「寝取られ小説」の中身
俺・卯城不律は伯爵家の嫡男としてこの世界に生を受けた。
物心ついた頃にはすでに御坊男爵家でこの家の一人娘・凛の歳下の許婚として育てられていた。凛は俺の三つ上、御坊の家の当主継承者だ。
そこにどういう事情があったのか。不律に詳細は知らされていなかった。
だから、前世の記憶を取り戻すまで、もとは伯爵家の嫡子であったこと、いまはその家を廃嫡の上、一度除籍されて、継承権のない庶子ということになっている経緯など俺は知らなかった。
卯城の家からは、ことしで十五になる俺には年始の挨拶品が届くくらいで、とくにやりとりはなかった。
襲われたこの時まで俺にあったのは、将来凛と結ばれて、凛とともに御坊の家を支える男になること、それだけだった。
*
魔力というものがあるこの世界。
言葉を操る存在は人族だけではなかった。魔族や獣人族などさまざまな種族がそれぞれ生存のための勢力圏をもっている。
おそらく有史以前からときに協力しあい、ときに相争いつつ、それぞれの勢力圏は広がったり狭まったりしながら、それでもお互い絶滅することなくこれまでやってきた。
いづれの種族にも守護する神様がいたからだ。勢いづくまでは許されるが、調子にのりすぎると、敵対勢力の神が一撃を食らわして拮抗ラインにまで引き下げさせる。
俺たちの生活している王国は、人族の国々の中では中ぐらいの人口規模のサイズの国で、魔族の領域と接していた。人族の勢力圏にとっては辺境、魔族と争いが起これば最前線となる土地だった。
必然的に軍の存在感は常日頃から大きく、また魔族との戦いのために人族各国の連合軍を受け入れることも多かった。
不律の実の父・理人はこの国の近衛中将、王直属の軍の将官だった。卯城伯爵家は同じく近衛予備役士官であった母・有紗が当主で、下級貴族出身の父は婿だった。母が軍で彼を見初めて結婚したのだという。
俺が生まれてしばらくした頃、この世界に勇者が転移してきた。アレスだ。
転移勇者。それは人族の守護神である女神が異世界からこの世界へと遣わした「聖なる使徒」なんていうことになっている。
女神によって与えられた加護として、転移直後から十数年にわたって人族の限界を超えた武の技量と魔法の力を得た存在だ。
また突然見知らぬ土地に放り込まれ大役を与えられる代償として、勇者には女神の下僕である人族から無条件で好感を持たれるよう軽い魅了の力も与えられている。
といって転移者が人格者と限らないのがこのジャンル小説のお約束というもの。一方で勇者一族の繁栄の陰で何もかも奪われる無力な存在として、物語の主人公に置かれたのが俺だった。
転移勇者であるアレスは、この世界の歴史的な慣例上、人族の軍を率いる立場にあったが、アレスの軍略の才は乏しかった。そんな勇者を支えるために、理人たちのような本職の軍人たちがカバーしていた。
そんななか、陣中見舞いとして夫のもとを訪ねた美貌の有紗に横恋慕したアレスは、勇者の権限を利用して夫の理人を魔族との戦いの最前線に送り込み、騙し討ちで殺してしまう。
で、有紗を奪い自分のものにしてしまったのだ。
有紗とアレスとの長女、アリシアが生まれると、不律は嫡子の座を失い家からも捨てられてしまう。
不律はもと寄子の家臣家・御坊男爵家の嫡女・凛の婚約者として「預けられた」という体裁が整えられたが、勇者にとっては、母に対しての人質として不律を生かしているにすぎなかった。
勇者アレスとの間に三人の子を儲けたところで、アレスは不律を抹殺することにした。
俺は凛の捨て身の守りで辛くも助かったが、姉とも許嫁と慕っていた「凛姉さま」を賊に奪われるのだ。
いまココである。
そして話はこれで終わらない。
この後のことをかいつまんで言っておくと、屋敷を襲われ嫡女も奪われた男爵家はもはや不律を匿いきれぬと判断し、俺は身分を偽って孤児院へと引き渡される。
