奪還
賊らの拠点である居酒屋は、御坊家の屋敷からほんのひとつ街区が離れたところだった。
居酒屋を営んでいた老夫婦は、上の階に安宿も設けていたが、ここ数日店も宿も開いていないという。その間老夫婦を見かけた者はいない。賊らは居酒屋の二階の部屋から油断なく通りを見張っているようだった。
街区は、それぞれ通りに面する四辺の一辺ごとに三軒ほどの三階建ての建物が隙間なく建ち並んでいて、口の字になった真ん中は狭い共有地という空地になっている。
深夜――街灯の少ない道を選んで近づき、俺たちは別の建物の隙からその空地に潜り込み、見張りの賊をあっさり倒す――賊はまったく警戒せずに空き地に背中を向けて仲間たちの覗きに熱中していたので、不意打ちを食らわすのは簡単だった。
拷問が行われているのは居酒屋の入る建物の半地下室だ。建物の地面付近の基礎部分には、通風通光のための小さな窓がいくつも並んでいる。鉄格子がはめ殺しになっているのでなんの準備もなく侵入することはできないが、なかで何が行われているかはばっちり見ることができた。
まるで徒手空拳でかけつけた少年が鉄格子に手をかけてここで覗き見して絶望と無力感を味わってくださいというような造りである。
しかし今回窓から覗いているのは無力な子鹿のような少年ひとりではなく、元暗部のプロの皆さん一個小隊である。確認のために覗き込んだ後何もできずに泣き寝入り……なんてことには絶対にならない。
「よせ、坊っちゃんは近づくな。子どもは見るもんじゃない!」
大助が小声でしかるように俺を窓から遠ざけようとしてくれるのを、苦笑いして返す。
「いえ、俺は見なければならないんです。これから凛を支えるためにも。義父上、義母上からも頼まれてますんで」
「そうか。その覚悟があるなら、見ておいた方が良いかもな」
大助はちらりと賽助の顔を見たが、侃郎と優のやりとりを見ていた賽助は何も言わずに頷き、大助は素早く判断を翻した。
「防音の結界が張られてますね」
「音は聞こえないが……お嬢の乱れっぷり、確実に一服盛られていますね」
「薬で意識はないだろうが、ひどいな」
魔術師が、建物まわりの魔術的な防御を確認しているなかで、大助らは室内の状況を見分している。
案の定、俺の中の僕ちゃんは絶望しているようだ。この世界での常識から言えば、貴族令嬢がこのようなことに巻き込まれて純潔を散らしているとすれば、もはや約束通りに結ばれることはひじょうに厳しい。それに好いていた女と他人との痴態を見るのは誰にだって厳しい。なんたって、不律は実年齢いま十代ど真ん中なのだ。
だが、いまこの俺の中にいるのは十代の僕ちゃんだけでない。前世の記憶はいまだおぼろげだが、確実に成年向けの小説を読んでいる推定おっさんの精神がインストールされている。
「あれは、呪紋を刻んでるのだそうです」
「ご当主様よりも聞いてはいたが……」と賽助が俺に片眉を上げて話を続けさせる。俺は肩をすくめて「詳しいことまではわからないですが、凛姉の心を折るための過程であるかと……」とだけ答える。
「あの様子だとまだ心は抵抗しているようだな。お嬢には毎年心身保護の加護をかけてある。気休め程度かと思っていたが、いまのところまだ大丈夫そうだ。だからといってじっくり見ていて気持ち良いものじゃないな」
「裸の男が五人と……」
「お嬢の頭近くにいて確認しているのがおそらく呪術師だな。術のかかりを見定めているのだろう。」
「どいつも裸でいやがるが……」
「あそこで座ってゴブレットから何か飲んでいる裸の子ども……。あれが卯城家のザレンか」
「ううむ、勇者の血族かぁ。そりゃ俺たちも夜逃げ必至だな」
「こちらも覚悟を決めるしかないね」
小声で口々に言い合っているのを見計らって賽助は指示を出し始めた。
「じゃ。助けが間に合わなくなる前にやるぞ。作戦通りにいく。この建物に物理結界を張ってくれ」
魔術師たちが前もって準備していた術紋を広げて、手早く魔力を乗せて起動させた。
「了解……バッチリです」
「よし、じゃあ次。眠り煙霧」
