その10・魔女、蟷螂と出会う
やはり箒で飛ぶと早い。
本来なら何週間もかかる旅路も、空を行けば三日ほどで終わらせることができる。
昼間も構わず飛べば、もっと短縮できたのだが……それはできない。
なぜなら人目につく。
目立つようなことは極力したくない。
よって、明るいうちは歩いたり仮眠を取るなりしておいて暗くなったらいざ飛行という、コウモリやフクロウのごとき夜間活動を繰り返すことで、私とレントは魔の森の真ん中へと戻ることができたのである。
そしたら我が家が壊されてた。
夢かと思った。
しかし現実であった。
「おや、どこに雲隠れしたのかと思っていたが、まさか舞い戻るとはねえ。よかった。探す手間がはぶけたよ」
半壊……いや、三分の一壊といった感じの我が家の近くに立っている一人の男が、楽しげにそう言った。
手練れだ。
それは確かである。
そもそも、そうでなければ、この男は我が家にかけておいた魔術の餌食になっているはずだし、先ほどからこの男が漂わせてる雰囲気も、強者のそれだ。
見た目は、私と大差ない歳に見える。
細目の軽薄そうな顔つき。
笑いながら女を殴って言うこと聞かせそうなタイプの顔だ。偏見だが。
衣服はこれといって特別なものではない。冒険者や旅人の標準装備という具合の、最低限の装いだ。
軽装に、ブーツと手袋、茶色のコート。
左手に持つのは、一本の大鎌。
珍しい武器だ。使い勝手や威力より、使い手の嗜好を優先したロマン武器。よく使う気になるなあんなもの。
私のマイホームをあんな目に合わせ、泥棒対策の術を破ったのは……なるほど、あの鎌で間違いないようだ。タチの悪い魔術刻印が刃に刻まれている。
他に武器のたぐいは……無いようだ。
隠し武器くらいは持ってそうだが。私だって持ってるくらいだし。
だから、この男もひとつくらいは持ってるとみなしておいたほうがいい。
「どちらさま?」
「殺し屋」
男がさらりと言った。
「片刃の蟷螂って、聞いたことない? それなりに有名だと思うんだけどねえ?」
「ああ、西の……グレンツェル帝国だっけ? そこらで主に仕事してるのにそんなのいるとか、聞いたことあったようなないような……」
「それは一年前までの話。今は帝国を離れて、リュバールを拠点にしてるんだ。恨みを買いすぎてねえ。クク、あんた程じゃないが」
「私のこと、ご存知なんだ」
「あんただけじゃないよ、クックク、そこの男の子のこともさ♪」
気軽そうに喋る。
しかし、そのわりに隙はない。
本物の手練れだ。
「目当てはこの子ってことでいいかな。依頼人は大神官かい?」
「ホッ」
よくわかったねという意味合いであろう、口をすぼめて放った声。
やはりこいつは、レントへの刺客らしい。
「大神官ならもう殺したから、依頼を完遂しても報酬もらえないよ」と教えようかなと思ったが、せっかく隠蔽したのが無駄になる。
それに、そんなこと言ったところで、信じてもらえる気もしない。
なんなら、もし私の話を信じたとしても、変なこだわりとか見せて、依頼続行しそうだ。
だから黙っとこ。
「たった一人で来るとはね。いい度胸してるよ、あんた」
「群れるのは嫌いでねえ。分け前も減るし、雑魚がいたらこっちの足を引っ張りかねないから、ろくなことがない。だから俺は一人でやるのさ。いつもねえ」
「奇遇だね。私も一人がいいんだ」
「そうなんだ、気が合うねえ……って、なんだか嬉しそうだねえ、魔女さん」
「私が?」
「口元。にやけてるよ」
どうやら顔に出ていたらしい。
「久々にまともな相手とやり合えそうだからね。口角くらいつり上がるさ。それに、おたくも人のこと言えなくないか?」
「俺? ああ、これは生まれつきでねえ。元々こんな具合の顔なのさ。よく誤解されるけどねえ。何か企んでそうって」
「小賢しいことが好きそうではあるね。見た目も言動も、そしてたぶん性根も」
「そうかなぁ。どちらかというとだね、短絡的なほうだよ俺は。だから、ほら……」
男が、瞬間的に間合いをつめてきて、
「……こんな風に突然殺そうと──」
「甘い」
──居合。
大きく横に振られた死の大鎌と、私の愛刀が激突する。
激しい金属音。
互いに後方に退き、攻撃が届く間合いから離れる。仕切り直しだ。
「今のに対応できるとはねえ! クク、凄い凄い!」
男が、くるくると器用に鎌を回転させる。
一見隙だらけに思える仕草だが、無論、そんな隙などあるはずがない。
「見え見えすぎるよ。速さに自信があるようだが、真正面はないだろ。背後に回り込むのは無理だとしても、せめて横から攻めるべきじゃないの?」
「回りくどいのと、態度のでかい女は嫌いでねえ……!」
また、素早く動く。
その手のスキル持ちとみていいな、これ。
「お望み通り、後ろに来ましたよっと!」
それは私もわかっていたさ。魔女の鋭敏な感覚なめんなよ。
「そらよ」
振り向きざまに、また居合で相殺する。
「ククッ、一度ならず二度までも! 手強いねえ、これは手強い。ここまでやるとなると、俺でも無傷で勝つのは無理かな」
「無傷もなにも、私に勝つことそのものが無理なんじゃないかな。あんた程度じゃね」
「言うねえ~」
男が笑う。
──その笑いが、こわばった。
「さて……そちらのやり方はだいたいわかったし、フフ、そろそろ、こちらからやらせてもらおうかな?」
男の表情に、初めて緊張の色が見えた。
きっと、私の顔に、
本気で人を斬りたくなったときの笑みが、出ているのだろう。
この森に引きこもる前。
歯ごたえのある敵が、ちょくちょく見せたことのある反応。
それと同じものを、この男が、見せている。
──いわゆる、死相を。




