その7・少年、濡れ衣を着せられて
「倒した……?」
「うん、倒した」
「じゃあ俺はいったい何なの」
「何なのって言われても……それはこっちが聞きたい話なわけで……」
私とレントは、つじつまの合わなさに、顔をつき合わせて首をひねるしかなかった。
──話は、半年ほど前にさかのぼる。
歴史ある国家、リュバール王国。
私の住まいがある、魔の森。
その森を有するアッケルンド王国の、東に位置する隣国である。
当時、その国に私はいた。
大変な事態になっていたリュバールに。
古代の遺跡、その奥深くに眠っていた怪物。
名前すら文献に残されていない、忘れ去られていた化け物。
長き眠りから目覚めたそいつから放たれる瘴気が、大地をむしばみ、国内各地に深刻な疫病をもたらした。
リュバールで最も名高い冒険者の一行『白銀の槍』が、遺跡に潜り、怪物退治に挑んだのだが……まさかの敗北。
一行は壊滅した。
ならば数で押そうと、今度は血気盛んな兵士の一団が挑戦した。
一団は壊滅した。
悲劇的な天丼(お笑いにおける同じボケを繰り返す行為)をかました王国。
打つ手はもう、ないかと思われた。
「──で、その怪物を見事やっつけたのが、あんただと」
「何を隠そう、その通り」
「俺の知ってる話とは、だいぶ違うな」
「だろうねぇ」
「?」
「……いや、それより、まず先に教えてくれないかな。お前さんの知ってる話とやらを」
「と言ってもな。断片的なものだから詳しい事情はわからないし、どこまで真実かも微妙なんだけど……」
「それでいいから、説明よろ」
「……だいぶ、ざっくりした話になるが……疫病については、大神官の若き息子が天に祈りを捧げて鎮めたとか、そんなことになってる」
「大神官の息子? それって、あの、王都にあるでかい神殿の?」
レントが頷く。
「七日七晩休みなく祈り続けたとか、曇りでも夜でも、光が天からその息子に差していたとか……よくわからん怪しい話もついてきてる」
「あー……、ありがちだね、そういう嘘くさいの……って怪物は? 遺跡は?」
「そんな話全くないよ。なんなら今が初耳なくらいだ」
「やっぱりか」
だと思った。
「?」
「ああ、気にせず続けて続けて」
「……何にせよ、疫病は収まった。だから、それで一件落着。終わり良ければ全て良し。世間も納得したし、その話を人づてに聞いた俺も納得した。……ところが、だ」
レントが語る、その先の話。
それはこんなものだった。
生まれつき、異様に高い身体能力や格闘センス、そして恐るべき『腐敗』のスキルを有していたレント。
窮屈な生活に耐えかね、孤児院を飛び出し、
一人で旅をしながら腕を磨き、経験を積み、知識を深め、
冒険者でも目指そうと、とりあえず王都に向かい、
王都の隅の、治安のよくない裏町で、貧乏だが充実した暮らしをしていた、そんなある日。
今からだいたい、二ヶ月前。
「疫病をもたらした呪いの子」
「お前を生かしておくなとの、大神官さまからの命令だ」
「悪く思うな、これも任務でな」
口々にそう言う男どもに、襲われたのだという。
さっき私が斬った奴らの仲間で間違いないだろう。
「よく今の今まで生き延びられたもんだね」
「そこはまあ、才能と経験、あとスキルのおかげかな。だけど、元はと言えば、こんなスキル持ちの生まれだから狙われたんだろうけどさ」
痛し痒しか。
「それで、そいつらから断片的に冥土の土産を聞いては、返り討ちにしながら……二ヶ月かけて私の家までやってきたと」
「しつこい奴らだよ。どこまでも追ってきてたまったもんじゃない。だから、あんたに頼んで、大神官の手の届かないところにまで行こうとしたのさ……断られたが」
「だからそれ無理なんだって。蒸し返すのやめてくれないかな」
どれだけ頼まれようと粘られようと、できないものはできないんだから。
「とにかく、俺の知ってることはこれくらいだ。次はあんたの番だよ」
「私の場合、知ってる話というか、ぶっちゃけ実体験なんだけどね……まあいい。語るとしようか」
私のターン。
ダイジェスト気味に何があったかを告白表示にして、ターン終了。
『民衆をいたずらに刺激したくないので、秘密裏に解決したいと依頼された』
『私に白羽の矢を立てたのは伯爵家の当主』
『引き受けた』
『やっつけた。なかなか骨が折れる相手だったが、私の居合には勝てなかった』
『遺跡から出ると、私兵を率いた伯爵がお出迎え』
『魔女なんかに依頼したことを知られたくないらしく、お疲れの私を殺して口封じしようとしてきた』
「それで、どうなったわけ?」
「私がここにこうやっているんだから、どうなったかわかるだろ」
「撃退したんだ、居合で」
はぁ……と、感嘆の息をレントが漏らす。
「いや、それでもよかったんだけど、疲れてたんでさ。怪物の瘴気対策に持ってきてた壺のフタ開けて、そいつらのほうにブン投げた」
「そんなもの持ち込んでたんだ」
「私は魔女だからね。居合だけに頼らず、特殊な道具とかも活用するよ。ま、この場合は、活用というより、廃棄物の再利用とでも呼ぶべきかな」
割れる壺。
その壺から溢れ出る濃い瘴気を浴び、苦しみながら死んでいく伯爵とその私兵たち。
因果応報とはあのことを言うのだろう。
「その後はさっさとリュバールを離れたよ。どうも、依頼の件は伯爵の独断だったらしくてね、あんたのように刺客に追われることもなかった」
「でも、どうやったのかはわからないが……大神官がそれを知ったんだろう」
「真相はだいたいわかってるとは思うが、私が関わってることは把握してないんじゃないかな。把握してたら、あんたじゃなくて私を疫病の元凶にするはずだ。なんなら伯爵殺しの罪も上乗せして」
遺跡の怪物は退治されて、疫病が広まることはなくなった。
その事実を利用して、大神官はそれを息子の手柄にしようと、そう企てたのだ。
「でも、なんで俺なのかな」
疑問に思うレントだが、私はその疑問についてあらかた想像はついていた。
「おそらく、遺跡のことも怪物のことも、なかったことにしたかったからさ」
難しい顔をしているレントに、私はそう言った。
「それらを公開したら、何かのはずみで、詳しい真相まで明るみになるかもしれないだろ? ないとは言えないさ。なら隠し通したほうがいい。疫病は大神官の息子が鎮めたことにしてね。あとは、怪物の代わりの元凶を適当にでっち上げて殺せば丸く収まるとか、そういうことで話がまとまったんじゃないかと思うよ」
一応の下手人を立てるってやつだ。
酷い話だとは思うけど、よくあることなんだよね。特にこんな時代だと、人権なんて権力者の鼻息ひとつで飛ぶほど薄いし。




