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17 長い長い迷宮の果てに

灰色に沈む静寂の街…いや、あくまで街の形をかたどっただけに過ぎない張りぼての迷宮(ダンジョン)。その中心にそびえる黒く固く物言わぬ城の、そのまた空っぽの内装に、ポツンと唯一置かれたさながら玉座とでも言うべき大きな椅子の上に()は腰かけていた。厳密に言うと、足を持たず、空中を風船のように漂いながら移動する彼が椅子に腰を落ち着ける事は無いし、もっと言ってしまえば体の透けたその体に性別という概念すら存在しないだろう。ただ、その容姿から、便宜上()と呼称することにする。何はともあれ、すべてが紛い物のこの世界でさながら王のようにふんぞり返る彼はと言うと、

「暇だなぁ~」

大あくびをかましながら想定外の退屈さを憂いていた。

 彼の名はロビン。ゴースト、ピクシー、レプラコーン、ポルターガイスト、etc…。様々な呼び名で呼ばれているがとどのつまり、触れることのできない魔力だけで構成された体を持つのが彼の種族である。ロビンという名も彼自身が名付けた最高にイカす洒落た固有名詞だ。そしてもう一つ、実体を持たない事以外に彼らの種族に共通する特徴がある。それは人を揶揄う事を好むというなんともはた迷惑な性格である。人を騙し、迷わせ、苦難する姿を見る。それが彼らの最大限な娯楽である。そしてこのロビン。そんな悪戯好きな性格が他の同種族と比べ、些か度を越している節があった。彼の得意とするのは憑依魔法と転移魔法。全く身構えていない者を見知らぬ場所へと唐突に送り飛ばしたり、動くわけのない石像や飾られた絵が動き出したりすれば、大抵の者は初めに自身の目を、そして脳、最後には正気を信じられなくなり普段の生活が立ち行かなくなる。そのような光景を空中に寝そべり、鼻でもほじりながら他人事のように見ているのが彼の一番の趣味であった。ある夜の事である。ロビンはその日も例に漏れず、自身の退屈を紛らわしてくれる騙しがいのありそうな者を待ちわびていた。別に人間だけを標的にしているわけではない。目に付けば魔族だって彼のターゲットとなりうる。フヨフヨと漂い流れていた彼の好奇な瞳が捉えたのは、上等なタキシードにシルクハット。胸元に黄金の胸飾りを付け杖を突く一人の紳士だった。高名な出自であることは目に見えて分かる。そんな高級な者を全く気後れすることなく堂々と着こなすその自身も、夜に人気のない所を一人で出歩く不用心さも、すべてが鼻についた。今日のおもちゃはこいつに決定。どんな方法で恐怖と混乱のるつぼにハメ込んでやろうかと思案するロビンに唯一の誤算があったのだとするならば、相手を選ぶというしたたかさが無かったことだろう。結局、この紳士然とした男を、狼の群れが住まう深い森の奥に転移させてやろうと決めたロビンであったが、そんな彼が次の瞬間目にした光景はどこまでも続く完全な漆黒であった。最初の内は自分の能力がこの状況を引き寄せたのだとさえ考えた。この場所に彼自身全く身に覚えはなかったが、転移魔法の目的地がすこしばかりズレたか、はたまた隠れ持っていた力をこのタイミングで知ったかのどちらかだろうと。そう思うほどにロビンは自分の力を過信していた。しかしそんな彼も暗闇の中から突然、正体不明の男の声が聞こえて来れば、その考えを改めることだろう。

「貴方がロビンさん?」

その言葉を聞いたロビンは文字通り心臓がキュウと縮み上がる感覚を体験した。暗闇の中、声の主を探し出そうと周囲を見渡すその姿はとても滑稽だった。

「そう探し回った所で私の姿を見つけることはできませんよ。」

「だ、誰だよ?!」

「まずはこちらの質問に答えていただきたい。ロビンさんでお間違いないですよね?」

「う、うん。」

恐怖のあまり吐き気が止まらない内心を健気にひた隠し、精一杯の虚勢を張りながら、ロビンは答えた。「あぁ、良かった。もし人違いでしたら申し訳ないことをしたものですから。怖がらなくても大丈夫、危害を加える意図はございません。今回私めがはせ参じましたのは貴方と交渉(ビジネス)するためです。」

