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№23

 ジェーンの意識は混濁していた。

 だが、混濁はしていても失ってはいない。

 自身の状況も認識していた。

 思いがけない一撃により大きなダメージを負った。

 無様に蹴り飛ばされ、床を滑った。

 それでも意識を失わず、ぎりぎり敗北は免れた。

 やがて、意識がハッキリとすると、負けていない事に先ず安堵する。

 そして、自分の不甲斐なさに激怒した。

 それは今迄の人生にない強烈な怒りであり、闘気が体中に巡る程である。

 その瞬間、ジェーンの中の何かが弾けた。

 怒りは消え、高揚感だけがある。

 自分の中にあった抑えきれずコントロールしきれなかった高純度のエネルギーの塊が、支配下に入り効率よく体を動かす為のエネルギーになっているのを感じる。

 そう、ジェーンは怒りによる闘気開放を会得したのである。


『雰囲気が変わった?』


 ダウンより立ち上がり、構えるジェーン。

 雰囲気の変わったジェーンの様子に警戒度を上げるクイン。

 そんなクインを見詰めるジェーンの眼は冷徹な光を帯びている。

 殺気の様なものを感じたのクインは、闘気を練り上げ重点的に防御力に回す。

 闘気を練り上げ、一時的に戦闘能力を上げる術をクインは会得したが、習熟度においてタイガには遠く及ばない。

 攻撃力、防御力を全て満遍なく向上させるタイガに対し、クインはまだ偏りが生じる。

 だがそれでも、一時的といえども完全獣人化より長く能力向上していられるので、多くの者が羨望するだろう。

 ゆっくりとした足取りで間合いを詰めていくジェーン。

 クインは防御を重視した構えで待ち構えている。


「しっ!」


 掛け声と共にジェーンが基本的な下段蹴りを繰り出す。

 何の変哲もない右足の下段蹴りだ。

 クインは軽く足を上げ基本通りの防御をする。

 続け様にジェーンは左の中段蹴りを繰り出す。

 これも基本的な技だ。

 クインは焦ることなく基本通りの防御をする。

 ジェーンなおも続け様に基本の技を繰り出す。

 それは大獅子族に伝わる基本の型で八つの基本の技をスムーズに連続で繰り出すものだ。

 金獅子族の基本の型と異なるのでクインは戸惑うも八つの技を防御しきった。

 だが、八つの技で終わるはずの基本の技が終わらない。

 その手数は十を数え、二十を超えてなおも続き、やがては百を超える。

 地球世界と異なる理を持つ誕生世界においても、その連打は驚異的だった。

 ただの連打ではない。

 一連の攻撃が全て連撃になっている。


「無限に続く連続技かよ」


 観客の誰かが呟いた。

 その観客の感想は的を得ていた。

 ジェーンが現在進行形でやり続けている技は体力の続く限り繰り出し続けることができる連続技であり、族長のみに伝わる秘技だ。


 だが、その秘技をクインは耐え続けた。

 間断なく隙無く続く連打を根気よく耐え続けた。

 クインとてただ耐え続けた訳ではない。

 間断有らば隙有らば、いつでも反撃しようとしていた。

 機を窺っていた。

 だが、好機は何時まで経っても訪れず、耐え続けるしかなかった。

 耐え続ける中、やがて身体中が悲鳴を上げた。

 それでも耐え続けていると、やがて感覚が無くなってきた。

 身体を動かすことが出来ているのか認識できなくなってきていた。

 それでも努力のお蔭か才有る闘気の賜物かクインは防御をし続け、耐え続けた。


 無限に続くと思われた連続攻撃だったが、暫しの後にジェーンの攻撃は止まった。

 当たり前だが攻撃をし続けるというのも疲労は蓄積する。

 ジェーンは激しい呼吸を繰り返しながら、疲労回復を促す。

 それは大きな隙となる筈であるが、ジェーンにはそうする余裕があった。

 注意すべき相手であるクインが防御体制のまま身動ぎ一つしていなかったからだ。


「どういうことだか説明して貰おうか、大獅子」


 貴賓席の中は金獅子族族長の殺気で満ち溢れていた。

 各族長の闘士ではない連れ合いだけでなく側付きの闘士さえ、その殺気に飲まれている。

 正確には族長たちでさえ、金獅子族族長の殺気に身動ぎどころか声を出すのも憚れていた。

 下手なことを言おうものなら実力で分からせる。

 そんな雰囲気を纏い、金獅子族族長は大獅子族族長を睨みつけている。

 大獅子族族長はといえば、誰の眼にも他の族長たちと同じように金獅子族族長の殺気で身動ぎ一つしていないように見えた。

 だが、違った。

