16 知らぬこと、知ること
ダンジョンとは元は城内で最も堅固に守られた場所の事を言うという。捕虜の収容所やいざというときの最終防衛拠点に使われていた名称がいつの間にか冒険者が宝を求め挑む、冒険譚の舞台へとすり替わったのは
ある大盗賊の魔族が住処として利用していた魔力で作られた迷宮からだった。そこには目も眩むほどの財宝が散りばめられており、家主であった魔族討伐後も少しでも取り残された財宝を手にしようと、多くの冒険者がこぞって押し寄せたという。その迷宮の入り口が古い砦であったことから、いつしか冒険者が時に己の武勇を示すため、時に隠された宝を得るため。向かうようになった魔族の大規模な住処の事をダンジョンと呼称するようになった…
ハッキリ言って迷惑である。先ほどまでの説明を踏まえて想像してみてほしい。寝る間を惜しんで設計した間取りを迷宮と警戒され、こだわり抜いた食卓や癒しの寝室が荒らされ、趣味で集めた財宝を根こそぎ持っていかれるその瞬間を。人々がダンジョンと呼称し、冒険心などと言う非常に曖昧な建前をさも無敵の免罪符のように振り回し人の家に土足で踏み込んでくるその瞬間を。かく言うガラハッドも魔王軍で幹部になった当初はせっかく幹部などと言うイカした役職を持ったからには城とまではいかずともせっかくだし豪邸でもこしらえようかと画策したが、ある昔馴染みに止められた。あんまり目立つ所に住むとすぐさま人間が攻めてくるからだ。寝込みを襲われたくなければなるだけ地味に過ごすべきだと、洞窟でひっそりと暮らす彼女はそうアドバイスをくれたものである。だから依頼を探すときもダンジョン攻略はなるべく避けてきたし、まさか自宅を罠とし戦場に帰る奴がいるなんて思いもしなかった。それにこの規模感だ。こんなところに住んでいる奴はよほどの変態だろう。
「…何考えてるの?」
「ん?いやなにあまりにも暇なものだから、俺達を嵌めた奴の性格をプロファイリングしようかと思ってな。」
アンタレスからの言葉にガラハッドはふてくされたように答えた。
現在ガラハッドは、見知らぬ滅びた城下町を駆け回る勇者パーティの一人アンタレスの腰元に生首だけの状態でぶら下がっていた。さながらタコ糸をグルグルと巻きつけられたハムの気分である。どうしてこうなってしまったのか。理由は簡単、胴体を失くしたガラハッドは文字通り手も足も出せず、それもよりにもよってなんの事情も知らないアンタレスに回収されてしまったからだ。辛うじてこのダンジョンから出るまでは互いに協力し合うという事で合意した二人は大体こういう場合の解決の仕方はダンジョンの主を倒すのが手っ取り早いだろうという推理の元、街の中心にそびえ立つ大きな城を目指し始めることになったのだが…。如何せん街が広く、道も入り組み行き止まりも多い。結構歩いてきたというのに目的の城は未だ遥か遠くに感じられた。
「なぁ~暇だし恋バナでもしようぜ~。」
退屈まぎれにガラハッドが口を開く。
「えぇ…自分の置かれた状況理解してんの?」
なんとも呑気なガラハッドの提案に溜まらずアンタレスはツッコまざるおえなかった。
「だって暇なんだも~ん。」
「だとしてもそんな俗っぽいトークテーマ出すかな、この状況で…。」
勿論、何も考えずこんな話題を振った訳ではない。アンタレスの魔族に対するスタンスは他の人間のパブリックイメージと変わりない。魔族というのは人間をだまくらかす野蛮人であるという考えだ。闇雲に話しかけた所で拒否反応を示されるのが目に見えて分かる。だから敵意を感じる事すらアホらしくなる話題をと思って行ってみたのだが…。流石に危機感なさ過ぎただろうか。