ロビンの心の内もすっかりお見通しとでも言いたげに声の主、もといあの紳士然とした男が唐突に暗闇の中から姿を現した。まるで最初からそこに存在していたかのようにごく自然と馴染んでいた。

「私めは名をアリアスと申しまして、こう見えても、魔王軍で参謀を務めております。ぜひお見知りおきを。」

そう(うやうや)しく頭を下げるその姿にロビンは言いようもない不気味さを感じた。アリアスの体からにじみ出る強烈な魔力はロビンとの生物としての格の違いを見せつける。恐らく隠す気もないのだろう。言葉では謙遜の意を示してるが、心の内ではその真逆。ある意味下品にすら感じる自信の力の誇示の仕方だ。そしてそれは同時に、ロビンからの返事をコントロールするための脅しでもあった。ロビンは馬鹿かもしれないが命知らずではない。アリアスの機嫌を損ねれば自身の命はないだろう。それを回避するにはただ『yes』と答えるしかない。しかしそれでも彼の口から一つの疑問が押し出る。

「なんで魔王軍のお偉いさんがボクなんかの元に?」

緊張から語気がガタガタと震える様子が面白かったのかアリアスの口元がほころぶ。

「いやはやお噂はかねがね。なんでも大変優れた転移魔法をお持ちだと伺っております。一切悟られることなく送れるとか。魔法をかけられた側はそれはもう大パニックでしょうね。」

そう話をしている最中、ロビンの視界からアリアスの姿が消える。と思えば、いつの間にか彼の背後に音もなく移動していた。

「私めの部下にも何人かその卓越した力を身をもって体験した者共がおりましてね。揃いも揃って芸もなく同じ事しか言わないんですよ。『気が付けば見知らぬ場所にいた』と。そのような報告ではなんの情報も得られないというのに。」

ロビンの背後をコツコツと移動する足音が聞こえる。アリアスがロビンの周りをうろつくその一挙手一投足に緊張感が走る。

「ご、ごめんなさい!魔王軍の人達だなんて知らなかったんだ。」

ロビンが震えながら発した謝罪の言葉をアリアスはポカンと呆気に取られた顔して受け止めた後、何かを察したように微笑むとロビンの触れることのできない肩にそっと手を置く仕草を見せた。ロビンは感じる事自体があり得ない体温が急激に冷え込む体験をしたという。

「はて?謝る必要などございません。私めは別にその件について咎めに来たわけではないのです。心配なされなくても当該の部下に関しましては既に処理済みですのでご安心を。初めにも申しましたが今回は交渉がしたくてですね。まぁ早い話、ロビンさんの能力を我々魔王軍一同、高く評価しておりまして。ぜひ一緒に働いてみませんかと。スカウトに来た次第でございます。」

やけに大げさに身振り手振り付けてアリアスはそう話す。

「仕事内容は簡単。特定対象をこちらからお伝えしますので、その者共を上手くおびき出しこれまた指定した所定地域に転移させていただきたい。後はその者がその地で飢えて狂いやがて動かなくなるまで待つだけです。ロビンさんには物理攻撃は効かないようなので僧兵(プリースト)がいなければその身は安全。お得意の力を披露されるだけですのでお手を汚されることもない。どうでしょう?難しい仕事内容ではないかと思いますが。」

まるで演説でもしているかのように仰々しくプレゼンしてみせたアリアスはロビンから何も質問がないことを確認するとそっと手を差し伸べた。

「早急なご決断を強いる形、大変心ぐるしいですが…善き返事を期待していますよ。」

ロビンの体を貫くアリアスの瞳の『NOとは言わせない』という冷たい圧にロビンはその手を取ることしかできなかった。

「聡明な判断、恐れ入ります。それではよろしくお願いいたします。」

アリアスは胡散臭い笑みを残し、忽然と暗闇の中に消えていった。


 とまぁこのような経緯を得て、ロビンはリゲル達勇者パーティを貶めたのだが、如何せん転移させた後が思ったよりも暇で仕方がなかった。退屈しのぎに騎士の石像を動かして襲わせてみたりもしたが体力を使うし、思ったより黒い騎士が強かったので一度きりでやめた。結局この城に辿り着いたところで僧兵のいないこいつらではなす術もなし。ぶっちゃけ余裕だから、玉座にふんぞり返ることだってできてしまう。

