18 魔王の娘
思い出したくもない六日間の遭難の記憶。突如として放り出された迷宮サバイバル。薄暗がりの無人の街で、纏わりつく空腹という敵から何とか逃げおおせたガラハッド達。本来ならば失った体力を、機能の低下した胃腸を庇いながらじっくりと回復させることに勤しむべき状態の彼らだったが、冒険者というなんともアバウトな個人事業主に休業などと便利な言葉は通用しない。空っぽに近い財布の中身を見ながらガラハッドは乾いた息を吐いた。そしてこの状況を作ったのも、またあの迷宮が原因である。そもそもロビンによって陥れられたあの迷宮は、ある依頼を元に洞窟探索へと赴いたのが起因であった。瓶へと封印され、勇者の旅に強制的に同行させられることとなった哀れなゴーストのロビンは、そもそも攻撃対象は勇者パーティだけであったと語る。一般人が見れば何の変哲もない洞窟調査が依頼として出されていたことすら彼は知らなかった。では何故、当初勇者パーティのみを狙う筈であったこの作戦の段取りが変わったのか。その謎を解く鍵は、ロビンの口から出たアリアスという名の男だ。ロビンはアリアスからこの作戦を半強制的にお願いされた、言わば上司のような関係である。そしてもと魔王軍幹部であったガラハッドはその名に聞き覚えがある。魔王軍の参謀。非常に頭が切れ、魔王からも絶大な信頼を集める男だ。だがプライドが高く理屈屋でもあった。ガラハッドはどうも彼とはそりが合わず苦手としていたことをよく覚えている。では、そんなアリアスが建てた作戦にガラハッド達が巻き込まれたのは果たして偶然だったのだろうか。ガラハッドは魔王軍からすれば裏切者同然だ。まだ確証は持てないが、魔王軍がガラハッドへ何かコンタクトを取ろうとしようとしているかもしれない。その疑惑が彼を酷く億劫な気持ちにさせた。
「どうしたんです?ひどい顔して。」
教会の主、モニカがガラハッドの顔を心配そうに覗き込みながらお茶を注ぐ。
「やはりまだ休んでおられた方がよろしいのでは?」
「そうしたいのはやまやまなんだがなぁ…如何せん詐欺依頼を掴まされちまったから。六日間も拘束されてたってのに報酬無しはクルものがある。アズの代わりに奴の食費も賄ってやらないとだからな。」
体質的にアズは回復に手間取っていた。仕事へ行く前と比べると彼女の体は酷くやせ細っていた。スピカによると、体内の魔力で何とか必要なカロリーを補っていたらしく、体内魔力も危険水域に到達していた。今の彼女はベットに横になり、モニカの看病の元、胃腸に気を遣いながらカロリーを蓄えていた。稼業に戻るにはもう少し時間がかかりそうだ。
「リゲル達も休むことなくぱっぱと旅を再開したわけだからな。俺も彼らを見習わないといけない。」
リゲル達勇者パーティは少しの休息の後、早々と街を出た。ガラハッド達が魔族であるという軋轢は想像以上にあっけなく立ち消えた。魔族との対立、その象徴であるリゲル達の胸の中にガラハッド達の秘密はひっそりと仕舞いこまれた。彼らも口はそう軽くはないだろう。まだ冒険者生活は問題なく楽しめそうだ。
「所で…ガラハッドさん、一つお話しておきたい…といいますか、お話しなければならないことが。」
モニカはお茶を一口すすると、バツが悪そうな顔を浮かべながら一つの封筒を机の上に出す。その封筒を見た時、ガラハッドは思わず顔をしかめた。それは以前ガラハッドを苦しめた、彼の苦手とする魔王の娘シャルロッテが使う専用の封筒だ。ガラハッドからすればできればあまり目にしたくない代物だ。
「実は以前、ベルルーイさんが来た時から今日までずっと…その個人的に文通をしておりまして。秘密にしていた訳ではないのですが。」
