01 いざ冒険者ギルド
「ギルドに所属していないって…。よく今まで生きてこれましたね。」
モニカの声にはにわかには信じられぬといった驚嘆の色が含まれていた。
「そのギルドってのが良くわかんないんだけど…。そんなに当たり前の物なのか?」
ガラハッドは固いパンを一口大にちぎり口に運びながら答えた。モニカはとても心優しく、今晩の寝床に加えガラハッドに夕食も用意したのだった。固く乾いたパンとジャガイモをどろどろに溶かしたであろう簡素な味のスープ。それは彼女の生活の逼迫さが顕著に表れている証拠だった。
「基本的には生まれたその瞬間に親の稼業と結びつくギルドに加入します。ギルドに加入すると市民権を始めとした多くの生活に必要な権利。商業を行うにあたって必要となる資格。各街を繋ぐ主要道の通行権利を得ることができるのです。」
「ふーん。シスターは?なんのギルドに入っているんだ?」
「私は大陸正教会です。大陸のほとんどの聖職者が支持している教派になります。他にも昼間にガラハッドさんが追いかけられたと言っていた緑色のローブの方々はコンスタブル騎士隊。主に治安維持を目的とした組織です。コンスタブルに追いかけられてたという事は、ガラハッドさんは犯罪者というわけですね。」
「だったらなんだ?聖職者として悪人を正義の名の元に裁こうってか?勘弁してくれ結構ヘトヘトなんだ。」
モニカの悪戯っ子のような笑みにガラハッドはうんざりしたようにお手上げだとジェスチャーした。
「いえ、神の教えは困難に直面している人を助けろです。夜も更けたなかガラハッドさんを外に放り出すような真似は出来ません。」
「それはどうも。所で話は戻るんだがそのギルドってのは何に入ればいいんだ?」
「そうですね…。最大規模を誇るのは商工会です。腕に自信があるなら冒険者ギルド…先ほど話にも出たコンスタブル騎士隊や王室直属の近衛騎士団でしょうか。後は各自適正を見ながらという事になりますね。」
ガラハッドは自身の想定以上に面倒くさい仕組みに思わず辟易する。ただ彼女の話を聞いているだけなら冒険者ギルドというのが字面的にもワクワクさせた。
「大体は理解した。んでそのギルドってのはどうやって入るんだ?」
「うーん。まぁ最初にお話しした通り普通は赤子の段階で入る物ですから…まぁギルドの移動と同じ要領で行けるんじゃないでしょうか。その場合ですと騎士団は体力試験が必要ですが商工会と冒険者ギルドは入会金の支払いだけで済みますよ。」
ガラハッドの食事の手が止まる。
「え?金取るの?」
「まぁ。全てのギルドで。」
「参ったな、俺金持ってないんだけど。…仮に俺のような一文無しがギルドから外されたらどうなるの?」
「その場合は野垂れ死にですね。」
人間の社会というのはなんと世知辛く残酷なのかとガラハッドは思った。金を稼ぐためにも金がいるなんて。
「ちなみにお金を貸してもらったりは…?」
「ごめんなさい。うちもこんな感じなので。」
モニカが浮かべた苦笑いにガラハッドは大きく肩を落とす。人間の社会に来たのはいいがこのままでは何もできないではないか。彼の未来は暗く重い扉に閉ざされたように思われた。
「…ところで食事の時ぐらいはその鎧も脱がれてはいかがです?」
あくる日の早朝。まだ街も起きてない時間帯を見計らってガラハッドは教会を後にした。ジッと考え込んでも仕方がない。とりあえず行動してみようと思い立ったからだ。教会を出る時、見送りに出てきたモニカはやけに寂しげな顔をしていた。たった一日、それも見ず知らずの男に寝床を提供しただけだというのに、家族との別れにさえ思えるほどだった。
「もし行く当てに困りましたら、何時でも来てくださいね。」
別れ際、モニカはそうガラハッドに伝えた。その声色は社交辞令などではなく心の底から願っているようだった。人間界の聖職者というのはとても敬虔深いのだなとガラハッドが感心するほどであった。
「どこかに金の入った袋でも落ちてればいいんだがな。」
ガラハッドはなるべく大通りを避け、こそこそと隠れるように街を歩きながらそう呟いた。昨日のようにコンスタブルに追いかけまわされるのはうんざりだったからだ。
さてどうしたものかと行く当てもなく歩いていると…
「待ちやがれこの野郎!!」
