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21 決闘

 パーシヴァルには唯一の欠点がある。容姿端麗、文武両道、明朗快活、高潔無比。彼を褒めたたえる言葉は水のように無限によどみなく湧き出てくる。この世の中で最も出来た人間と言っても決して過言ではないだろう。そんな十全十美にも思える彼には、唯一見逃すことができないはっきりとした欠点があった。

 両者ともに相手に自身の持っている武器を投げつけ、膠着状態に入ると思われたが、ガラハッドは第二の武器である鞭を取り出し、丸腰のパーシヴァルを脅すようにビッシビシと空を弾く。

「卑っ……怯な奴じゃのぅ!あいつ。決闘とか言うとった癖に。」

周囲のブーイングに気まずそうに肩をすくめるナギを尻目にアズは愉快な道化師でも見るかのように笑う。

「降参したほうがいいんじゃないか?」

ガラハッドからの提案にしかしパーシヴァルは余裕そうに笑みを浮かべた。傍から見れば武器を持たぬパーシヴァルが圧倒的に不利なのだが、パーシヴァルの脳内に「負けを認める」という選択肢はなかった。

 振り返ると、パーシヴァルの戦い方にはほんのわずかだが違和感があった。初めは得意の槍と慣れた間合いを維持する対人戦闘の基本を忠実に守っていた。それこそ騎士の決闘然とした戦闘スタイルと言えるだろう。彼の意識に異変が見られたのはガラハッドから強烈な蹴りを見舞ってからだ。それまではあくまで槍での攻撃のみに終始していたパーシヴァルが、直後に似たような形でガラハッドのみぞおちに深く足をめり込ませたのだ。そこからパーシヴァルの攻撃の仕方は少しづつ変化していく。ガラハッドが地面を蹴り上げ煙幕替わりに使ったかと思えば、パーシヴァルも速攻同じ手段でガラハッドを翻弄しようと試みた。ガラハッドが剣を投げつけるという奇想天外な攻撃を仕掛けた後には、自身も武器を手放すリスクを鑑みずに槍を投擲する。まるでさっきのお返し、攻撃のしっぺ返しとでも言おうか。前述したがパーシヴァルという男は極めて賢い。ガラハッドの常識外れの攻撃に感化され安易に真似を試みるような安直な考えは絶対にしない。ただではやられない。やり返さなと気が済まないという思考がありありと見て取れた。

「あんた…随分と負けず嫌いなんだな。」

「ふっ。なんのことかな。」

ガラハッドからの指摘を笑ってはぐらかす。この極端かつ病的なまでの『負けず嫌い』がパーシヴァルの唯一にして致命的な欠点であった。別に血気盛んな訳でも短気で喧嘩っ早いわけでもない。しかし幼少の頃から爽やかイケメンに似合わず、挑まれた勝負は全て受け、何なら挑まれてもない勝負も受け、もはや鼻から勝負事ですらない事柄でも勝手に闘争心を燃やし、対戦相手は人間に限らず、決して自ら負けを認めず、明らか無茶、無理難題にも臆さない。彼に最大の尊敬を示し付き従っている彼の部下たちもこの難点だけには長いこと頭を悩ませてきた。

 ガラハッドが自分の手足のように自在に鞭を放つ。鞭を伝わる力の波は、その先端に音をも超える程の速度を与えるが、パーシヴァルは驚異的な動体視力と反射神経でこれを躱す。しかし鞭の持つ圧倒体なリーチというアドバンテージの前にガラハッドの懐に潜り込むことも出来ずにいた。更にガラハッドはパーシヴァルが槍の回収に行けないように上手く立ち回っている。二人のにらみ合いは根競べの様相を呈してきた。

「いつまでそうやって耐えるつもりだ。」

ガラハッドは一方的な状況でも決して手を緩めようとはしない。しぶとく粘るパーシヴァルを前に少しでも油断を見せれば、一気に形勢をひっくり返されると分かっていたからだ。しかしどこかで仕掛けなければ、彼が永遠と耐え続けるであろうことも把握していた。

「君こそっ!少し疲れて来たんじゃないか?!スピードが落ちてきているみたいだけど?」

息を切らしながらも集中を切らさないパーシヴァルが言う。傍から見れば微細な変化でも、パーシヴァルにはガラハッドが焦れてきていると見抜いていた。パーシヴァルの顔を目掛け甘く飛んできた鞭を手で掴む。