「早くくたばってくれないかなぁ~」

そんな物騒な願いを天井に向かって一人呟く。その実、ガラハッド達をダンジョンに引きずり込んでから六日が経とうとしていた。


「…お腹…空いた。」

ナギに背負われているアズが今にも消え入りそうな声で呟いた。奇跡的に合流できた、アズ、ナギ、スピカ、リゲルは体全体にのしかかる空腹の苦しみとそれが引き起こす体の重みに耐え忍びながらも、どうにか城の入り口にまで来ていた。空の胃が食料を求め蠢くのを、水でどうにか誤魔化しながら、なんとかここまで歩いてきたわけだが、四人とも体力は限界。特に常人より食事を必要とするアズは体力の低下が極めて顕著であった。

「不気味な城…」

ナギが見上げながら言う。黒く冷たい石造りのその城はまるで四人を誘い込むかのようにぽっかりとその門を開けていた。

「どう?スピカ。何か感じる?」

「…えぇ。街では一切感じなかった魔力が城の中から漏れ出てる。」

「やっぱりアズさんの予想通り。僕たちをここに閉じ込めた犯人がここにいるってことで間違いなさそう。ガラハッドさん達も着いていると良いけど…。とにかく中に入ってみましょうか。」

背中の剣を手に取るリゲルを先頭にして一行は城の中へと足を踏み入れた。内部も城下町と違わず人はおろか生物の気配など一切せず、怖いぐらいの静けさに包まれていた。大抵、この規模の城は城主の権威を示すため豪華な内装になっている物だが、以外にも中はすっからかんとしていて、いくつかの部屋に続く扉と足が沈み込むような絨毯を、壁に均等にかけられた燭台の蝋燭の火が心もとなく照らしていた。

「だだっ広いね…。この中から敵を探すの?スピカ君の魔力探知でどこら辺にいるか大体わかったりしない?」

「大まかには…ただ城内全体に充満してるみたい…。」

「城下町の時と変わらず…結局はしらみつぶしに頑張るしかなさそうだね。」

リゲルは腹をくくったかのようにドアノブに手を掛けた。


時を遡って数時間前…

リゲル達より一足早く城へとたどり着いたガラハッドとアンタレスもといセレーネの二人は城内の探索を始めていた。最初は罠の一つや城下町で襲ってきた動く騎士のような敵がいるかと警戒もしたが、どんなに歩いてもいくつもの扉を開けても、代り映えの無い景色ばかりが続く。城下町の時には明確なゴールと街の中を進む新鮮味があったからまだ良かったが、無限にも思える閉塞感と暗がりは二人の精神をゴリゴリと削っていった。

「くっそ…なんだここ。進んでも進んでもおんなじ景色。本当は空腹の末に幻覚でも見てるってオチじゃないだろうな。」

「だと良いけどね。それにしても城の体をまるで成してないねこの城。寝室やダイニングどころかキッチンや浴室、トイレすらまだ見てない。とても住める場所じゃないわね。それに似たような間取りばっかり…。どうせここの扉を超えた先は。」

そう言ってセレーネが扉を抜けると長い廊下へとでた。

「また似たような廊下。部屋を廊下で挟み込むようなそんな間取りね。それにどんなに進んでも突き当りに出ない…とんでもなく広いかあるいは…」

そう言うとセレーネは腰から小さなクナイを取り出すとおもむろに壁に突き刺す。

「頭がおかしくなっちゃう前に私のカンが示す一つの可能性を検証してみましょ。」

セレーネはその後も扉を超え新しい部屋へと踏み入れる度に壁にクナイを突き刺していく。一本、二本、三本と続いたそのクナイが十数本を超えた時、扉を抜けた先で

「…どういうこっちゃこれは。」

ガラハッドは驚きの余り目を丸くし、セレーネは顔をしかめた。もう何度目の廊下に出た二人の視界には突き刺した覚えのないクナイがしっかりと刺さっていた。

「やっぱね…とすると、」

セレーネがそう言いながら、クナイを刺し始めた時と同じルートをたどる様に扉を開ける。そこから部屋を覗き込み深くため息を吐くとちょいちょいとガラハッドを手招きで呼び寄せた。

