消えた文通相手
いつものようにレミーナのカウンターに立っていたとき、その客がやってきた。
軋むドアを押しあけて入ってきたのは若い女で、この街でよく見かける標準的なコートを身に纏っている。誰なのかは、わからない。
女はこちらにまっすぐ来た。
「あら、あなた、新人さん?」女がぼくに尋ねた。
「まあ、そうです。お好きな席にどうぞ」
「ここなら人探しをやってもらえるって聞いたのだけど」と女が言う。
困ったな。
そういう仕事は、していないはずなんだけど。
断るべきかどうか、考えていると、厨房からマスターがやってきた。助かった。
「奥で聞こう」マスターが女に言う。
女は表情を崩して安堵した。
「おまえたちも来い」
ダイニングテーブルに一同が集まった。
女の話を聞くのは、マスターとぼく、それから、女給のクヌギとビャクダン。
彼女の話はシンプルだった。
<テレグラフ>で文通していた相手からしばらく音沙汰がないので、居場所を突き止めたい、ということだ。
「自治会で聞いてみたけど、見つからなくて、本名ではないみたい。顔も名前も知らない相手の事情に深く立ち入るなんて、ニル区では無作法なのは理解しています。でも、気になるんです。どうか内密に、生きてるかどうかだけでも確かめておきたくて」
「わかった」マスターは言った。「できるだけやってみる。うちの・・・霧島とクヌギが」急にぼくを指名する。
「えっ、ぼくですか?」
クヌギを見る。表情も視線も変わらなかった。聞いていたんだろうか。
「これが、その人のハンドルネームと、普段使っているノードのアドレスです」依頼人の女は紙片をこちらによこした。「よろしくお願いします」
<ハンドルネーム Rabuka ノード ▫️▫️▫️▫️-▫️▫️▫️▫️-▫️▫️▫️▫️>
ラブカ・・・
それにアドレス・・・
その紙片をちらりと見たビャクダンは言った。
「このアドレスは交易所にあるノード。人が多くて活気があるノードよ。ここからじゃ遠すぎるから、まずは交易所に行ってきなさいな」
「ビャクダン、あんた、よく覚えてるわね」そうクヌギが言うと、ビャクダンは一瞬だけ口角をあげたように見えた。
こうして、ぼくとクヌギは、依頼人の女と一緒に交易所に向かうことになった。
交易所は駅から離れた場所にある巨大な遺構を再利用している場所だ。そして、近くに住宅が多い場所でもある。
交易所にはすぐについた。ひとまず屋根がある場所に入った。
それにしても不安だ。ぼくは<テレグラフ>の素人で、簡単な読み書きしかできない。ビャクダンが達人級ということはレミーナでは周知の事実となっていて、こういう案件はビャクダンが担当するのだけど、クヌギにそれができるのか?ここはぼくがしっかりしないといけない場面だ。
「霧島あんたしっかりしてよね。<テレグラフ>はセンスが大事なの。それと想像力と集中力も。あたしがもぐってるあいだ、ちゃんと警戒しておいて」
「警戒とは?」
「物理的な脅威よ。石が飛んできたりするかも」
「石?石に警戒すればいいわけ?」
クヌギはむすっとした顔になったかと思うと、コンクリートの壁によりかかって、目を閉じて集中しはじめた。
もぐった。
そして沈黙。
「君って、店の外にいるときのほうが元気だよね」ぼくが言う。返事はない。
思ったより長い時間がかかった。
クヌギはぱっと目を開けて、戻ってきた。
「何かわかりましたか?」依頼人が聞く。
「そのラブカさんが確かにこのノードにアクセスしていた痕跡を見つけた」クヌギが言う。
「で、それはどこから?」ぼくは聞く。
「そういうことは順番に調べるの!」クヌギは感情が昂っている。「あ〜もう!」
また目を閉じて、もぐる。
ぼくと依頼人はじっと待つ。
「おっかしいなあ」クヌギはもぐりながらも独り言。難航しているらしい。
浮上と潜航を何度か繰り返した。
テレグラフ空間は物理的なノード同士の結節によって広がっている。テレグラフのなかでの経路がわかっても、その物理空間での所在はわからない。
ときには、足を使って探すことも重要になる。何度目かのダイブを終えたクヌギは、突然歩き出して、そこらにいる交易所の職員に話しかけてまわった。設備に詳しい者を探し当てて、直接、このあたりのノードのことを聞いてまわった。
地道でゆっくりした足取り。
やがて、ある一棟のマンションを特定した。
交易所近くにある廃マンション。
それはニル区のどこにでもあるさびれたコンクリートの廃墟。探し人のラブカ氏はそこの住民なのだろうか。「このマンションも中継点に過ぎないかもしれない」とクヌギは言うが、調べるしかない。
マンションのエントランスにぼくたちは入った。
「ここ、人の気配がしないね」クヌギが言った。「ジェネレーターも動いていないし、静かすぎる」
そうだ。確かに誰かが暮らしていた痕跡がある。そんなに昔じゃないはず。それにしても、薄暗くて、肌寒い。電灯は、消えている。
ジェネレータ室を見つけた。
真っ暗だが、目をこらすと、そこには何かの残骸しか無いことがわかる。
本来ならあるはずのジェネレータも無い。持ち出されて、再利用された後なんだろう。
「あんたが探しているラブカ氏、もう、いないんじゃない?」クヌギが言った。
「そうかもしれませんね」依頼人の顔は直視できない。きっと落胆しているだろう。
少しマンションを探し回って、<ノード>も見つけることができた。これも一般的なマンションのパターンらしい。マンションの管理室に、その黒い箱はあった。電力が共有されていない、物言わぬ箱だ。
クヌギはケーブルを抜き去って、箱を持ち上げた。
「けっこう重いな。レミーナに持ち帰って、電源つないで、メモリーを調べる。それに、自治会に行って、このマンションのことや住んでいた人のことも詳しく聞いてみる。死んだのかもしれないけど、案外、遠い区画に引っ越しただけかもしれないしね。今日は疲れたから、続きは明日。いい?」依頼人に向けて、確認をとるクヌギ。だが、依頼人は黙り込んでいた。何か考え込むように。
「あの、ありがとうございました。ここまでで大丈夫です。マスターにもよろしくお伝えください」と依頼人の女は言って、深く頭を下げた。
それから、ひとりでマンションを離れていった。
あっさりとした別れになった。
「はあ、どうしようか、霧島」とクヌギ。
「もう依頼は終わりということだよね。すっきりしないけど。あと一歩なのに」
「知るのが怖いんじゃないの」
「ふうん」そういうものだろうか。
「あたしは気になるけどね。それにこのノード、まだ使えるかもしれない。持って帰ろう」
クヌギから押し付けられるかたちでその黒い箱を受け取った。そうか、ぼくが運ぶのか。
翌日、やはり依頼人の女は店に姿を見せなかった。
クヌギは持ち帰ったノードを店の電源に繋いで、テレグラフでもぐった。メモリーを探索した。ログは見つかった。だが、<ハンドルネーム Rabuka>の記録は一切無かった。




