第5話 怪異となった男
次に、二人は反物屋の主人に話を聞きに行った。
陰陽師である晴明が訪ねてきたことに、主人は驚いた顔をしていた。
現在分かっていることを説明すると、主人は顔をしかめた。
晴明は気になっていたことを尋ねた。
「どうして磯六たちは逮捕されなかったのですか?」
もし逮捕されていれば、今回の怪異事件は起きていない可能性もあった。
主人はため息を漏らしながら話した。
「葵という女が磯六たちのアリバイを証言したんですよ。知り合いの仲間たちと飲んでいたと言って」
「それを信じたのか?」
口を挟んだのは朝景だった。
「これ以上騒動を大きくして、店の名に傷をつけるわけにはいかなかったのです」
「……」
主人のあまりにもひどい言い分に、朝景の眉間に皺が寄る。
「息子が死んでから家内も体調を崩してしまいましたから……。全く、あいつは次男のくせに、死んでからも家族に迷惑をかけやがって」
息子を貶す父親の言葉に、朝景の手がぴくりと動いた。
「店の金もろくでもない男に流れて……。きちんと拒否すればいいものを」
「……」
朝景がゆっくり拳を握りしめて動こうとしたとき、晴明が口を開いた。
「できなかったのですよ。本人だって、できたらそうしています」
「だから」
主人がさらに言いつのろうとしたのを、晴明は静かな声で押さえた。
「できたのなら……、怪異になどなっていませんよ」
「……」
晴明はただ真っすぐ主人の目を見て、淡々と伝えた。
大きな声を出したわけでもないのに、妙な迫力を感じる晴明の姿に、主人は言葉を失くした。
朝景はその様子を静かに見ていた。
晴明は店を出た後、裏手に犬小屋が置かれていることに気がついた。
「ここでは犬を飼われているのですか?」
店先を掃いている使用人に声をかける。
「ええ……、昔はいたのですが」
使用人はきょろきょろと辺りを見回した後、声を潜めた。
「勝則様を守ろうとして……、あの子もあいつらに殺されたんです」
「……」
晴明は怪異の顔を思い出して、すぐに気が付いた。あの怪異は、勝則と愛犬が混ざった姿だったのだ。
二人は使用人に別れを告げ、アリバイを証言した葵を探すことにした。
葵の家に向かうと、「やめろ!」と、男の怒鳴り声が聞こえてきた。続いて、女の悲鳴が響く。
晴明たちは顔を見合わせて頷くと、声が聞こえた方に足早に向かった。
そこには地面に尻もちをついて怯える男と、怪異となった勝則がいた。
傍らでは、女が腰を抜かしながらも、その場から逃げようと、地面を手で掻いている。
朝景は怪異が言葉を発していることに気がついた。壊れた琵琶のような、不安定な声だった。
朝景が意識して聞いていると、
『よわいやつだから……やられるんだ。……よ、よわいやつだから』
と言っていた。
「勝則さん!!」
晴明が呼びかけると、男を襲おうとしていた怪異の姿がぴたりと止まった。
『ぐわぁっ! ぐわぁぁぁ!!』
怪異の叫び声が辺りに響き、男と葵が気絶して地面に倒れる。朝景は咄嗟に手で耳を押さえるが、地面に片膝をついて苦悶の顔を浮かべた。
晴明だけは意に介さず駆け出すと、呪符を怪異の懐に叩きつけた。
「前後駈除!」
『ぎゃぁあああ!!』
怪異が叫び声を上げた。
「やったのか!?」
朝景はなんとか倒れないように意識を保ちながら叫んだ。
「まだです!!」
怪異が逃げていくのを晴明は追いかけた。
走りながら包帯が巻かれている右手の甲に指をあて、「破邪顕正」と呟く。すると、右手が淡い光を帯びた。
晴明は再び姿を消そうとした怪異に呪符を投げつける。
「留而不去」
『きゃいん! きゃいん!』
その場から身動きが取れなくなった怪異は、犬のような鳴き声を上げた。
晴明はぐっと歯を食いしばると、足を踏み込んだ。
「はぁ!」
殴られた怪異は『ぐぎぃゃぁ』と悲鳴のような叫び声を上げ、煙が吹き飛ぶように跡形もなく消し飛んだ。
晴明がふぅと呼吸を整えていると、朝景が駆け寄った。
怪異の声によって痛む頭を押さえている。
「晴明お前……、拳で戦うのか?」
晴明は自分の拳を見た後、こくりと頷いた。
「拳で直接呪力を叩き込むのが一番強力なので」
「……」
朝景は自分が持っていた陰陽師のイメージが、がらがらと壊れていくのを感じた。
その後、騒ぎを聞きつけた陰陽師たちが駆けつけ、事件の収拾を行った。
「なんなのよ……! あれは一体」
葵は毛布で体を包み、ガクガクと怯えていた。
朝景はそんな彼女に近寄った。
「おい」
葵は朝景の高貴な雰囲気に一瞬言葉が詰まるが、反抗的な態度で睨みつけた。
「な、なによ」
「お前あんまり調子に乗るなよ」
朝景は蔑んだ目で見下ろしながら、淡々と告げた。その静かな様子が、逆に朝景が抱いている怒りの強さを表していた。
晴明はそんな朝景の隣に立つと、青褪める葵に微笑んだ。
「悪いことはしてはいけない、ということですよ」
二人はそれ以上何も言わず、その場を後にした。




