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02 正体バレと愛馬回収

 温かな風が足元の芝生を揺らす度、甘い香りが鼻腔をくすぐる。空はペンキを塗り広げたみたいな青空でどこか偽物のようだった。まるで踊りだしたくなるような軽快な音楽がうっすらと聞こえるような気もするししない気もする。とにかく視界いっぱいに広がるメルヘンな空間を当てもなく歩いた。

どのくらい進んできたのだろう。自分と同じぐらいの大きさの花達がまるで人間のように長机を囲んでいる光景を目にする。ヒマワリのようなコスモスのような花弁が人間の頭に位置する所で華やかに開きこちらを向いていた。お茶会でもやっているのだろうか、机の上にはティーカップや様々のお菓子が所狭しと並ぶ。

花の内の一本がすらりと伸びた茎の先端に着く葉をひらひらと上下に動かす。それはまるで手招きされているようで誘われるがままに不自然に空く椅子に腰かけた。彼ら?は自身の葉を器用に操り、カップを取り、菓子を取り分け、ティーポットからお茶を注いだ。座ってから少しも経たぬうちに準備されたあれやこれを一先ずは歓迎の証として受け取る。カップに入ったお茶はすこしピンクがかっており心が落ち着く香りがした。

ふと意識が飛んで気が付けば机の上はすっからかんになっていた。凄く長い時間を過ごした気もするし、全然経ってないようにも思える。まるで時間が切り取られたような不思議な感覚…手に持つカップは既に飲み干された後だった。どうやらお茶会もお開きらしい。言葉こそ発しない花達だったがどこか寂しそうな雰囲気は感じ取れる。凄く楽しかったという思い出だけは鮮明に焼き付いていたから「また、会えるよね?」と聞いてみたのだが、花達は頷くわけでも否定するわけでもなく、風に揺れるかのようにその場で呆然としていた。

突如体を宙に浮かし吹き飛ばすんじゃないかと思えるほどの旋風が襲う。テーブルクロスはバタバタと煽られ机の上の物が散乱した。和やかな雰囲気から一転、騒然となる空気の中、視界を覆う前髪を掻き分けたその隙間で…

目の前に座る花の花弁がポトリと滑るようにテーブルの下に落ちるのを見た。

目の前の花だけじゃない。視界に居るさっきまで共にお茶を飲んでいた花達の頭があっけなく取れ、テーブルの影に消えていったかと思うと花びらとなって散っていく。その異様な光景に溜まらず視線を下に背けた。自分を誘い、お茶を注いでくれた一番近い席に座る花の頭がプツンと切れるのを視界の隅で捉える。その花弁だけは風に乗りふわりと空に上がった。風が止み、机の上をカップがコロコロと転がる音も止まった時、視線を上げようと意を決した丁度目の前に、さっき飛んでいった花弁が狙いすましたかのように落ちてくる。存在しない筈の花の目と視線が合った気がした。


「…んっ…ここは。」

モニカはそこで目が覚めた。昨日にガラハッドと食事をしていた記憶は残っているのだが、寝るまでの事はすっかり忘れてしまっていた。

「おっ!起きたか。」

ベットの横にはガラハッドが座っていた。どうやら彼がモニカをベットまで運んだらしい。

「あんまり長く眠っているもんだから、ぶっ倒れた時に頭でも打っちまったのかと思ったよ。」

窓の外の風景はすっかり明るくなっていた。

「ごめんなさい。ご迷惑おかけしたみたいで。」

そう言い体を起こした時、モニカは強烈な頭痛に襲われた。そういえばさっきガラハッドから倒れたと聞かされたが、彼の言う通り頭でもぶつけたのだろうか。それにしてはどちらかというと中がズキズキとするような。そもそもどうして自分は倒れるなんてことになったのだろうか。確かにお酒には弱いがそれでも倒れるまで気分が悪かっただろうか。何かとてつもなくショッキングな物を見たような…。