「…それでなに?あなた好きな人いるの?」
ところが意外。さっきまで呆れた声だったアンタレスの二言目は思ったより好感触なものだった。
「え?!俺から降っておいてあれだけど興味あるの?」
「そりゃあ興味あるよ。女の子ってのは人の恋路を聞いてる時が一番楽しいのだから。それに恋バナってちょっと憧れたのよね。それで貴方は誰が好きなの?」
なんなら言い出しっぺのガラハッドより前のめりですらある。
「いや…俺の話って訳じゃないんだけど。一緒に住んでるシスター。ほらあの呪いの解呪した娘。あの娘が最近ある特定の人との文通にお熱で…」
内心モニカの純情を話のダシに使ってしまう事を遠く街にいる彼女に謝りながら、話し始めたガラハッドはおよそ十分後…
「い~やそれは恋してるね。文通なんて古めかしくピュアだね~。」
「だろ!やっぱアンタレスもそう思うよな!」
想定以上の盛り上がりを見せていた。アンタレスの食いつきは凄まじく、ガラハッドとアンタレスはもはや旧友と見紛うほどに会話が弾んでいたのである。
「いや~ウチのパーティのスピカもリゲルへのアピールが健気でさ…。リゲルは鈍感だから気が付かないけど怪我した時とかはそりゃあ健気に手当てしてあげてるよ。この前なんて彼の着ていた服に包まって眠ってたからね。」
「…それ勝手に話していいのか?」
「飯野飯野。リゲルは結構モテるからさ。魔王討伐なんて偉業。成し遂げられたら世界中の貴族の娘とかが求婚に来るだろうね。でも私としてはやっぱ一緒に旅をしてるってのもあるからスピカに報われてほしいんだけどさ。」
「でも幼馴染で距離感が近すぎるが故のもどかしさってのも見てると面白いよな。」
「…わかってんじゃ~ん。話合うね。ワタシ達。」
これは思った以上に好感触だ。ある一定の手ごたえをガラハッドは噛みしめていた。
「くしゅんっ!」
「大丈夫、スピカ?」
「誰かに噂されるとくしゃみが出るとはよく言うがの。まぁこのダンジョン自体がちょっと埃っぽいからの。少し休憩するか?」
何故か急にくしゃみが止まらなくなったスピカを心配そうにリゲルが覗き込む。
「ちょっと、離れて。くしゃみがかかっちゃうでしょ…。ハッ…ハッ…くしゅん。」
しばらく収まる気配のないくしゃみに襲われ苦しそうなスピカの為に、三人は腰を下ろし、少し休憩することに決めた。アズはポケットの中に紛れていた小さな燻製肉をちゅぱちゅぱと乳を飲む赤子のように口に含む。いつもなら一口に飲み込んでしまうこの燻製肉も今や大切な食料。今頃は街に戻って腹いっぱいに夕食を食っている頃合いだろう。昼や夜といった概念があるのかさえ分からない、どんよりとしたくらい空だが、彼女の腹時計のおかげで大まかな時間は把握できる。彼女の見立てによると、洞窟に入ってからおよそ十一時間が経過しようとしていた。
「あの…大丈夫ですか?」
両手で小さい燻製肉をもって、物悲しいリスのような顔でそれを吸うアズの異常性にようやくリゲルも気が付いたか。
「ん~?まぁ大丈夫じゃ。少し腹が減っただけじゃ。」
「あの~良かったこれ食べます?」
そう言ってリゲルが懐から出したのは平べったい乾パンだった。
「レンガみたいに固いし、味もしないし、口の中の水分根こそぎ持ってかれちゃいますけど。非常食として。」
「なっ!良いのか?」
瞬間、アズの顔がパァと明るくなる。彼女の視界に映るリゲルはさも救世主のように見える事だろう。それこそ彼の背後からは目が眩まんばかりの後光が射していた。
「えぇ。僕たち旅すがら食を抜くというのは何度も経験がありますから。それにアズさんのその様子。かなり痛々しいですし。」
