20 遭遇 四騎士が一人『竜槍のパーシヴァル』
ガラハッドの鎧を普段から着せるのか、それとも軽装にするのか…。
「我、七割方復っっっ活っっっ!!!!」
和やかな時間の流れる教会の奥から、空気を震わす程の大声が響く。その声の凄まじさと言ったら、呑気に日向ぼっこをしていた野犬が驚きの余り飛び起き、そこらに捨て置かれた壊れた桶などを蹴飛ばすもそれに構わず一目散にどこかへと駆け出していく程だった。
そんな事はお構いなしに声を出した張本人。この度、一週間余りの休養を得て元気にはしゃげる程には体力を回復させたアズリエルは今までの窮屈な生活で溜まった鬱憤を晴らすかのように、机の上で仁王立ちをかまし、ナギからの拍手に悦に入っていた。
「シスターに見つかったら怒られるから…早く降りろよ。」
自身の求めるリアクションをするナギとは違い、ノリの悪いガラハッドにアズはふくれ面を向けながら、いそいそとテーブルから降りた。
「なんじゃ。戦友の再出発の場面を目の当たりにしているというのに…。随分と冷めた反応じゃのう?」
「こういうのはどっか遠くで療養していて久々に再開した。とか、なんの前触れもなく急に眼を覚ました。とかじゃないの感動なんてしないだろ。お前に関してはジワジワ回復してたんだから『あ、そろそろかな?』って大体見当がつくんだよ。何より今朝、普通に朝起きてきて顔も洗わず朝食の席に座ってたじゃねぇか。」
「分かっとらんなぁ~お主は。こういう演出は一つの区切りとして大切なんじゃ。こうヌルっと合流したらしっくりこんじゃろうに。」
「あ~はいはい分かったよ。」
力説するナギをガラハッドは面倒くさそうに適当にあしらった。
「所で七割ってどういうことなの?」
ナギはアズの放ったその気になる一言の真意を聞く。仕事に戻れるというのなら完全復活でも良さそうな所だが、彼女は確かに七割しか回復していないという旨の言い方をしていた。
「うむ。確かに仕事に支障がないレベルには体力は戻っておる。じゃが肩や腰の張り。それに気怠さというのが取れん。お主らもあるじゃろ?寝ても体力が回復しないどころか、逆に疲れっぽく感じる日が。」
「…要するに日常の疲労が溜まってるって言いたいのか?散々食って寝てたくせに?」
「食べた物を消化するのにエネルギーを使い、逆に餓死する動物もいるそうじゃぞ?つまりはそう言う事じゃ。」
ガラハッドの呆れたような声色に全く顔色を変えず、アズは笑顔で頷いた。
「贅沢な悩みだな。」
「じゃが放っておくわけにはいかん悩みじゃろ?そこでじゃ!我の完全回復のための算段を組んだ。」
ナギはそう言うと一枚の紙をテーブルの上に叩きつけた。
「地中から湧き上がる至福の天然温泉…ミモ温泉郷?」
ナギがその紙を拾い上げ、飛び切り大きく書かれた文章を読み上げる。
「ここから東に馬を走らせ四日程で着く山間の街じゃ。湯治という言葉がある。湯に身を沈めるだけで疲れが吹き飛ぶというのは眉唾物だが、面白そうな話だとは思わんか?」
「…ようはここに行きたいと?」
「話が分かるのぉ。」
「勝手に行って来ればいんじゃないか?」
「つれないことを言うな。お主もここ最近色々と災難だったのじゃろう?」
「…寝てたんじゃねぇのかよ。」
「あれだけ騒いでおれば寝てても気づくというものよ。」
ガラハッドはここ数日の出来事を思い出す。確かに重たい甲冑を着続けた弊害か少し肩が凝ってきた気もする。
「分かったよ。馬車を借りてこよう。アズの快復祝いも兼ねて慰安旅行と行くか。」
「「おー!!」」
とテンション高らかに意気込んだ魔族三人組であったが
「ミモ温泉郷ですか…?今は行けないと思います。」
いつの間にか部屋に入ってきていたモニカが三人の出鼻をくじくようにそう口にした。