「うーん…なにか嫌な夢を見ていました。」

こめかみを抑えそう呟くモニカの顔を心配そうにガラハッドは覗き込む。

「大丈夫か?キツいようだったらもう少し横になってても。」

「ありがとうございます。」

モニカはその言葉に甘え再びベットに体を預ける。

「昨夜は私、何か粗相などはしていませんでしたでしょうか?」

「?特に何も。」

「本当ですか?お酒を飲みすぎたりとか?なんでかとても気分が悪いのです。」

「悪夢のせいじゃないのか?」

「そうですかね。そうですよね。」

ガラハッドの言葉にモニカは安心したように目を閉じる。

「きっと考えすぎですよね。まさかガラハッドさんの首が取れるなんてそんな事…」

「あぁ…それは夢じゃないぞ。」

そうケロリと言うガラハッドにつられ目を開けたモニカの視界に飛び込んだのは、ポコンとさも当たり前のように頭を外すガラハッドの姿だった。

「?あれ?シスター?…また気絶してる。」


モニカが次に陥った悪夢は朝の物より強烈だった。いくつもの動物の生首が追いかけてくる夢だ。汗が噴き出て息は荒れ足が震える。そんな中自分を鼓舞しピカッと光る扉をこじ開けた所でガバッと飛び起きた。

「はっ!はぁはぁはぁ。」

「二度目のおはよう。」

隣のガラハッドが息も絶え絶えなモニカに声を掛ける。

「はぁはぁ…おはようございます。はぁ、怖い夢見ちゃいました。…二度目?」

ガラハッドの言葉に引っ掛かったモニカが横を見ると、

「いちいち分離するから怖がらせちゃうのかと思って、最初から外してみたんだけど…ありゃまた?」


なんと丸一日経って日も沈もうかという時間。モニカは三回目の起床となった。

「さぁて今回はどうだろう。」

若干楽しくなってきちゃったガラハッドの声に釣られモニカは懲りずに横を見る。今度は逆に首無し胴体のみの恰好で手を振っているガラハッドの姿を視界に収め、そのまま現実逃避するかのようにそっと目を閉じた。

「…今何時?!」

「うわっ耐えた!」悪戯っ子の様に生首のみを椅子の上に乗せていたガラハッドの肩が跳ねる。

「もう夕方!。今日のお祈りも時報の鐘もやってない。」

慌てた様子でシーツに躓き転がりながらモニカは飛び起きた。

「もう驚かないのな…。」

「一旦その話は後です。…私で遊んでたでしょ。」

モニカの鋭い視線にガラハッドはバツが悪そうに顔を隠す。

「…何かお手伝いしましょうか?」


「つまり、ガラハッドさんはデュラハンという所属の魔族という事でお間違いないですね。」

どこから持ってきたのか、安っぽい金属の面当てをして鍋の蓋とモップを手にモニカはガラハッドに尋問していた。対するガラハッドはと言うと、驚くほど肩をすぼめ小さく縮こまっていた。初日に会った時とは真逆の光景がそこには広がっていた。

