信用を無くした者
朝のレミーナ。
いつものように女給が出勤してきて、店の開店準備をする。
いつもと変わらない。
「何かおかしい」マスターが言う。
「ほんとだ、いつもと違いますね」女給のモミジもそれに同調する。
ぼくには何のことかわからないが。
マスターは迷いなくバックヤードに行く。
しばらくして、変化があった。
これで、ぼくも気づいた。
店の奥でいつもやかましく音を立てていたジェネレータの音が消えた。店の電灯も消えた。
「そうか、音がいつもと違っておかしかったってことだね?」
気づいたことが嬉しくて、モミジに確認した。
「うん」
そっけない反応しか返ってこなかった。気づかなかったのはぼくだけなのか?
店にいるもうひとりの女給、ウルシに話しかけてみる。
「ウルシ、きみは気づいた?」
「いや」
よかった。ぼくだけじゃなかったようだ。仲間を見つけた気分でうれしくなった。
いつのまにか戻ってきていたマスターがぼくたちに言った。
「ライトニング・エミッターだ。買ってきてくれ。ウルシと霧島で」
ごとり、とカウンターに置かれた、黒焦げになった手のひら大の箱。まだ暖かい。
「ジェネレータが無いと困るんですか?」
「無くてもコーヒーくらいは出せるだろう。<テレグラフ>の<ノード>が動かせない。頼んだぞ」
いまいち深刻さが理解できない。
ウルシはエプロンを外しながらバックヤードに消えていった。
「置いてかれるぞ」マスターがぼくに言った。
今日のニル区は好天。ガスマスクが無くても呼吸できるし、有毒な雨も降っていない。
寄せ集めのマーケット。雑音だらけ。人々が行き交う。
ウルシの後ろ姿を追う。
ウルシは、ぼくよりも身長が高い。すらりとした長い手足に褐色に焼けた肌。長い黒髪を一本のポニーテールに束ねていて、歩くたびにぼくの目の前でそれが揺れる。
こちらは見ない。大股で歩いていく。迷いがない。目当ての場所があるのだろう。
すっと小さな店に入っていく。
「これと同じやつ、ある?」
ウルシと店主が目を合わせる。
つかのま、睨み合う。
「いや、無いな」
ウルシは無言で立ち去る。
そんなやりとりを何度か繰り返した。
ウルシの揺れるポニーテールの髪を追う。
いつのまにか、ぼくはウルシを見失って、路地の奥に入り込んでいた。
音が消えた。
さっきまで人が行き交うマーケットにいたはずなのに。
灰色の、ほこりっぽい路地の奥に、男がひとり、座り込んでいる。
ぼろぼろのロングコート。ぼろぼろの皮膚。ぼろぼろの義腕が剥き出し。
こちらを見た。
目が合った。
「お前さん、名前は?」しわがれ声で、男が言った。
こっちをまっすぐ見て、問うてきた。
ぼく以外にいない。
「霧島です」
「霧島・・・?会ったことは無いよな?」
「そうです」
男から目が話せない。
なんだろう。何か、他の住人たちと決定的に違うような違和感。
「足が悪くてな。動けないんだ」
「はあ」
何か困っているのか?何か話したほうがいいのか?わからない。
急に、男の目線が動く。
いつのまにか、ウルシが隣にいた。
「うわ、びっくりしたあ」
ウルシは何も言わずにぼくだけを見ていた。
踵を返して、戻っていった。
男に軽く会釈してから、ぼくはウルシを追った。
「話をするな」
そうウルシが言った。さっきの男のことだって直感した。
「なんで?」
「信用を失った者の成れの果て。ああなったらお終いだよ」
「どういうこと」
「すぐに慣れる」
それだけ。
もっと色々聞いてみたかったけど、ウルシについて歩くので精一杯だ。
目当ての物品は、マーケットには無かったが、少し離れた場所にある交易所であっさりと見つかった。まだ明るいうちにレミーナに戻ることができた。ジェネレータはすぐに元通りになって規則的な音を奏で始めた。
翌日の早朝、マスターとウルシがマーケットに買い出しに行くのでついていった。
こっそりと例の路地を覗いてみたが、あの男は居なくなっていた。