彼女がひっそりとベルルーイからの手紙を楽しみにしていたことはこの教会に住んでいる人間なら周知の事実だ。だか気恥ずかしそうに告白してきた彼女の為にも黙っておくのが賢明だろう。それに彼女が話したい本題はそんな事ではない。
「当初話していた期間より、ガラハッドさん達の帰りが随分と遅かったもので。ですが魔族であるガラハッドさん達を誰かに相談するわけにもいかず…。それでベルルーイさんへの手紙にそのことを書いたのですが。どうやらそれがシャルロッテさんの目にも入ったようでして。」
「…ん?ちょっと待って。それどういう風に手紙に書いたんだ?」
「あの~…まぁ今思い返すと、ガラハッドさん達の実力を鑑みれば少し…いえかなり大げさに書いてしまいまして…」
「はいはいなるほど…」
モニカの声色が段々と暗くなる。気まずそうな顔でガラハッドの顔色を伺いながら一つ一つ言葉を選んでいく。彼女もガラハッドにとって面倒なことになっていると感づいているらしい。申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「そのどうやら…私の手紙がきっかけでシャルロッテさんがこちらに訪問されるらしく…。」
「…マジかよ…。」
ガラハッドはモニカの言葉にしばし絶句した後、絞り出すようにそう言葉を発した。魔王の娘が人間界にやってくる。本来であれば世間が震撼する大惨事だ。モニカによれば彼女は既に向こうを発ったらしい。幸いな事に魔王城からこの街に来るという事は、大陸を横断するという事だ。どんなに急いだところでかなりの時間がかかる。わざわざ向かってきてくれているシャルロッテには悪いが、今から手紙を飛ばして彼女にはUターンしてもらおう。なに文面上で死ぬほど謝っておけば彼女は寛大な心の持ち主、許してくれることだろう。善は急げ、思い立ったが吉日。ガラハッドは早速適当な羊皮紙にペンを入れようとした矢先であった。
「シスター?外に干してるシーツとか洗濯物は取り込んだ方がいいよ。何か北東から凄い黒い雲が近づいてるけど?」
ドアを開けそこからなんの事情も聞かされていないナギが呑気な顔だけをひょっこり出した。
「…シスター。彼女が来たら俺は長い旅に出かけたと言っておいてくれ。」
どうやら行動を起こすには遅すぎたのかもしれない。黒雲を引きつれ迫ってくるシャルロッテの豪華な馬車にガラハッドは僅かな抵抗に『居留守』を使う事に決めた。
静寂と緊張に包まれた教会の窓を冷たい雨が不規則に叩く。テーブルには向かい合わせに座り沈黙の中互いの緊張を慰め合うモニカとナギの二人。ガラハッドの姿はどこにもなかった。テーブルの上で小さく揺らめく蝋燭の火の先端を見ていた張りつめた表情のモニカの視線がピクリと教会の正面扉へ移る。彼女の耳に小さいながらも馬車の車輪が道を転がる音が聞こえた。その音はゆっくりと近づいてくると教会の前でピタリと止まった。扉の向こうから馬車から降りてくる一人分の足音が聞こえたかと思うとコンコンコンと何者かが扉をノックした。
「は、はい」
緊張のあまり上擦った声で返事をしながら扉へ駆け寄るモニカをナギは固唾を呑んで見守る。
「ベルルーイでございます。」
凛とした声に高鳴る胸を押さえながら扉を開けると、雨だというのに不思議と全く濡れていないベルルーイと対面した。
「突然の訪問、大変申し訳ございません。モニカ様の手紙を我が主が目にし、どうしてもこちらへ向かうと。どうか些末なワガママ程度に受け止めていただければ。」
彼女がチラリと後ろの馬車を一瞥する。カーテンが閉ざされ中の見えないその籠は絢爛豪華な装飾がなされているというのにどこかおどろおどろしい雰囲気を漂わせている。
「全然。これといったもてなしは出来ませんが…。どようぞ雨に濡れてはお体に触りますから教会の中へ。