「恩に着る。この借りは必ず返すぞ。」
アズはそう言うが早いかアズの手から掠め取らんという勢いでその乾パンを受け取ると。ものすごい音を立てながら食べ始めた。
「いえ例には及びません。困ってる人を見かけたら助けるというのが勇者の役目ですから。…それにしてもその乾パンをその勢いで食べられる人、初めて見ましたよ。」
空腹の状態ならばどんなものでも美味しく食べられるというのはナギの隠された特技である。飢えた彼女を前にして、硬いだの味気ないだのは障害にはならなかった。問題は食べる事に集中しすぎた彼女が周囲に対して注意力散漫になってしまった事である。この中では一番の年長者である彼女ならほんの些細な事でも気が付くことができたはずである。例えば、彼女らの上空から大きな影が迫ってくるだとか。
「ん?何か聞こえない?」
ようやくくしゃみがおさまりやや疲労困憊のスピカが耳をすませて言った。彼女の鼓膜には『バサッバサッ』という音が聞こえていた。それも徐々に音が大きく。
彼女に言われてアズとリゲルも耳をすましてみる。確かに何か羽音のようなものが聞こえてくる。その音の出所を辿りアズが自身の上空を見上げた時、その黒い影はもう目前まで迫ってきていた。
「アズゥゥゥウウウウウ!!」
アズが衝突の衝撃の最中に見たものは、目を真っ赤に腫らし、顔面をぐしゃぐしゃにしたナギの顔だった。
「そこで私は言ってやったわけよ。収めてる土地の民も守れないくせにいっちょ前にプライドだけ高くしてんじゃないわよ!!って。」
「痛快だねぇ!!見た目に違わず言うときは言うタイプだ。」
場面は変わってアンタレスとガラハッドの一人と一頭のダンジョン探索は思いもよらぬ賑わいを見せていた。勇者パーティのこれまでの冒険の道程を詳細に語るアンタレスに適度な相槌を打つガラハッド。二人の間に険悪な雰囲気など微塵も感じられず、年齢が近しいこともあってか何も知らない人が見たら親友だと誤認するほど、二人の相性はいいように思えた。
「しっかし本当にこの街なんにもないね。こう人っ子一人もいない街ってのは不気味で嫌だよね。」
アンタレスが改めて周りを見渡し言う。
「まれで誰もいない街に来るのは初めてじゃないって言いぶりだな。」
「まぁね。」
ガラハッドが指摘すると、アンタレスはそう思わせぶりに答えた。その表情には不気味さや寂しさの他に、どことなく懐かしさを噛みしめているように思えた。こんな薄気味悪い街並みにノスタルジーなんて感じる要素があるとは到底思えないから彼女の表情も気のせいなのだろうか。
「敵もいないから楽でいいけどね。ほら見て。」
アンタレスが指さす方向にはちょっとした空き地に無数の騎士の石像が等間隔に並んでいた。只の観光名所のような扱いなのだろうか。異様な雰囲気と静かな圧を醸している。
「あんなのが一斉に動き出したりしたら…。ワタシ達ひとたまりも無いね。」
よくまぁそんな想像ができるものである。口にするのすら憚られる状況を想定してしまい、ガラハッドは身震いした。
「やめてくれ、そんな縁起でもない事言うのは…」
ガラハッドがそうチュモンした時だった。
くっふっふっふっふっふ…
「今の?!」
あの笑い声だ。俺達を洞窟の奥へと誘い込み、このダンジョンに紛れ込ませた推定黒幕の幽霊。街に来てから一切聞かなかったあの笑い声が、今になってなぜか二人の耳に飛び込んだ。あの笑い声が聞こえたという事は何かが起こる前兆だと二人は直感した。さっきはこのダンジョンに落とされたわけだが次は何を仕掛けてくるのか…その答えは思いのほかあっけなく判明した。
ガタッ!ゴトッ!ズズッ!