「…行けない?どういう事じゃ、シスター?」
腕を天へと向けた状態で固まったままアズは恐る恐る聞く。
「東へと向かう街道は今現在の通行が制限されている筈です。」
冒険者とは違い、国王直々の命で編成される騎士達がいる。基本的に王都のみに常駐して国王の護衛や魔王軍との戦闘に務める者たちを近衛騎士団という呼び、各国の街や村で治安維持や指名手配犯の捕縛に勤しむ者たちの事は、コンスタブル騎士隊と呼ばれている。どちらにおいても、世の為人の為そして人間界の平和の為に彼らは厳正な入団テストを乗り越え、厳しい訓練をこなしている。当然実力も折り紙付きだし、人員も物資も潤沢に備える彼らを、善良に生活する人々は皆、一概に尊敬しているし、あまつさえ反抗の意思を示す者など一人もいない。彼らの行動は全て正義の名の元に正しいのである。そんな彼らが街を出て東へ向かう道の関所を半年にわたって封鎖し、厳重な通航制限を掛けていたとしても、それを一個人の事情で解除させるのは不可能な事である。
「…だから、俺達はこの温泉に向かうためにほんの一瞬通りたいだけなんだよ。」
モニカの話の真相を確かめるべく、シャノンを駆り例の通行止めになっている関所へと訪れていた。近くに王室絡みの要所があるわけでも、魔王軍の根城があるわけでもない小さな関所にコンスタブル騎士の象徴でもある緑のローブに身を包んだ者たちが幾人も集まっていた。
「そう言われても、現在この地域は特別な通行許可証を持った者しか通れないようになっている。持っていないなら諦めてもらうしかない。」
「じゃあその通行許可証をくれよ。」
「ならば街へ戻ってコンスタブル騎士隊支部で発行してもらえ。」
「大体何が起こったら半年近くも通行止めする羽目になるんだ?前までは自由に行き来できてたんだろう?」
「それも支部で聞いて来い。とにかく俺達にはあんた等になにかしてやれることはない。悪いが帰ってくれ。」
「なんだってんだよめんどくさいな~。」
モニカから聞かされた話の真相を確かめるべく、東の街道が伸びる山の麓に作られた関所を訪れたガラハッドはそこにいたコンスタブル騎士から、半ば面倒くさがられた対応で追い返された。何人も商人と思しき荷馬車に乗った連中が厳正なチェックを待つために長蛇の列を作っている。
「無理だった。通せぬ教えられぬの一点張り。とにかく支部に行けってさ。」
「末端の騎士達も何も知らないのかもね。」
対応に不満げなガラハッドをナギが宥める。
「賄賂を渡すという手もあるが…それより通行止めの理由を明かさないというのは気になるのう…。以前までのこの関所はお飾りみたいなものだったんじゃが。」
固く閉ざされた門の隙間から見えるほんのわずかな景色からは特段変わった様子は感じられない。それにアズは通行を許可された者たちが皆、護衛と思われる屈強な傭兵を連れているというのに、何人かのコンスタブル騎士が同伴していくしていく姿を見た。わざわざついていくという事は、この通行止めがそこまで広くない一区画で行われているという根拠になる。
「で、どうする?ガラハッド。」
「…仕方ねぇから言われた通り、その支部とやらに行ってやろうじゃねぇか。」
「意固地だね。」
「面倒ごとを起こさないと良いんじゃが…。コンスタブル騎士連中を敵に回したくはないのぉ。」
「…許可証発行の申請に一日掛かる?!?!」
コンスタブル騎士の基地の中でガラハッドが驚きの余り発した大声が響く。
「今日中には貰えないのか?!」
「他にお待ちの方もいらっしゃいますので。申請後の審査や手続きを含めますと、一日どころのお話では…。」
「…もったいぶらずに言えよ。」
「あくまで予測ですけど奇跡的に上手く行けたとして一ヶ月は掛かるかと思いますね…。」