「捕らえたっ!」

「曲芸かよっ?!」

ガラハッドが驚きの余り、僅かに体の力が緩まったその隙にパーシヴァルはグッと手の内の鞭を引っ張る。ガラハッドは体勢を崩し、なす術もなくパーシヴァルの眼前へと引きずりこまれた。ガラハッドはせめてもの抵抗にと全力で鞭を引き戻し、パーシヴァルの顔面目掛け、振るうが彼は悠々とその軌道を見切り自身の後方へ弾きながらガラハッドに強烈な一撃を放った。

「うげぇ~痛そっ…。」

何とか間に合ったのか、それでもガードの上からめり込んだパーシヴァルの一撃に悶えるガラハッドに観衆から憐れみのため息が聞こえる。

「結構しっかり入ったと思うけど。参ったと言ってくれるかい?」

パーシヴァルの煽りに、ガラハッドはにやりと不敵に微笑む。その反応に何かを感じとったパーシヴァルはガラハッドの手から自身の足元を通り背後に伸びきったままの鞭の存在に気が付いた。

「最初から目的はこっちか?!」

パーシヴァルが気づいた時には既に遅く、ガラハッドがビュンと鞭を引き戻すと、その先端には彼の剣がしっかりと捕らえられていた。

「一発喰らったが…剣は回収させてもらうぜ。」

「…上手くしてやられたね。これで丸腰の俺に対して、遠近共に君が圧倒的に有利になった訳だ。」

「まだやんのか?」

「…無論!体も温まってきたからね。」

そう言うとパーシヴァルはぴょんぴょんと傷だらけの体をほぐすように数回跳ねると体を深く沈み込ませる。それは最初に見た体勢によく似ていた。ガラハッドは回収した鞭と剣を構える。彼の速さにある程度目は慣れたが脅威であることに変わりはない。それに現状、武器を持っているガラハッドの方が圧倒的に有利だがそれでも自信を崩さないパーシヴァルに不気味な何かを感じ取ったのだ。二人の緊張感が風のように空気を伝わり、小さな張りとなって肌を突く。その時だった。

「消えっ!」

ガラハッドの視界からパーシヴァルの姿がパンという軽快な音と共に消えた。想定外の事態に体が固まるガラハッドの左肩が次の瞬間、グイッと下に押し付けられる。

「大丈夫かい?」

体勢を崩したガラハッドが声につられ背後を見ると、そこには自身の槍を悠々と壁から引き抜くパーシヴァルの姿があった。先程まで目の前にいた男が、ほんの一瞬で自身の背後に回っている。ガラハッドの視点からだと何の誇張でもなく瞬間移動したようにしか見えなかった。

「こんにゃろ~…」

ついさっきまで見せていた速さとは比べものにならない。これがパーシヴァルの本気なのだろう。地面を蹴るパンという軽い音に風切り音。そして空中に一瞬だけ残る残像のみが彼の位置を掴む手がかりだった。

「槍は回収した。調子もすこぶるいい。俺は何だか楽しくなってきたが…どうだいガラハッド?」

「…そりゃあ大層なあだ名も貰えるわけだ。」

力感無くゆるりと揺れるパーシヴァルが、息を吐く間もなく再び消え、ガラハッドは即座に剣でガードの姿勢を取った。二度短い間隔で地面を蹴る音がしたかと思うと、ガラハッドの剣の腹に大砲でもぶつかったんじゃないかと思うほどの衝撃が襲った。耳をつんざく金属同士のぶつかる音が衝撃波と共にガラハッドに尻餅をつかせる。

「痛てて…。これ反動も凄いし、速すぎて狙いが定めづらいんだよね。」

勢い余って壁際ギリギリまで移動しているパーシヴァルは痛めた手を擦るとすぐさま槍を持ち直し、再び構えた。ガラハッドもすぐに起き上がるが十分な防御姿勢も取れないまま彼の強靭な足腰から放たれる蹴り技を受け、なす術もなく地面を転がった。もはや目を慣らすとかそういう次元の話ではなかった。彼の俊敏すぎる動きは最低限の防御姿勢を取るのに精いっぱいで、例え、上手く攻撃をいなせたとしてもカウンターをあてる前に、有効射程外へと逃げられてしまう。そうこうしている内にガラハッドの手から剣が弾き飛ばされ地面に深く突き刺さる。鞭ではパーシヴァルの猛攻を凌ぐことはできない。もはや勝負は決まったと周囲の観衆の誰もがそう思った。ガラハッドが再度、鞭を剣へと伸ばす。