近くで鈍く思い音がする。それもいくつも。医師が落ち、擦れ、持ち上がる音。二人の額に冷や汗が垂れる。
「あんなこと言ったからじゃないか?」
文句たっぷりに言ったガラハッドの視界に飛び込んできたのは先ほど見た騎士の石像が完璧に訓練された兵士のように寸分の狂いもなく、一斉にこちらに行進してくる様子だった。
「ま、まぁどうして動いてるのかは知らないけれど所詮石像だし…。そんなに早くは動けないんじゃ。」
またこの娘は余計なことを言う。わざわざ言わなくても良いことを言うのはフラグと言い、大抵トリガーとなる極めて避けるべき悪手だ。だがアンタレスはやってしまった。となれば当然こうなる。
ガタッガタッガタッ!!!
「うぅぅわわわぁぁぁ!!!」
突如隊列を解いた十そこらの石像たちが石の剣を振り上げて、一斉に襲い掛かってきた。ジョブが『盗賊』であるアンタレスには正面先頭はむいていない。彼女の得物も小さな小刀のみで石でできた騎士たちに傷をつけるのは到底厳しいだろう。したがって彼女ができる唯一の行動は全力で逃げる事だった。例えせっかく近づいた城を背にすることとなっても、彼女にその足を止めることはできなかった。
「そこ右!次も右!その十字路は左!」
当然、腰についているガラハッドも立場は同じだ。彼女が捕まれば自身の身も危険に晒されることとなる。一番避けたいのはここにポツンと放置されることだ。そうなれば頭だけのガラハッドになす術はない。まさに一蓮托生。鬼気迫る表情でガラハッドはアンタレスの向かうべき道をナビゲーションした。
「ねぇ!まだ追ってきてる?」
「全然追ってきてる!元気いっぱいって感じ。」
無表情の同じ顔をした石像が追ってくるという光景はなかなかにホラーだ。それに石の体を持つ石像達に疲労の概念があるとは思えなかった。つまり馬鹿正直に逃げていれば捕まるのは時間の問題だという事だ。隠れるのはどうだろうか。あの石像に五感があるとは思えない。何か魔力的な力でアンタレスたちの事を認知しているのだろう。ただ姿を見えなくするだけでは時間稼ぎにもならない。何か他に解決策は…
「ん?ちょ、ちょっと待って。戻って、横の路地。」
ガラハッドは目まぐるしく変わる光景の中、横切った路地のその奥に細い活路を見出した。
「なにあれ…どういう状況?」
そこには全ての関節が力なくダランと地面に向かって折れた状態で壁に突き刺さっているガラハッドの胴体があった。自分の体との感動の再会にガラハッドは色めきだった。しかし
「悪いけど、今は無理。後でまた来てあげるから道覚えておいてね。」
アンタレスはそう言い放つと、再び駆け出し始めた。
「待て待て待て、待ってくれ!!なんで今やらない。あの体に戻れたら、あんな石像共、俺が蹴散らしてやるのに。」
「まず一つ、あの路地はあそこで行き止まりだから、沢山の石像達と狭い通路で戦わないといけなくなる。次にもうそこまで迫ってる石像を前にして呑気にあなたの頭と体のドッキングを待ってる余裕はない。私は貴方がそれにどのくらい時間をかけるか知らないからね。最後に、貴方を体に戻したとて、貴方が私を助けてくれる保証はない。そのまま私を囮に逃げ出すかも。以上三点の理由から今は逃げる事に集中。文句は言わない約束だよ!」
アンタレスはガラハッドからの反論をシャットアウトするかのようにそう言い放つ。あれだけ仲良さげに話していてもそれはそれでこれはこれだ。彼女の深層心理にはいまだに根強く魔族は信用できないと刻み込まれていた。普通の人間ならこの状況、藁にも縋る思いでガラハッドの提案を飲むだろう。アンタレスはもはや信念にも近い意地があるようだった。だが状況は最悪だ。ガラハッドが呼び止めてしまったロス分で石像達との距離はグンと近づいてしまった。少しでも疲労の色を見せたら伸びるその手が、アンタレスの体を掴むであろう。短剣を手に取り立ち向かうべきか。自分にこの場を乗り切れるだろうか。その迷いと不安が彼女の覚悟を鈍らせる、そんな時だった。
