その9・魔女、解決する
「殺っちまったな」
床に倒れている、青年の死体。
斜めに下から胴を斬られ、色々な内臓こぼして死んでる。
大神官の息子だ。
正直、こいつは別に始末してもしなくてもどうでもよかったのだが、顔を見られてしまったので消すしかなかった。
生かしておけば、百害あって一利なし。
そうなると今度は大神官の代わりにこいつが刺客を送りつけてくることになる。復讐のために。それでは事態が何も変わらない。何の解決にもならない。
なので殺した。
青年が握っていた剣を拾う。
値は張りそうだが、殺し合いで使えるようなものではない。儀礼用くらいにしか使い道がないナマクラだ。
売ろうかなとも思ったが、こんな特別製の一品、元の持ち主が誰だったかなんてすぐにわかりそうだし、そこから事情が明らかになりかねない。
やめとこう。
役立たずの剣を床に捨てる。
床とぶつかった音だけは、本物をそうしたときの音と変わらなかった。
「見た目は凝ってて、金や手間はかかってそうだが……実用性はなし。持ち主と同じか」
また、大神官の息子の死体に目をやる。
容姿や物腰は立派だったが、こんなもので私に挑もうとしてたなんて、無謀を通り越してアホだ。
さっき襲いかかってきたときの剣技も、まるでなってなかった。
初撃に賭ける大上段からの斬りつけは悪くないが、その攻撃が、腕の振りと重さに頼りすぎていた。
振りかぶりすぎだった。
あれでは、剣を振り下ろす動作が長くなり、長くなれば当然、回避までの猶予が生まれ、避けやすくなる。そして振り下ろした勢いに体をもっていかれ、避けられた後の隙もデカくなる。
そうなったが最後、追撃も距離を取ることもままならず、反撃をもろにくらうしかできなくなる。
剣をろくに使ったことのない、素人にありがちなやり方だ。
こうやれば一番威力が出るだろうと、薪割りやるときみたいな攻撃を選ぶ。
ただ刃をぶつけることしか考えてない、まともに剣の腕を鍛えてない人間のやり方だ。
「熱意や真面目さはあったのかもしれないが、甘やかされてたせいで、磨かれることはなかったんだろうな」
まともな父親を持っていたら、こうはならなかっただろうに。
子は親を選べない。
同情するつもりは全くないが、哀れむくらいはしてやろう。
「一件落着だな、レント」
「まあ、そうだろうね」
用の無くなった神殿から立ち去った、私とレント。
大神官とその息子、暗部の奴らや、不幸にもその場にいてしまった神官どもの死体を腐らせ、痕跡を消してから神殿を出た。
私たちの関与を疑わせるものはない。
夜が明ければ、重大な行方不明事件としてリュバールを震撼させるだろう。神官だけに。
「ぷっ」
「どうかしたのか?」
「いや何でもないよ。ただの語呂合わせさ」
「はぁ」
レントは頭の上にクエスチョンマークを浮かべたような顔をしていた。
「……これからどうするんだい、あんた」
夜空を翔ぶ箒。
涼しい風を浴びながら、レントに訊ねる。
「わからないな。ただ、この国に戻ることは二度とないだろうね。どんな因縁が残ってるかわかったもんじゃない」
「それはそうだね。やめといたほうが身のためだ」
「どこか、リュバールの反対側──西のほうにでも向かおうかなって思ってる。予定すら立ててないけどさ。何もかも唐突に進んだからそんな暇なかったんで」
「ふーん」
「……なんだよその、含みのある声」
「あんたさえよければだけど、これもまた何かの縁だと思ってさ」
「何を言ってんのかいまいちわからないんだけど……」
「うちで働かない? 雑用で」
レントが、眼を白黒させて、こちらを見る。
いきなり何言ってんのって顔だ。
「なんでまた」
「いや、しばらく一人暮らししていて思ったんだけどさ、やっぱ家事とか片付けとか必要だなって。でも私そういうの向いてないからさ、なら、誰かに任せたらいいかなと」
「どうしてその『誰か』が俺なんだ?」
「あんたの他に、引き受けてくれそうな奇特な人間がいると思うかい? 魔物ひしめく森の奥、悪名高い魔女のおうちで働くなんて」
「いないだろうな」
「だろ?」
「…………ちょっと考えさせてくれ。風に当たりながら思案してみる」
「いいよ。我が家まではまだまだ遠い。考える時間はたっぷりあるからね」
天を見上げる。
そこにあるのは、太陽の光を反射して、やんわりと輝く月。
リュバールもアッケルンドも、そして日本も。
無限の夜空に、変わりはないようだ。