「どうして隠してたんですか?」

「隠してたというか…別に言う機会がなかったというか。」

ちょっと茶化して頭を取り「申し訳ございません」と額を机に擦りつけるガラハッドに

「それ止めてください」と驚くほど冷たい声色でモニカは言い放った。

「すんません」ガラハッドは観念したように頭を付けなおす。

「なんで人間の街に来たんですか?」

「それは…前職を止めちゃって、何しようかなーって思ってたら偶々この街に着いたから。じゃあ人間として生きてみようかなーって。」

「前職?」

「元魔王軍なんすよ。」

「魔王軍!?人間といがみ合ってるっていうあの?」

ここに来て出てきた新情報にモニカは面食らう。

「なーんでそんな大切な事言わないんですか?!」

「言わなくてもいいかなーと思って…しまって…。密告します…?」

街に来てから一番凹んだ様子のガラハッドにモニカは鍋の蓋を置き、面当ても外す。

「…私が貴方に助けられたのは事実です。それにガラハッドさんは悪い人じゃないというのはもう分かりましたから。」

首がくっついていればガラハッドは普通の男性にしか見えなかった。

「魔王軍の事、騎士団に密告すれば良かったのに。多分特別待遇ですよ。」

「裏切者ってことになるじゃん。それはちょっとカッコ悪い。」

ガラハッドの行動理念はどちらかと言えば少年のような単純なものだった。複雑な事を考えず、結構思いつきで行動する。だからお金も持たず突発で人間界に来たわけで。

「なんで、魔王軍辞めちゃったんですか?」

「あそこ結構人使い荒くてさ。俺、曲がりなりにも幹部ポジションだったから。上司と部下の板挟み、休みなくて嫌になっちゃった。」

「只の魔王軍だけじゃなく幹部って…。それにしても魔族もそんな悩み抱えてるんですね。」

「…俺たちの事なんだと思ってるの?」

「それは…野蛮で粗暴かつ狡猾。人間の事を憎んでいて暴力大好き―って感じ…?」

ガラハッドが深いため息を吐く。

「そんなんじゃないよ。ちゃんと魔族にも社会性はある。人間に対しては魔王軍以外は別に何とも思っちゃいない。人間にだって野蛮な奴も狡猾な奴もいるだろ?結局は個性、性格の話だ。対して人間と変わらないよ。」

モニカはその話を聞いて驚く。人間の世界では子供のころから魔族を怖い象徴として教えるからだ。まさか自分たちと同じように生活してるなんて夢にも思わなかった。

「ガラハッドさんは私たち人間の事…憎く思っていないんですか?」

「?憎かったらわざわざ来ないでしょ。結構この街に来てからもキツかったからね。」

「じゃあなんで魔王軍に?」

「え…カッコいいじゃん。魔王軍って響き。」

モニカはガラハッドに最終確認したつもりだった。もしガラハッドが本性を隠し、スパイとして潜り込んでいたら大問題だったからだ。

「それよりさ、お腹空いたからご飯食べようぜ。」

しかしそんな心配も必要ないらしい。モニカは眼前の呑気な顔を見てそっと息を吐く。もう頭が取れても恐怖は無かった。


翌日、ガラハッドは『クエスト案内所』に来ていた。そこには各々武器を携え腕っぷしに自信のありそうな人が男女問わず出入りし賑わっていた。ガラハッドがその門戸を叩くと、一斉に視線が向けられる。それは全身黒甲冑の男に警戒しているようにも見えたし、新人を品定めしているようにも思える。案内所の奥のカウンターに女性が立っていた。綺麗な金髪を一つに結びツバの無い帽子を被っている。所作の一つ一つに高潔さがにじみ出る、まさに高嶺の花という言葉がお似合いの女性だ。どうやら彼女が受付嬢らしい。

「あーつい先日冒険者になったんだけど…諸々の手続きとかってここであってる?」

「こんにちは。ガラハッド様ですね。特異な見た目をしておりますから一目で分かりましたよ。私の名はレギンレイヴ。お気軽にレレとでもお呼びください。」

そう言うが早いかレレは何枚かの書類を取り出す。

「早速ではありますがこちらの場所の説明をさせていただきますね。畳みかけますがよろしいでしょうか?」

変な質問にガラハッドは思わず頷いてしまう。

「それでは、こちらで行えることは大きく分けて四つです。一つ目がクエストの受注になります。あちらに見えるクエストボードに張られた各種お仕事を私の元で受理いたしますとそちらのクエストが開始されます。クエストの種類は討伐、護衛、採取、調査、回収など多岐に渡ります。見事完了された場合、こちらに報告に来ていただければ報酬をお支払いするといった流れですね。また危険度が高い依頼や報酬が高価な依頼は推薦依頼として私から直接お渡しする場合もございます。勿論逆にクエストの発注も承っておりますのでその時は気兼ねなくご相談ください。それでは二つ目、こちらはパーティの登録になります。クエストをこなす内に自然と一緒にクエストに行く機会が増えるお仲間ができてくるはずです。そうなりましたらパーティ登録されますと、クエストの共有でしたり保険の適応でしたりと色々便利ですよ。また滅多にありませんが依頼によってはパーティが絶対条件の場合もございます。勿論お一人で依頼をこなされるのも結構です。この街では大体七割の冒険者がパーティを組んでいますね。三つ目は素材の売買になります。鉱石などは街の質屋でも売れる場合が高いですがこちらの換金所では魔物の死体なども買い取らせていただきます。クエスト以外の稼ぎ方としてぜひ覚えておいてください。最後に各種登録ですね。新しい武器の所有権、馬の登録、各関所の通行手形、他の街の案内所使用手形など。冒険者稼業に置いて必要となる物は基本的にこちらで承ります。ここまでで何かご不明点ございますか?」

