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05 翼を持つ者

どこまでも続く草原、心地の良い風、澄んだ青空。全てを包み込む温かな太陽の光が目に痛く、瞼を閉じる。肺の中身をすべて吐き出し、空気に溶けるように指先からゆっくりと全身の力を抜く。もうこのまま一眠りついてしまおうか。少し揺れるがまぁそれも揺りかごのようでちょうどいいだろう。そう思案しながらあくびを一つ着いたところだった。

「っおい!寝てる場合じゃないだろ!」

頭上から降ってくる怒号が微睡みの世界から意識を無遠慮に引っ張り上げた。

「なんじゃ…気持ちよくなっていたというのに。」

「アホか。状況考えろ。」

馬上で瞼を擦る未だ眠そうなアズを尻目に必死に手綱を操るガラハッドの顔は尋常ではない焦りと集中力に歪んでいた。それもそのはず。彼らのすぐ後ろ。土煙をあげ低木をなぎ倒し地面を抉りながら巨大な牛が猛然と彼らの背中に巨大な角を突き刺し貫いてやろうと追いかけまわしていたからだ。

「おうおうまだ追っかけて来とるのぉ。」

その血走った眼を見ながらアズは一周待ってその執念の感心したように手を叩き言った。

「ちっ、お前降りて戦えよ。死神なんだろ?」

「殺気立っておる。鎌を構えて振り下ろす前にあの突進で一発KOじゃな。もうちっと疲れさすか、動きを止めるかしてくれんと。我の体躯では首に刃が届かん。」

さて、この二人がなぜこのような状況に陥っているのかの説明をしなければならない。まず、彼らを襲っている牛の正体は『グガランナ』。当然食肉とか牧畜で飼育されている一般的な牛とは違う。巨大な体躯とそれに見合わぬ凄まじいスピードが特徴のいわゆる魔物(モンスター)だ。その突進から繰り出されるパワーは石壁を破壊し鉄板にすら穴を空けるという。神様が由来だが決して名前負けはしていないだろう。本来なら魔素と呼ばれる魔力の元となる自然のエネルギーが溜まりやすい山間の深い森の中に生息しているのだが、今回どういう訳か人の街の近くでウロウロと徘徊しているのが発見された。ここに居座られては交通や農業その他多くの職に支障を来たすし、万が一街に迷い込めば大混乱は間違いなしという事で討伐依頼が出された。その高い報酬金を目ざとく発見したのが新米冒険者のアズだった。牛一頭の討伐と高を括ったアズは依頼受注をガラハッドに打診。彼も特に深く考えずにそれを承諾した。ちなみに一般的なグガランナの全長は二mから二m半である。アズはともかくガラハッドは慢心していなかったしグガランナの生態もしっかりと把握していた。ただ今回は逆にそれが彼にとっての誤算だった。シャノンに乗って意気揚々と暴れ牛退治に出かけた二人は平原にポツンと立つ明らかに異質で大きすぎる存在に目を剥いた。遠近法か目の錯覚かでそう見えているだけだろうとそう自分に言い聞かせ接近してみるもののやはり大きすぎる。全高は三m強。全長は六mはあろうか。ここまでデカいなら依頼書にそう書いといてほしかったしあの高額報酬にも合点がいくと二人して納得していた矢先、どうやらヅケヅケとその巨牛のテリトリーに近づきすぎてしまったらしい。鼻息を荒げ地面を抉り、ゆっくりと標的をロックオンするその巨牛を前にガラハッド達に差し出された選択は逃げの一手のみであった。

「ふーむ…どうにか奴の足を引っかけられんかの。」

アズは後ろから迫るグガランナの足を視界にとらえながら思案する。奴は怒り心頭といった感じでピッタリと背後を追いかけまわしている。それはつまり視野が狭まっており周りが見えていない証拠でもある。実際に低木や岩を避けずに突っ込んできてるのがそれを確証づけた。視界に入るものでさえ認識できていないのだから足元なんてもってのほかだろう。つまり奴の足を絡めとるか躓かせる罠が欲しかった。

「それこそちょっとした窪み…奴の足がすっぽりハマる穴か何か。」

「さっきから何呟いてるんだ。いい作戦でも思いついたか。」

「むむむ…ここからじゃよく見えん。…ちょっと借りるぞ。」

「んなっおい!」

いきなり立ち上がったアズがガラハッドの首をスポンと抜く。

「わわっ!しっかり操作せんかい。落ちるところだったぞ。」

「じゃあ急に取るなよ。頭返せ。」

「よいしょっと…準備は良いか?そーれぃ!!」

「何?準備って…ちょ!うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

アズは状況が飲み込めていないガラハッドの頭を両手におおきく振りかぶると、子供の体からは到底想像もできない渾身の力で上空に放り投げた。

「あんにゃろぉぉぉぉ!」

シャノンの背に乗るアズと取り残され胴体がずっと小さく見える程度の高度になんの覚悟も出来ぬまま放り出されてしまったガラハッド。しかしお陰で遠くの地形までよく見える。