今度は勘助たちが二つのビンの中身をひとつに混ぜて、通風孔から無色無臭の御坊暗部特製の催眠ガスを流し込む。
「坊ちゃん、これは吸い込むとすぐに意識が落ちるほどの強力な気体だからね。無害だけどうっかり吸い込まないように気を付けてな。いまは風上から動くなよ」
そう大助が注意してくれる。無害といっても、もちろん現代医療科学のような実験に裏打ちされているわけではないので、その辺はあくまでもプロたちの実感としてでしかないだろう。
空気より重い気体は下に静かに溜まっていき、半地下室の裸の男たちは次々に倒れていった。呪術師は異常に気が付いた素振りを見せたものの、頭から崩れ落ちないようにうずくまり、床にゆっくり横になるくらいしかできなかったようだ。
結界の上部を解き、今度は風の魔術で換気して室内に残るガスを屋根の上からゆっくりと排出していく。そうすると、家の中全体にガスがまわり、上の階にいる賊からもすっかり意識を刈り取れる。
「よし、屋敷内の全員が寝たようだな。じゃ、この鉄柵を切るぞ。大助やってくれ」
賽助の指示で火魔法の使い手である大助は、火の応用で刃を高温に熱した短い金ノコギリで数往復させると、鉄格子はゴトリと外れた。
突入口ができると連れてきた籠の小鳥を一羽放って残留ガスの確認も忘れない。小鳥が戻ってくるのを見計らって、大助は賽助に頷きかえし、「ん、大丈夫。いけます」と声をかけた。
縄ばしごをするすると落とし侵入すると、俺たちは打ち合わせのとおり、準備してきた長く太い鉄の針を倒れている賊たちの耳奥に刺し貫いていく。ぴくりとして、少し出血。それで終わり。
手早く次々処理をしていった大助がテーブルにもたれる裸の少年の側に立つと賽助に伺いを立てた。
「お頭、このガキはどうしますか?」
「そいつはお嬢の奴隷主になるつもりだったんだろう。もうお嬢の身体に呪紋が刻まれてるんだ。後先お嬢に迷惑かからないよう、確実に処分しとけ」
「へーい」
せっかち大助は、全裸で丸出しのまま意識を喪っているザレンの耳にちょいと差し込んですぐに引き抜いた。
「確実になんだぞ!」
思わず俺は小さく咎める声を出すと、走り寄って自分の針でザレンに思いきり耳の奥底まで差し入れた。ザレンの身体は抵抗も反応もしなかったが、小説の神に愛されし重要登場人物だ。絶対に復活されたくない。
「坊っちゃん、そんなことしないでも大丈夫ですよ。俺はそれを耳に入れたあとそいつの頭ン中に火を入れて中身ボロボロの炭にしてるんです。そうすると血もでないから」
大助は、必死の俺を生ぬるい顔で見ながら、落ち着くように諭すと、俺も恥ずかしい気持ちが湧き上がってきた。
「あ、そうなんだ。疑うようなことしてごめん」
「いやまぁ、お嬢のためですもんね。でもそいつのことより、坊ちゃんはお嬢のそばにいってやってください。汚れ仕事はこっちでやってるんで」
意識を落とした凛は、まだ拷問用の板敷のベッドに寝かされていた。鎖こそ外されていたが、裸に剥かれた状態で、全身汚れていた。
この状態では魔力による呪紋は見えない。呪紋は刻まれた当人と呪紋主の魔力に反応してあわく浮き上がるが、それ以外の魔力では反応しない。他人が見ようとするなら、特殊な魔術が必要になる。
あまり時間はなかったが、手ぬぐいで凛のよごれた身体を軽く拭き、手早く持ってきたシーツで身体を包み固定する。改めてザレンに殺意が芽生えた。
この世界に生きてきたせいか、僕ちゃんには不思議と「人間を殺す忌避感」めいたものはなかった。賊はただ賊という認識である。なので賊の処分では、ほぼオートモードで身体に動いてもらっていた。
一方で凛の身体を拭いてきれいにすることになると、僕ちゃんは頭のなかがわーわーいっぱいになって全然使い物にならないので、今度は俺が表に出てきて始末をつける。
上の階に上がり同じように賊を殺して回ってきた勘助が戻ってきた。
「お頭。やっぱりあいつらここの亭主らをどこかに片づけちまったようです。どこにもいませんでした」
「そうか、じゃ、心置きなくやれるな」
この店の老夫妻と闇ギルドが金銭的に話をつけたのだと思いたいが、それはあまり期待できないことだった。
