第3話 怪異を知る
あれから朝景は安倍晴明について、周りに聞いてみた。
すると『稀代の陰陽師』『最強の術者』との高い評価から、『狐憑き』『野蛮』『異質』といった晴明を貶すものまで様々だった。
中でも気になったのは、『なまくら刀を帯刀している』と言っていた点だ。
「お前、それは使わないのか?」
朝景は今まで知ろうとしてこなかった怪異について調べようと、陰陽寮を訪れていた。
そこで、挨拶がてら晴明の部屋を訪れ、気になっていたことを尋ねると、晴明はため息を吐いて筆を置いた。
「朝景親王は暇なのですか?」
「む。……そんなことはない」
少し拗ねた口調に晴明は口元を緩め、目の前の座布団を勧めた。
「それで、今度は何が気になったのですか」
まるで幼子に尋ねる母のような口調だった。朝景は一瞬ぴくりと反応したものの、気のせいだと思って話を続けた。
「お前の腰にある刀は、なまくら刀だと言われてるそうだな」
「ああ、そうですね」
晴明はなんてことない様子で頷いた。
「本当に切れないのか?」
「はい」
「なんでそんな刀を帯刀しているんだ? 俺が新しいのを送ろうか?」
「……」
刀なんて、そんな簡単に買えるものではない。自分が裕福だと自覚のない朝景に、晴明は苦笑した。
「いりませんよ。私にはこれが必要なんです」
「なまくらなのにか?」
「ええ……。そうです」
晴明はそれ以上話を続けるつもりはないのか、紙に視線を戻し、筆を走らせた。
「他に御用は?」
「……怪異について知りたい」
朝景は聞き足りなかったが、晴明が話すつもりがない以上、これ以上ここにいても仕方がない気がした。
元々の予定を告げると、晴明が誰かを呼んだ。
現れたのは、年若い陰陽師の青年だった。
朝景と晴明を前に、緊張で顔をこわばらせている。
「こちらの朝景親王に、今までまとめた書物を見せてあげてください」
「か、かしこまりました」
友教と呼ばれた彼は、朝景を書庫へと案内した。
「お、お知りになりたいのは、ど、どのようなものでしょうか?」
「……」
目の前で緊張している姿に、皇族に会えば普通はこうなるよなと朝景は納得した。
しかし、安倍晴明は初めて出会ったときから今まで、緊張を表に出したことはなかった。
それがなんだか釈然としなかったが、何も知らない青年に当たるわけにもいかなかった。
「怪異についてまとめているものはあるか?」
「あ、はい。こちらです」
友教は近くにあった書物の一冊を朝景に手渡した。
朝景は友教に礼を告げると、書庫に一人で籠った。
朝景は幼い頃から怪異の存在を知っていたが、目を瞑ってやり過ごすだけだった。彼がいた地方には陰陽師がいなかったので、怪異に対処する術がなかったのだ。周りの大人に助けを求めても、部屋に居れば大丈夫だと諭されるだけだった。
現に屋敷は陰陽師が張った結界によって守られていたので、大人たちが言ったことに間違いはなかった。しかし、音は消せるものではなく、すすり泣く声や怪異が立てる物音に、朝景はひとり、不安な時間を過ごしていた。
せめて、朝景が見えるものは一体なんなのか、説明してくれる人がいれば……。
「こんな書物があったなんて……」
朝景はひとりで怯える幼い日を思い出して、やるせない気持ちになった。
ため息をひとつ吐いて気持ちを切り替えると、ページを一枚ずつ捲った。
『怪異とは、世の理では説明できない不可思議な現象や、人ならざるものの総称である。
その中には、人の強い恨みや執着から生まれたものや、動物の霊と悪い気が混じったもの、呪いや禁術によって生み出されたものなど、様々なものが存在する』
別の本を手に取ると、そこには、おどろおどろしい絵が描かれていた。そして、横には綺麗な字で、どのような経緯で怪異に至ったのか詳しく記されている。
一ページ目は、兄弟間の恨みから相手を呪い、その負の感情が実体化して呪霊になったもの。二ページ目は、愛人だった男に殺され、その恨みから怨霊になったもの。どのページも同じ絵柄はなく、怪異が発生した理由も様々だった。
担当者の名前には『安倍晴明』と書かれているものが多く、彼が陰陽師として優秀なことが分かった。