「ぐぎぎぎぃ…落ちるぅぅぅ!!!」

そうして最高高度に到達したガラハッドは重力に引っ張られ成すすべもなく落下を始めた。頭のみだから姿勢制御もへったくれもない。顔面の全ての穴に空気が入り込んでくる。

「あばばばばばばっ」喉の奥から悲痛な叫びが漏れる中、涙で滲んだ視界にアズが飛び込んでくる。

「おーらい、おーらい、おーらい。ほいキャッチ。」

グガランナに追われながらもフラフラと上がったキャッチャーフライを取るみたく平然とガラハッドの頭を抱えるアズの腕の中で、件のガラハッドはぜぇはぁ息を切らし恨み言を吐いていた。

「お前…マジ…帰ったら…覚悟しとけよ…。」

「ガラハッド…お主の頭重たすぎるぞ。兜は外させるべきだったの。それでよさげな穴は見えたか?」

アズが首を所定の位置に戻すとガラハッドが手綱を持ち直す。シャノンの進行方向が大きくずれ、その先には小高い丘があった。

「鎌を準備しとけ。」

アズがその言葉に反応して手早く鎌を取り出す。ガラハッドはあえてスピードを緩めた。グガランナをもっと引き付け、その視界を自分たちで埋めるために。獰猛な生暖かい鼻息がすぐ背後で鮮明に聞こえる。鋭利に研がれた槍のような巨大な角の先端がガラハッドの背中に触れるかいなか。シャノンは丘に差し掛かり傾斜を駆けあがった。当然後ろのグガランナもこれぐらいではパワーは落ちない。ここで怯み左右に避けてしまえば台無しだ。ガラハッドはシャノンの勇気を奮い立たせるように足で合図を送る。もう丘の頂上が見えてきた。狙い通りグガランナはガラハッドの背中しか見えていない。アズが鎌をしっかりと握りしめる。そうしててっぺんに到達したとき、シャノンはそのまま離陸するかの如くジャンプした。傾斜を登り切った先にぽっかりと大口開いて待つ穴を避ける為に。

「!!!」

グガランナの右前足が捕られバランスを崩す。その隙を逃さずアズは馬上から飛び降りると転倒していくグガランナの首元めがけて鎌を振った。肉が裂け血が飛び出る。

「やったか!」

「いや入りきってない。こやつ筋肉固すぎじゃろ。」

彼女の言うとおり、グガランナは立ち上がると、地面に着地したアズ目掛けて突進してきた。アズは咄嗟にその足元に潜り込み、その突進を交わす。やり切れてはいないが相当なダメージは入っているようだ。グガランナは右前足を庇うような姿勢を見せながら、アズに向かって向き直った。

「その速さなら何も怖くないわ。じゃが正面切って立ち会うと角が邪魔で首に刃が届かん。」

「もう一度、気を引けってことね。」

「話が分かるのぉ。」

そうと決まれば早いかガラハッドはまたこれ見よがしにグガランナの眼前でウロチョロと行ったり来たりを繰り返す。奴の視線がガラハッドを追いかけ始めた。

「喰いついた!あとひとっ走り…頑張るぞシャノン!」

ガラハッドは手綱を引きシャノンを走らせる。グガランナがその後を再び追いかけ始める。やはりさっきまでよりだいぶスピードは落ちているがそれでもぶつかられれば一溜まりもない。グルっと大きく円を描くように引き付けると、ガラハッドの正面に鎌を持ったアズが構えた。交錯する視線、言葉など使わなくても、その意図が手に取る用に分かる。ガラハッドはアズにぶつかるギリギリで彼女を避ける。グガランナがその背を追おうと曲がる瞬間、アズの視界に首の傷を晒した。

今度は確実に彼女の持つ死神の鎌が暴れる巨牛の息の根を掻き切る。一瞬で全身の力が抜けた巨体が轟音を上げ地面を削りながら滑った。

「任務完了…じゃな。」

「まだだよ。こっからが大変なんだから。」

どや顔で佇むアズの横にガラハッドがシャノンをつけ降りると、力なく横たわるグガランナの首を持ち上げその角に刃を入れ始めた。

「ちっ…やっぱ固ぇか。」

魔物の討伐依頼の場合、証明として体の一部を案内所に収めなければならない。さらに売れる素材はこの場で解体し持ち帰るというのがセオリーだ。グガランナは筋肉量が多い為、食用には向かない。ただ内臓や角、蹄は高値で売買ができる為、採って損はなかった。