殆ど一息だった。ガラハッドは口を挟む余地もない本当の畳みかけに圧倒されながら首を横に振る。

「それでは次はジョブの制定に参りましょうか。」

「ジョブ…っていうのは?」

「ジョブとは各冒険者の適正を一言で表す言わば役割のようなものですね。こちらがありますとパーティの勧誘に有効に使えますし、推薦依頼も得意分野のみをおススメすることができます。それではさっそくまず貴方の特異な戦闘方法は?」

「え…ステゴロ?」

レレは答えを聞くと間髪入れずにメモしていく。

「では武器はお使いになられない?」

「いや、剣と鞭を。」

「投擲武器や射撃武器はお使いに?」

「あーいざというときのやつはあるけど、あんまりかな。」

ガラハッドが頭を擦りながら答える。

「魔法は?」

「俺、魔法は駄目なんだ、まったく。」

「馬には乗りますか?」

「乗るよ。」

「…ありがとうございます。」

そうして室温が終わった後レレはある表を取り出す。

「まず基本(ベーシック)ジョブというものが『戦士、射手、魔法使い』の三つございます。さらにこの中から発展(ユニーク)ジョブと呼ばれる更に適正に特化したものに細分化されますね。それを踏まえますとガラハッド様のジョブは騎士になります。」

「騎士?」

「はい、戦士職の騎士ですね。騎乗し戦場を駆け近接戦闘を得意とする。大体こういった方々は騎士団の方に流れるのですが。」

「はー。」

はっきり言ってジョブとか言い出したあたりからガラハッドは全然ピンと来てなかった。だがまぁ騎士と言う称号はカッコいいので良しとしよう。

「一先ずはここまでお疲れ様です。必要最低限の事は終わりましたので後はご自由にできます。よろしければ早速一つ目のクエストに挑戦されてはいかがでしょう?」

そうレレに促されるままに彼女の指さすクエストボードを覗いてみる。そこには依頼主と依頼内容。そして報奨金が書き込まれた紙が折り重なるようにして張り出されていた。ガラハッドはその中で一枚のクエストに目が留まる。それは他の依頼と比べ一際に報奨金が高い物だった。


『依頼主:コンスタブル騎士隊

 依頼内容:郊外にて暴れ馬の対処

 注釈:夜行性 魔物の可能性あり』


どうせ受けるなら一番稼げるものだ。ガラハッドはその紙を持って、レレの元へと向かった。


 街を出ると驚くほど静かだ。野生動物は眠りにつくのか生命の気配を感じなくなる。天井には満点の星空が湧き心地よい静寂が緊張を和らげた。進んで享受したくなる孤独感を今しばらく楽しみたいところだが、仮にも今は仕事中だ。まぁ馬一頭ぐらいなら造作もないことだろうとガラハッドは高を括っていた。とどこからかドコドコと強く地面を蹴る蹄の音がする。馬は昼行性の生き物だ。夜に走り回っているという事はおそらく目的の馬だろう。暗闇の中、よく目を凝らす。うっすらと土煙が上がっている場所を見つけ慎重に近づく。黒い毛並みで何か馬具を付けているようだ。どうやら野生の馬ではないらしい。というかどこかで見たことがある気が…。

その馬が後ろ脚だけで立ち上がり天を衝くような嘶いた(いなないた)時、ちょうど月明かりがスポットライトの様に彼女を照らした。

「シャノン!」

それはガラハッドと共にこの街にやってきて、コンスタブルに追われた時に逸れた彼の愛馬だったのだ。

「やっべぇ…すっかり忘れてた。」

ここ数日の騒動でシャノンの存在をすっかり忘れていたガラハッドだったがこれは都合がいい。シャノンなら簡単に落ち着かせられることだろう。

「おーいシャノン!こっちだ。」

ガラハッドは草むらから飛び出しシャノンに呼びかける。シャノンもその姿を認識し体の向きをこちらに変えた。なんて楽で幸運な仕事だろうか。シャノンがこっちに駆けてくる。それはもう凄い全速力で。ガラハッドは久方ぶりの再会に心を震わせシャノンの体を迎え入れるために両手を広げた。

「シャノ~ン!会いたかったよ~。」

彼女は鼻息荒く猛スピードで近づいてきた。その目はギラギラと光っていた。そして

ドカッ!!

