いのあるグループを作り上げていった。
そんなアシュリーのグループの縄張りに、後に彼の師匠となるマシューがやって来る。
些細な理由でやりあうことになり、それまで負け知らずだったアシュリーは手痛い敗北を喫した。
だが負けん気の強いアシュリーは何度も挑む。
それでもけして勝てずに、とうとう結果としてマシューの弟子となった。
そこでアシュリーは雷神流闘法の本質と新たに武神流闘法を学んだ。
武神流闘法は全ての闘法の源流といわれており、『武神を会得せし者は全てに通ず』という言葉もあるほどの闘法だ。
だが、あらゆる闘法の基礎を学ぶ故に時間がかかり過ぎることや、選択肢の多さから力の弱い者でも簡単に覚える事が可能な技も多いという悪しき面もある。
それ故に女子供のなんちゃって護身術、あるいは老人の健康法、などとネガティブに捉われがちな側面もあった。
だがマシューは、武帝と呼ばれる当代最強の武神流闘法の使い手の直系弟子だ。
武神流闘法の正統な教えを受けており、なおかつ完全には会得していないものの雷神流闘法も習熟していた。
武神流闘法を学んだことにより垣間見ることができる武の本質、あるいは真理いうべきものにより、雷神流闘法を深く理解していたマシューは、その知識を惜しみなく伝えた。
そうやって弟子になった者たちに厳しくも暖かく指導していった。
その指導の甲斐もあり、真面目に習熟に励んだ弟子達は力をつけていった。
中でもアシュリーの成長速度は凄まじく、短い月日でマシューの予想していた以上の成長を遂げる。
腕試しに出場した武闘大会では、全力を出すまでもなく他を圧倒し優勝。
賞金で稼げることを知ったアシュリーは数々の武闘大会に出場し、その全てで優勝していく。
そして大いに名を上げたアシュリーは人生が何もかも上手く好転したかのように思えていたし、口にはしないがマシューのお蔭だと深く感謝していた。
だが、そんな輝く日々に陰を落とす出来事が起きてしまう。
マシューが大病を患ってしまったのである。
治療の為には大金とコネが必要だと知ったアシュリーの元に、天の助けか悪魔の囁きか赤獅子族族長の息子であるグラントがやって来る。
大会に出場するだけでマシューの治療に必要なことをしてくれるというグラントの言葉をアシュリーは直ぐに了承した。
旅立ちの日、マシューは衰弱しきりながらもアシュリーに一つの技を見せた。
「この技を忘れるなよ」
マシューは微笑み、アシュリーを見送った。
その技はアシュリーの見たことのない少し変わった雷拳であった。
だが雷拳は基本中の基本の技であり、またマシューから何度も褒められた事のある技なので、基本を忘れるなという意味にアシュリーは解釈していた。
少し変わった雷拳に見えたのもマシューが衰弱している故にきちんとした雷拳を見せられなかったのではないかと推測していた。
「雷拳か」
立ち上がり、戦闘姿勢になったアシュリーはタイガを見ながら呟く。
タイガはそんなアシュリーを油断なく見つめている。
アシュリーは無造作に雷拳を放った。
偶然か必然か、それはマシューが見せた雷拳と同じものである。
「うおっ!」
アシュリーの放った雷拳をタイガは回避することができなかった。
なんとか防御することはできたが、十全の形ではなかった。
決して油断していたわけでも慢心があったわけでもない。
だが結果として、今度は逆にタイガがダウンを喫する形となった。
しかも十全ではないとはいえ防御したのにも拘らず数メートルも殴り飛ばされている。
「ここにきて神級を出してくるとはね」
そう呟きながら、タイガはゆっくりと立ち上がる。
カウントギリギリで立ち上がり息を整える。
とはいえダメージは抜けきってはいない。