「お前も手伝えよ。」

「えぇーめんどくさいのぉ。」

「頭ぶん投げた件忘れるなよ。お前への報酬抜きにだってできるんだぞ。」

あれだけ騒いでいたというのに二人は賑やかな事である。そんな光景を遥か上空。誰も気づくことができないような場所で観察している人影があった。


街へと戻り、依頼達成を案内所に報告。その足で回収した素材を売却し、依頼報酬と共にアズと折半。討伐クエストは非常に疲れるし、アズの体質もあり酒場で何か食べていくことにした。

「…お前は質より量を取れよ。」

鉄板の上でジュウジュウ音を鳴らしている肉汁溢れる一ポンドステーキを口いっぱいに頬張るアズにガラハッドは思わず苦言を呈した。それなりに腕の立つ二人の為、お金に困っているというわけではないのだが、アズの食費はそれを優に上回ってくる。体を動かしているからか、最近は更に食べる量が増えている気がする。その小さい体の一体どこにそれだけの質量が詰め込まれているのだろうか。

「あの牛を見ておったら牛肉が食べたくなっての。お主にもあるじゃろ?」

「ないね。ってか解体したばかりだから逆に肉だけは食いたくないわ。」

ガラハッドは先ほどまでの光景を思い出す。皮を剥ぎ、腹を裂きそこから内臓を引きずり出す。思い出したくもない光景と強烈すぎて鼻の奥にまだ潜んでる残り香に口にしてたリンゴでさえ食う気が失せてしまった。

「ここ、空いているかな?座ってもいい?」

とそんな二人に話しかけてきた人物がいた。長身細身の中性的イケメンで柔和な笑顔を浮かべここらでは見ない服を身に纏っている。腰には二本の鞘。それもガラハッドが扱う重く刃の広い両刃剣ではない、細く洗練された刀と脇差。胸の徽章からその人物も冒険者であることが伺える。濡羽色のセミロングの髪に一筋だけ入る金のメッシュが特徴的だった。