正面の曲がり角の先から唐突に怒号が響く。ガラハッドはとっさに物影に隠れる。危うく首がポロリと落ちかける程素早い動きだった。彼の体が陰に溶け込んだ直後、曲がり角を凄いスピードで駆け込んでくる男性がいた。両手いっぱいに麻袋を抱え、必死の顔つきだった。その男のすぐ後にガタイの良い男連中が見えた。どうやらさっきの怒号を発した当事者らしくいかにも悪人といった人相だった。少なくとも治安維持を目的としているコンスタブルのような連中でなことは確かだ。ガラハッドはなんだと胸を撫で下ろす。そんなうちに男たちはどんどんとこちら側に向かってきた。どうやら麻袋を抱えた男が後ろの男達から逃げているらしい。たまたま遭遇してしまった所以だ。逃げている男が丁度ガラハッドの隠れている場所を通り過ぎようとした瞬間、ガラハッドは思い切り足を伸ばす。彼の目論見通り、逃げていた男は急に出てきた足を避けられず派手につまずき転んだ。彼が倒れた拍子に麻袋から金貨が転がり落ちるのをガラハッドは見逃さなかった。
「この野郎、手間かけさせやがって。きっちり返してもらうぞ。」
後から追いかけていた男連中が転んだ男に罵詈雑言を浴びせながら麻袋を強引に引っぺがしていく。最初は盗人かなんかかと思ったが、どうやらガラの悪い男たちは借金取りらしいことが彼らの口ぶりから分かった。
「ちょっと、いいかな?」
あらかた麻袋を回収しきった所を見計らってガラハッドはその男達に声を掛ける。
「初めましてでこういう事言うのもあれなんだけど、俺その男を捕まえるに曲がりなりにも協力したわけじゃん?」
急に話しかけてきた黒い甲冑の男にはさすがに驚いたようで、ガラの悪い借金取り達は各々の顔を見合わせた。
「なんだコイツ。誰かの知り合いか?」
「しらねぇよこんな騎士かぶれ…気味悪い。」
ガラハッドはそんな借金取り達を全く意に介さず話を続けた。
「実は今ほんの少しばかり金が欲しくてさ…協力した分の報酬としてちょこっと分けてくんないかな?」
ガラハッドが麻袋の一つを指さす。借金取り達は何やら都合が悪そうな顔をしてそれらを自分らの背後に隠した。
「おいおいてめぇ。いきなり現れて舐めた事言ってんじゃねぇぞ!」
借金取りの中で特に頭の悪そうなスキンヘッド男が威嚇するようにこぶしを握りながら前に出てくる。
「おい、やめとけって。」利口な仲間の有難い制止の言葉も聞こえていないのか理解できないのか。
「俺のこぶしはフライパンも貫通させんだぞ!分かったらさっさと後ろ向いてどこか行きやがれ!」と聞いてもいない自慢と安っぽい威嚇でガラハッドを脅した。
「いや冗談だろ。ほら俺!甲冑着てるんだよ?結構固いよ、これ。ほら…叩いた時の音もフライパンじゃ聞いたことない音してるよ?」
ガラハッドは自分に近づくこの男の行動がにわかに信じられなかった。だからか男が自信満々に振り上げる拳に対してもなんの防御反応も見せなかった。
「言葉だけじゃ分からねぇようだから、その身に直接教えてやるよ!!」
そう言うが早いか振り下ろされた拳は甲冑に当たった瞬間『ゴンッ!」と鈍く大きな音と何か固い物を力任せに折ったみたいな嫌な感覚を振りまく。
「痛ッッッてぇ!!」
当然苦痛に顔を歪めたのは男の方だった。拳の皮膚は裂け、指の付け根の辺りがもう赤紫色に変色し始めていた。
「当たり前だろ…。俺何もしてねぇよ?」
「っっるっせぇ!舐めんじゃねえぞこのヤロー!」次に男が繰り出してきたのは力いっぱいに振りぬくローキックだった。
「もうやめといた方が…」
ガラハッドが言い終わる前に脚に直撃したローキックはその衝撃をどこにも逃がすことができず二度、耳をふさぎたくなるような音を上げる。
「のわぁ!」そんな情けない悲鳴をのたまいながら男は地面に倒れこみ足を高速でさすっていた。
ガラハッドは地面にのたまう虫のような動きをする男にただ憐れみの視線を向けるしかなかった。当然と言えばそうなのだがガラハッドの鎧には凹みどころか小さな傷すらもつけられていない。少し離れた所で様子を見ている他の借金取り達も、もうお手上げだと言わんばかりに渋い表情をしていた。
「く、くっそこいつ!優しくしてやったら調子に乗りやがって。」
唯一その状況が飲み込めず一人盛り上がる男が、足を引きずりながら立ち上がった。その場に制止しているのもやっとだという感じだ。
「一回、話し合わない?ほら…君の為にも。」
ガラハッドの慈悲に満ちた提案ごと空気を切り裂くように男は懐から勢いよく短剣を取り出す。
「いくら鎧でも、関節部にこいつを突き立てれば…ひとたまりもないぜ。」
手首から肘までと同じぐらいの長さの刃渡りを突き付けられたガラハッドの視線は男の背後の借金取りの仲間たちに向けられた。言葉には出さないが「こいつはひょっとして恐ろしくバカなんじゃないか?」という疑念がその視線に込められていた。男にとっては非情なことにその視線を向けられた彼の仲間たちの反応は「その通りだ」と言わんばかりの大きな頷きだった。哀れな男を介した謎の共通認識がガラハッドと借金取り達に生まれていた。
「てめぇ、どこ見てやがる!」