「ほら。あれ見てみ。」

ガラハッドが言われるままに部屋を覗き込むと、部屋の奥の壁にしっかり一本のクナイが刺さっている。しかしガラハッドはおろかセレーネも一歩もその部屋には入っていない。今、そこにクナイを突き立てるのは到底不可能な話なのである。

「…面倒くさい話になってきたな。」

「そうみたい。最後に確証づける事しときましょうか。」

そう言うと廊下に刺さっていたクナイを抜き、少し場所をずらしてもう一度刺すと、セレーネはガラハッドを引っ張る様にツカツカ歩き部屋を一直線に超えてく。今度は越える部屋の数が少ないうちに廊下に出てくることができた。そして壁を見るとやっぱり刺さっているクナイ、そしてさっき抜いた時にできた傷が残されていた。

「これではっきりしたね。わたし達はこの廊下を基準にいくつかの部屋をグルグルとループしてる。同じような部屋と間取りで目印が無かったこと、窓が無いから外の風景が分からなかった事、城の規模から内装の広さを判断してしまった事から気づくのが遅れた。城内に入ってから今まで歩いていた分全て無駄だったって訳。」

セレーネは「疲れた~」と深く息を吐きながらその場にへたり込む。

「いつの間にか罠にハマってたみたいね。わたし達。」

「正真正銘囚われの身か…。」

原理は不明だが十中八九なんらかの魔法によるものだろう。二人は魔力探知も出来なければ魔法も使えない。つまり今の二人にこの無限に続く廊下から出る術は無かった。


ではガラハッド達から遅れて城内に迷い込んだあの四人はどうなったかと言うと、彼らもガラハッド達と同じく永遠に続く終わりの見えない廊下に迷い込み、まだそのことに気が付けていなかった。

「建物の中は大丈夫なんですか?その…閉所恐怖症的なやつは。」

リゲルがナギの体調を案じる。

「心配どうも。外が見えないのはちょっと嫌なんだけど、まだ大丈夫。もっと地下みたいな感じだと動けなくなっちゃうかも。でも今は僕よりアズの方が大変そうだから気張らないとね。彼女を背負ってると戦えないから何も出てこないと良いけど。」

「あ~それなら問題ありません。」

そう言うとリゲルはスピカの方を見やった。彼女は杖を頭より少し上へと掲げながら歩いていた。彼女の杖の先端が赤い光を放っている。

「今、スピカが探知の魔法をかけながら進んでくれています。微細な魔力を出して跳ね返ってきた時の変化から建物の間取りや罠の有無。隠れている敵なんかを把握してるんです。何かあれば彼女が先に気付いてくれます。」

「便利だな~。僕も習得できるよう教えてもらおうかな…」

「えぇ、重宝しています。」

「…スピカ君の事、大切にしてるんだね。」

「えっ?」

唐突にナギはリゲルの肩を揶揄うように小突いた。

「どうしてそう思ったんですか?」

「いや仲間とは言え、説明できるぐらい詳しく力を把握してるし、道中も彼女の傍をボディーガードみたくぴったりとくっついてたから。」

「まぁ…大切な旅の仲間ですから。」

「ふーん。ぶっちゃけさ…旅の道中で今回みたいに死地を乗り越えたりしたわけじゃん。その過程で只の仲間以上の感情を抱いたりとか…しない?」

「…なんのことですか?」

「………正直スピカ君の事好きでしょ?」

「はい。好きですよ。」

全く空気を読まないナギの少し意地悪めいた質問ではあったが、リゲルは以外にもあっさりとあっけらかんにさも当然ですよとでも言うように答えた。

「子供の頃からよく遊びましたし。文句はちょっと多いですけど、危険な旅にも二つ返事で同行すると言ってくれましたし。現にこういう状況では僕一人の力ではどうすることもできません。あっ!勿論アンタレスさんの事も好きですよ。二人共僕に足りないものを持っています。それに…」