そのあまりの期間にガラハッドは思わず腰から崩れそうになった。彼の周りには彼と同じように通行許可を貰いに来た人間で埋め尽くされている。ただでさえ、受付でこの話をするのにも一時間以上待たされている。苛立ちや呆れと言ったフェーズを通り越し、無力感が彼を襲った。
「まぁ陸路で東部に行くには山脈のあの道を行くしか方法はあるまい。海路は高いからのぅ。」
「…なんで、通行止めなんかしてるんだ。」
ガラハッドは尚も受付にしつこく聞く。
「それは教えられないことになっておりまして…。」
「理由を聞くぐらい、良いじゃねぇか?」
もはや縋る様にガラハッドは言葉を絞り出した。
「納得するだけの理由がないと引き下がれねぇよ。」
そのガラハッドの声に、周囲にいた商人たちが微かに反応する。
「しかし規則ですので…。」
「ガラハッド。押し問答するだけ無駄だ。しょうがないじゃないか。大人しく従おう。」
ナギに宥められて泣く泣く受付から離れるガラハッドの姿を見ながら、アズは周囲の商人達がなにかソワソワとしていることに気が付いた。
「…どうも皆、相当に鬱憤が溜まっているらしい。声を上げたいのはガラハッドだけじゃないみたいじゃぞ?」
辺りを見回しにやりと不敵に笑みを浮かべながらそう溢した。
商人達はほぼ年中、大陸中を巡りまわっている。各地で品物を安く買いたたき、高く売れる所で大量に売り捌くことで生計を立てている者がほとんどだ。品物によっては鮮度も求められるし、早ければ早い程金を積む顧客もいる。つまり時間というのは彼らにとって無視できない味方であり敵なのだ。それがこんな山一つ越えるかどうかという場所で訳も分からず足止めされて、しかも超える為の手続きはグダグダとなれば憤懣は溜まる一方。
「おい待てこの兄ちゃんの言う通りだ!!理由も知らされず俺達だけ割を食ってるんじゃ納得できねぇぞ!」
急に一人の商人がガラハッドを指さしながら声を張り上げた。
「「「そうだ!そうだ!!」」」
その声に周りの商人も同調する。
「あんたらが急に通行停止にするもんだから商売あがったりだ!!」
「この機会損失は補ってくれるのか?!」
どうやらガラハッドの悲痛な訴えが商人たちの不満という火薬に火を付け大爆発を引き起こしたらしい。拳を握りしめ、唇を噛み、貧乏ゆすりで気を紛らわしていた商人たちが一斉に己の事情を滝のように浴びせ始めた。現場は一瞬で大混乱に陥る。ゲリラ的に始まったデモ活動のようなものだ。この混乱を引き起こしたいわば扇動者であるガラハッドは
「なんだ?!何が起こってる?!」
と一人状況を把握できていないでいた。しかし周りの商人達がガラハッドを勝手に先頭に押しやり、まるでこの集団のリーダーのようにまつり上げる。ナギはその様子を狼狽えながら見ているしかなく、アズはサーカスでも見るかのようにケラケラと愉快そうに笑っていた。
「何事だ!静かにしろ!逮捕するぞっ!」
何人かのコンスタブル騎士が奥から出てきて、この混乱を鎮めようと奮闘しているが、商人たちの怒りは留まることを知らない濁流のように苛烈さを増していく。
「どうするのさ?いよいよ収拾がつかなくなってきてるけど。こんなのシスターに知られたら、止めなかった僕たちまで大目玉だよ?!」
「ふむ。そうはいってもガラハッドはこの人込みの先頭。声も届かん。このまま事態が流れ去るのを待つしかないのぅ。それか全てを解決する劇薬が出てくるか…。」
アズが遠い目をしながらそう呟いた時だった。
「みんな!聞いてくれ!!」
建物の奥からこの混乱の中でもはっきりと、よく通る声が響く。
「うぉぉぉーーー!!!…ってあれ?」