「そのままで聞いてくれ、アンタレス。俺は首が取れるが体自体は普通の人間とほとんど変わらない。当たり所が悪ければ余裕で即死するし、風邪だって引く。俺の頭は殆ど乗っかってるだけだから簡単な衝撃でポロっと取れる。俺は自分の目で見ていないと、自分の胴体を満足に動かすことはできないし、頭が外れてたら、胴体に何が起こっても感じる事は出来ない。それと魔力が探知できない。魔法に関してはからっきしだ。」
「急に何?なんの話をしてるの?」
「俺の弱みを共有しておこうと思ってな。俺はあんたを信用してるし信頼してるぜ。この身に賭けて約束していい。俺が必ずあんたを助けてやる。」
「この状況で告白?一目ぼれしちゃった?」
「まだ冗談が言える余裕があるのか?」
「…ゴメンもうない。」
だからこそ…。アンタレスはガラハッドの頭を手にとる。ずっしりと重さが手に伝わるが動けなくなるほどではない。ガラハッドの目に彼が嘘をついているようには思えない。それにあの恋バナは楽しかった。魔族は嫌いだが…彼になら託してもいいかもしれない。そう思えるほどに彼女はガラハッドの事を知れた。信頼とは互いを知ることから始まる。あの緊張感に欠けたトークテーマが、彼の偽りのない人となりを引き出した。
「…絶対助けてよ?裏切ったら化けて出るからね。」
そう言うとアンタレスは上体を思い切り捻るとガラハッドの頭を、あの路地目掛けて投げた。綺麗な放物線を描き、ガラハッドの頭は建物の影に消えていく。もし彼が戻ってこなかったら、私はここまでだな。投げた拍子に体勢を崩し、アンタレスの体は激しく地面を転がる。石像に情けという言葉は通用せず伸びる手と振り下ろされる剣にアンタレスは固く目をつむった。
「いっっっってぇぇぇぇぇぇ!!!!」
石像が彼女の体に傷をつけるより早く、ガラハッドの痛々しい悲鳴が辺りをつんざいた。と間髪を入れず、涙目のガラハッドが颯爽とアンタレスの元に駆け付けると、次々石像の体を砕いていく。
「…ふふっ。締まらないなぁ。」
自身を護るように石像に立ち向かうガラハッドの背中にアンタレスはそう呟いた。
石像達を軒並み蹴散らした後、ガラハッドはなぜか焦げ臭く煤の付いた胴体を地面に打ち付けるかのように藻掻いた。彼の体を襲う痛みの正体がスピカの爆発魔法であるという事実を露とも知らないガラハッドは、俺の胴体をさんざん痛めつけてくれたなと、未だ正体の知らぬあの幽霊に静かに呪詛を送り込む。
「助けてくれてありがとう…大丈夫そ?」
「ううぅ痛い。歩けない…歩きたくない…。」
「…ちょっと休憩しようか。」
アンタレスはそう言うと、自身のバックパックから簡素なキャンプ道具を取り出すと、見事な手際であっという間に焚火に火を灯した。
「随分と準備が良いんだな。」
「まぁ旅には慣れてるからね。それにリゲル達もまだ子供だから、ワタシがしっかりしてあげないと。大丈夫かな二人とも。誰かと合流できてればいいんだけど。」
「まぁ…心配しすぎるのも良くない。信じるしかないな。」
アンタレスがリゲル達に思いを馳せる。そんな彼らはというと。
時間は一時間程前に巻き戻る。まだガラハッド達が石像に襲われるよりずっと前だ。
「会いたかったぁぁぁ。」
オイオイと泣きながらナギがアズに引っ付いていた。