「そうはいくか!」

パーシヴァルは剣がガラハッドの手元に引き戻される前にとどめの一撃を喰らわせようと見定める。ガラハッドの鞭が剣の柄に巻き付いたとほぼ同時にパーシヴァルが飛びつく。ガラハッドに剣を引き戻す猶予は無いように思われた。しかし

「無防備になるこの瞬間なら、そりゃ攻撃したくなるよなぁっ!!」

ガラハッドは剣を引き戻すどころか、逆に持っている鞭を弛ませ空中に投げた。彼はパーシヴァルの攻撃のタイミングを特定するためにあえて防御を解いたのだった。

「このスピードなら急には止まれないだろ!」

投げられた鞭は丁度パーシヴァルの進路とぶつかり、弛んだ鞭がパーシヴァルの片足に絡みつくと、剣が杭の役割を果たし、パーシヴァルの体は一瞬、錨を降ろした船のように急速にスピードを失う。その隙をガラハッドは逃さず、パーシヴァルを捕えようと抱き着く。その衝撃でパーシヴァルの足から鞭が外れ、二人の体はパーシヴァルの移動のエネルギーを保ったまま空中を舞うと、壁に強く激突し、なおも勢いは死なず、そのまま突き破った。

 木片や石ころが辺りに散乱し舞い上がった土煙が徐々に晴れだすとその奥で、ガラハッドがパーシヴァル相手に馬乗りになり、完璧にマウントを取る姿が出てきた。

「やっと捕まえたぜ。」

ガラハッドはそう言うと、その優位性を確固たるものにすべく自身の武器に手を伸ばす。しかし自らの剣は外の演習場に深く突き刺さったまま置いてきたことに気付く。

「しまったな。とどめを刺す手段がねぇ。」

パーシヴァルも壁に激突した時、衝撃で槍を手放し、疲労から息も絶え絶え。マウントポジションを返すのは不可能に見えるが、自分から負けを認める事は絶対にありえない。

「…殴り合いで決着付けるか?」

「ふっ…それは魅力的な提案だね。」

ガラハッドの冗談交じりの提案にパーシヴァルは威勢よく賛同する。両者ともに無理をしているのは目に見えて明らかだったが、互いに往生際が悪く引き際を見誤った。今にも見るに堪えない第二ラウンドに突入という寸前

「いい加減にしてくださいっ!!」

突如として響く女性の声に両者の動きがピタリと止まった。

「あれクロエ?帰ってきたのか。お疲れ様、進捗はどんなだったかな?」

「そんなのは後です。私が出張に出てる間になんの騒ぎですか、パーシヴァル卿?!」

クロエと呼ばれたその女性のあまりの剣幕にパーシヴァルは苦笑いを浮かべる。

「この御仁と決闘だよ。」

「何が決闘ですか。どうするんですかこの壁!!こんなに大きな穴が空いちゃってるじゃないですか?!なんで周りも止めなかったんですか!?」

クロエにギロリと睨まれた観衆たちは皆、バツが悪そうに顔を背けた。

「ガラハッド。もうよいじゃろ。お主も人様の敷地で熱くなりすぎじゃ。ちとわきまえんか。」

呆気に取られていたガラハッドはアズにそう首根っこを引っ張られながら言われ、我に返った。

「で、でもクロエ。まだ決着がついてない…」

パーシヴァルの子供のような懇願はクロエの強烈な睨みに簡単に遮られた。こうして二人の決闘は幕を下ろした。強いて勝者を決めるとするならば、乱入ながら鬼の形相で周りを黙らせたクロエであろう。


「大変、申し訳ございませんでした。」

応接室へと戻ってきた一行はクロエから謝罪を受ける。その後ろではクロエによって椅子には座らせてもらえず、床に正座するパーシヴァルが全く反省の色を見せず、ニコニコ笑みを浮かべていた。

「そんな改まった謝罪は良い。お互い様じゃ。」

『元はと言えば吹っ掛けたのはこちらの方なのだが』という本心を張り付けたような笑みの裏に隠してアズは言った。

「所で…あのぽっかりと空いた風穴は…?」

「勿論、あそこのパーシヴァル卿の給料から引きますので。皆さまはなんの心配もなさらなくて結構でございます。」

その返事にアズはそっと胸を撫で下ろす。思わぬ出費を被るところだった。

「それで…皆さま方は、今日はいかような御用でしたのでしょうか?」

只のいち冒険者であるガラハッドがどうしてコンスタブルの四騎士と決闘なんてしたのか。その事情を知らないクロエからの質問で、ガラハッド達は本来の目的を思い出す。パーシヴァルは自分に勝ったら、魔物討伐への同行を許可するという条件を出していた。しかし決闘の結果は引き分けと言うのが妥当だろう。この場合はどうなるのか…。