モニカがそう言うと、ベルルーイはにっこり笑って馬車のほうへと向かう。傘をさすと馬車の戸を恭しく開けた。瞬間、馬車の中から凄まじい覇気が漏れ、溜まらずモニカはたじろぎ教会の中のナギもその気に当てられ椅子が倒れる程の勢いで立ち上がる。馬車の影の中を宝石のように透き通った二つの赤い眼が輝く。雪のように白い肌、夜の闇にも似た黒く長い髪、人形のように整った顔立ち。頭の上にあるとぐろを巻き黄色いラインの入った角さえなければその外見は高貴な血を思わせる貴婦人にしか見えない。それが、シャルロッテを初めて見たモニカの第一印象であった。そしてその高潔さが、確かに彼女が魔王の娘である確たる証明に思えた。
「…お会いできて光栄です。シスターモニカ。」
スカートの裾を軽く持ち片足の膝を軽く曲げるカーテシースタイルの挨拶は本来、国王などに敬意を表す作法であり、一般平民であるモニカには身に余るものだ。
「こ、こちらこそ遠路はるばるご足労いただきありがとうございます!どうぞ中へ…」
モニカも慌てて最敬礼で返す。
「それでは本題へ。ガラハッドは…どこかしら?」
顔を上げたシャルロッテには張り付けた笑みでは到底隠しきれていない、静かな怒りがあった。
机の向こうでシャルロッテは目をつむり優雅にティーカップに口を付けている。このような田舎の寂れた教会が彼女の周りだけやけに高貴な雰囲気を放っていた。人間の街に従者のベルルーイと二人だけで訪れているというのに堂々としている。流石、魔王の娘と言うべきか。対面に座るモニカはそんなシャルロッテを恐れる小鹿のように小さく縮こまり、冷や汗を額に浮かべながら机の下で硬く握る手をジッと見つめる。モニカの背後にはナギが自分の羽に包まる様にして立っていた。本人としては恐怖にジッと耐えるモニカを微力ながらにも励ましているつもりなのだろうが、その佇まいは肉食獣に狙われたか弱い雛のように心もとなかった。
「…そんなに私は怖いかしら。」
シャルロッテがカップをソーサーに置くカチャッという陶器同士のぶつかる音にすらモニカは過剰にビクリと反応した。
「あの…遠路はるばるせっかくおいでなさってくださった手前、このような事を申し上げるのは大変心ぐるしいのですが…あいにくガラハッドさんは外へと出ておりまして。」
モニカが恐る恐る言葉を絞り出すかのように放ったその言葉にシャルロッテは自身の背後に立つベルルーイに肩越しに視線を送った。彼女は表情をピクリとも変えず、何かを答えるように首を横に振る。シャルロッテは深くため息を吐くとモニカの方へと向き直る。
「かの黒騎士殿が世話になっている人に心配かけて六日も行方不明だと聞いたから飛んで来てみたが…当の本人は思った以上に元気そうね。」
「す、すみません。」
モニカは慌てて机の上に手をやり身を乗り出すようにして謝る。
「いえ貴女が謝ることは無いのよ。これもすべてやる事なす事適当なガラハッドのせい。」
シャルロッテはモニカの手を握り諭すように話した。
「シスターモニカ。貴女の事はベルルーイから常々。随分熱心にお手紙をくださるのね。」
シャルロッテの細くしなやかな指は絹の布のように滑らかで驚くほど冷たい。
「それとも…ベルルーイが目当てかしら。」
モニカの手を包んでいたシャルロッテの手の圧が増す。モニカは「へ?」と情けない声を出しながら動揺を隠せず目を泳がせた。
「気持ちは分かるわ。この娘可愛いものね。私の自慢の従者よ。」
その時、シャルロッテは悟った。ガラハッドが彼女を恐れる訳を。その優し気な微笑みの奥にある圧倒的なカリスマ性を。そして彼女が自分の手を握っているのは決して逃がさないように捕えているのだという事実を。