その声を聞いた途端、周りの空気に飲まれ訳も分からず拳を掲げていたガラハッドを除く全ての人たちの動きがピタリと止まった。その視線が揃って一点に注がれている。廊下の奥の影からチェーンメイルが靡く様な音と共にその男は姿を見せた。太陽のように輝く短い金髪。海の如き透明感のある青い瞳。鏡のように磨き上げられた銀の鎧と螺旋模様の入った長槍を持った長身で細身の彼がサッと辺りを見渡すと、あれだけ騒がしかったのが嘘のように静まり返る。
「パーシヴァル卿!なぜこんなところに…。本物なのか?」
「誰?有名人か?」
「兄ちゃん知らないのか?!。コンスタブル四騎士のうちの一人。竜槍のパーシヴァル。」
「四騎士?龍槍?なにその男心をくすぐるワクワクしちゃうような名前?誰が付けたんだよ。」
「そんなのは知らねぇ。ただ滅茶苦茶に強ぇって噂だ。」
パーシヴァルと呼ばれた男は周りが完全に静まり返り、自分に視線が向いていることを確認すると、朗らかな声色で口を開いた。
「まずは説明不足であることをコンスタブルの代表として詫びよう。君たちの言い分は最もだ。俺たちも全力を持って事の対処に当たっている。今しばらく不便をかけると思うがその分のサポートはしっかりしよう。また事務員の増加と手続きの簡略化も同時並行で進めていく。現状の早期回復を約束しよう。どうかこの場は俺の顔に免じて、君たちの怒りという矛を収めてはくれないだろうか。」
パーシヴァルが柏手のように張りのある明瞭な声で言うと、先ほどまでめくじらを立てて詰め寄っていた商人たちが今度は潮が引くように各々元居た場所に収まっていく。一切の反発や抵抗もない。
「彼らに何か処分を下しますか?」
「いや、彼らもこの騒動の被害者だ。今起こったことはこの中だけで終わらせよう。始末書も俺が書く。」
「見事な手腕とカリスマ性じゃの。」
一連の光景を後ろで見ていたアズは感心したようにパーシヴァルを見る。ナギもその意見に賛同した。脅すでも諭すでもなくただ爽やかに懇願しただけで、商人たちは親に従う子のように大人しくなった。それはひとえに彼らがパーシヴァルへの信頼だけで怒りを飲み込んだという事実に他ならない。権力を持った役人なんて大概偉そうなやつだけかと思っていたが、少なくとも彼はそういう訳ではなさそうだ。
「ん?」
そんなパーシヴァルがどさくさに紛れ息を潜めていたガラハッドを見つけだし、声を掛けている。
「あちゃー。あやつ見つかってしまったな。」
「何かマズいかな?」
「客観的に見て先ほどの騒動を引き起こしたのは誰じゃ?騒ぎを助長させたのは?調子に乗って一番前で声を張り上げたのは?普通に考えて公務執行妨害とか何とかで逮捕じゃろ。」
「確かに…。助けないとヤバくない?」
そう言い足早にガラハッドの所へ向かおうとするナギを
「止めとけ。」
アズが一言忠告する。
「同行者だと分かれば我らも捕まるやもしれん。すぐ釈放されればそれで良いが、万が一魔族であると知られるとまず無事には帰れんじゃろな。目も合わせん方が良い。」
その忠告にナギもきびすを返した。
「あやつも自業自得。我の意図も察するじゃろ。見捨てるわけじゃないがここは他人の振りを通させてもらって…おい。視界の端っこで見てるから勘違いかもしれんがあやつ、こっちを指さしてないか?」
「勘違いじゃないかも。僕にもそう見える。」
「あやつ…平然と仲間を売りよったな!。巻き込まれる前に外に逃げるぞ。」
慌てて出口に向かうアズ達だったが、一手遅れてしまった。すでに彼女達の背後にはコンスタブル騎士が道を塞ぐように立っていた。
「少しお時間よろしいですか?」
最早逃げられないことを悟ったアズはガラハッドに聞こえるようにと怨恨の胃を込めた特大の舌打ちをかました。
「まぁ、そう固くならなくてもいいよ。ちょっとした雑談程度に応えてくれればいいさ。」