あんなに誇示していた自身の拳に対して葛藤や躊躇いはないように男はガラハッドに短剣を振り下ろした。もはやガラハッドを打ちのめせれば手段は選ばないという一種の思い切りさえ感じた。
「うわっ!危ないだろ。」
そんな男の覚悟は、ガラハッドがコバエを払うがごとく振った手によってポッキリと折れた最後の切り札と共に飛んでいった。
「もういいかな?お前がいると話が進まねぇ。」
一撃だ。ガラハッドのごく自然な力感のないげんこつによって男の意識は完璧に途切れ、その体は力なく地面に倒れた。
「こいつ、伸ばしちゃったけど…いいよね?」
一連のいざこざに一先ずの決着がつくと、ガラハッドは倒れている男を指さしながら借金取り達に声を掛けた。
「あぁ、これでこいつも反省するだろう…。調子乗ってたバカなだけで可愛い奴なんだけどな。」
足を掴み、物のように男を引きづっていく借金取りの表情はガラハッドに対してバツが悪そうにさえ見えた。
「それで…金の話だがこいつの迷惑料も上乗せしてお前に渡してやる。」
「話が分かるやつで助かるよ。ギルドに入るのに必要でさ。」
「なんだ騎士も転職するのか?」
「いや…そもそも就職してない。」
「おいおい、騎士団でもないのにそんな恰好してんのかよ。」
借金取り達はガラハッドの全身を吟味するように視線を動かし「それなら都合がいい…」と何やらボソボソと身内内で相談しだした。
「おい、騎士さんよ。あんた名前はなんて言うんだ。」
「名前?ガラハッドだけど。」
「ガラハッド君ね…悪いんだけど、俺たちが払える金額じゃ、ギルドへの入会金には足りない。」
「ぇ…そんなにすんのかよ。」
「そこでだ。俺たちの仕事を手伝わないか?その恰好で負債者の家に行くだけの簡単なお仕事だ。短剣に対してひるまなかった胆力とこいつを一撃で伸せる腕力を見越したスカウトってわけだな。ギルドに入会する必要もない楽な稼ぎ方だと思うが?」
借金取りが手を差し出す。にこやかな表情の裏に不穏な影が潜んでいるのだが、鈍感なガラハッドはそれに気が付かずその手を取った。
「世話になるよ。二進も三進も立ち行かなくて困っていた所だ。」
「契約成立。ようこそガラハッド君。」
偶然にも人間社会での初めてのジョブ『借金取り』を手に入れた。ガラハッドにとってはこの出会いは僥倖だった。少なくとも今この段階では。
「あ!この狂犬とは仕事できねぇよ。またいつか見つかれるか分かったもんじゃない。」
「安心しろ。このバカは雑用だ。」
借金取りの朝は積もりに積もった債務者リストとのにらめっこから始まる。返済期限内であれば何事もないのだが、期限が切れると赤い丸印が期限切れの債務者の名前に付けられた。その段階であればまだ寄り添った態度と優しい声色で返済期限を警告し、軽く急かすのみに留まる。返済が遅れて半月すぎると赤丸の中にこれまた赤でチェックマークが書き加えられた。この段階で債務者に対する優しさというものは一切なくなる。チンピラ同然の恫喝と強引な金銭回収。当然力づくで抵抗してくる債務者も出てくるがそれに対処するのがガラハッドだった。赤チェックが付いた債務者を確認し纏める。一日のルートを決めて各家に訪問というのが大まかな流れだ。ある日もし最終段階になって債務者がどうしても返済しきれなかった場合、どうなるのかと聞いたことがあった。
「その場合は冒険者でもやりたがらない危険なクエストに送り込むだけさ」ガラハッドに仕事を教えた借金取りはおっかないという仕草と共にそう教えてくれた。
ガラハッドの異質な見た目は脅しにはちょうど良かった。怖い顔した借金取りの口撃におびえる債務者を借金取りの背後からジッと見つめているだけで彼らは観念したかのようにお金を差し出した。時たまに逃げ出す奴や反撃する輩もいたが、ガラハッドの手にかかればそれらを組み伏せることなど造作もなかった。借金取りはガラハッドの為に寝床も用意してくれた。酒と煙草の匂いが染みついたボロ屋でベッドも積まれた藁に包まるだけ。とても住みやすいとは言えない環境だったが、寝るためにしか利用しないからとガラハッドは割り切っていた。それに無料だしなと少なくともこの時のガラハッドはそう思っていたのだった。
仕事を手伝うようになってから四日程経ち、ある程度仕事にも慣れてきたある日。その日の既に何軒か回った後の次の目的地にガラハッドは見覚えがあった。てっぺんに大きな鐘がついた教会。そこは初日にお世話になったモニカのいる教会であった。
「ここはもうずっと返済を渋ってやがるんだ。」
ガラハッドを連れた借金取りは忌々しそうに言いながら乱暴に扉を開ける。
「シスター?おーいシスター。いるんだろ、出て来いよ。」
奥からモニカがおずおずと顔を覗かせる。その怯えた姿を嬉しそうに眺める借金取りの姿は心底、心底気分の悪いものだった。