「でも、最近困ったことがあるの。この娘、そんな熱烈な手紙にうつつを抜かしているのか。ここ最近仕事中に手を抜くようになってしまって。貴女…聖職者なのでしょう?さぞ日頃から節制を心がけてると見れる。どうか教えてくださいな…。自分の心を律し、欲張らず、自身の身の丈をわきまえる。そんな方法を。」
「あ、あの…その…」
椅子から一切立ち上がっていないというのに、シャルロッテの体躯が何倍にも大きくなったかのような錯覚に陥る。そのあまりの迫力にモニカは堪らず瞳いっぱいに涙を浮かべた。
「お嬢様っ…」
その光景を見かねたのかベルルーイが少し大きな声でシャルロッテを抑えようとするも、彼女は指を一本立てベルルーイの行動をけん制した。そしてその凍てつくように冷たい眼を動かし今度はナギの方を視線で刺し貫く。標的変更だ。
「貴女…ハーピィの島出身ね?」
その言葉にナギの表情がわずかに強張った。やけに乾く口を動かし、何とか笑みを浮かべる。
「え、えぇ。」
「その腰に携えた刀…随分といい業物を使っているじゃない?それこそ一介の兵士や冒険者が手にできるような物ではない。…所でその鞘に刻まれた家紋に、とても良く似た物を知っているのだけれど。」
「…似ているだけではないでしょうか?」
「そうかしら…。」
なんとか笑みを崩さずシャルロッテの言葉を交わす。内心ナギの心臓は今にもはち切れんばかりにバクバクと脈打っていた。
「所でハーピィの島というのは良い所ね。島独自の文化と自然に囲まれて。魔王城周辺はなんとも殺風景だから…。」
「そ、そうでしょうか…」
「ご尊父様はお元気?」
ナギの言葉を遮る様にシャルロッテは食い気味に言う。ナギはその問いに狼狽え、笑みを保てなくなった。
「急にごめんなさい。…でも随分と軍にも貢献なさっているから疲れは溜まってないかしら?」
「さ…さぁ。仰っている意味が…」
「そんなに畏まって敬語を使わなくてもよいのよ。」
「いえ…そういう訳にも。それにあいにく僕はあの島を昔に離れた身でして。もうしばらく帰っておらず。おそらくシャルロッテ様のおっしゃる者とも他人の空似…人違いかと。」
「…そう。ごめんなさいね。他人の事情に不躾にも深く入り込みすぎたかしら。」
「いえ…そんな事は」
「それでも、偶にはその立派な羽を故郷の風に乗せてみるのも良いんじゃなくて?忘れた頃に帰って何もかも変わっている風景というのは寂しい物よ?」
「お嬢様…流石に少々お戯れが過ぎるのでは?」
「…そうね。」
ベルルーイの声掛けにシャルロッテが満足したように微笑む。ナギは自分の首元に向けられた剣のような圧が去ったことに安堵のため息を溢した。
「さて…」
シャルロッテは立ち上がると、おもむろに教会の奥へ向かう。
「ベルルーイの話ではもう一人死神の少女がいたらしいけど?」
「あ、アズさんは先の遭難のダメージがまだ大きく。今は安静にしてもらっています。」
「そう…。会えないのは残念ね。」
「あの、そこは外に出るようの勝手口で、まだ雨も降ってますし、濡れてしまいますよ。」
「構わないわ。
そう言いながらシャルロッテが裏の勝手口を開けると、外へと出る。慌てた様子でベルルーイが傘をさすがシャルロッテは雨に打たれることも厭わぬようにシャノンの元へと向かった。
「シャノン、お利口にしてた?貴女は本当に美人さんね。」
シャルロッテがシャノンの首筋を慣れた手つきで撫でる。シャノンの方も彼女を信頼しているのか、鼻先を彼女に近づけ、身を預けるように目を細めた。
「しばらく会っていなかったけれどちゃんと覚えてくれたのね。本当に健気な良い娘。それなのに貴女の主は自分の保身ばかり。この期に及んでも正直に出てこようとしない。悲しいわ。別に私は怒っている訳じゃないのに…。」