「あ、あぁ、構わないけど。」

そう返事をしながらガラハッドはあたりを見回した。静かな酒場は他に空いてる席もいっぱいある。なぜわざわざここに座ってきたのだろうか。

「なんじゃお主の知り合いか?」

「いや知らん。」

「なに?…ステーキはやらんぞ!」

「別に恵んでもらおうと思ってきたわけじゃないよ。」

慌てて残りのステーキを頬張るアズを見て微笑みながら、その人物は豆を一つ摘まんで食べた。

「ちょっと挨拶しとこうと思ってさ。」

ウインク交じりの言葉にガラハッドは益々疑念を深める。こんな女性受けのよさそうな顔した奴が俺らになんのようだ。

「…アズ、食い終わったんなら行くぞ。」

「もう行っちゃうの?連れないなぁ。」

猫なで声にも思える声で引き留めようとしてくるがガラハッドは意に返さぬように案内所を出ようとした。

「あ、ガラハッド様。少々お待ちを。」

扉に手を掛けた所でカウンターからレレが呼び止めてくる。

「パーティの加入要請が来てます。」

「パーティの加入要請?」

「はい先ほど、本人の方から挨拶に行くとおっしゃられてましたよ。ほらあそこ。」

レレが指し示す方向にはさっきのイケメンが笑顔でこちらに手を振っていた。


「改めまして、僕の名前はナギ。ジョブは見ての通り剣士さ。生まれの関係で肉は食べない。趣味はパズルと散歩。他に聞きたいことはある?」

自信満々に答えるナギに対してガラハッドとアズはしかめ面を崩さなかった。刺さる人には刺さるであろうナギの仕草もこの二人には鼻につく要因でしかなかった。

「…それじゃあ、なんでこのパーティに入ろうと思ったのですか?」

ムスッとした顔でガラハッドが問う。ナギはしばらく考えた後

「ここが一番僕が輝けそうだったから…かな?」

と恥ずかしげもなく言った。すかさずアズが「ケッ!」と嫌悪感をあらわにする。

「…貴方はこのパーティに入って何が出来ますか?」

「その質問は難しいな…。ただこれだけは自信を持って言える。君達を笑顔にできる。」

アズが笑顔から最も遠い表情を浮かべる。

「じゃあ最後に貴方はこのパーティに入って何を成し遂げたいですか?」

「そうだなぁ。世界中の人を幸せにしたいかな。」

あまりの癪さに流石に我慢できず掴みかかろうとしたアズをガラハッドがすかさず抑えた。こいつなぜこんなにも歯の浮くようなセリフを恥ずかしげもなくしゃべれるのか。

「分かりましたこれにて面接を終わりにします。それでは本日はご縁が無かったという事で…」

「ちょ、ちょっと…待って。」

ガラハッドは流れで強引に締めようとしたがナギがそれを止める。

「なんでパーティに入れない流れになってるんだい?」

「入れない流れというか入れない。」

「な?!なんで?!」

「えぇー…。うーんと黒色が多くなっちゃうから?」

「今適当に理由考えたよね?本当の訳を教えてくれよ。」

「じゃあ正直に。性格が気に食わない。以上。今後のご活躍をお祈り申し上げます。」

そう言うとガラハッドは未だにナギを威嚇し続けるアズを抱え、席を立った。そこにはポツンと呆気に取られたナギだけが取り残されていた。


「下手に一般人をパーティに入れて正体がバレたらマズいからな。」

教会への帰り道、ガラハッドはアズにそう言った。現状二人パーティでも生活ができるぐらいには稼げている。二人の名も知られるようになり、パーティの格が高まったのかもしれないが、無理して大所帯にするつもりは無かった。

「所でお前はなんであんなに嫌ってたんだよ。」

「ん?あのような軟派な輩は好かん。あれは都合のいいセリフを並べ立て女を弄び泣かすタイプと見た。我の年長者の感がそう言っておる。入れた所で女遊びにかまけて禄に仕事にこないのがオチよ。」

「年長者の感って…。ガキの姿で何言ってんだ。」

「お?お主我を愚弄するか?今ここで泣き喚いてやってもいいんじゃぞ?幼気な少女を泣かす黒騎士…世間が味方するのはどっちかのぉ。」

「年長者のプライドどこ行ったよ。」

そんな話をしている間に教会へと着く。

「おかえりなさい。二人ともお疲れ様です。」

教会の中ではシスターモニカが丁度日課の礼拝を終わらせたところだった。

「シスター。今日の夕餉はなにかの?」

「すげぇなお前。まだ食うのかよ。」

「その前に二人とも手洗いをきちんとしてください。ガラハッドさんはその後にシャノンさんに夕飯を上げてきてください。」

三人での生活も慣れてきて、モニカはまるで二人の母親のように振舞った。教会は閑寂な外見に見合わず、和やかな日常に満ちていた。

「そういえば今日、変な奴がパーティに入りたいって言ってきてさ。」

ガラハッドがモニカにさっき起こったことを報告する。

「なんか鼻につくキザな野郎でよ。名前は確かナギって言ったかな。」

「へぇー。それでパーティに入れてあげるんですか?」

「いや断った。アズのお守りだけで手いっぱいだからな。それに胸焼けするほどナルシストっぽくて。」

「僕の話かい?」

「そうお前の話…って!?」

いつから、いやどこから入ってきたのだろうか。いつの間にか二人の背後にナギが立っていた。正面扉はその大きさから必ず音がするし、裏口もシャノンやアズが騒ぐだろうから一切気づかれずに入ってこれるわけがないのだが。

「お前。などうして…っていうかどうやってここに?」

「失礼シスター。天窓が開いていたものだから。驚かせてしまったかな?」

動揺してるガラハッドに見向きもせずナギはモニカに歩み寄ると片膝を着き手を取る。甘い上目遣いでモニカを見つめ、その手の甲に唇を近づけた。

「離れろ変質者!」ガラハッド、とっさの拳骨。ゴツンっと鈍い音を鳴らしナギの頭頂部にクリーンヒットした。

「痛いっ!殴ることないじゃないか!」

「急に現れて変な事するからだろっ!」

「痛たたた!僕は僕の魅力を君たちに売り込みに来ただけだというのに。」

若干涙目で頭を擦りながらナギは言った。

「売り込みだぁ?お前はパーティには入れられないってさっき案内所で伝えたばかりじゃないか。」

「つれないこと言わないでくれよ…デュラハンのガラハッド君。」

ナギの言葉に思わずガラハッドの思考が固まる。それもそのはずで彼が魔族のデュラハンであることを知っている人間は少なくともモニカだけだ。

「それをどこで?」

「まぁそれはいいじゃないか。君のパーティメンバーのアズっていう少女も魔族だろ?面白いパーティだ。気になるのも当然じゃないかな?」

ナギは真意を掴みかねるニヒルな笑みを浮かべる。

「一体何者だ…お前は?」

「なんてことはない、君たちのファンってだけなんだけどな。…どうやら歓迎されてないらしい。」

ナギが視線を後ろに向ける。扉の陰からアズがものすごい形相でナギの事を睨みつけていた。

「…今日は帰ろうかな。あんまりしつこいと今以上に警戒されちゃいそうだ。」

ナギはやけにあっさりした様子で教会の出口へと向かった。扉に手を掛け外に出ようという所でフッと振り返る。

「パーティに入れてくれるまでどんどん交渉に来るからね。」


ナギのどんどんの頻度は凄まじかった。普段の買い物、討伐クエスト、夜通しの宴会、シャノンとの遠駆け、連日連夜の教会etc.