数人の騎士たちに両脇をがっちりと囲まれる形で奥の部屋へと案内された三人はそこで不気味と和やかに微笑みかけてくるパーシヴァルと改めて対面した。彼の口調には敵意や不審な所は一切なかったが、それでも三人にとってこの状況は穏やかな尋問に思えて仕方なかった。
「君たちの恰好はよほど商人というようには見えない。かといって小間使いにしてはいい装備をしている。君たちがあの検問を超える目的は一体何かな?」
その問いに、しかしこの状況からくる緊張感からかガラハッド達はスムーズに返答ができないでいた。
「…ふむ。そう言えば自己紹介がまだだったね。最近じゃ、なんでか有名になってしまったみたいでする必要もなくみんな俺の名前を知っているから。俺の名はパーシヴァル。コンスタブル騎士隊の四騎士が一人。酸っぱいキイチゴのジャムを零れるぐらい塗りたくったスコーンに目が無くてね。特技は走ることで趣味はチェス。自慢になってしまうけど腕前にはかなり自信があって、この前のコンスタブル内でのチェス大会では優勝させていただいたよ。もしルールを知っているなら一局お願いしてみたいな。」
友人の友人と初めて話すみたいに柔和な口調の彼に少しずつガラハッド達の警戒が解かれていく。
「…俺はガラハッドだ。こっちはナギでこの小こいのがアズ。三人で冒険者のパーティを組んでいる。」
「冒険者!なるほど、道理でそんな質のいい武具を持っているんだね。関所を超える目的はなにかの依頼かな?」
「いや、ちょっとした休養で。ここの所働きづめだったから…。」
「なるほど。休むことは大事だ。俺も最近は休めていないから羨ましいよ。しかしそうだとしたら悪いことをした。せっかくのバカンスに水を差すような真似を。ここの騎士達も最近はピリピリしていてね。」
パーシヴァルが少し疲れたように息を吐き体をソファーに深く預ける。
「ところでおぬしらがあの関所を封鎖している理由はなんじゃ?」
アズが聞く。
「…やっぱ気になるかい?」
「こちらは質問に答えたぞ。おぬしも答えてくれねばと不公平というもんじゃなかろうか?」
「…幼いのに随分古風な喋り方をするね。それに考え方もしっかりしてる。」
「幼いは余計じゃ。」
「…だが君の言う通りだ。いいだろう。本当のとこぶっちゃけると、俺も別に秘密にしておく必要はないと思っていてね。あの関所を超えてすぐの山道はその脇にリグ川という川が流れていてね。その支流の一つがトリグ湖というとこに流れ込んでいる。そのトリグ湖に大きな魔物が現れてね。俺たちはその魔物の対処に追われているんだ。あの山道は道幅も狭く傾斜もある。リグ川自体は生活河川として重要だ。現場の混乱は無用な被害を生む要因になる。それを防ぐ名目であそこの通行は制限している。不便だとは思うがもうしばらく待ってほしい。」
パーシヴァルはそう頭を下げた。関所の通行制限で割を食っているのは彼らも同様だ。最近休みがないという発言からも容易に見て取れる。しかし彼は偉ぶることもなく本心から詫びた。
「良かったらでいいんだが、俺達もその魔物討伐に手を貸そうか?」
ガラハッドの言葉にパーシヴァルが顔を上げる。
「俺達は普段からそこそこ大きな魔物の討伐は依頼でこなしている。戦力になれると思うんだが。早く解決するなら俺らにも都合がいいからな。」
「…それは有り難い提案だ。だが遠慮しておくよ。今回に関しては相当な危険も伴う。言い方は悪いが生半可な実力じゃ一方的に傷を増やすだけだ。じれったい気持ちも理解するが今回は俺たちコンスタブルに任せてほしい。」
「…あんた、竜槍とか呼ばれているみたいだな。強いのか?」
「ははっ…。その仇名は気づいたら勝手に呼ばれてたみたいでちょっと恥ずかしいんだけどな。でもまぁ、強いと思うよ。それがどうかしたかい?」
「俺達、冒険者は言わば魔物退治のエキスパートだ。」
「…何が言いたいのかな?」