わざとらしく眉をひそめ今にも泣きだしそうな表情を浮かべるシャルロッテにシャノンは頬を摺り寄せた。
「慰めてくれるのね。そういう所も主とは大違い。まったくこの娘を見習ってほしいわ。ねぇ?」
唐突にシャルロッテはシャノンの背後に積み上げられた藁の山に目をやる。厳密には浅はかにもその藁山に埋もれるように隠れてどうにかやり過ごそうとしていた首だけの状態のガラハッドの瞳を見ていた。
「や、やぁご機嫌麗しゅう、シャルロッテ。」
「…呆れた。随分見ないうちに益々頭が軽くなったのではなくて?。」
シャルロッテがガラハッドの頭を抱え上げる様子をシャノンは申し訳なさそうに見ていた。
「こんな正直な娘…貴方には勿体ないのではなくて?」
「はい…滅相もございません。」
ガラハッドは観念したように意気消沈とシャルロッテの言葉に同意した。
「貴方が簡単にくたばる訳はないと思っていたけど、少し元気すぎるのではなくて。私としては少しは痛い目見て、もっと慎重な落ち着いた性格になって欲しいと思っていたのだけれど。」
「…はい。」
「それに貴方、結局私への報告の手紙を全てシスターモニカにまかせっきりではなくて?私は貴方の言葉で状況を知りたいのだというのに。」
「…はい。」
「残念ね。貴方の為と思って、勝手に軍を抜けたという事実を帳消しにし、貴方の隠居生活の片棒を担いであげているというのに。貴方の居場所をごまかすのは大変なのよ?なのに私だけ尽くして…バカみたい。」
「…はい。」
「貴方ははいとしか言えなくて?」
「…はい。っあ!いいえ!いいえ!」
「まったく…」
シャルロッテに頭を抱えられながらガラハッドの顔は見たことの無い表情をしていた。胴体はと言うと部屋の隅っこで罰の意味も込めてこじんまりと正座させられていた。美人の怒った顔というのは箔が付く物で、ガラハッドは孤立無援の中、ただ必死にこの状況を耐え忍んでいた。
「ず、随分と仲がよろしいのですね。」
そんなガラハッドの姿を見かねたのか、話を変えようとモニカが苦笑いを浮かべながら助け船を出す。
「仲が良い?そう…良かったわねガラハッド。私達ちゃんと仲良く見えているらしいわよ?」
「そうですね…大変光栄です。」
モニカの言葉に何処か面白おかしく揶揄うように笑うシャルロッテに対して、ガラハッドはどこか気まずすに目線をそらす。
「…貴方、私との関係性を彼女達に伝えていないんじゃなくて?」
そんなガラハッドの考えなどお見通しと言わんばかりにシャルロッテはガラハッドの顔を覗きこんだ。
「い、いやぁ~そんな事は…ねぇ?そもそもその話も正確に決まったわけでは…噂は広まるのが早いからあんまり考え無しに言いまわるのも…」
「でも私、父上には宣言済みよ?」
「マジですか…ますます魔王軍に戻りづらくなったんだけど…。」
「それに彼女達は信用に値する人間ではなくて?」
シャルロッテが意味ありげにモニカとナギへ視線を送る。ガラハッドは犯と化してこの話題から話をそらしたいらしくごにょごにょと言い淀んだ。彼の買う従っている秘密…気にならないと言えば嘘になる。
「ちゃんとした自己紹介がまだでしたね、シスターモニカ。私の名前はシャルロッテ・エンドライン。現魔族全権統治者。通称「魔王」の娘にして唯一の直系卑属。つまり血筋における最大後継候補であり…」
ここでおもむろに彼女はガラハッドの首を自身の目線の高さまで持ち上げた。ガラハッドは助けを求めるような視線をベルルーイに送るが、彼女は「諦めろ」と言わんばかりに首を横に振る。
「このガラハッド様の婚約者でございます。」
……………。
「え??ちょっと待って…。今なんて言った?」
「ガラハッド様の婚約者と。」
「こんやくしゃ?それって結婚するって意味で合ってるよね?」