「あっ…スゥ。そう言う事じゃなくてね…その恋愛て…」

「ナギさん?」

余りにも朴念仁な返答にナギが質問の意図を再確認しようとしたところをスピカの静かで重たい言葉が遮った。

「全部…聞いてますからね。それとリゲル。」

「ん?」

なおも空気の読めていない能天気な表情のリゲルへスピカは鋭い眼光を向ける。

「余計な事は言わないで。」

凍えてしまいそうな程の冷たい圧に二人はすかさず口をつぐんだ。しかしナギはリゲルへ質問する傍らで見ていた。スピカが肩を震わしながらも聞き耳を立てていたことを。

「はぁ…全く。状況を考えてよね。それはそうと、ちょっといいですか?」

「ん?敵か?」

「いえ。敵の反応じゃない。この廊下の個々の部分だけ本当にちょっとだけど魔力が弱いんです。」

「それはどういう事?僕、魔力探知苦手だから分かりやすいように説明してくれないかな。」

「えぇ。まずこの城に入った途端、私が魔力で満遍なく満ちていると言ったことを覚えていますか。」

「うん。」

「この廊下に入った時に、その魔力に隠れてるというか…紛れる形で別の魔力を感じました。そのことからこの廊下に何らかの魔法が掛かっていると予想できます。初めは特定の行動を引き金とする罠の可能性を考えましたが、しばらく歩いていてそういった傾向は無し。となると次に考えられるのは既に罠が発動してる可能性です。蝋燭を見て下さい。私はずっと探知魔法で周囲に私達以外の生物がいない事を確認していました。それなのにこの城の蝋燭は全て火が灯った状態でなおかつ蝋が溶けていない。既にこの城自体に何らかの魔法がかけられている証拠です。」

「僕たちは既に罠にかかってるという事?。でも体にはなんの変化もないよ?」

「えぇ。最も大事なのは罠の効果ではなく罠から抜け出す方法。そこで最初に話した魔力の弱い場所が関わってきます。この場所と言うのが等間隔に存在するのですが、恐らく罠の発動条件なのではないかと。だから今から私が魔法を流して逆流させ壊します。」

「そう思わせる為の二重フェイクって可能性は?この場所に攻撃することが罠の発動条件だったとしたら?」

「否定はしません。しかし私達には時間が無いのも事実です。背中のアズさんの為にも早急に行動すべきだと思います。」

ナギはスピカからの説明をかみ砕くようにジッと聞く。

「…うん。スピカ君の言う通りか。やっちゃおう。」

その言葉を聞くとスピカは深く頷き、魔法の杖の先端に額を近づけると、ボソボソと消え入りそうな声で何かを詠唱し始めた。

「行きます。」

その瞬間、彼女の足元から強烈な魔力の流れが噴き上がる。と同時にバリバリと何かが剥がれる音と共に辺りが揺れ壁が崩れたかと思うと、一行は土煙に揉まれてしまった。


「じゃあここまでの情報を整理しようか。」

永遠に続く廊下に閉じ込められたことに気が付いたガラハッド達は床に座り込み作戦会議を開いていた。

「廊下の前後の突き当りには両方とも必ず扉があって部屋が続いている。少なくとも廊下だけが無限に続くわけじゃなくて部屋を超えさせられてるんだ。わたし達が洞窟から街に落とされた時、最初は幻覚かダンジョン生成の魔法かと思ったけど、それをするには莫大な魔力が必要。それをするだけの魔力があるならこんな回りくどいことはせず洞窟で私達を倒す手段がいくらでもあるはず。つまり私達が洞窟に落とされた時に使われた魔法はおそらく『転移魔法(テレポート)』。とすると今この廊下もその転移魔法を利用している可能性が高い。そこでわざわざ部屋を何個も超えさせる理由に繋がってくる。多分扉を超えるのが転移魔法の発動のきっかけ。わたし達は扉を超える瞬間に強制的に転移させられているの。」

セレーネの見事な推理にガラハッドは「おぉー」と感嘆の声を出しながら拍手する。

「では先生、一つ質問です。」

「はいガラハッド君なんでしょう。」

「結局の所、俺達はどうやってここから脱出するのですか。」

「よくぞ聞いてくれました。今までの説明から何か一つ違和感に気が付かない?なんでわざわざ無限ルー王の罠を仕掛けたんだろう。転移魔法で出口のない空間に放り込めばそれで済む話。それこそこの廊下を行き止まりにして部屋なんて無くしちゃえばいい。けれどそれをしなかった。なんで?敵は閉じ込めてるってことを悟られたくなかったからだ。あわよくばいつまでも迷い続けてくれないかなぁと思ってた筈。閉じ込めてるってバレて強引にでも抜け出そうとされるのを防ぎたかったんだと思う。つまりこの廊下から抜け出すのは強引な力技。その為のこれよ。」