「俺に任せてくれれば討伐に半年もかからない。」
ガラハッドはそう自信ありげに言って見せる。ナギはなだめようとするがアズはそれを面白がっていた。
「なるほど…。なかなか面白いね。コンスタブルにここまで食い下がってくる人は君が初めてだ。いいだろうガラハッド。君の熱意に免じて一つ条件をつける。」
そう言うとパーシヴァルは傍に立てかけてあった自身の槍を持つ。そしてその切っ先をガラハッドの眼前へと突き出した。
「君にコンスタブル騎士の意地をかけて決闘を申し込む。もし俺が負けたら潔く、君たちの作戦帯同を認め素直に頼ることとしよう。だが俺が勝ったら。悪いが君たちの通行許可は後回し。これで文句はないかな?」
「上等だ!やってやるよ。」
「全治一か月は覚悟してもらうよ。」
コンスタブルのお偉いさんとの決闘。止める間もなくとんとん拍子に決まったそれにナギは額に手をやりため息を吐いた。
外の訓練場で多数の騎士やナギたちが固唾を呑んで見守る中、両者は三メートル程の距離を取り対面する。二人の間を風が通り抜けるが、両者の熱を冷ますには物足りない。
「本来の実力を見たいから武器は各々の得物でいいかい?」
「あぁ。それでいい。」
ガラハッドは剣を抜きパーシヴァルに応える。
「ちょいといいか?」
「アズ!これは決闘だぞ。邪魔するなよ。」
「すぐ終わる。」
「構わないよ。」
アズがガラハッドに駆け寄ると肩をグイっと引き添え耳打ちする。
「なーにをこの上なくやる気になっとる。いいか!くれぐれも頭を外して魔族だってバレぬようにせぇ。周りは騎士だらけじゃ。見られて誤魔化すのは難しいぞ。」
「分かってるって。そんなヘマしねぇよ。」
「この状況が既にヘマなんじゃがの。どうせ決闘っていう響きがカッコいいからって調子に乗っとるだけじゃろ?まぁもう今更何も言わんがな。」
それだけ言うとアズは周りの観客へ戻っていった。
「セコンドを帰らしていいのかい?」
「そんなんいらねぇよ。とっととかかって来いってんだ。」
「そうかい。それじゃあ…遠慮なく!」
パーシヴァルはそう言うと上体と槍をグッと地面すれすれまで沈み込ませた。彼の踏み込んだ足が地面に深く溝を刻む。極端なまでの前傾姿勢は現代で言うところのクラウチングスタートにも近い。驚異的な体幹とバランス能力がその姿勢を生み出していた。ガラハッドがその見慣れない構えを注意深く見ていた。
「!!」
っと一切の予備動作も無くパーシヴァルの体がまるで伸びてくるようにこちらに向かってくる。しっかりと視界に捉えているというのに体が鉛のように重く行くりに感じた。彼の速さに脳からの神経を伝わるガードするという伝達が追い付いていけていないのだ。スローにさえ感じる中でパーシヴァルの槍。その柄がガラハッドの脇腹にクリーンヒットするのがやけに鮮明に感じられた。何が起こったのか、正確に認識する間もなくガラハッドの体は地面を転がる。
「並の兵士ならこの一発で終わるんだけど…自信満々なだけはあるね。」
「ゲッホ!ゲホ!うぉぇ!今まで喰らったどんな攻撃よりも重てぇ。」
奥歯を噛みしめ冷や汗を垂らしながらガラハッドは立ち上がる。何とか息を整え未だジンジンと痛みの残る脇腹を擦った。槍が当たる直前、ガラハッドも無意識のいわゆる反射反応がとっさに衝撃に耐えれるように腹筋に力を込めていた。無防備な状態で今のを喰らっていたら間違いなく膝を着いて白旗を振っていたことだろう。
「苦しんでいる所申し訳ないが、こと決闘においては手加減しない主義でね。もう一発行くよ!」
パーシヴァルはまた先ほどの体勢を取る。
「自分から宣言する奴がいるかよ!」