モニカは開いた口が塞がらず、ナギは自分の耳が信用できない。しかし何も言わぬベルルーイと言っちゃったと絶望に満ちた顔をしているガラハッドの反応からその言葉が嘘偽りではないと察することができる。
「え、えじゃなに?ガラハッドは魔王の娘と結婚するわけだから…次期魔王候補って事?それなのに魔王軍無断退職したの?!」
「そんな目で見ないでくれ…。まるで俺が自分の為に婚約者を置いて逃げたみたいじゃないか。」
「あら…そうじゃなかったの?」
「ちょ…ベルルーイ頼むよ。」
「かしこまりました。申し訳ございません。モニカ様にナギナミ様。お嬢様は少し茶目っ気が過ぎる点がございまして。ガラハッド様の名誉のためにも僭越ながら私めが変わって詳しく説明させていただきます。」
面白くないという顔のシャルロッテを無視してベルルーイが口を開いた。今ガラハッドの見方は公平に物事を見てくれるベルルーイしかいなかった。
「お嬢様の仰った婚姻関係についてですが、当然正式なものではございません。お二人がまだ幼少期に口頭で交わされたいわゆる口約束でございます。しかしお嬢様はその約束を本気にし、ガラハッド様も決して明確に否定されたわけではございません。私という証人もいる以上、こちらの約束の効力は未だ健在であるというのがお嬢様の見立てでございます。」
「な、なるほど…。じゃあガラハッドがシャルロッテ様の事を避けるのは結婚したくないから?」
「そうなの?随分と寂しいことを言うのね…。私は長い間貴方の事を想っていたっていうのに。」
「そんな訳ないじゃーん。頼むからナギ。滅多な事言わないでくれって。」
「ガラハッド様がお嬢様との結婚を避けるのには恐らく魔王様の存在が大きいでしょう。何しろ魔王様のお嬢様への溺愛ぶりは魔族界では知らぬ人はいない程の話。現にお嬢様が婚約の話を魔王様にされた時も口に出すのを憚られるほど頭に血がのぼられたご様子でした。」
「あぁ…あの時は凄かったわね…。」
「えぇ…」
ガラハッドの顔が真っ青に染まっていくが誰もそんな事は気にしない。
「まぁ…無理強いはしないわよ。それぞれの考え方という物があるのだし。私も父上の考え方が変わって政略結婚に出されたりする可能性が無いわけではないもの。」
そう語るシャルロッテの表情はどこか寂しそうであった。
「ところで二人はいつ帰るんだ?」
やっと頭を解放されちゃんと自分の足で立ちながら会話できる幸福を噛みしめながらガラハッドは聞く。
「少し滞在するつもり。」
「えっ!」
「何よその反応。人間の街だなんて滅多に来られないのだもの。せっかくなら少しゆっくりしていきたいわ。帰るにもいろいろ準備が必要だし。それとも貴方からしてみたら…とっとと帰ってもらった方が楽?」
「いや…そんなつもりはなくて。ほら頭の角で魔族だって事はすぐバレちゃうんじゃない?もし人間の街に君みたいな身分の魔族がいるって知られたら大変なことになるぜ?」
「その時は貴方が守ってくださるのでしょう。」
「そりゃ当たり前だけど…。宿泊場所とかちゃんと考えてるの?大丈夫?」
「それはベルルーイがこの前に下見済みよ。やけに心配してくれるのね。」
「そりゃ、心配にもなるさ。女性二人だけでここまで来るなんて。あんま無茶すんなよ。」
「…貴方が余計な心配を掛けなきゃいいのよ。」
シャルロッテは彼の鼻をつまみながら顔を背ける。赤くなった頬を隠すための照れ隠しが故の行動だという事に自身の鼻を庇うガラハッドは気が付かないでいた。
シャルロッテ達が魔王城からガラハッド達の街までこんなにも早く来れたカラクリを説明しましょう。
1.疲れることを知らない幽霊馬によるノンストップ走行
2.それをもってして滅茶苦茶頑張った
以上です。