「一人で空を飛んでみんなのことを探していたら、爆発があったからもしかしてと思ったんだ。」
そう早口でまくし立てるナギにアズはと言うと、高速で抱き着いてきたが故の衝撃をその小さい体一身に受け止めた影響で気絶寸前の意識の中、ナギの頭をぽんぽんと叩いた。「ギブアップだから離れてくれ」と。
「ふぅ。取り乱して悪かったね。空も飛べたし、仲間にも会えた。完全復活だ。ここにいるのは…ガラハッドとアンタレスの二人だけがいないのか。みんなは城を目指してる感じかな?それじゃあ出発しようか。」
「ちょっとまって!無理無理行けない。頭の中ごっちゃになってるから整理させて。」
人格バグってんじゃないかと見紛うほどのナギの変貌に、すかさずスピカが声を上げた。色々と言いたいことが頭の中で湧き上がり埋め尽くされ優先事項を間違えそうになるが、まず一つ聞かなければなるまいことがある。
「貴女…今空飛んでなかった?その、背中の大きな翼で。」
「…あ、やばっ。」
「ヤバじゃなかろう。ちゃんと揃ってから説明しようと思っておったのに。まぁ仕方ない。こうなれば隠す道理もないからの。」
ついうっかりと呆けるナギを押しのけて、何故かボロボロのアズが唖然としている二人に自分たちのパーティの正体と成り立ちを全て洗いざらい説明した。
「…そんな、ガラハッドさんが魔族?僕は魔族に師事していたのか…。」
ショックを受けた様子のリゲルにスピカがそっとより即。二人共聞いていた話をまだ上手くかみ砕けないようだがそれも納得である。敵だと思っていた種族と正体を知らなかったとはいえかなり仲良く付き合っていたのだから。
「どうする?今この状況で我らを魔族だからと切り捨てるか?」
「…いえ。僕とスピカの二人だけじゃどうにもできないのは重々承知しているつもりです。ガラハッドさんからもちゃんと話を聞きたいですし。それに僕、人を見る目には自身があるので。」
「賢い判断じゃな。その聡明さはこの先必ずお主らの旅の助けになるぞ。さてナギ。お主空を飛んでこの空間からの脱出は既に試みたか?」
「うん。でもどれだけ上昇していっても、景色が全く変わらないんだよね。地面が遠ざかるわけでもない。力づくで脱出するのは無理かな。」
「ではやはりあの城に向かうとしようか。ほれナギ、我をおんぶせぇ。」
「え?!どうして?」
「我はもう腹が減って動きたくない。これは立派な生存戦略じゃ。少しでも体力を温存する。」
「まぁ…良いけど。」
こうしてナギを加え四人は合流し、正体バレというアクシデントこそあったものの、アズが見せた経験と知識からくるカリスマ性が功を奏したのか、リゲルとスピカの二人と何か確執や軋轢が生じることはなく、休みをこまめに挟みながら城への歩みを進めることとなった。
「所でお主を口に食ったらやはり鳥の味がするのかのう?」
「…抱き着いたのは謝るから羽を口から出してもらっていいかな?涎でベットベトなんだけど。」
「良いではないか。一対なのだから片方ぐらい。」
「片翼になったら飛べなくなっちゃうんだけど。」
四人がすでに合流済みであるなど、知る由もないガラハッドとアンタレスの二人は薄暗い周囲を照らす焚火の火に当たりながら、体に残る疲労を少しでも解消しようとしていた。
「ちょっとした知的好奇心なんだけどさ…頭が外れている状態で食事するとどうなるの?」
ティーカップをガラハッドに手渡ししながらアンタレスが聞く。
「どうと言われてもなぁ。まぁ普通に腹に収まる。
「首は繋がっていないのに?食べたものが胃にワープするって事?」
「考えたこともなかったな…。繋がってる感覚はないからあながちその通りなのかもしれないな。」