「いいよ。」

急にパーシヴァルが口を開く。クロエは許可なく話し出したパーシヴァルを窘めるように鋭い視線を送るが、彼はどこ吹く風と言葉を続けた。

「びっくりしたよ、ガラハッド。ほんと、クロエも最初から見れてたら良かったのに。彼を入れて四騎士改め五騎士しちゃってもいいんじゃない?」

「勝手な事言わないでください。それとちゃんと説明してください。私には何が何だか。」

「トリグ湖の女王。その対応に彼らが一役買ってくれるそうだ。」

「え?!トリグ湖の事象を彼らに話したんですか?あれは騎士隊の最重要機密ですよ!」

「まぁ、そうなんだけど。」

「なんで貴方はこうも躊躇いなく規則を破るんですか!」

「まぁまぁ。ガラハッド達も関所をとっとと越えたいらしい。つまりは利害の一致だ。危険だっていうならその点は大丈夫だと思うよ。ガラハッドの強さは僕が保証する。」

「しかし…。」

「商人たちの不満も抑えが効かなくなってきている。もはやこれはコンスタブルだけの問題じゃない。彼は冒険者、対魔物は得意分野だと言う。早期解決と多くの市民の日常を守るためにもここは甘てみないか?」

パーシヴァルの訴えをクロエは渋る。話を聞くに彼女はコンスタブルの規則や規律を重んじる性格のようだ。ここでガラハッド達を受け入れてしまうと彼女の信念に逆らう。しかしパーシヴァルの意見も最もだ。クロエはしばし逡巡した後、嫌々ながらにコクンと小さく頷いた。

「流石クロエ。君なら分かってくれると思っていたよ。さて、彼女の許可も貰ったことだし、改めてよろしく!ガラハッド。」

余りにも爽やかすぎて、先の出来事を忘れそうになる。いい奴過ぎてかえって底の読めないパーシヴァルに戸惑いながらも、ガラハッドは差し出された手を握った。


「足元に気を付けて、川辺の石は想像以上に滑るからなるべく踏むのは避けた方がいいよ。」

足元を見ながら慎重に進むアズの手を取りながらパーシヴァルは言う。

「む。すまんな。しかしそう心配せんでも我なら大丈夫。」

「そう言う子程、転んで頭打ったりするんだよ。ほらお嬢さん、そこの窪みに気を付けて?」

仮に足でも滑らそうものなら、あっという間に流されてしまいそうなリグ川の勢いにガラハッド達は否が応でも慎重に歩を進めた。

「早速だが、協力すると決まった以上、君たちも魔物の姿を一度見ておいた方がいい。」

と、いささか早急なパーシヴァルの提案の元、ガラハッド達はトリグ湖を目指していた。鬱蒼と、木が生い茂る山肌に突如、ぽっかりと穴が空いたかのように表れるトリグ湖は、上空から見ても、その姿をはっきりと認識できると言われている。美しく神秘的なコバルトブルーの湖面が特徴的で、多くの固有生物を抱えている。その最大の特徴はなんといっても深さにあり、水面を覗く程度ではその全貌を測り知る事は到底不可能。未だ最深部までの距離は解明さえておらず、誰も湖の中心の湖底を見たことがないのだという。何が潜んでいてもおかしくは無かった。

 一行が湖の畔に付くと、それを歓迎するかのように心地の良い風が小さく湖面に波を作る。

「ん~!気持ちいい~~」

ナギの言葉に全員が同意する。コンスタブルを悩ます魔物が潜んでいるにしては、あまりにものどかな風景でピクニックなんかにはもってこいであろう。ナギは自身の羽の疼きを噛み殺す。パーシヴァルがいなければ今すぐにでも飛び出したい勢いであった。

「…もっとおどろおどろしい場所だと思ってんだが。」

「みんなそう言うんだ。避暑地にはぴったりだとね。あぁ!水辺に近づかないで!」

水面を覗こうと湖に近づくガラハッドをパーシヴァルが似つかわぬ忙しない声で静止する。

「この湖は急に深くなるんだ。それに君の動きが水中を伝播して()()を刺激する。水には触れないようにしてくれ。」

決闘の時は追い詰めたと思っても、余裕を崩さなかったパーシヴァルがこんなにも念を押して忠告するものだから、ガラハッドも大人しく彼に従う。彼は何かを探すように辺りをキョロキョロと見渡していた。