止まる気のないシャノンを受け止めきれなかったガラハッドは無残にも頭を飛ばし、体は地面に叩きつけられた。

「痛っってぇ!!」

飛んでいった頭が草むらに転がる。ここでようやくガラハッドはシャノンが理性を無くした暴走状態であることに気付く。シャノンは転がり落ちるガラハッドの頭を見つけると、再び狙いを定める。まるでエンジンを吹かすかのように前足を掻き、突進してきた。

「ちょちょ!ちょい待って!止まって!」

ガラハッドの悲痛な叫びはシャノンの耳には届かない。再び綺麗な放物線を描き落下したガラハッドに間髪入れずシャノンのタックルが浴びせられる。ガラハッドの悲鳴は一晩中響いた。

シャノンの攻撃が始まって実に二十八回目。少し疲れの見えてきたシャノンの蹴りがこれまた見事にヒットした瞬間、

「俺だ!シャノン!気づいてくれー!」

ガラハッドの魂の叫びがようやくシャノンの耳に響いたか、シャノンの目が落ち着いた。

「ボヘッェ!」

ガラハッドは落下したその瞬間から次のタックルに身構える。しかしシャノンはゆっくりガラハッドの頭に近づくと鼻先を彼に近づけた。それは逸れた友人を確かめるかのように穏やかに。スンスンと匂いを嗅いでいる。

「気づいてくれたのか…シャノン。」

泣きそうな声のガラハッドに呼応するようにシャノンは朝焼けの空へ嘶く。その声は夜に聞いたものよりどことなく優しい気がした。そうしてもう一度ガラハッドの顔に口を近づけると口で鼻や頬をハミハミしだした。

「おい…止めろよ。くすぐったいだろ。」

そんな和やかなじゃれ合いの中、器用にガラハッドの頭を口で咥えると

「え、何!?ちょ…マジかよぉぉ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

そのままブンブン振り回し始めた。再会が嬉しいのはシャノンも同じだ。だがそれはそれとしてシャノンは生まれて初めて心の底からブチギレていた。仮にも相棒であるこの私を非情にも半月近く放置しやがってと。しかも再会したらしたで何、感動的に終わらせて誤魔化そうとしているんだ。まずこいつが私にしなければいけないのは謝罪だろうが。シャノンはそんな心内を発散するかの如く、ガラハッドの首を振り回し続けたのであった。


「あら、お帰りな…どうしたんですかその顔!!」

まだ夜も明けてすぐの空が赤い時間帯にシャノンに乗ってトボトボと教会に帰ってきたガラハッドを見たモニカは堪らず悲鳴に近い声を上げる。

「ちょっとね…まぁ気にしないで。」

顔がぼこっぼこに腫れ上がったガラハッドがシャノンの首筋を撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を細めた。

「こいつ、俺の愛馬なんだけど。教会の裏手でいいから置いてくれないかな?」

「え、集団馬房を借りてそこに入れれば…もしかしてその馬、魔物ですか?」

ジトーと効果音が出るようなモニカの鋭い視線にガラハッドは観念したように話した。

「頼むよ、良いことさせてあげるから。」

「…良いこと?」

「その前にちょっと寝かせてくれ。あー痛てて。」


その夜、シャノンの上にモニカを乗せガラハッドは街の外に来ていた。昨日と同様、頭上には綺麗な星空が広がっていた。

「馬に乗るのなんて初めてです。」

既に僅かに声色が弾んでいるモニカにガラハッドは自慢げに鼻を鳴らす。

「シャノンはただの馬じゃないぜ。こいつの真価はどこでも走れることなんだ。」

そう言いガラハッドが手綱をふるうとそれに呼応するかのようにシャノンが地面に激しく蹄を打つ。突如ボワッとシャノンの足元から青い炎が燃え上がった。

「え、え?!これ大丈夫なんですか。」

「しっかり掴まっておけよ。」

モニカの声など聞こえていないかのようにガラハッドが足で僅かに内側に力を加えるとシャノンが力強く駆け出した。そのスピードは並みの馬の何倍も速く、通り過ぎる景色がパノラマ状になる程であった。