神級とは闘法最高級の技であり、その威力は絶大なものだからだ。
そしてタイガの呟いたとおり、アシュリーの放った雷拳は神級の技の代名詞といわれる雷神拳の亜種であり本物の雷神拳には及ばないが、紛れもなく神級の技。
それは武の本質に触れた経験を持っており、なおかつアシュリーのことをよく理解しているマシューだからこそ伝えられた技である。
「これが神級か」
タイガの呟きを聞いたアシュリーは、マシューから授けられた神級の技を反復練習するかのように無造作に繰り出す。
明らかに撃つと分かった動作であるから、流石にダメージの抜けきっていないタイガでも余裕で回避する。
だがアシュリーにとって当たる当たらないは二の次で、感覚を掴むために繰り返しているに過ぎない。
何度目かの亜種雷神拳を繰り出した後にアシュリーは拳を強く握り、口角を上げタイガを見る。
「さあ、まだまだこれからだ」
その言葉と共にアシュリーの怒涛の攻撃が始まる。
亜種雷神拳の感覚を完全に掴んだアシュリーは多種多様な技に神級の技を織り交ぜタイガに迫る。
その攻撃は見る者を魅了し、観客は熱狂する。
アシュリーの負けを予想し意気消沈していた観客たちも、見るからに威力がある彼の雷拳が当たれば勝てる見込みがあると手の平を返し、声が枯れる程の声援を送る。
「現金な奴らだ」
そう言いながらも観客の声を糧にアシュリーの攻撃は冴え渡る。
タイガといえば防戦一方である。
その状態に観客は更に熱狂していく。
だが、観客が知らないことをアシュリーは知っている。
タイガを睨みながらアシュリーは考える。
こいつには短い時間で相手の強さに順応し、いつの間にか対応できるようになっているという図抜けた才能がある。
今は有利だが、いつ対応されてしまうか分からない。
ただ、今は順応しきれていない。
だとすれば、今こそが勝機。
アシュリーは獣のように叫びながら完全獣人化する。
筋力、闘気、獣気の全てが高まりアシュリーが加速する。
亜種雷神拳は亜種ではなく本物の雷神拳ほどの高みへ到達する。
ぎりぎり躱しはしたが、タイガの背中には冷や汗が流れた。
「殺す気かよ」
少しお道化ながらタイガが言う。
アシュリーは殺す気でいかなければお前には勝てん! と心で思いながら猛攻を仕掛ける。
そのパワーは一回戦でタイガと戦った大獅子族のウェイドを上回り、スピードは同じく二回戦で戦った黒獅子族と金豹族の混血でありながら純血獣人であるサンタナを上回っている。
その猛攻をタイガは躱し捌き凌いでいるが紙一重だ。
『あと少し!』
ほんの僅かでも自分の強さに何かが加えられればタイガを倒すことができる。
それはアシュリーの確信である。
そして思い至る。
準々決勝で戦った相手、クリスの突然の闘気開放を。
あいつにできて自分にできないなんてことはないはずだ。
しかしどうやって? 完全獣人となった今、時間は限られている。
焦るアシュリーは自分への不甲斐なさに苛立ち、その怒りは期せずして怒りの闘気開放を促すきっかけとなる。
きっかけさえ掴んでしまえば、天才であるアシュリーに不可能はなかった。
怒りの闘気開放を発動させ、爆発的に闘気が増加するのを感じたアシュリーは勝利を確信する。
『これで貰った!』
それは渾身の一撃、師匠から授かった神級の技を今自分ができる最高の水準で放つことができた。
それは勝利の一撃、最強の敵を打ち倒し更なる高みへと自分を押し上げるべく放たれたものだった。
だが、それでも。
「これ食らったら本当に死ぬから」
アシュリーの人生における最高の一撃を躱したタイガはそう言い放った。
なぜ? アシュリーの頭の中は疑問で埋め尽くされる。
答えは出ずに口から出たのは頭の中の疑問そのもの。
「なんでだ!?」