そう言うセレーネの手に握られている物。それは爆薬だった。

「ったく結局は力技かよ。しかし仮にも元貴族の愛娘が爆薬なんて常備してるのか?」

「わたしの職業は『盗賊(シーフ)』貴方達みたいに正面きって戦うには少々非力なの。だから工夫して敵と戦う、そのための手段。爆薬の他にもアンデッド用の聖水や毒とかいろいろ持ってるよ。さてとじゃあいっちょドカンと行っちゃいますか。」

セレーネとガラハッドから少し離れた壁沿いに火薬が纏まって積まれていた。あくまでセレーネの見立てだが少なくとも壁に穴ぐらいは開くだろう。

「準備はいいね?」

彼女は壁の蝋燭を手に取るとガラハッドの方を見る。彼が頷くとその蝋燭を火薬に向かって放り投げた。


「ケホッ…ケホッ。大丈夫そ?ガラハッド。」

「あ、あぁなんとかな。それよりどうなったんだ?」

「罠は…発動してなさそうだね。大丈夫か?スピカ。」

「えぇ。なんとか。早くお風呂入りたい…。」

城の中で起こった二つの大きな爆発。それによって起こった煙幕が晴れた時、ガラハッド達は自分たちが先ほどの狭く長い廊下ではなく、広いエントランスホールに倒れていることに気が付く。そして同時に

「あれ?ガラハッドさんにアンタレスさん!お二人共ご無事で。」

「リゲル!ナギも。何だそっちは合流していたのか。」

街にランダムに落とされて六日目。ようやく全員が揃う事と相成った。しかしまだ再会を祝うには早い。

「むぅ~ここまで来ちゃうのか。」

六人が全員聞き覚えのない声が突如としてする。声の発生源の方を見るとロビンが困ったような顔を浮かべフヨフヨと空中に浮かんでいた。

「お前が俺達をここに落とした幽霊か。」

「幽霊じゃないよ~ボクまだ死んでないもん。ロビンって名前がある。」

「中々にふざけた感じの奴だな。」

「そんな怖い顔しないでよ~ちょっとした悪戯なんだからさ。だからここで君たちが死んじゃったとしても、許してくれるよね?」

ロビンは邪悪な笑みを浮かべ、六人をおちょくるように言い放つ。その姿へセレーネがクナイをスピカが魔法の弾をそれぞれほぼ同時に発射した。二人の攻撃はロビンの空中を漂う薄い布のような体を二つに切り裂いた。しかし

「無駄だよ~。僕に只の攻撃は効かない。洞窟の中でもそこの黒騎士が散々切りつけてきてたけどね。」

本人の言う通り、宙で再び一つになったロビンの体にめぼしいダメージは見うけられなかった。

「…てかそれより、君たち人数多くない?勇者パーティは三人って聞いてるんだけど。」

ロビンは不思議そうな顔をしながら何度も指で人数を数えている。

「余裕そうな態度、腹立つなぁ。俺達に対抗する手段がねぇって完全に油断してやがる。何か手は…。そうだ!」

ガラハッドはここで何かを閃く。そしてナギの背中で眠るアズの肩を掴み乱暴に揺さぶった。

「アズっ!起きろアズ!」

「…飯か?む?…なんでガラハッドがここにおる。あぁ…お前もくたばってこちら側に来たか。」

「まだ俺もお前も死んじゃいねぇよ。お前の鎌貸してくれ。あれならいけるかもしれない。」

「…鎌…?別に良いが…。」

アズは力を振り絞る様に指先で宙に円を描くとそこから死神の鎌を取り出す。

「サンキューな。帰ったら腹いっぱいおごってやる。おい幽霊野郎!」

「ん?何その鎌?どっから出したのさ。」

「一度だけチャンスをやろう。今すぐ、俺達を、元の場所に戻せ。そしたらまぁ…見逃してやらんこともない。」

「絶対見逃してくれるわけではないのね。」

「当たり前だ。絶賛殺されかけ中だってのに鬱憤が溜まらない奴はいない。」

「ふーむ。じゃあ断る。」

ロビンは構ってほしい子供ように舌を出しながら首を横に振った。

「それにボクの話聞いてなかったかな~?ボクにはどんな攻撃も通用しないってば。聞いてた話よりなんか人数多いけど多分全員ボクに傷一つ与えられないでしょ。全くの無駄。」