「ひ、ひぃぃ!」

「今は二人乗ってるけど、俺一人の時はもっと速いぜ。」

「そんなの聞いてなぁぁぁぁぁ!」

モニカの声にもならない叫びなど全く気にせずガラハッドは高らかに笑う。心なしかシャノンも楽しそうだ。

「前っ!前っ!!」

モニカの眼前には大きな湖が広がっていた。このままでは突っ込むルートだがガラハッドは止める素振りを見せない。

「っ!!」堪らずモニカは目を瞑る。しかしいつまでたっても体勢は崩れない。頬に冷たい飛沫が当たり恐る恐る目を開けると、なんと水の上を軽快に走っているではないか。

「言ったろ。シャノンはどこでも走れるって。」

「どこでもって…きゃあ!」

水切りの石のように鋭い水飛沫を巻き上げながらシャノンは水上を駆けた。冷たい空気がモニカの肌を強く打つ。それとは反面心の中は何だかグツグツと沸き立ってきたようだった。

「よっしゃあシャノン。まだまだ行くぞ!!」

ガラハッドの声にシャノンがギアを上げる。彼女の足元の炎がグワッと上がってきており今にもモニカごと包み込んでしまいそうだった。

「炎が…!これ本当に大丈夫なんですか?」

「心配ご無用。ほら()()するよ。」

「離水って!!」

そう言い終わらないうちにシャノンの背が僅かに斜めになる。重力がモニカの体を全力で地面へと引っ張ろうとした。少し体勢を崩したが背中がガラハッドに当たるとそのまま包まれたようにに安定した。水面が少しづつ遠のく。風を切り裂きその体はみるみると上昇した。気が付くとシャノンの体から体毛と肉体が消えていた。骨が透けて見えそれを包む青い炎が体のような役割をしていた。どうしてこの体でここまで安定して乗れているのかが不思議でならなかった。彼らの姿は遠くから見れば流星のように美しく映え、近くで見ると夜闇を裂く地獄の騎士のようだった。

いつの間にか上昇が止まっていた。それどころか空中に吊るされているかのようにシャノンの動きがゆっくりになったのだ。下を見ると眩暈がしそうな程遠い地面。モニカの眼前にはどこまでも続く大地と星空、そして障害物のない夜だけが広がっていた。

「はっはっは、気持ちいいな!!」

モニカの背後からガラハッドの高らかな笑い声が響く。確かに慣れてしまうとこんなに清々しい事は経験したことがない。あんなに怖かったシャノンの背も青い炎も体を押し付ける向かい風も。今はその全てが愛おしいほどであった。

なによりモニカの目を強く惹いたのは吸い込まれそうな程、大きな月だ。そんな訳ない筈なのに、手を伸ばせば触れる事さえ叶いそうな程近くに感じる月だった。

「言ったろ、良いことさせてあげるって。今ならモニカが願ったその日にシャノンに乗せてやるよ。」

「えぇー。ちゃんと自分でお散歩とか行ってあげれます?こまめに水浴びさせてあげれますか?」

「母親みたいなこと言うのな…。シャノンのお世話なら全部俺がするからさ。な?これからも末永くよろしくお願いしますってことで。どう?」

全てを包み込む月光の中、モニカは仕方がないなというため息とともに頷く。この体験はなんとも他に代えがたい娯楽の様にモニカは感じた。

「教会の裏手に馬小屋を作らないとですね。…これからよろしくお願いします。シャノン。」

青い炎越しにモニカはシャノンの首筋を撫でる。それに呼応するかのように甲高く嘶いたシャノンの鳴き声が宵闇のどこまでも遠くへと響いた。

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