「今月の最低金額分は既にお返ししたはず…」
モニカの視線がガラハッドを捉える。彼女が心から驚いたという事が言葉が詰まった様子から推察できた。借金取りはまさかガラハッドとモニカが知り合いだとは知る由もない為、また一人黒騎士の恰好に怯えているのだと思ったのだろう。明らかに調子に乗ったように声色が上がった。
「あんな金額じゃ利子も払え切れてないよー。もっと頑張らないと全額返済できるのはいつになることだろうね?」
「そんな急に言われましても、うちには今払えるお金などございません。どうかお引き取りを。」
モニカはガラハッドから露骨に視線を外しそう答えた。
「シスターもさ。もう苦しいだろうにこんな生活。悪いことは言わないから俺たちが紹介する仕事を受けてみたらどうだ。」
悪意に満ちたせせら笑いを浮かべる借金取りに対してモニカは毅然とした態度を崩さなかった。
「私は生涯を神に捧げる身です。貴方方の思い通りにはなりません。お願いですからもう帰ってください。」
そう強い口調で言い返すモニカに借金取りは面白くなさそうに舌打ちをすると「またいずれ」とモニカに吐き捨てガラハッドを連れその場を後にした。後ろから突き刺さるモニカの視線が酷く冷たく感じた。
「あの教会はなぜ金を借りたんだ?」
次の家に向かう道中、ガラハッドはそう借金取りに聞く。
「おっ?お前も興味持ったか。あのシスター身なりは汚ねぇが顔はいいもんな。あそこは何年か前に一部が火事で燃えてな。その修繕費用ってことで金を貸したんだよ。元々大して人も寄り付かない場所だったってのに、火事で縁起が悪いからっつっていよいよ誰も行かなくなってな。最初からおとなしく教会を畳んじまえば良かったのにな。神に仕えている奴は軒並み自分で考えるって事をしねぇ。」
借金取りは馬鹿にするようにガラハッドに話す。そして下品な妄想に入り浸り始めていた。
その日の仕事も終わり、日が落ち始めた時間帯。ガラハッドは一人でもう一度教会に訪れていた。気まずい気持ちから音もたてず慎重に扉を開けると、女神像に向かって祈りをささげるモニカの背中があった。ガラハッドが訪れたことに気が付かない集中具合に声を掛けるのも忍びなくなり、ガラハッドはそっと長椅子に腰かける。派手な装飾のない慎ましやかなその光景が逆に荘厳に思えるほどであった。どれほどの時間が経っただろうか。祈りを終えたモニカが立ち上がりこちらへ振り向く。
「きゃぁあ!!」
いつの間にかそこにいた黒い甲冑に驚き、甲高い悲鳴を上げ腰を抜かしていた。ガラハッドは申し訳なさそうに「どうも…」と控えめに手を上げるのみだった。
「急に後ろに現れないでください。貴方の姿は威圧感に満ちているのですから。」
ぷりぷりと怒りながらモニカはガラハッドにお茶を淹れる。しりもちをついた時に痛めたのか、お尻を擦っていた。
「お祈りの邪魔しちゃ悪いかなと思って。」
「人を驚かす方が大罪です。」
「それはごもっともです。すんませんでした。」
ガラハッドはモニカの剣幕にしゅんと首をすくめ謝罪の言葉を漏らすしかなかった。
「…それで、本日はどういった御用で?」
先ほどの非礼を渋々許したかのように溜め息を一つ吐いてからモニカはガラハッドに聞いた。
「…お昼にここに来て、まさか借金してるなんて。」
「えぇ。私は貴方があの借金取り達と行動を共にしていた事の方が驚きましたが。」
「あれは、仕事で。金を稼ぐために…」
「別に責めているわけじゃありません。誰がどんな職に就こうがそれは人の勝手です。もしそれで貴方が不当な返済に負い目を感じて謝罪しに来たのだとしたらそれも不要です。私が彼らからお金を借りたこともまた事実なのですから。」
「…生活は苦しくないか?何か俺に手伝えることがあるなら。」
「お心遣い感謝します。ですがあいにく私は助けを請うた場合にお出しできる対価がございませんので。貴方には貴方の生活と目的があるでしょう。」
それでも何かを言わんとするガラハッドの口元をモニカは視線だけで静止した。
「大陸正教会ってのは何か支援とかはしてくれないのか?」
「いえ、毎月活動費という名目でまとまったお金が入ります。しかしその審査も各教会の活動頻度と比例しますので。ここでは私の力不足も相まって…。人が来なければ寄付金も見込めませんから。」
「そんな生活、嫌になったりしないのか?」
「別に…。私にとっては節制こそが生活の当たり前です。そもそも信教とお金が絡むこと自体避けたいことではあるのですが。私には親がいません。この教会で育てられ、そしてこの街の信仰を託されました。どんなに苦しい思いを強いられたとしても…教会を畳むぐらいよりかはマシなのです。」
