その5・魔女、居合を振る舞う
勝ち目あり。
そう思ったに違いない、こいつらは。
あらゆるものを切り裂き、切り伏せ、斬り殺してきた魔女。
恐るべき剣技の使い手。
居合。
鞘に収まったままの剣を、目にも止まらぬ速さで抜くと同時に斬りつける技。
不可解な技。
なぜ、武器を構えている者よりも、収めている者のほうが速いのか。
私のほうが速いのか。
そのおかしな事実に、誰もが困惑する。
無論、それで速くなるわけがない。
そもそもが、居合というのは、座ったりした状態や、まだ刀を抜いていない状態──つまり不利な状態を一手でくつがえすためのものである。
加速のためではないし、加速などできない。
鞘は鞘。
入れ物であり、ブースターではないのだ。
素早く斬るにせよ、普通に斬り合うにせよ、既に鞘から出してるほうが有利なのは明らかだ。
当たり前だ。
そうじゃなかったら、みんな実戦で居合をやってる。
やらないってことは、有利ではないからやらないのだ。速くならないから、やらないのだ。
──だが、私の場合は違う。
私のこれ、スキルなんで。
剣技とはまた違うんで。
遅れを取ってる状態から五分まで持ち直すための起死回生テクニックじゃないんで。
単にこれをやると、普通に斬りかかるよりずっと速く攻撃できて威力もハネ上がるんで。そういう凄いスキルなんで。
それをうまく駆使し続け、熟練し、ついた異名が居合の魔女。
ちょっとそのまんますぎる気もするが……だが、これはこれで悪くない二つ名なので、喜んで受け入れた。
シンプルゆえにカッコいい。
そんなカッコよくて強い魔女さまが、なんと、普段着にマントだけの姿でいる。
丸腰。
剣はおろかナイフ一本持ってない。
だから、勝てると。
この千載一遇のビッグウェーブに乗らずいつ乗るんだと。
今ならやれるという確信。
それが、四人の男たちの背中を後押ししたのだ。
とても浅はかで、とても不幸な確信が。
「ヒッヒヒ、剣がなけりゃただの女──」
ビスタという名の男が、槍を構えて突っ込みながら叫ぶが、
その叫びが、消音ボタンを押されたかのように止まる。
「剣ならここさ」
何もない空間から、私の左腰へスイと現れたものを見てしまったからだ。
刀と、鞘を。
私とドワーフの鍛冶師との合作を。
アポーツ。
引き寄せの魔術だ。
いつもは魔術で作り出した空間のポケットにしまい込んでいる、愛用の一振り。
それを、瞬時に引っ張り出し、私の腰のそばに固定したのだ。
私の右手はもう、刀が登場する前から、そちらに回している。
出てきた瞬間に、柄を握る。
慣れ親しんだ感触。
「主役は遅れて……ってね!」
抜き、振るう。
四名の挑戦者たちを、まとめて薙ぎ払う。
刃の長さ的に、間合い的に、届かないはずの一撃。
しかし、刃は男たちの胴を斬った。
刃ではなく、刃から放たれた、かまいたちを思わせる鋭利な衝撃で。
風圧ならぬ、剣圧だ。
「ゲッ!」
「うぐっ……!」
「……がっ!」
いくつもの悲鳴や呻きが、同時に重なり。
声の主たちの身体が、上下に分割されて、地面へとドサドサ倒れて──
「お?」
一人足りない。
……アッシュだ。
あの、双剣を使うリーダー格の男だ。
一人だけ、難を逃れていた。
まるで居合がくるのをわかっていたかのように、大きく飛び上がって避けたのだ。
バスケットボール選手顔負けのジャンプ力。
スキルによるものだろうか。
「ハハ、何かやると思っていたよ!」
なるほど。
無防備なのはおかしいと睨んでいたか。
正解だ。
リーダー格っぽいだけのことはある。
他の奴らよりは賢いようだ。少しだけ寿命が伸びたな。
アッシュは、二刀流で、私のほうへ落下しながら攻撃を繰り出すつもりのようだ。
「無駄だ! あんたの二発目より俺のほうが速い!」
二刀を持ち上げ、大振り。
構えからして、✕の字を描くように斬りつけてくるのかな。
それとも、私のように剣圧で斬ろうとするのか。
「取ったぁ!」
「──そうでもない」
私は、また居合を放った。
まだ宙にいる、今まさに攻撃をかまそうとしていたアッシュへ。
勝ちを確信した、その顔へ。
ピッ
何か、裂けるような音がして。
男の、目と鼻の中間辺りに、横線が入り。
「……なんでぇ?」
上半分が後方に飛んでいった、下半分だけの顔から、間の抜けた疑問が漏れ、
そのまま、
勢いを落とすことなく──地面に思いっきり激突していった。
「一撃目をかわしたのは、いい勘してたけど、応用が足りてなかったね」
居合は、鞘に刃が収まってないと使えない。
なら、一度使わせてしまえばいい。
使ったあとは、ただの剣だ。
後は、鞘に仕舞う暇など与えずそのまま押し切るのみ。
誰でも容易に考えつく攻略であり、同時に、効果的な対策だ。
しかしだ。
誰でも考えつくってことは、それはつまり、使い手であるこの私もまた例外ではないわけで。
とっくに居合の欠点など承知してる。
だから、攻略に対する攻略、対策に対する対策もいくつか練ってある。
そのうちのひとつが、今やったやつだ。
刀の鍔に、ある魔術刻印を刻んである。
魔術刻印とは、読んで字のごとく。
何かに魔術を刻み込むことで、その魔術を瞬時に発動するための仕掛けだ。
大抵は道具や武器にするものだが、中には、自分の体に刺青のように刻んでいる者もいる。
私の愛刀の鍔に刻んでいるのは、そう複雑なものでもないし、高度なものでもない。
ただ、刀身へと鞘が転位する──だけの魔術。アポーツの応用だ。
そして、それで十分。
というわけで。
私は一撃目を放ってから、むき出しの刀身に鞘を転位させ、
私の追撃よりも自分の攻撃のほうが速いと思い込んだアッシュの顔を、二等分したのである。
なんのことはない。
今回の、この男の末路もまた、よくあること。
これまで何度もあった、甘い見通しで私に挑んできた半端者どもの焼き直し。
そのひとつに過ぎなかったのだった。