「やぁ、今日も来たよ?」

もはや日常の一部となったナギのアピール。さしものアズもその執念深さに「あやつ毎日来る…」と恐怖していた。

「…諦めないの凄いな。」

「だろ?パーティに入れてくれたらある程度は落ち着くかもね。」

慣れというのは恐ろしい物で、いつの間にか教会内に潜り込んでいるナギに驚くことはすっかりなくなったし、モニカに関してはお茶をだすようにまでなった。その正体はおろか名前ぐらいしか有用な情報を知らないというのに。

「一体何がしたいんだ?あんたも暇じゃないだろうに。」

「僕の要求はずっと変わらないよ?。ただパーティに入れてもらって一緒に仕事ができればと思っている。」

「その執着、こっちとしては怖いぐらいなんだが。アズなんていつあんたが来るか気が気でないからすっかり怯えちゃって毎晩モニカのベットに潜り込むようになったぞ。千歳越えだってのに。」

「僕としては君たちの正体を脅しに使ってないことを褒めて欲しいぐらいだけどね。」

ティーカップを傾け、お茶をすする。ナギは無意識だろうが何かを口にするときに必ず口をすぼめるという癖があることをガラハッドが発見する程度には共にいる時間が増えた。

「…分かった。その狂気的にすら思える熱意を買って、()()()()をしてやる。」

「本当かい!?」ナギの顔がぱぁと晴れる。やっと努力が実ったというように。

「明朝、案内所内で集合。言っとくけど落とすときは普通に落とすからな。落とされたとしてももう執着してくるなよ?。勿論…寝坊もするなよ?」


「おいシスター…あやつは帰ったか?」

「え?ナギさんなら先ほど。」

「よし。塩を貸せ…入口に撒いてくる。」

ナギが帰ってからしばらくして入念に警戒しながらアズが部屋に入ってきた。

「死神が何ビクついてんだ。」ガラハッドがそんな様子のアズを小馬鹿にするように笑う。

「やかましいわ。それよりお主、なんて約束を取り付けてくれたのう。それも我に相談なしで。」

アズは子供のように地団駄を踏む。明日にナギと依頼に行くのが心底嫌らしい。

「そんなに嫌なら来なければいいじゃん。お前だけ違う依頼受けるとかさ。」

「なぁー!創設メンバーに対して冷徹な男?!」

「大げさだな、創設メンバーだなんて。ほとんど成り行きみてぇなもんじゃねぇか。」

「我も行く!直々に見んと安心できんしそなただけじゃ頼りない。これからの仕事にも関わるからな。」

「結局来るんかい。めんどくせぇな。」

そんな二人の会話を聞きながらモニカは慈しむような微笑みを見せていた。アズは言動こそ子供っぽい物の結局の所、ガラハッドの事を心配しているし仲間外れは嫌なのだ。そのことにモニカだけは気づいていた。


「集合よりちと早いんじゃないか?」

「待たせちゃ印象悪いと思ってね。なにせ今日の僕は受験生みたいなものだから。」

明朝、案内所の前で約束通り三人は顔を合わせた。一人はやる気満々。一人はどこか気だるげ。そして残ったもう一人は仏頂面を決め込んでいる。傍から見てても協調性的に心配になる面々は今日のクエストを探すために案内所の戸を開けた。

「ん?朝っぱらだって言うのに騒がしいな?」

案内所の中では無数の人間が駆け足で右往左往していた。その表情に焦りから生じる冷や汗が光った。

「何かあったのか?」

ガラハッドはカウンターの中で何枚かの書面にしかめっ面を決め込んでいたレレに声を掛けた。

「あ。おはようございます!実は町はずれの草原にグガランナの群れが出現したらしくて…」

レレは眉を顰めながら言った。グガランナと言えばつい最近ガラハッドとアズの二人ででっかい奴を討伐したばかりだ。それに今彼女は群れと言った。

「おそらくはここ数日で本来の住処から降りてきたのでしょう。ただその場に留まるでもどこかに去るでもなく、何かを探すようにウロウロと。ただ少しづつ街に近づいているみたいなんですよ。」