そう語る姿は清廉そのものであった。この街に来てからそう幾日も経っていないが、ガラハッドの目にはこれ以上高潔な人間は他に考えられないように思えた。
「ところで、もう日も落ち切ってしまいましたね。」
モニカが少し寂しそうに窓を見つめる。すっかり暗くなった道の向こうには夜市の煌々とした灯りがうっすらと漏れていた。
「…ご飯でも食べに行こうか?お金なら俺が出すよ。」
「え?そんな悪いですよ。ガラハッドさんがお金を稼いでいるのは冒険者ギルドに入るためなのでしょう?それでしたら私なんかに使わず溜めるべきです。」
「いいから。ほらお腹空いたしさ。」
ガラハッドは立ち上がりモニカに手を差し伸べる。それでもまだ「でも」とその手を取ることを躊躇うモニカの半ば強引に引っ張り上げ夜の街へ飛び出した。
夕飯の時間になると街の大通りの飲食店は一斉にカラフルな灯をつけ、客を迎え始める。その店の店員が道にぞろぞろと出てきて、道行く人にその店のオススメを聞いてもないのにプレゼンしだす。また競い合うように出店も姿を見せ始める。そこからはいい香りが絶えず漏れ出し、食欲を際限なく掻き立たせた。出る店は何も飲食店だけじゃない。昼間の物静かで無骨な品ぞろえから一転、透き通るような宝石で作られたアクセサリーや精巧に作られた観賞物に衣類の数々。そんな通りを一仕事終えた冒険者を始めとした人々がぎゅうぎゅうに詰めかけ賑わいを見せるのだった。
そんな通りに出てなお、モニカは遠慮の色を隠さなかった。
「いいから食べない物言ってよ。ほらそこの串焼肉とか美味しそうだよ。」
「いえ私は結構で…」モニカが断る隙を与えず、ガラハッドは二人分購入して片方をモニカに差し出した。
「うん、旨い。ほら冷めちゃうよ。」
そこでやっと観念したのかモニカは小さな口で肉に噛みついた。
「…美味しいです、とっても。」
大事に大事に食べたら無くなるのを惜しむように咀嚼していく。
「お肉なんて…久しぶりに食べました。」
目を輝かせこちらを見上げるモニカにガラハッドは満足そうに頷いた。
「よっしゃ、今日はお腹いっぱい食べるぞ。」
そこから二人は人の波に揉まれながら、通りを一通り回った。ある程度開けた所に出た頃には、二人とも腹は膨れていたし、ガラハッドの財布はすっからかんになっていた。寂しくなった財布の中身を眺め、漏れそうになった溜め息を慌てて押し戻す。隣のモニカは心なしか肌に艶が出ているようだった。
「お腹いっぱい物を食べたのは久しぶりです。明日からの食事が物足りなくなっちゃいますね。」
モニカはガラハッドに微笑んだ。ガラハッドは特大の善行をした後のように心が清々しく感じた。
「そろそろ戻りましょうか。ガラハッドさんは明日もお仕事でしょう?」
そんなモニカの問いかけにガラハッドが「そうだな」と返事をしようとした時だった。
「あ!そこの黒いの!」
突然、男の驚いたような声がした。ガラハッドはその声に何となく聞き覚えがあり声の主を見る。夜という事もあり顔は暗くてよく分からない。只それ以上に緑色のローブが激しく主張していた。
「やっべ。失礼シスター。」
「きゃあ?!」とっさにガラハッドはモニカを抱え上げ走り出す。
「おいまた逃げるのか!」初日に目を付けられたコンスタブルの一人。まさかこんな所で出会うなんて。
モニカを抱えている分、初日程の余裕はない。後ろから追う足音を確認する暇もなく、ガラハッドは全力で逃げた。
「やぁ~速すぎる~。」腕の中でモニカが今にもダウン寸前だ。そう長くは逃げ続けられないだろう。幸いな事に夜の闇と、複雑な路地のおかげでコンスタブルの足音はどんどん離れていき、教会に戻った頃には完全に見失ったようだ。
「ふぅ。…大丈夫か?」
走っていたガラハッドよりも息を切らしているモニカをそっと降ろす。
「ぜぇぜぇぜぇ…大…丈夫です。ちょっと…目が、回っちゃただけで。」
「そうか。それじゃ俺はここで。」
そう言い残しガラハッドは教会の扉に手を掛けたのだが。
「女を抱えていた。遠くには逃げられないはずだ。」
外から割と大きく聞こえたコンスタブルの声に固まった。
「…帰れなくなっちゃった。」
「…フフッ。じゃあ今日も泊まられますか?」
思わず噴き出したモニカにガラハッドは「ご迷惑おかけします」と頭を垂れる。
モニカの表情はやけに嬉しそうだった。
「返済期限だ。あの教会潰すぞ。」
借金取り達はとうとうモニカの教会に見切りをつけた
「え!早くない?まだ一週間とかしか経ってねぇじゃん。」
ガラハッドは思わずそう反論した。今まで自分の意見を言わなかったガラハッドが突如庇うようにそう発言した為、借金取り達は怪訝な顔を向ける。