確かにパーシヴァルの動きは速い。しかしただ速いだけだ。見てからの対処が難しいというならばタイミングを予測すればいいだけ。ガラハッドは完全に自身の呼吸のリズムを取り戻すと、更に集中の層を深めた。二度同じ攻撃は喰らわない。パーシヴァルの輪郭が再びブレたその瞬間、ガラハッドはその槍を弾き飛ばすべく剣を振る。しかしその切っ先はものの見事に空を切る。パーシヴァルはガラハッドのカウンターを予見していたかのように剣先のすれすれで急ブレーキし、体を反らしていた。そしてそのまま剣をやり過ごすと、背後へと跳ねながら槍を突き出す。剣を透かしたガラハッドはすんでの所でその槍を籠手に沿わすように弾くと距離を取る。二度もパーシヴァルの攻撃を一方的に受けた。決して舐めていたわけではないが、この騎士。かなりの手練れだ。
「俺の引突を一発でいなすなんて?!」
そしてどうやらパーシヴァルも同じ感想を抱いているようであった。
「へっ。たまたまだよ。」
ガラハッドは表面上は余裕を装いながらもパーシヴァルに対する有効な対抗策を全力で思案する。まず間違いなくこのまま受け身でいると彼にやりたい放題されるだろう。槍と剣には明確なリーチの差がある。このリーチ差と彼の速さを潰すなら接近しての肉薄戦闘が最も有用だ。近づかせてくれればという話だが。パーシヴァルはヒットアンドアウェイを徹底してくるだろう。
「来ないならどんどんやらせてもらうよ!」
パーシヴァルの三撃目が来る。ガラハッドは剣を自身の体に密着させ左手をフリーにした。大振りな攻撃は隙を晒すだけだ。
「ぼっこぼこにヤラれておるのぅ~」
パーシヴァルの猛攻を何とかしのいでいる防戦一方のガラハッドを周囲の観衆に紛れながらアズとナギは見ている。
「あのパーシヴァルとか言う騎士の動きに全く着いていけておらんな。あれじゃ好き勝手やられる。」
「しょうがないね。ガラハッドはあの鎧的にもここまで俊敏性が求められる戦いは専門外もいい所。まともにやっても勝ち目はない。」
「…そう語るにしてはお主。やけにあっけらかんとしておるな?あのようなガラハッドは新鮮だから気味が良いか?」
「まさか。この戦い。決してガラハッドに分がないわけではない。彼は器用だからね。守りを固めるという判断も最善の策と言えるだろう。実際ほら、視えてきたみたいだよ。」
反撃は少なく、ただひたすらにパーシヴァルの攻撃を受け続けるガラハッドだったがその剣の奥の瞳は静かな集中力でパーシヴァルの動きを追い続けていた。彼の動きが少しづつパーシヴァルの動きにあっていく。余計な動作を省き、動きの効率化を図ることでパーシヴァルのリズムを侵食していく。欲張らず耐え忍ぶことでパーシヴァルの動きに目を鳴らし始めたガラハッドは
「ようやく捕まえたぜ!!」
「なにっ!?」
パーシヴァルの突きを見事にキャッチするとそのままの勢いで投げた。
「?!」
周囲の観衆のどよめきがはっきりと聞こえる。パーシヴァルが反撃を受ける瞬間を見るのはよっぽど珍しいらしい。
「今度はこっちの番だ。」
投げ飛ばされ体制を崩したパーシヴァルに体勢を立て直す隙は与えんとすかさずガラハッドが剣を振り下ろす。金属がぶつかる激しい音と共に両者が鍔迫り合いの最中、顔を見合した。
「スピードじゃ負けてるが、パワーは俺の方が強いみたいだな。」
ガラハッドの言う通り、パーシヴァルの体は徐々に地面へと押し付けられていく。
「っく!」
その状況を脱するべく、パーシヴァルは槍の穂先を地面に落とすことでガラハッドからの圧力を逃がし距離を取った。
「逃がすか!」
ガラハッドの追撃を、先ほどよりも余裕をもってパーシヴァルは受け止めた。しかしガラハッドはすかさず剣を持ち換え、槍を絡め捕る様に上方向へ弾くと、回転の勢いを利用し、がら空きになったパーシヴァルのみぞおち深くに後ろ回し蹴りをめり込ませた。
「ぐぅっ…!!」