そんな他愛もない話に花を咲かせる。
「俺も一つ聞いてもいいか?」
その勢いに乗じてガラハッドが口を開く。それは彼女の地雷を踏み抜く危険性が極めて高い問いであることは彼にも分かっていた。しかしこれからも付き合う可能性のある以上、ついさっきまで敵対種族であった彼女の、その根幹を知る必要があると彼は思ったのだ。
「アンタレスはどうしてそんなに魔族を目の敵にするんだ?」
「ん?そりゃ、子供の頃から魔族は敵だって教え込まれてるからね。」
「それはそうなんだが。それでも俺達とアンタ達は互いに正体を知らない状態で一度、縁ができた訳じゃないか。自身の第一印象を無かったことにできる力が、その教育にあるとは思えない。自分で言うのもなんだが、普通は『こんなに気のいい奴が騙してたのか?』って疑いから入るもんじゃないか?」
「自分の事、気のいい奴だと思ってるんだ。」
アンタレスはそうはぐらかすように笑いながら答える。しかし少しの静寂の後に童話を語る様にゆっくりと話し始めた。
「…ワタシ、本当はアンタレスって名前じゃないんだ。本当の名前はセレーネ・グレイって言うんだ。」
ガラハッドは彼女の名前に聞き馴染みはない。しかし姓を持つという事は彼女が少なくとも貴族より上の高貴な出自であることを表していた。言われてみれば口調こそ砕けている物の、彼女の挨拶や食事の所作。それに豊富な知識量はただの村人には身に着かない物だろう。
「…ちなみに爵位って聞いても?」
「私の家の?グレイ家は侯爵だよ。人間界では結構有名な家だったんだけどな。」
侯爵は爵位序列の一位。王に次ぐ権力を持つ名家だ。国の政治を動かし、広い領土を統治する権利が与えられる。ガラハッドの顔がどんどんと真っ青に染まっていく。彼女が侯爵の一員ならば、魔族であるガラハッドなど問答無用で処刑できるからだ。そんなガラハッドの様子が面白かったのか、アンタレスもといセレーネは破顔した。
「そんな今更緊張しなくて大丈夫だよ。ワタシの家は既に断絶しちゃったから。じゃないと侯爵の娘が旅なんて出来る訳ないでしょ?」
セレーネはそうあっけらかんと言ったが家名の断絶とはすなわち、持っていた権力もすべて失ったことを表している。自分の家族は滅んだと言っているのと同じだ。
「グレイ家は王都から北東にずーっと進んだある大きな街を統治していた大諸侯だった。そこは魔族の占領地と山や川などを介さずに直接陸続きになっている唯一の土地で、人間界の第一防衛ライン。だから軍需に特に力を入れていて、強固な守りが自慢の要塞都市だった。お父様は勇敢かつ厳格なお方でこの街を護ることが人間の未来を護ることだってワタシやお兄様達に口うるさくおっしゃっていたわ。お兄様はそんなお父様に習って体を鍛えていたし、ワタシも女だからと剣こそ振らせてもらえなかったけど、軍務や自治統治に必要な多くの知識を叩きこまれた。過去から受け継いできた平穏を護るというその一心で、ワタシは努力してきた。けれど現実は残酷なもので、一夜にしてグレイ家が収めていた土地は魔族に滅ぼされた。あの夜は出来れば思い出したくないのに…未だに夢に見る。家には火がつけられ、無抵抗の民が女子供関係なく魔族に襲われた。お父様はワタシに街の外に逃げるよう言った後、お兄様達と共に剣を持って炎の中へと消えていったわ。本当は私も残って戦いたかったけれど、まだ幼かった私にはそれは不可能だった。数多の悲鳴と夜空を真っ赤に染め上げる炎の熱の中、命からがら逃げたワタシが次の日、明るくなって街に戻ってみたら、私が守りたかった街は跡形もなく灰へと変わっていた。後から知った事なのだけど、お父様が特に信頼していた側近の一人で、ワタシやお兄様達の家庭教師をしていた男が実は魔族だったの。そいつが魔族を街に引き込んだことで、要塞都市だった街は簡単に瓦解した。あいつが姑息で卑怯な裏切り者だったのよ。」