「可愛くない奴…やっちゃってガラハッド。」

「おうよ…ってなに休憩してんだ。ちょっとは手伝えよ。」

「いや、ぶっちゃけもう限界。意識が朦朧として来てる。それにわたし達にはどうすることもできないから後はヨロ。」

「手伝いたいって意思ぐらいは見せてくれって事…まぁいいや。おいしょっ…とっとっと!」

「無理だと思うけどなぁ~」

ガラハッドは鎌を振り上げる。しかし慣れていない得物かつ体力が落ちていた彼はその重さに耐えきれずフラフラとよろめいたかと思えば、足がもつれコケる様に前へと倒れる。その勢いで鎌の刃も一直線にロビンへと向かい振り下ろされた。少し距離は離れているが刃はロビンの体を掠める距離にある。彼は尚も余裕そうな表情を浮かべ避けようとすらしなかった。しかし

「痛った!」

紙で指が切れるような鋭い痛みと共にロビンの鎌が掠めた箇所が切り裂かれた。

「ビンゴっ!思った通り。」

全く予期していなかったダメージにロビンの表情が一気に曇る。反対に戦闘の天才らしく既に鎌を自身の一部のように振り回すガラハッドは声色が明るくなった。

「どうやら余裕がなくなったようだな。さーて、こっからお仕置きタイムだぜ?」

「な、待って。ボクを殺したらいよいよ君たちは永久にこの迷宮から出られなくなっちゃうよ?」

先程までの調子に乗った腹の立つ声はどこへやら。ロビンは慌てた様子で命乞いを始めた。

「…それもそうだな。」

「でしょ?言っとくけどまだ主導権はボクにある。ほらその鎌仕舞って。それが人に物を…」

「だが、」

ロビンの言葉はガラハッドの低くドスの効いた声に遮られた。

「もし死ぬんだったらやっぱり最後はすっきりしてからがいいよなぁ?」

「ヒィ!!」

ガラハッドの振り上げた鎌に慄き、ロビンは転移魔法を使おうとした。しかし

「あれ?魔力が?」

「逃げようったって無駄だよ。」

セレーネが声を上げる。彼女の手には見覚えのない札が持たれていた。

「簡単な封印術。ガラハッドに意識が向いてる隙に準備させてもらったよ。」

周囲を見渡すとロビンをぐるりと囲うように、同じ模様の札が張り付けてある。その術はセレーネの持つ本札に封印対象を縛り付けるという物だ。

「これも非力なわたしが戦うための工夫。ちゃんと協力したよ、ガラハッド。」

逃げることを封じられたロビンは逆に追い詰められる形となった。

「なによそ見してんだ。」

形勢逆転となったガラハッドが鎌より鋭い視線をロビンへと向ける。ロビンは今にも振り下ろされかねないその鎌への恐怖で顔を歪ませた。一瞬がとてつもなく長く感じる。スッと鎌の先端が動き、音も無くロビンの体へ向かった。その刃が彼の体に触れる直前、

「ハッ!!ここは…」

突如としてガラハッドの鼻に草の匂いがした。冷たい夜風が肌に当たって心地が良い。遠くを見るとよく見知った街が明るく光っている。近くには五人全員揃っていた。ここは街から洞窟のある森へと続く道。

「はぁあはぁあはぁあ…全員、戻したよ。」

息を切らすロビンの声を聞いてガラハッドは鎌を降ろした。

「ちょっと貸してくれない?」

その鎌を今度はセレーネが持つ。

「うわっ…意外と重たっ!」

よろめきながらも鎌を振り上げたセレーネはロビンを処刑しようと刃を向けた。

「待って、戻したら何もしないって。」

「随分都合のいい耳をしているのね。貴方は魔物、それも私達人間に害をなす敵。ここで始末しなくちゃ他の人間が襲われるかもしれない。」

セレーネはそのまま鎌をゆっくりと引こうとする。しかしガラハッドがそれを止めた。

「…庇うんだガラハッド。殺されかけたってのにあなたは優しいのね。それとも同族だから?」

セレーネがガラハッドへ微笑みかける。しかしその眼はガラハッドの真意を探ろうと鋭く刺々しかった。

「まぁ…良いじゃないか。確かにコイツはムカつく野郎だが帰ってこれたんだし。罰を与えるっていうなら止めるつもりはなかったけど、なにも殺すことはないんじゃないか?それにこいつに聞きたいことがある。」