パーシヴァルの痛みに悶える声が響く。周囲の観衆が信じられない光景に動揺している最中、ナギとアズは密かにガッツポーズした。
「さっきのお返しだ。このやろう。」
「グッ…ふっ。ふふ…。なかなかいいのが入ったよ。」
意地からか。槍を杖代わりに倒れまいと堪えるどころか笑みすらも浮かべて見せるパーシヴァルだが、その言葉も精一杯の強がりであることは目に見えて明らかであった。
「降参してもいいんだぜ?」
「なにを。まだ一発づつだろ?これでおあいこってだけだ。勝負はここから…っさ!」
呼吸を戻したパーシヴァルがガラハッドに詰める。
「それは見切ったって!」
完全にパーシヴァルの速さを目で捉えているガラハッドは余裕をもって彼の槍を弾いたつもりであった。しかし、パーシヴァルは上手く槍を支点にポールダンスでもするように鮮やかに体勢を帰るとガラハッドの胸に蹴りを見舞った。背後に蹴り飛ばされたガラハッドにパーシヴァルは間合いを詰め二撃目を放つが
「…?!くそ!砂煙か!」
ガラハッドが足払いで砂煙を上げその中に身を隠す。一瞬ではあるものの彼の姿を見失ったパーシヴァルの槍は虚空を力なく突いた。その槍をすり抜けるガラハッドのタックルによって今度はパーシヴァルの体が宙を舞う。まさに一進一退、両者ともに一撃づつ与えていく形になっている。
「汚ねぇぞ!!」「正々堂々やれ!」
観衆からガラハッドにブーイングが飛ぶ。どうやら砂煙での目つぶしが彼らの騎士道精神に反するらしい。
「今のは反則か?」
「フッ。何を言うか。決闘と言えど本質は殺し合い。反則も何もないだろう?周りの声なんて気にする必要はないよ。」
しかし当の本人達は全く気にしていない所か、どこか楽しそうであった。
「さて、休憩はもういいかな?」
「馬鹿、お前に合わせてやってんだよ。」
もはや、軽口を叩き笑みを浮かべながら、両者は武器を構える。今度は先に動いたのはガラハッドの方だった。出方次第で柔軟に対応するため、パーシヴァルの槍の動きを入念に見る。しかし予想外にも、ガラハッドのだいぶ手前で槍は動いた。それが地面を抉る様にして横一線に払うと、先ほどみたいに砂煙が上がる。
「な!パーシヴァル卿があんな姑息な手を?!」
周囲のどよめきが大きくなるが彼は全く気にせず、砂のカーテンの奥にいる筈のガラハッド目掛け槍を何度も突き刺す。しかし不思議なことに手ごたえが無い。彼の姿を確認するために槍で砂を払うと、目の前にガラハッドの姿は無かった。
「?!どこに!」
「ここだよ!」
ガラハッドの姿を探すパーシヴァルの足元から彼の声がしたかと思うと、勢いよく彼の剣先が向かってきた。完璧に虚を突いたと確信したガラハッドだったがパーシヴァルは驚異的な反射神経でこれを紙一重の所で躱す。彼の金髪が数本太陽に照らされながら舞った。流れは僅かにガラハッドの方に傾きつつある。パーシヴァルが距離を取るために後ろに下がると、ガラハッドは躊躇なく自身の剣を彼に投げつけた。
「武器を手放すのか?!」
パーシヴァルがその投げられた剣に視線を持ってかれた隙を逃さずガラハッドは瞬時に詰め寄ると、パーシヴァルの頬に渾身のパンチを見舞った。確かに手ごたえはあった。しかしパーシヴァルは平然とした顔で受け身を取ると、自身の槍をまるで矢のようにガラハッド目掛け投擲する。槍は空気を切り裂きながらガラハッドへと向かうが惜しくも数センチ程ずれ、壁に勢いよく突き刺さった。
「しまった…当たらなかったか。だけどこれで互いに武器を失ってしまったね。」
両者互いの背後に自分の武器がある状態。もはや丸腰で手を広げ言うパーシヴァルに、しかしガラハッドは心底悪人めいた笑みを浮かべると、腰元からもう一つの得物である鞭を取り出す。
「…なるほど。これは一本取られたね。」