そこで出会った少女が聖女としてスキルが覚醒すると、優秀な成績を得ていた不律は彼女とともに王立学院に特待生としてはいる。
しかしこの少女も勇者と母有紗との息子ザレンに目をつけられて……と寝取られ話は続く。
主人公のラストは魔獣の森に全裸で置き去られてのエンドである。その後、不律の姿を見た者は誰もいませんでした――みたいな扱いだった。
寝取られ小説の主人公は、散々寝とられシチュエーションを作家と読者が満足するまで描き終えられたら、もうお役御免で適当に処分されて終わりだ。
しかしリアルで自分の身に降りかかるとしたら、そんなの誰だって「え、いやなんだけど」だろう(一部奇特な者は除く)。
そして、いま、姉と慕ってきた凛が小説の筋書き通りに拉致された……。
✴︎
母や聖女を狂わせ、凛を闇奴隷に堕とすことになる勇者アレスの力の根源は、「呪」のスキルだ。
本来は女神の加護を勇者を支える者たちへ分け与え、敵対する者の抵抗を弱めるためのスキルで、性に特化したものではなかった。
念を込めて正確に刻んでいく必要のある通常の「呪」と違って、勇者のスキルでは特定の状況下で相手に一瞬で自分の呪紋を刻むことのできるものだ。
アレスはこの力を悪用した。
小説に書かれていない被害者がいったいどれほどいるかは分からないが、軍を率いるようになる頃には何人もの愛人を侍らしている存在になっていた。
夫を失った有紗に言い寄り一夜をともにしたアレスは、その夜のうちに有紗の身に呪紋を刻み込んだのだ。
アレスに夫を殺され騙されたことを知った有紗は決闘を挑むが、彼女のスキルを封じられ、刻まれた呪でまともに戦うことができずに取り込まれてしまった。
その後アレスは何度も彼女を陵辱することで呪の強化を図ってきた。アレスの呪はその呪を心が受け入れることでより深く浸透する。
ことに妊娠出産はその性質上「受け入れる」最大の要因となる。呪が深く根づくことで、次第にそれ以前の価値観の重さを忘れていくことになる。
有紗も当初は息子を人質に取られて身動きが取れず、アレスに仕方なく従っていたつもりであったのが、彼との三人目の子を産むころには、かつての息子について大切に思う気持ちも消え果ててしまったのだ。
「不律の処分」を有紗に受け入れさせたのも、アレスに対する潜在的な無力感、依存心を高めることを狙ったものだ。そうして呪はより深く浸透するようになる。
凛もこの先同様の道を辿ることになる。アレスと有紗との息子ザレンは、アレスの「呪」のスキルを受け継ぎ、凛を隷属させる。その過程で、凛の心を折るためアレスのアドバイスに従い二週間にわたって集団陵辱をするのだ。
凛はスキルの発現したザレンに与えられた初めての獲物だった。
熱にうなされつつ俺はベッドで何度となく唸った。
「やってられねぇ。クソが。絶対に許せるものかよ」
小説の知識をフル活用して凛の拉致先を伝えた。子供の証言だと半信半疑であっても、屋敷の者たちは探りにいくことだろう。
敵情偵察をじっくりやっても、呪が完成するにはまだ猶予があるはずだ。しかしその間、彼女の地獄の時間は長く続いてしまう。俺のなかにいるまだ子供の「僕」が、今すぐ凛のところへ駆けつけたいと泣き叫んでいる。
畜生。お前ひとり駆けつけてどうするつもりなんだ。凛が凌辱されている姿を何もできずに無力感に指をくわえて見つめていたいのか。で、俺の記憶にある小説のシーンに触れさせたとたんに、「僕ちゃん」、何も言わずにべそべそと後ずさりに逃げ出す気もまんまんになっているよな。
さすが、寝取られ小説の主人公らしい考えなしの衝動だわ……俺の頭は沸騰して目も冴えてなかなか眠ることができなかった。
お読みいただき有難うございました。




