第11話 異形の怪異
朝景たちは道中、駅家に泊まりながら、一週間余りをかけて目的地の町に辿り着いた。
「さすがに疲れたな」
「そうですね」
朝景と晴明はそんな会話を交わしつつも、事のあらましを聞くため、土地の有力者にすぐ話を聞きに行った。
「ようこそお越しくださいました」
佐伯季房は腰を低くしながら、朝景たちを出迎えた。朝景が第二皇子だとばれるのは色々と面倒なため、護衛の一人だと紹介し、晴明が挨拶を交わした。
「事のあらましを聞きたいのですが」
「ええ、もちろんです」
最初に騒動が起きたのは、今から二か月前のことだった。
山菜を採りに出かけた男が、夜になっても帰ってこなかった。心配した妻は、近所の人たちに助けを求めた。もしかしたら、山で怪我をして動けなくなっているのかもしれない。そう考えた妻と近所の人たちは、松明を手に男を探しに山へ入った。
そして、そこで発見されたのは、何かに食われたような跡が残る男性の遺体だった。
「初めは、狼か熊にでも襲われたのかと……」
季房は怯えた様子で体を震わせ、懐紙で額の汗を拭った。
「違うと思ったのは、町でも同様の事件が起きたからですね」
「ええ、そうです」
ある日は、田畑に忘れ物をして夜遅くに外にいた女が襲われ、またある日は、酒場から出てふらふら歩いていた男が襲われた。
「段々と遺体の状態が酷くなっていまして。最近の事件では、夥しい血痕と引きちぎれた腕だけ残っている状態で……」
「……」
想定していたよりも悲惨な状況に、晴明は表情を硬くした。
他の者にも話を聞きたかったが、すでに夜も遅くなっていたため、聞き込みは明日に続けることになった。疲れも溜まっていたため、今夜は早めに休むことにした。
次の日の朝、手分けして聞き込みを行うため、みな朝早くから動き始めた。
晴明は朝景と重成と共に町へ向かった。
「ええ、ええ……。あれは恐ろしい鬼だったわ」
そう話したのは、食事処の女将だった。店内の掃除をして、ごみを捨てようと外に出たところで目撃したらしい。
「大きな角が二本、頭から生えていたの」
「何か他に気づいたことはありませんか?」
「ごめんなさい。すぐに私が店の中に逃げたから、詳しくは分からないわ」
「そうですか……。分かりました。ありがとうございます」
次に話が聞けたのは、姉妹で鞠遊びをしていた幼子たちだった。
「厠にね、行くときに見たの。猫ちゃんと同じ目をしていたわ」
「違うよ! 鳥さんと同じ大きな羽根があったのよ」
二人はお互いの見たものが違うのだと言い合っていた。
「君は猫と同じ目を見て、君は鳥と同じ羽根を見たんだね」
「「そうよ」」
晴明たちはお礼を言い、他の目撃者を探した。
いずれも鬼を見たという者がいれば、鳥と同じ羽根を見たという者もおり、姿形がひとつに定まらなかった。
「結局、どういうことなんだ?」
三人で食事をしながら、朝景は疑問に思っていたことを尋ねた。
「鬼であり、鳥であり、猫であるということでしょう」
晴明はお茶を飲みながら、平然とそう答えた。
「そんなことがありえるのですか?」
重成の問いに、晴明は首を横に振った。
「普通はありえません」
「だが、勝則の事件のときは混ざっていたぞ?」
「あれは、人間と犬の間に縁があったからです。全く何も関係のない三つの妖怪や獣が混ざることは、そうそうありません」
現状、晴明が言えるのはそれだけだった。
なぜ目撃者によって怪異の容姿が異なるのか、もう少し調べてみる必要があった。
とりあえず、目撃者の一番多かった夜中の時間帯に、町へ行くことになった。
「お二人は怪異が出たら、離れた場所にいてください」
「ああ、分かった」
重成が頷いたのを確認して、晴明は歩みを進めた。
怪異を恐れて外に出る人がいないため、辺りは真っ暗で静まり返っていた。
唯一の明かりは、手元の松明のみ。今日は月も雲に隠れて、一層暗く感じられた。
晴明たちが辺りを見回していると、ぴーっという笛の音が鳴った。
見回りをしている他の組からの合図だった。
晴明たちは急いで音が聞こえた方に向かった。
「なんですかあれは……」
重成が驚愕した声を上げた。
目の前の怪異は、奇妙な姿をしていた。
顔は鬼の様相をしていたが、瞳は猫のように縦に細く、背中には大鷲のような巨大な羽根が生えていた。
猫のような尻尾を揺らしながら、見回りをしていた武人たちと対峙している。
「前後駈除!」
晴明は呪符を飛ばすが、ひらりとかわされてしまう。思ったよりも怪異の動きは身軽だった。
「飛んだ!?」
さらに、怪異は羽根を動かし、空へと飛んだ。武人へと急降下する。
晴明は咄嗟に武人を突き飛ばした。
その直後、怪異の腕が晴明の身体を掴み、そのまま再び飛び立った。
「晴明! くそ!」
朝景はお守りを矢に巻き、持っていた弓を引いて怪異に放った。
「ぐわぁ!」
腕に矢が刺さった怪異は晴明を離し、彼方へと飛んで行った。
「晴明!」
「……大丈夫です」
晴明が落ちたのは、偶然にも田んぼの中だった。泥で汚れてしまったが、おかげで大した怪我はなかった。
「それよりも、大切な物なんですから、こんなことに使ったらだめですよ」
晴明は落ちる際、怪異の腕に刺さった矢を握っていた。
手が汚れてしまっているため、矢ごと朝景に渡す。
「こんなときだから使ったんだろう」
朝景がそう言うと、晴明は苦笑いした。
「そうですね……。助かりました、ありがとうございます」
「ああ。気にするな」
怪異が逃げたこともあり、今日は屋敷へと戻ることになった。
晴明は宿屋で風呂を借り、汚れを落とした。
部屋に戻ると、朝景が刀を前にして固まっていた。
「朝景親王……」
「すまない。汚れを落とそうと思っただけなんだ」
朝景の手には汚れた布が握られていた。
鞘口を拭こうとして刀身を抜いたところ、お札がびっしり張り付いた刀身を見て、固まってしまったのだ。
「なまくら刀だと言っていたから……」
「それでも、人の物を勝手に触るのは感心しません」
「すまない……」
晴明の怒りを感じ、朝景は素直に謝罪した。
晴明は朝景の隣に座り、刀を受け取った。鞘は、泥がついていたのが分からぬほど綺麗に拭かれていた。
「お手を煩わせて、すみません」
晴明が怒りを収めたのを感じ取り、朝景の肩の力が抜けた。
「いや、こういうのはすぐに拭いた方が、汚れが落ちるから」
晴明は刀身を慎重に手にし、綺麗に汚れを落としていく。
「……大切なものなのか?」
晴明は一度朝景を見た後、もう一度刀身に視線を移した。
「そうですね……、とても」
晴明の声には、物悲しさが滲んでいた。
「そうか……、勝手に触ってすまなかった」
「ええ……」
晴明が刀を綺麗に拭くのを、朝景は静かに隣で見ていた。