「そいつは大変だな。誰か討伐クエストに行かないのか?」

「あちらを。」

レレが酒場の方を指さす。そこには何人かの筋骨隆々の男たちが積み重なるようにして突っ伏し大いびきをかいていた。

「いつも通り夜明け近くまで飲まれていたみたいで…。早朝から活動する冒険者は採取や探索などの戦闘を好まない方たちが主で。腕に自信のある方たちは昼過ぎまでは使い物にならないのでございます。ギルドとしては他依頼との兼ね合いもございますから早々に解決しておきたい事案なのですが…」

「どうしよもねぇなあいつら…」

レレの視線がガラハッドに痛い程刺さる。彼女の口ぶりは頼れるのはガラハッド達しかいないと暗に言っているようなものだった。

「…分かったよ。そのクエスト引き受けよう。」

決して楽な仕事ではなさそうだがタイミング的にも丁度よかった。それにあんなに大きなグガランナを倒しているのだ。いまさら通常サイズの群れぐらいどうってことないだろう。この時のガラハッドはそう思っていた。


舞台は変わって街から離れた平原。いつもならこの朗らかな陽気に鼻歌でも歌いながらハイキングと洒落込みたい風景だ。今だってサンドイッチでも頬張れば気分は休日のちょっとしたバカンスだろう。目の前の光景にさえ目を瞑ればの話だが。ウシ科の生物はそのほとんどが群れを形成する。もちろんグガランナもその例に漏れない。彼らの場合は一頭の雄を中心としたハーレムを作る。稀なケースではあるがリーダーとなるグガランナが時偶に本来の住処から一頭だけでポツンと離れることがある。餌と水場を求める場合やより濃い魔素に釣られる場合など理由は様々。では残された群れはどうするかというと、数日遅れてそのリーダーの通った道をなぞる様に追いかけだすのだ。リーダーが単独で先陣切るわけはつまる所、新たな居住地探しとその強力さ故の障害の排除、群れが安全に来れるように露払いという訳だ。では移動中の群れの方は誰が守るのか。それはリーダーの正妻と呼ばれる数頭の雌達だ。リーダーには劣るが彼女達もそれなりの力を持つ為、比較的安全な移動がなされるという訳だ。世間ではこれを『グガランナ』の大移動と呼び、豊作を招く現象だと崇める宗派もある。さてここまでグガランナの基本的生態を確認したところでガラハッド達の眼前にいるグガランナの数を確認してみよう。十、二十、三十…

「百体ぐらいいるんじゃないか?」

到底三人では捌ききれない量がそこにいた。なぜここに溜まっているのか…理由は定かではないがあらかた見当もつく。先日討ち取ったあの巨大グガランナ。あれだけの強さならこれだけの群れを率いていてもなんら違和感はない。

「ガラハッドよ…どうやら我らは貧乏くじを引いたようじゃの。」

あまりの光景を前にアズがため息交じりにそう呟いた。

「バックレちまうか。案内所にいた奴らに交じってもう一眠りってのも悪くはない。」

「なに言ってるんだい。この依頼はこのパーティの名声を更に高めるとっておきの機会だ。これだけの量なら報酬を期待しても良さそうだ。」

「なーにもうパーティメンバー面しとるんじゃ。」

「街に戻る時には正式にパーティメンバーだからね。」

そう言うとナギは腰の刀に手を掛けながら意気揚々と前に出た。

グガランナの群れの中から一頭がナギの気迫に呼応するように飛び出てくる。わずかではあるが雄とは生え方の異なる雌の角。しなやかに鋭く伸びるその角には細やかな傷が無数に入り、数多の争いを制したこの群れを率いる雌達の一頭であることを物語っていた。

「ちょうどいいね。」

ナギは深くゆっくり息を吐くと上半身を低く沈める前傾姿勢へと移行する。手が刀の鞘から鍔、そして柄へと撫でるように移動していく。まるでナギだけが時間が止まったかのような制止。唇の僅かな隙間から辛うじて呼吸の音が聞こえる。グガランナは目を大きく開き鼻息を荒げた。前足で地面を一回、二回と掻く。群れの他のグガランナ達は様子をうかがうようにその光景を見ていた。とグガランナが意を決したように大きく吠えた。さながら戦闘開始を告げる鬨の声と言った所だ。そして低く野太い唸り声をあげながらナギへと突進していく。素早く動く足元から砂煙が猛然と立ち上る。しかしナギは避ける素振りを全く見せない。それどころか、ジッと瞼を閉じ迫るグガランナを視認することすらしないようだった。

