その3・喪女、久しぶりに魔女になる
「え?」
思いがけない願い事をぶつけられ、しばしフリーズする私。
遠い遠い島国。
言わずと知れた我が故郷日本。
ジャパン。
ヤマトの地。
東の果ての国。
そこに連れてってくれないかと、この、レントと名乗った男の子は言ってきた。
「無理」
できるわけがない。
不可能だ。
あの、神っぽいのでさえ、あれこれやってようやく私一人こっちに引き寄せたのだ。
いくら人間から人間以上の存在になったとはいえ、私がそんなことやれるわけないっつーの。
ハードル高すぎる。
「そこをなんとか」
「なんとかできないって。なんでそんなこと頼みに来たのか知らんけど無理なものは無理だよ」
「なら、せめて行き方だけでも」
「……それもちょっと……」
異世界からこちらの世界に来たとか言っても信じないだろあんた。
私がこの子の立場なら信じない。
「さてはこいつ、俺を連れて長旅するのめんどくさがってるな」とか思うだろうね。
それに、信じられたら信じられたで、なんか後々まずいことになりそうでもある。
だから、何も言わない。
これは私だけの秘密にしておこう。
「ところでさ」
「なんで、おたくはそんなに遠くに行きたがってるの? もしかして追われる身?」
と訊くと。
レントは、目を泳がせ、迷ったような顔をしたが、
「…………ここで、嘘やだんまりしても意味ないか」
「そらそーよ。引き受ける引き受けないは別として、事情くらい聞かせてもらえないと、こちらとしてもね」
「聞かない方がよかった類いでも?」
「よかったかどうか、それを決めるのも私さ」
根深いものを抱えているようだけど、だとしても、詳しいことを知らないまま話を進めるのも気持ち悪い。
それに、トラブルなんて慣れっこだ。
こちらの世界に来てから二年。
何もかもが新鮮な、ファンタジー世界を満喫した。
いろんな事件や依頼を解決したり、あちこちで暴れたりもした。ケンカ売ったり売られたりもした。
みんなねじ伏せた。
その結果、悪名や異名が大陸に広まって、まあまあ身の周りがうるさくなった。
なんで、魔物がうろつくこんな森の奥に住まいを構え、穏やかにダラダラしてたのだ。
そのダラダラに、少し飽きてきた、そんな時。
君が来たってわけだよ、レント君。
「言ってみ? ほら、魔女さんに言ってみ? 私は頼りになるぞ、ん?」
「面白がってない?」
「だとしても何の問題がある? 聞きたくない、関わりたくないから帰ってくれって追い出されるほうがいいか?」
「いや、それはまあ、うん」
「なら言え」
「……命を、狙われてる」
ぼそりと、レントは言った。
「ふーん」
多分そんなとこだろうとは思ってたけどさ……その、なんだ……。
面白み薄っ。
命狙われてます。
誰かに殺されそうです。
襲われました。
そんなのもう、これまでに何件も遭遇してるよ私。依頼を受けたり、その場に居合わせたせいでなし崩しに巻き込まれたりで。
んで、どっか遠く連れてけって頼み事してくるんだよね、だいたいこの手の厄介事を抱えてる奴は。
自分に危害加えてくる存在の手が届かない場所に行きたいと。
あるいは。
……そいつを撃退したり、正体突き詰めて始末してくれないかって頼みもあったりする。
追っ手を倒しても倒してもキリがないとか、遠くまで逃げれば諦めてくれるだろうとか、どうにかしてもまた同じことがおきるってケースは、前者で。
犯人の目星がついてるとか、逃げ続けながら生きるのはまっぴらってケースは、後者を選ぶ。
この子の場合は、前者だ。
その理由についてだが……どれかな。
それは、これから聞かせてもらいたいのだが──
──その前に、やることがある。
「詳しい話を聞きたいけれど、まずは、招かれざる客を排除してからかな」
「!」
その言葉に、レントが立ち上がる。
「まさか……」
「まだ、おたくの追っ手かどうか決まったわけじゃないがね。でもこのタイミングでやって来るのは……そう考えるのが妥当じゃないか」
「別の地方に行くと見せかけて、撒いたつもりだったんだけど…………ごめん」
いきなり謝るレント。
「どうしたの急に」
「まだ、引き受けるかどうかも決まってないのに、巻き込んでしまった」
「まだ確実にそうとは決まってないさ。もしかしたら、たまたま迷ってここまで来た狩人か、ならず者の一行かもしれないし」
……とは、言ったが。
それはあるまい。
この森には、まともな人間もまともじゃない人間も入ろうとはしない。
何らかの理由で入ったとしても、浅い部分で踏みとどまる。
ここまで来るなんてのは、明確な意図がないとありえないのだ。
「…………」
無言で、レントが歩いていく。
「どこ行くの?」
「殺してくるよ。俺が引き寄せた連中なんだから、俺がやる」
レントが足を止め、振り向き、私と目を合わせる。
瞳に、危険な光が宿っている。
人を殺すと決めた人間の瞳だ。
「待った待った」
引きとどめる。
またレントの足が止まる。
話も聞かず飛び出していきそうな感じがしたが、この子、わりと聞き分けがいい。
自分のまいた種を自分で刈り取ろうともしてるし、好感持てるね。
「なんだい?」
「落ち着きなよ。ちょっとここにいな。まず、私が行ってみるからさ」
「あんたが?」
「向こうだって、話が通じない奴らしかいないってわけじゃないだろ? 子供なんか来てないし見てもいないって言えば、おとなしく帰るかもしれない」
「ないと思うよ。ここまで足を運んでおいて、それで納得するはずない。あいつらはそんな連中じゃない。信じられないから家捜しさせろとか言い出すだろうね」
「もしくは、話し合いなんてやらず、さっさと私を始末してから探す──かな?」
レントが、こくりと頷く。
どうやら、この子を亡き者にしようとしている連中はかなり本気のようだ。
「ま、窓からこっそり覗いてな」
上着掛けにぶら下げてある愛用のマントを無造作に掴む。
叩いてホコリを払い、そのまま普段着の上から羽織る。
赤い裏地の、黒マント。
これを着るのも久しぶりだ。
「……魔女の姉さん。あんたの噂は、ここに着くまでに色々聞いてる。外の奴らに遅れは取らないとは思うけど……」
「けど?」
「……もし、やばくなっりしたら、俺も出ていくからな」
「はいはい、その時はよろしく頼むよ」
そう言い残すと。
私は玄関を出て、外でこちらの様子をうかがっていた連中の前に現れたのだった。