その顔は混乱しているようであり憔悴しているようでもあり、複雑極まりない。
「闘気を強化する技はあんただけのものじゃない」
呆けた顔でタイガを見詰めるアシュリー。
その視線を返すタイガ。
アシュリーの疑問はあっさりと解消された。
それはアシュリーと同じ怒りの闘気開放ではなくクインがアンバー戦で使った闘気を強化する技ではあるが、闘気を強化し身体能力を上げることでタイガは躱すことができたのである。
だがその事実を認められない者もいる。
僅かでも自分の強さが増せば倒せるはずだった。
望んで望んで、僅かどころではない強さを手に入れた。
そして人生最高の一撃を放ち、勝利を確信した。
なのに目の前には、その確信を否定する事実があった。
だがアシュリーは夢か幻であるとしか思えない。
アシュリーは錯乱した。
目の前で起きている現実を非現実と捉え、そこから正気に戻ろうとアシュリーの中では幻覚であるタイガを消し去ろうと闇雲に攻撃する。
その攻撃には冴えもキレもなく、タイガは苦も無く対応するが反撃をすることは無かった。
やがてアシュリーの心は落ち着きを取り戻した。
そして完全獣人から人化し始める。
タイガはそんなアシュリーを見ている。
アシュリーも見返し、やがてゆっくりと口を開いた。
「俺は弱かったのか?」
「いいや、強かったさ」
「だが、お前よりは弱い」
「まあそうだな」
「けっ、そこは否定しないのかよ」
どこかスッキリとした顔をしてアシュリーは振り返る。
出口に向かって歩き出すアシュリーは審判に降参、自分の負けだと告げる。
その声を聞いた観客の一人が野次を飛ばした。
それは賭けに負けた者の他愛無い野次だった。
だが賭けに負けた者は多く、一部の者がその野次に乗って声を荒げる。
心ある多くの者は眉を顰めるが、それだけである。
いずれ沈静化するからだ。
その野次を受けるアシュリーはどうであろうか? 彼は言い掛かりに等しいその野次を受け入れた。
負けた自分には何も言うことができないと考えたからだ。
だが悔しくもあった。
闘技場から控室へと去りゆくアシュリーの耳を心無い野次が汚している。
だがその耳にヤジ以外の音が響いた。
それは雷鳴に似た音、雷音技の音であった。
振り返り闘技場を見るアシュリー。
そこではタイガが雷神流闘法の基本の型を雷音技で行っていた。
クインの様に高めた闘気から絞り出した一撃の雷音技ではない。
基本の型に組み込まれている技の全てを雷音技でこなしているのである。
それはアシュリーだけでなく見る者の全てを魅了する。
雷音技に憧れを持つこの地の獅子系獣人であれば尚更だろう。
そして基本の型の最後の技、雷拳をアシュリーが師匠から受け取った亜種雷神拳で行った。
亜種とはいえ神級の技であり、雷音技は奥義とはいえ帝級の技である。
その違いは明白でどちらが格上の技であるか分からない観客はいないであろう。
コノメ大森林に住む獅子系獣人にとっての憧れである雷音技よりも格上の技である亜種雷神拳をアシュリーは繰り出せる。
どれ程の強者か理解できるだろう? と、暗に示している。
野次を飛ばしていた者たちは黙らされた。黙らざるを得なかった。
そして観客はある意味で神聖な静寂の中に身を置くことになった。
「けっ、おせっかいな野郎だ」
そう言うアシュリーの顔は喜びと感謝が隠しきれていなかった。
だが、直ぐに顔を引き締める。
自分の目指すべき、超えるべき存在の強大さを再認識したからである。
「先は長いな。だが……」
アシュリーは決意を新たに歩みを進めた。
汚された耳は浄化されていた。
雷音技には浄化の力もあるとされている。
アシュリーの耳には雷音技の音と、タイガが放った自分よりも上等な亜種雷神拳の風切り音が記憶された。