「いいか、そもそもキッチリ払い終えてればこんなことにはならなかったんだよ。それはあっちの落ち度だ。こっちだってずっと待たされてる。これ以上待ってたら利益が出ねぇだろう?あの教会じゃここから巻き返せる手段があるとは到底思えねぇ。いい加減ケジメを付けてもらわないとな。」
「でも教会だぞ?少しは優しさってのも。」
「相手がどこだろうと金を借りたら返済するのは当然だ。お前はいつも通りに後ろに突っ立っておけばいいんだよ。」
そういうと借金取りはガラハッドを連れて教会へと向かった。ガラハッドはその言い分にとても納得できなかった。
「おい、ガラハッド。お前この仕事続けるなら良心は捨てとけ。」
「え?」教会へ向かう道中で借金取りがガラハッドにそう声を掛けた。
「はっきり言ってこの仕事はだいぶグレーゾーンだ。只金を貸すだけじゃそうそう儲からねぇからな、どうすると思う?利子を法外に上げて月の返済額を少なく見積もるんだよ。こっちとしちゃ返済までに時間がかかってくれた方が利子分で稼げるからな。あえて最初は優しく余裕をもって返済できるようにすんだ。そんでもってお相手の首が回らなくなったらお仕事を紹介する。合理的な稼ぎ方だろ?」
そう悪びれる様子もなく借金取りは説明した。どうりで恰好もチンピラみたいなわけだ。そうこうしているうちに教会へ着く。
「最後の慈悲といきますか。」
ドンっ!と乱雑に扉を開ける音が教会内に響き渡る。中で掃除の最中だったモニカが怯えた顔をしてそこに立ってた。
「よぉ、シスター。集金に来たぜ。」
「…それが今月の分です。」口を真一文字に結びモニカが机の上の金袋を指さす。
「うーん?とっても足りねぇな。」借金取りが金袋の中を一瞥するとそれをモニカに乱暴に投げつけた。とっさに身を屈めたモニカのすぐ横を通り過ぎ金袋は地面に強くぶつかる。
「そんないつも言われている通りの金額です!」
「今回は!…今回は全額なんだわ。」
「そんな…!急に言われても。」モニカの箒を持つ手がわなわなと震える。
「急にじゃないでしょ。聖職者なら約束は守らないと。シスターはお金をウチから借りたんだから。それは返すのが道理だろ?」
「っつ!…全額は無理です。勘弁してください。」今にも消え入りそうな声でモニカが呟いた。
「じゃあ、働いてもらうしかないね。大丈夫さシスターは美人だから。あっという間にお得意様見つけてちゃちゃっと返済しちゃってよ。」借金取りが下衆な笑みを浮かべながらモニカの肩に手を置いた。彼女の瞳に僅かに輝くものが浮かぶ。
「でも…そしたらこの教会は?」
「教会?あぁ、心配しないで。ここはきれいさっぱり売り払ってその分のお金も返済に充ててあげるよ。」
「そんな、それだけは。教会だけは残してください!。」モニカが悲痛な叫びをあげながら借金取りにしがみ付いた。
「そんな残したって、管理するシスターがいなくなっちゃうんだからしょうがないじゃん。そうだ!」
借金取りはそんなモニカを強引に振り払うと唐突に壁に掛けられた火の灯る蝋燭を手に取った。
「いっその事、今燃やしちゃおっか。解体するにも金がかかるからね。」
「いや!止めて!」
「まぁまぁ…一回燃えてんだしさ。二回目も大して変わらないって。」
そう言いながら借金取りが蝋燭を地面に叩きつけようとしたその時だった。
「ブベラッ!?」
鈍い音と共に借金取りの体が宙を舞う。彼の顔面にくっきりと拳の後を付けたのはガラハッドの渾身の右ストレートだった。手から解き放たれた蝋燭も地面に着く前に彼によってしっかりとキャッチされている。
「ブベラッって…。もっとマシな断末魔だせよな。」ピクピクと足を引き攣らせる借金取りを見下ろしながらガラハッドはそう吐き捨てた。
「シスターモニカ。申し訳ない。俺はいつの間にか犯罪に手を染めていたみたいだ。何も知らなかったなんて言い訳にもならないな。」
ガラハッドはまるで本物の騎士のようにその場に片膝をつくと人前では一切脱ぐことの無かった兜を脱いだ。兜の下からは黒くウェーブのかかった短髪と凛々しく光るエメラルドグリーンの瞳があった。
「この街に来てから君に助けられたというのに、俺はこの瞬間まで君を助けることができなかった。本当に申し訳ない。」
真剣な視線で未だ涙の残るモニカを見つめる。モニカはというと突然晒されたガラハッドの顔にキョトンとした顔を見せていた。
「…ガラハッドさん。コンスタブルから二回も逃げたのですからその時点で法律的にはアウトあのでは?」
「…確かに。」その瞬間、モニカが噴きだした。緊張の糸が途切れたからか、大きく口を開けて笑い出す。
「ごめんなさい。急に兜脱いだかと思ったら、いきなりそんな事言いだして。さっきまでのギャップに…ハハハ。」
モニカは強かな女性だ。借金取りに対する態度からもそれがよく分かる。ガラハッドは一先ず胸を撫で下ろした。