「…いた!」

パーシヴァルは探していた物を見つけると、周りに頭を下げ、高い草むらに身を隠すように促す。

「例の魔物か?」

ガラハッドが草をかき分け、パーシヴァルの視線の先を覗くと、そこには巨大なグリズリーがいた。どうやら水を飲みにきたらしく、剛毛で覆われた背中を丸め、口元を水面へと近づけていた。無防備な姿を晒せるのは、ここら近辺で自身が食物連鎖の頂点にいると自覚しているが故の余裕だった。

「なんだ、あんた等を悩ませていた魔物ってグリズリーの事か。」

偶然にもガラハッドはあれと同じ種、同程度の大きさの物を直近で討伐している。あの時はシャルロッテと二人だけで、更に色々と枷もあったが、今回は仲間もバッチし揃っているし、この戦力ならばそう苦戦することもないだろう。

「あいつならササッと…。」

そう身を乗り出しかけたガラハッドの肩をパーシヴァルはグッと引き戻す。その視線はグリズリーというより湖側に向けられているような気がした。

「もうちょっと待って。彼女が姿を現すから。」

「彼女って?」

ガラハッドの問いに、パーシヴァルが答えるより早く、それは起こった。風も吹いていないというのに水面がまるで何かの前触れかのように小さくうねり出した。

「来た…!」

パーシヴァルが呟く。水面に突如として起きた波紋は次第に大きくなり、波打ち際に居たグリズリーもその異変に気が付く。鋭い歯をむき出し、注意深く観察している。水中から何が飛び出してきても、食物連鎖の頂点として一歩も引かない構えを見せていた。しかしそのような威勢も、プライドも、この場ではなんの役にも立たない。このグリズリーにおける最善手は、一刻も早く、湖から逃げる事であったと次の瞬間にはこの場にいる者が全員理解した。

 最初、ガラハッドは耳に飛び込んできたあまりの轟音と水飛沫に何が起こったのか瞬時には理解できなかった。天高くそびえ立つ水柱の中から、何かがキラキラとスパンコールのように輝く。

「なっんじゃ!ありゃっ!!」

パーシヴァルを除く三人は湖から高く跳び上がった、太陽をも隠すあまりにも巨大な魚影に思わず息を飲む。

「あれが、元凶。迷子の女王。まぁとびっきり大きいだけの()()()()だと思ってくれれば大丈夫。」

パーシヴァルが()()()()と言いのけたそれは、その巨体に見合わぬ身軽さで長く我が物顔で宙を舞うと、そのまま体を叩きつけるようにグリズリー目掛け落下した。

「あれのっ…どこが、ただの鮭だ?!」

「ん?!あぁ…俺達コンスタブルは、あいつの事をルージュって呼んでる。」

「いや、この際名前はどうだってよくて!どこの世界に逆に熊を一飲みにしちゃう鮭がいるんだ。」

跡形もなくグリズリーを胃袋に収めたルージュはズリズリと器用に尾びれを動かし、ゆっくり湖の中に戻っていく。彼女の姿が完全に見えなくなり水面の波紋も収まった頃には、またのどかな風景が戻ってきた。

「…規格外の大きさに加えて、奴は水中に身を隠せる。我らに手出しができるのか?」

「その為に、コンスタブルもある兵器を開発している。クロエが今日その兵器の視察に行ってて、完成間近だって話だったから、このタイミングで君たちが来たのも巡り合わせだったのかもしれないね。」

アズの問いかけに、消えていったルージュの後の名残から目線を放さず、パーシヴァルは答えた。

「その兵器ってのはでっかい投石機か何かか?この場所に運び込むには道中が険しい気がするが。」

「それに関してはパーツごとに運び込んでここで組み立てればいい。それに投石機なんか使ったら彼女を殺してしまうじゃないか。」

「…ん?ちょっと待て。あのルージュっていう鮭が悪さしてるから、討伐しようって話だろ?」

「あ、あぁ。そうだ、そうだった。言い忘れてたよ、すまない。ルージュは生け捕りだ。極力傷つけてないように。」

数十倍の体躯を持ち、水中をテリトリーにグリズリーを丸のみにする凶暴性もある鮭を捕獲。ガラハッドは突如突き付けられた、無理難題に白目を向き絶句した。そんなもの討伐より遥かに難しいではないか。

クロエはパーシヴァルの秘書です。

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