セレーネの口調は後半に行くにつれ、その語気を強め感情的になっていく。彼女がひた隠しにしてきた憎悪と憤怒の感情が垣間見えた。
「…ゴメンね、大きな声出しちゃって。長い話でつまんなかったでしょ。」
「いや〜壮絶な人生歩んできたんだな。」
セレーネはガラハッドの言葉にフッと微笑む。
「ガラハッドはブレないねぇ〜。結構重たい話をしたつもりなんだけど。こういう時って哀れみとか同情とかで優しい言葉を投げかけてくれるもんじゃないの?」
その顔にはどこか寂しさが滲んでいた。彼女がこの街並みを見た時に懐かしい感じがすると言っていたのも、自身の滅んだ街と重ね合わせたからかもしれない。
「まぁ、ガラハッドみたいな魔族もいるんだって知れて良かった。あんなに努力して、旅もしてきたのにまだまだワタシも勉強不足、知らない事だらけだな~。」
「…でも侯爵であるセレーネがわざわざ魔王討伐に行く必要はなかったんじゃないか?その権威で王室に保護されるとかありそうだが。」
「さっきも言ったでしょ。ワタシの家は断絶したの。国王が街を滅ぼされたのを全てお父様の責任とし、ワタシは残されていた全ての財産と権利を没収された。ワタシはもうすでに侯爵ではないのよ。それにワタシはこの手で、ワタシ達を騙したあの魔族に復習しないと気が済まない。だからこのパーティにいるの。」
「それで名前も偽ってるわけか。ご苦労なこった。」
「別にリゲル達を騙そうと思てるわけじゃない。こうなったのは成り行き。それに魔王を打倒した暁には私を当主に据えて、グレイ家を再興する約束も国王に取り付けてある。貴方達もスパイとかで協力してくれたっていいのよ。そうしたら将来、それなりの見返りがあるかも。」
「うーん。俺、元々魔王軍の幹部だったのを飛んでるから潜入とかはできないかなぁ。それに知り合いもいるからあんまり関わりたくないかも。」
「…元魔王軍幹部だったのによくあんなに平然と私達に絡めたね。」
「もう関係ねぇからな。それよりちょいと仮眠でも取っとけよ。俺はぶら下がってただけだけど、あんたは休みなしで走り回ってたんだから。俺が見張りしとくからさ。」
「あ、そう?じゃあお言葉に甘えて。」
そう言い残すとセレーネは小さく縮こまり、部アンケットを被った。
「ねぇ、ワタシ達、結構相性いいと思わない?」
セレーネは今にも消え入りそうな声で顔も見せずにそう言ったかと思うと、スヤスヤと小さく寝息をたてはじめた。ガラハッドにも人並の罪悪感というものがある。彼自身が関与していないとは言え、魔王軍が彼女の家族を奪ってしまったのは事実だ。過去を偽りなく話した彼女のその小さくなった背中に言いようのないやるせなさを感じていた。
静かな町の一角で二人が微睡みから目を覚ます。ここに迷い込んでからどれほど経つだろうか。昨日互いの秘密をさらけあった二人には最初の頃の妙な距離感は無く、不思議と爽やかな気持ちに満ちていた。どういう思惑があろうが、今やらなければならない事は変わっていない。目指すべき城はもう目と鼻の先まで来ている。
アンタレスコンビは彼女はその性格上、備蓄を持っているから食料等は大丈夫。問題はアズ達グループの方で水こそスピカが魔法で調達できるが、食料はちょっとしたおやつ程度しか持ち合わせておらず、もはや空腹に喘ぐアズは少なくとも戦闘面では使い物になりません。