外野で見ていたガラハッドとアズはその異様な雰囲気に警告の声を出す事すら憚られた。ただグガランナの巨体がノーブレーキで突っ込んでいくのを傍観していた。距離がどんどん狭まる。足音が、振動が近づく。グガランナはスピードを落とさず猛然と角を突き立てた。ナギの体を貫くために。そしてそれがナギにとって最も都合のいい状況だった。

「剣技…」

グガランナの角がナギの間合いに入った瞬間、ナギの右足が流麗に踏み込まれる。鞘から刀が音もなく抜かれ、グガランナの肉体に一切の抵抗なく入り込むと風を切り裂く薄い紙のようにグガランナの体を通過し、再び鞘へと仕舞われた。

「居合・仇花…」

一連の動作は傍から見ればナギの僅かな動きと刀が日の光を反射する刹那の閃光にしか見えなかった。

音もなく倒れるグガランナと一滴の汗を落とすナギに、思わずガラハッド達は感嘆のため息を漏らし拍手する。

「ふぅ。いいとこ見せられたかな?」

そう笑顔を向けるナギに間髪入れず数頭のグガランナがまるで敵討ちと言わんばかりに突っ込んでいた。

「あ…」

グガランナが通り過ぎた所にナギの痕跡はない。かといって勢いに吹き飛ばされたわけでもない。

「なに?!どこに消えよったあやつは?」

アズが辺りを見回しナギの姿を探す。

「それどころじゃなさそうだぞ。」

ガラハッドの言う通り、そこには何かの拍子で弾けてしまいそうな程、張りつめた雰囲気のグガランナ達がいつの間にか二人を囲んでいた。

「ナギがどこに行ったかを探るのは後だ。今はこの状況をどうにかしないとな。」

二人が武器を構える。恐らくこの規模なら率いている雌は十体かそこらだろう。それらを見つけだし全頭倒すことができれば、統率を失った群れは自然と解散する可能性が高い。だが

「それはなかなか難しい注文よの。」

グガランナ達が一斉に唸り声を上げながら四方八方走り回り始めた。完全にカオス状態だ。しかし不思議なことにグガランナ同士でぶつかることは一切ない。目まぐるしく動く集団の中から、撃ち込まれる弾丸のような突進を交わすのに二人は精一杯だった。

「これ二人で捌ける量じゃなかろう!」

「口より手を動かせ!絶対ギルドからボーナスをもらってやる!」

二人とも実力者の為、簡単にやられることはないが、これではジリ貧だ。そうこうしている内に二頭のグガランナがガラハッドへと迫る。

「よいしょっと!」

どこから現れたのか、いつの間にか二人の間を割って入るようにナギがいた。

「うわっ!びっくりした。お主一体どこにおったんじゃ。」

「うん?こういうことだよ。」

ナギが思い切り飛び上がる。しかし降りてくることは無い。太陽を背にし、地面に落ちるナギの陰には、大きな羽が生えていた。

「なんだ、あいつも魔族かよ。」

「上からの方が見つけやすいからね。既にリーダー格は何頭か倒しているから終わりも近い筈。」

そういうとおもむろにアズに向かって急降下していく。ナギの足元にブーツは無く代わりに猛禽類のような大きな鍵爪の生えた足がありそれでアズの肩をがっしり掴むとそのまま羽を羽ばたかせ急上昇していった。

「のわぁぁぁぁ!」

「爪は立ててないから安心して。痛くないはず。」

「そう言う事じゃないわ!なぜ我を上空に持ち上げる!」

その問いには答えずナギは風を切り裂き飛んだ。

「あれが見えるか?アズリエル君。」

「うん?」

ナギに言われアズが地上に視線を落とすとそこにはグガランナが年輪のようにぐるぐると回転しており、その中心に一頭の雌が君臨していた。

「さながら防衛陣地と言った所。魔物のくせに戦術家気取りだ。おそらくあれがこの群れの№2だね。」

「だからなんじゃ。」

「今から君をあの中心目掛けて落とし僕はそのすぐ後を急降下で追いかける。上空からの波状攻撃と言った感じかな。」

「…うん?」

「それじゃあ奇襲と行きますか!」

「まて、お主。今なんとぉぉぉぉ!おわぁぁぁ!」

ポイっと投げ出されたアズの体は抵抗する間もなく重力に引きずり落される。それは奇しくもいつかにガラハッドの頭でやったことが返ってきたようだった。

大声で喚き涙を撒き散らしても地面は近づくばかり。アズはくしゃくしゃの顔のまま鎌を持ち空中で体勢を安定させた。

「くっそぉぉ!帰ったら酒場のメニュー全部食ってやる!」

グガランナが気づいた時にはもう遅かった。落下の勢いが乗った鎌はグガランナの首元に深く突き刺さると弧を描くようにして掻き切った。反動でアズの体が放り出されたが地面に激突する前にナギが回収する。残された群れの動揺と困惑が入り混じった悲鳴が連鎖していった。