 過去の大会にて金獅子族族長とライバルでもあった大獅子族族長が、その金獅子族族長に対して恐怖の余り身動ぎ一つできない訳が無かった。

 だがしかし。

 それでも大獅子族族長はやはり恐怖で身動ぎ一つできていなかった。

 それは彼の愛娘に対する恐怖である。


「金獅子の。俺はどうすりゃいいんだ」


 ようやく振り絞った声は大獅子族族長の声は彼の長所である覇気が全く感じられないものであり、金獅子族族長は困惑する。

 だが、困惑したからこそ冷静さを取り戻し、やがて大獅子族族長の様子から一つの結論を導き出す。

 この男は娘が族長秘技を何故使えるか理解していない。

 すると疑問が出て来る。

 ではなぜジェーンは族長秘技を使えるのか。

 その疑問をそのまま口にする金獅子族族長。


「確実な事はわからん。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「お前の集落に猿が襲った時に我が娘は大獅子の集落に居なかったのは確かだ」

「馬鹿な!! 自分が何を言っているのか分かっているのか!?」

「分かっている。だが、その可能性を否定することができんのだ」


 その可能性、それはジェーンが首刈巨猿の群れに金獅子族の集落を襲わせた可能性のことだ。

 それが可能か? と問われれば二人には分からない。

 だが、首刈巨猿の群れに襲われ集落が混乱している時であれば、金獅子族族長の所有している族長秘技の書を盗み見る機会が有った可能性は否定できない。

 族長秘技の書とは八部族の盟主が代々所持する数々の秘技が書かれた物で、それを雷神流闘法の闘士が見れば、知識として秘技を得ることが出来る。


「馬鹿な。そんな馬鹿なことがあってたまるか」 

「だが否定はできん。それにそうだとするならば、我が娘が族長秘技を使えることに納得がいく」


 二人の族長が納得のいく答えを探そうと思考の海に潜ろうとしていた。

 だが突如落雷に似た音が響き、二人は現実世界に引き戻され、音の鳴った闘技場に目を向けた。

 そこには満身創痍の身体であることが誰の目にも明らかなクインが雷音技を放ち終わった姿がある。

 だが、その起死回生の渾身の技はジェーンには当たっていない。

 寸前のところで回避されていた。

 ジェーンの頬を冷や汗が伝う。

 勝利を確信し油断していたところにクインの逆転の一手。

 回避できたのは偶々だ。

 

『また同じ過ちを!!』


 怒りで我を忘れるジェーン。

 叫びながら再度、族長秘技を繰り出す。

 条件反射で防御の態勢を取るクインだが、ほぼ無意識であり完全な形ではない。

 一撃、二撃と徐々にダメージの大きい攻撃をまともに受けてしまうクイン。

 だが、倒れない。

 正確にはジェーンが連続して技を出しているので倒れさせてももらえない。

 確実に失敗無くクインを再起不能にする。

 明確な意思を持ってジェーンはクインを破壊しようとしていた。

 深刻なダメージが蓄積されていく。


「審判!! 試合を止めろっ!!」


 会場中に響き渡るかのような声でタイガが叫んだ。

 魔導モニターで試合を見ていたタイガはクインが深刻な状態にあることを見て取り、控え室から闘技場まで急いで来たのだ。

 審判は判断に迷った。

 タイガの声は聞こえたが、クインが戦意喪失しているとは思えなかった。

 試合を途中で止めるなど、獣人のプライドが許さないのではないか?

 だがその迷いを打ち消すような恐怖に審判は震えた。

 タイガの怒りの闘気が膨れ上がり、一流の闘士であった審判をして身の危険を感じたのだ。

 それはタイガの怒りによる闘気開放。

 試合を止めないのであればお前を殺すと言われているかのように審判は感じた。

 そしてその恐怖に促されるように審判は告げる。


「勝負あり! 勝者ジェーン!」


 その掛け声と共にタイガは瞬時にクインの側に行くと、まだ止まっていなかったジェーンの攻撃の全てを捌きクインからジェーンを遠ざける。

 一瞬の間、倒れていくクイン。

 クインが頭から床に倒れ着く間際に抱え起こすタイガ。

 急ぎつつ慎重に闘気を送り込み、ジェーンの攻撃により乱れたクインの闘気の流れを正常に戻していく。

 外傷は僅かしか癒えないが、闘気を正常にすることにより内傷は大きく癒える。

 クインの呼吸が安定する。

 タイガの処置により、クインは一命をとりとめた。

 その様子をジェーンは黙って見ていたが、少しの間の後に振り返ると徐に闘技場を後にした。

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