「ふふっ。あー。実はガラハッドさんを泊めた日。あの時は神様の教えだなんて言ったんですけど、本当はずっと寂しかったんです。最初は鐘を鳴らした後、いつの間にかいたからすごくビックリしました。コンスタブルに通報しようかなんて思ったほどですよ。だって貴方の甲冑。多分貴方が思っているよりも不気味ですから。でも…普段人が来ない場所ですから、話し相手が欲しかった。だからあんな事を言って留まってもらいました。二回目に会った時も目が合った瞬間凄く嬉しかったんです。さっき貴方、私を助けられなかったとおしゃってましたけど、あの一緒に夜市に行った夜。あの時から私は貴方に孤独から助けてもらったんですよ。」
「…そうか、それなら良かった。」
ガラハッドは立ち上がりモニカの手を握る。彼女の震えはもう止まっていた。
「それじゃ、色々終わらせてくる。」
そうガラハッドは言うと、ノックダウンした借金取りの足を掴み、引きづりながら来た道を引き換えしていった。
『ドカッ!!』という派手な音と共に力ない人形のように目を回したチンピラが借金取り達のアジトに投げ込まれた。
「なんだ、なんだ!」と借金取り達が慌てている所にどかどかと重たい足音を鳴らしながらガラハッドが入ってくる。
「お前っ!こいつと教会に集金に行ったはずじゃ…ブボッ!」そう言い終わらないうちに顔面に拳がめり込む。
「お世話になった教会潰させるわけにはいかないんでね…退職しに来ました。」ガラハッドの口調は目の前に臨戦態勢の男が後、五人も並んでいるというのに妙に危機感もなくあっけらかんとしていた。
「おい、この人数相手にやろうってのかよ!」
血気盛んなセリフを吐きながらどこかで見たスキンヘッド男が前に出てくる。
「この前はやられちまったが今回はそうはいかねぇ。あれから俺も鍛えたんだぜ。」
自信満々に語る男を見て思わずガラハッドは鼻で笑ってしまった。
「なに笑ってやがる?!」
「今回は最初から短剣出した方がいいんじゃないか?。」
「こんにゃろ!舐めやがってぇー!」
男の渾身のパンチがガラハッドの胴体を直撃した。耳をつんざくような鋭い金属音。
「ぎゃあぁー!せっかく包帯が外せたってのにー!。」
今回も痛みに悶えたのは男の方だった。
「いい加減学べって。人間のパンチで、甲冑は、貫けない。」
ため息交じりの強烈な一撃がスキンヘッド男の腹部を襲う。白目を向き、口から泡を吹きだしながらスキンヘッド男は情けなく崩れ落ちた。そのパンチを皮切りに借金取り達とガラハッドの乱闘が始まった。とはいってもその差は歴然で、多人数で襲い掛かり様々な武器を用いたとしてもガラハッドの体に傷一つ付けることは敵わなかった。バッタバタと借金取り達が倒れていく。地面から発せられるうめき声が増えてきた頃だった。
「こいつっ!」
ガラハッドの背後にいた男の渾身の棍棒横一線がガラハッドの頭部に直撃した。『ガコンッ!』と大きな音を出しながらガラハッドの首から上が激しく壁に打ち付けられ地面を転がる。
「おい…マジかよ。」
「死んじまったか?」
「あたりめぇだろ、頭吹き飛んでんだぞ。どんな馬鹿力だよ。」
思わずやった本人ですらたじろぐ状況。借金取りの一人がガラハッドの頭を持ち上げる。
「とにかく甲冑は売っちまって死体はどっかに捨てるぞ…。こいつ、頭無くなってんのに立ってやがる。騎士ってのは怖ぇな。」
「おいまて、なんでこいつ血が出てないんだ。」
借金取りが不思議そうにガラハッドの首を覗き込んだ瞬間だった。カッ!とガラハッドは目を見開いた。「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
堪らず借金取りは顔を投げ捨てる。
「痛っってぇ!!。おい、人の頭だろ大事に扱え!!」
「生首が喋った!!」
ガラハッドの頭に気を取られているうちに胴体の方が借金取り達に制裁を与えていく。肉体と精神への二重攻撃、中には完全に腰を抜かし失禁している者さえいた。
「ひぃい!化け物!!」借金取りの最後の一人が情けない声を出しながら扉を蹴破り、外へと逃げていく。
「あっ!待て。」
ガラハッドは頭を掴むと、それを極めてスムーズな動きで振りかぶり借金取りに向かって投げつけた。
「逃がすかぁぁ!!」
恐怖に負け、後ろを振り返った借金取りが最後に見たのは、凄まじい勢いで叫びながらこちらに向かってくるガラハッドの生首だった。
「これで冒険者ギルドへの申請をお願いします。」