夕暮れ時、三人は街へと帰ってきた。ナギはご満悦といった表情。アズはげっそりしていて少し老けたような気もする。なかでもガラハッドが一番ひどく、鎧はボロボロで顔は傷だらけ。所々に蹄の跡がある。ナギがアズを連れ飛んで行ってしまったから、ガラハッドは群れを一人で対処する羽目になったのだ。ただそれについて起こる気力すら今の彼には残っていなかった。

「改めまして…僕の名前はナギナミ。ハーピーの島からやってきた君たちと同じ魔族さ。対一や対人は得意なんだけども集団相手はちょっと苦手で仲間が欲しい時に、人間じゃない君たちを見かけてね。どうだったかな?僕の活躍?」

「あ?あぁ。」

「なかなか頑張ったほうだと思うんだけど。君たちも空を飛べる人間がいた方がいいだろう?」

「あぁ…」

「正式にパーティ入りってことでいいかな?」

「あぁ…」

ちゃんと理解しているのか甚だ疑問ではあるが、ガラハッドの気の抜けた相槌にナギは顔を綻ばせる。

「それじゃあ手続きはこちらでやっておくよ。今日はお疲れ。また後で。」

あっという間に決まってしまったナギのパーティ加入。去っていくナギの後姿を見ながらガラハッドは何か引っかかる物を感じていた。

「…とりあえず疲れたし帰るか。」

「うむ。」


どうやって教会に帰って来たか覚えていない。ただ帰ってきて早々に寝床に倒れ込んだらしく、目を覚ますとすっかり夜になっていた。腕や顔に身に覚えのない傷の手当てがされている。恐らくは寝てしまったガラハッドに黙って、モニカが施したものだろう。腹が鳴った。そういえば昼から何も食べていない。ドアの隙間からいい匂いがしてくる。ちょうど夕食ができたみたいだ。

まだ重たい体を引きづる様に食卓へ向かう。

「おや!おはよう。良く寝てたね。」

そこには平然と椅子に座りモニカと談笑するナギの姿があった。

「な!なんでっ!帰ったんじゃ!」

「あぁ帰って来たんだよ。正式にパーティに入れてくれたじゃないか。」

「パーティには入れて…そうか入れたわ。いやけどここにいる理由にはならないだろ!自分の家は?」

「その反応。アズリエル君もしてたよ。」

ナギの指さす方にはアズが気の抜けた顔して項垂れていた。ガラハッドより早くに起きてこの状況に直面したらしい。

「おい、アズ。どうなってんだよ。」

「あやつ、我らに隠れてシスターに根回ししておったらしい。ここへの出入りも上の鐘の所から潜り込んできておったようじゃ。気づかんわけよ。シスターは既に攻略されとる。どうあがいてももはや無駄じゃな。」

なるほど、ナギの神出鬼没具合もこれで合点がいった。空からの訪問には気が付けないわけだ。


「教会も手狭になっちまったな。」

ガラハッドがぶつくさ文句を言っている。元々モニカ一人で住んでいた教会だ無理もない。家主であるモニカはと言うと、賑やかになったことがどこか嬉しいようだ。

ただ、こう人が多いと自ずとトラブルやハプニングも多くなる。こんな風に…

「きゃぁ!」

ガラハッドが湯浴みでもしようかと扉を開けた先にナギがいた。彼女の背中からは黒く大きな羽が立派に生えていた。

「あ!悪い。入ってると思わなくて…」

しかし男っぽくない悲鳴を上げるものだな。背中越しに見える体つきも曲線が際立つ。

「…早く戸を閉めてもらえると有難いのだが。」

顔を赤らめ、胸を手で押さえながらナギはか細い声でお願いした。ガラハッドはここである一つの勘違いに気付く。

「お前…女だったのか…」

「ガラハッドさん…」

衝撃を受けるガラハッドの背後から低い声がした。恐る恐る振り返るとそこには軽蔑した視線を向けるモニカが立っている。

「シスターは知っていたのか?」

「当たり前です。それより女性の湯浴みを覗くなんて…」

「違っ…これは。」

「…最低です」

この日、ガラハッドは新たな仲間と引き換えに、一つ信頼を失った。

ハーピーの島は日本みたいな物だと思ってください。グガランナ戦でシャノンに乗って地面を逃げたり、ナギの加入で制空権を得たみたいな書き方になってますが、シャノンも飛べます。ナギの翼は隠す際は袴の様に体を覆いその上に本来の服を着ています。

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