「あと、上の階に賊の女が何人かいました」
「よし、お嬢に一番近い大きさの身体をもってこい」
女の死体を裸にして装身具など全部外して拷問ベッドの上に載せ、ザレンを床に転がして毛布を置き、手近の燭台を倒す。湿っぽい毛布に、ゆっくり火が移っていく。
換気口から全員が脱出したところで、念を入れて大助が熱した油を置いた壺に魔術で火を放つと、一気に炎が噴き上がった。
一番力持ちの勘助が凛を肩に担ぎ、俺たちは急いでこの街区から抜け出し、すこし離れたところに用意した荷馬車に乗り込んだ。
先に乗り込んだ俺は荷台の上から勘助に凛の身体を包んだシーツを渡してもらい、一度軽く抱きしめた。凛のゆっくりとした呼吸を確かめ、それから毛布をしいた床板に横たえる。
「不律さま。すみませんが、診させてもらいますね?」
「頼みます」
荷馬車には御坊家が特約している女冒険者の治癒師が乗り込んでいた。このまま旅に同行し、凛の具合を見てもらうことになっている。
治癒師が包んだシーツを剥ぎ取りだしたので、荷馬車のなかで男たちは身体を背けた。いまさらな感じではあるけれど、凛は戻ってきたのだ。背中ごしに声がかかる。
「大きな外傷はなさそうですが、手足の拘束部にひどく跡が残ってますので軽く治癒しておきます。詳しく診るのは郊外の隠れ家についてからですね。目が覚めてからが本番でしょうから、このまま寝かしていた方が良いでしょうね。きっとひどく暴れると思います。皆さん、目を離さぬよう。お覚悟ください」
荷馬車はそのまま外城門の開門を待って、王都の外へと向かう。 隠れ家では義父母たちが俺たちの帰還を待っている。ほかの御坊家の人たちは目立たぬよう幾つかに分かれて隣国を目指す手筈になっていた。今後、隣国に拠点のある商会を名乗ると聞かされている。
ようやく一息つけた。
凛のことを考えれば、まだやることは多いだろう。御坊家も表の顔を捨てることになった。
しかし、凛にとっても俺にとっても、一番の悲劇は回避できたはずだ。
賊たちの建物にはやがてゆっくり全体に火がまわり、すべての証拠を消し去ってくれるだろう。ザレンの生死が判明するのには時間がかかるはずだ。
炎のなか、床に転がった少年の骸を思い浮かべる。
小説の登場時点では、ザレンはスキルと性欲で支えられた肥大した自尊心の塊で、他人をバカにするばかりの存在である。
――お前の婚約者なんだって? 悪いな。凛はもう俺たちのものなんだ。あぁ、仲間ともどもいつも楽しませてもらってるぜ。お前にはもったいない女だよ――
――俺には聖女がいるから、あいつはもう不要なおもちゃだが、あいつはそこそこ強いし、ついでに爵位の資格があるからな。あいつ、自分で家族を滅ぼしちゃってるんだぜ。あいつは俺の配下を男爵にしてやるのに後で使えるんだよ。なに、名義だけ利用するのさ――
小説のなかのザレンのセリフが頭を横切る。
醜悪な存在に寝取られるのがジャンル小説の肝というもので、彼もまた醜く作られた存在である点では主人公と変わらない。
女を呪で縛り付けて奴隷にする、ゲス勇者の歪んだ価値観の教育を受けて、しっかりとゲスジュニアとして仕上がった状態での登場で、現時点ではまだその教育は始まったばかりだった。
苦労知らずのまだ成長しきっていない体格。前世の日本なら「更生の機会がある」「将来の可能性を守れ」と保護される年齢に違いない。
しかし、周囲の教えを受けてとはいえ、すでにザレンは自分の意思で少女を凌辱する道を選択していた。男爵家の嫡女を拉致して、その人生を奪う行為に耽っていた。
この世界の貴族家にとって、たとえ滅ぼうとも家名をかけて雪がなければならない屈辱である。
この世界でザレンの犯した罪は「勇者の血族」という点で不問になるかもしれない。一方で、親の謀叛の罪で子もまた処刑されるのもこの世界の常識なのだ。ザレンの行いは許されるものではなかった。
そういえば、今世でザレンの肉声を聞くことがなかったなとふと思った。
お読みいただき有難うございました。
この後は不定期になります。