大量の気絶した借金取り達とお金を持ってガラハッドは役場に来ていた。あの後、帳簿のような物を見つけ調べてみると、モニカの借金は元金分は既に返済し終わっていたこと。そしてガラハッドが騙され正当な報酬を得ていないことが分かった。あのボロ小屋の宿泊費としてあり得ない額の給料が天引きされていたことを知った時、ガラハッドは怒りのあまり帳簿役を殺そうかとさえ考えたが何とか踏みとどまり、そいつの頭にもう一発大きなたんこぶを作るに抑えた。
ふと、申請手続きをしているガラハッドは自身の事をコンスタブルのよく追いかけてきた奴が遠巻きに見ているのに気が付く。コンスタブルが見過ごしていた借金取り達の悪行。今回はそれをガラハッドが成敗したわけだがその口封じと引き換えに、ガラハッドの帯刀云々の罪と二度の逃走は目を瞑られることとなった。つまり現時点ではもう彼らはガラハッドを捕まえる権利が無くなった。
ガラハッドはコンスタブルに胸を突き出すようにして大きく勝ち誇ったというふうに薄ら笑いを浮かべた。
「あいつ…くっそムカつく!!」兜でその表情は見えないはずなのに動き方だけでガラハッドの意図が分かったコンスタブルはそれを拳を握りしめ見ている事しかできなかった。
「お待たせしました。では各手続きも完了しましたので本日付でガラハッド氏の冒険者ギルド加入を認めます。こちらの徽章を目の付くところにお付けください。えぇそれと、これからのお仕事は全て冒険者ギルドの『クエスト案内所』から受注可能です。詳しいことは受付嬢にご相談ください。お疲れさまでした。」
そうして手にした冒険者の証の徽章を早速胸元に付けたガラハッドは堂々と胸を張って役場を後にするのであった。
「おめでとうございます。かんぱーい!」
その夜、ガラハッドは教会を訪れモニカに借金取り達が不当に集めていた金額の全てを返却した。これで当分生活に困ることはないだろう。モニカも身だしなみを整え、美味しい物をお腹いっぱいに食べる生活を手にしたわけだ。ガラハッドの冒険者就任に際した祝賀会を開こうと提案したのはモニカだった。あの夜市でガラハッドにお金を出してもらったお返しという面もあったが純粋な祝福の気持ちも強いことだろう。
「今更だけど…聖職者ってお肉とかお酒とかいいの?」
「え~?誰も見てないからいいんですよー。神様だってお酒を嗜みますし。」
ワイン一杯ですでに頬を赤く染め、酩酊状態に差し掛かっているあまりにもお酒に弱いモニカに思わず失笑する。
「楽しいですね~」と心なしかはしゃいでいる様子のモニカを見ていると、不思議と酒が進んだ。
「お手洗いに行ってきますね。」
夜も更け机の上もあらかた綺麗になった頃合い、モニカが席を立った。一人残されたガラハッドは脱いだ兜の汚れを拭きながら物思いに更けていた。彼が素顔を人に見せるのは稀だ。理由はシンプルで兜を脱ぐと首がポロっと零れやすいからだった。兜を被っていれば鎧といい感じにがっちりハマるのだが、逆に無くなるとくしゃみの衝撃ですら首が転がってしまうほどだった。
「今日からどこで寝泊まりしようかな…」
ガラハッドはそう独り言を呟く。借金取りから回収したお金はギルド入会金を除く全てをモニカに渡してしまった。これから仕事の際に入用になる費用もあるだろう。金欠であるという事実は変わっていないのである。教会に寝泊まりさせてもらうことも考えた。しかし曲がりなりにも自分は男でモニカは女性だ。最終手段にしておきたいところではあった。「どうしようか」と頭を抱える。そんなガラハッドの様子を扉の影からこっそりとモニカは伺っていた。彼女は実はガラハッドがここに寝泊まりするのは大歓迎であった。恩人の助けになるのであればモニカはどんな願いも聞き入れるつもりでさえいた。
またモニカは生まれついての聖職者。実は男女の仲というのを童話の中でしか理解していない超ピュア人間なのだ。その為、ガラハッドと一つ同じ屋根の下で眠るという行動になんら違和感や抵抗はない。それでも彼女がこうして影に隠れて言い出せずにいるのは、童話の中で憧れの『白馬の王子様』に恥じらいを見せる主人公と同じ感情であろう。
モニカの考えを知る由もないガラハッドはうんうんとあごに手をやり唸っていた。ふらふらと左右に揺れているのは酔いの影響もあっただろう。モニカがガラハッドに提案しようと人知れず覚悟を決めた丁度そのタイミングでついうっかりガラハッドの頭は首からスポーンと分離し手の合間をすり抜け転がっていく。
「あの…ガラハッドさん!実は」
モニカが影に身を隠したままそう口にした時、運悪くガラハッドの頭だけがコロコロと転がり丁度モニカの足元で止まった。
「あ。やべ」
モニカと目が合っている。それはもうばっちりと。モニカの目が見開き瞼をぱちくりさせた。ガラハッドはただ気まずそうに視線を泳がせることしかできなかった。
「キューーーー。」ばたんっ…
永遠にすら感じた刹那の後、モニカは青ざめその場で気絶してしまった。