そう言うと、ガラハッドはしゃがみロビンの顔を覗きこんだ。

「お前…俺達を狙ったのは自分の意思じゃないだろ?余裕ぶっこいてた時にさんざん言ってたからな。勇者パーティの情報やあの場所、一体誰から貰った?」

「そ、そう。ボクは頼まれたからやっただけなんだ。アリアスとか言ってた。魔王軍の参謀とかなんとか。」

「アリアス?あーあいつか。」

ガラハッドはその名に心当たりがあるようで一人納得している。

「それを言うならボクも聞きたいことがある。君は勇者パーティじゃないだろう?さっき言ったアリアスから勇者パーティは三人って聞いてるもん。一体どこから潜り込んだんだ?」

「?変な事を聞くな。普通に調査依頼が出てたからだよ。異質な魔力の漏れる洞窟があるって。」

「それがおかしいんだよ。ボクの餌はあくまで勇者パーティを誘い出す専用の物。他の人が探知できるわけないんだ。」

ここに来て双方の話に行き違いが生まれ何やらややこしい話になってきた。ガラハッド達は普通に冒険者の依頼としてあの洞窟に赴いた訳だが、ロビンは勇者パーティしかあの洞窟にはたどり着けない筈だと言っているのだ。ロビンにとってはガラハッド達がいることがイレギュラー。勇者パーティではない彼らが洞窟に来るはずがないのだから。

「…セレーネ。やっぱり見逃してあげてくれないか。どうやらコイツも利用されただけらしい。」

「…わたしにはそいつが生き残るために嘘をでっち上げたようにも聞こえるけどね。」

「アリアスの事は知ってる。恐らくこいつの言ってることは本当だ。魔王軍の参謀であるアリアスがなんの理由もなく一般の魔族の前に姿を現す事はない。」

ガラハッドとセレーネの視線が交差する。二人の間に穏やかではない緊張感が走った。

「じゃあそんな魔王軍参謀の事をなんで君が知ってるのかな?」

「それは…俺が元魔王軍幹部だったからだ。ただ人間に面白半分でちょっかいかけた事なんてないしとっくに辞めてる。」

「正直なのは宜しい。でも君は初めも魔族であることを隠してた。はっきり言って全幅の信頼をおけてる訳じゃない。わたし達は勇者パーティだ、間違いは許されない。」

ナギやリゲル達が口を挟めない、二人の問答。セレーネは無言の圧を更に強めるが、ガラハッドはそこから逃げることはせず、ただ無言で受け止めた。言葉はいらない。ただ信じてくれと。

「…はぁ。」

先の折れたのはセレーネの方だった。深いため息と共に鎌を降ろす。

「もう…仕方ないな。今回はガラハッドの顔を立ててあげる事にするよ。でも、」

そう言うが早いか、セレーネは空き瓶を出すと、そこにあの封印札を張り付ける。

「うわぁ?!」

途端にロビンの体が水の抜けるシンクのように空き瓶へと吸い込まれていく。

「な…出してくれぇ!」

瓶の内壁を叩くロビンを横目にセレーネは入口にギュッギュッとコルクを押し込む。

「魔族が敵であることに変わりはない。封印はさせてもらうよ。この瓶の中じゃ、一切の魔法は使えない。」

セレーネはロビンの入った瓶を腰元に付けた。

「ありがとうセレーネ。」

「こちらこそ。ちょっとわたしの中で魔族に対する考え方が変わったわ。あと私の名前はアンタレスよ。」

アンタレスは含みのある笑みを浮かべウインクする。リゲル達は何が何だかよく分かってはいないがどうにか二人の仲は良好そうで胸を撫で下ろした。

「それじゃあ、とりあえず帰ろうか。久々にお風呂入りたいし、ベットで寝たいし。何はともあれ空腹も限界だしね。」

各々、最後の気力を振り絞って街へと歩き出す。こうして想定以上に長くなったダンジョン探索が終わりを迎えた。

見切り発車過ぎた。長くなってしまって弛んでしまった。終わらせ方も強引になってしまったかな

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