10 空中戦
「思わぬ出費だったな…」
ガタゴトと揺れる馬車の中で退屈そうに頬杖をつきながらアズは言った。
「シャノンを借りれれば良かったが…あやつガラハッドとシスターしか背中に乗ること許さんからな…」
「だからと言って馬車借りなくても…普通に遠駆け用の馬で良かったんじゃない?」
「冒険者用の馬はみんな背が高いから我の体躯じゃ、鐙に足が届かんのよ。」
「…近くで済むクエストにすれば良かったね。」
馬車を引く馬の手綱を取りながらナギは言った。辺りには眠気を誘う穏やかな風が流れていて、ついつい欠伸が漏れてしまう。これはガラハッドがシャルロッテへの返事を書くことに悪戦苦闘していた時の、残された二人の仕事の様子を追った話だ。
「お主は我らと出会う前は何をしておったのだ?」
馬車の幌に空いている小さな窓から頭を出しながら、アズは退屈まぎれにそう聞いた。
「ん?君たちのパーティに入る前?一人で冒険者してたよ。」
「魔族が人間界に紛れ生活するのはガラハッドが先駆者だと思っておったがの。」
「確かに珍しいとは思うけど、案外気づかれてないだけで沢山いるんじゃないかな。」
「お主もそんな目立つ翼を持っていてよく魔族だとバレんかったな。」
「まぁ、一人でやってれば案外気づかれないものさ。」
「そういうもんか。…お主はなんで魔王軍に入らなかった?お主程の実力があればあっちも拒みはせんと思うが。」
「あぁー。実は父親との仲があんまり良くなくて。僕の一族は代々魔王軍の重鎮で、伝統を重んじるタイプなんだよね。」
「ほぉーエリート家系という訳か。」
「まぁ、そんな所。それで僕も幼い頃から礼儀作法だったり、刀の稽古だったりを叩きこまれたんだけど。なんか嫌になってきてさ。もっと自由に生きたいのに!!って気づいたら父親と喧嘩してた。」
「家出じゃな。」
「フフッ。まぁそうだね。で魔王軍に入ったら絶対どこかで会うことになるから気まずくて、いっその事人間界なら会わなくて済むかもと思ってきたんだよね。」
ナギは目を細め古い思い出を探る様にゆっくりと語った。アズは自分から聞いた割にはどこか興味なさそうに流れる雲の数を数えながら耳を傾けていた。
「年長者として僕はいずれ親との仲を修復すべきだと思うかい?」
「ん?ひょっとして年寄り扱いしたか?今。」
「いつも言ってるじゃないか『自分は千歳以上だ』って。」
「自分で言うのと、人に言われるのじゃ勝手が違うじゃろ。女はいつだって若く思われたいものじゃないか。」
「そりゃそうだけど…君に関してはスケール感的に話が変わってくるような…!」
とナギの言葉が詰まった。先程までの気の抜けた雰囲気とは打って変わって鋭い視線で辺りを見渡す。
「アズ君…何か聞こえないかい?」
その言葉にアズも首を引っ込め気を引き締めた。耳を澄ますと車輪が小石に跳ねる音の合間にバサッバサッと一定の間隔で羽ばたいている音が遠くに聞こえる。いや…段々と近づいていないかこれ。
「わっ!思ったよりはやっ!」
次に聞こえたのは驚いたナギの叫び声と、馬の悲鳴だった。
「うわっ!」
突如、アズの乗っていた荷台が大きく斜めに傾く。アズはバランスを崩し、激しく叩きつけられた。
「なんじゃ!何が起こっておる!」
幌のせいで外の様子が見えない。しかし先ほどとは比べものにならない程、鮮明かつ近くからバサッ!バサッ!と羽ばたく音が聞こえた。荷台が大きく揺れる。それはもうアズが立っていられない程。膝をつき、なんとか外の様子を伺おうと耳をすましたが、聞こえてくるのは相変わらず大きな羽音のみ。外にいたナギはどうしたのだろうか?這うようにして荷台の出口に近づく。
「おぉ!」
また荷台が大きく揺れた。その勢いでアズの小さな体は宙を舞い、勢いよく幌に突っ込むと、ビリビリと嫌な音を立て突き破る。次にナギの視界を埋め尽くしたのはどこまでも広がる青空…。この光景にデジャブを感じる。それは初めてナギとクエストに行った時の事。あの時も上下左右こんなような青空に放り出されたような…。アズは咄嗟に荷台の柱を掴んだ。自身の体が落下するのを防ぐため。下を覗くと、先ほどまで荷台を引っ張っていたはずの馬が凄く小さく、豆粒大のサイズで走っていた。勿論、馬が小さくなったのではない。アズの頬に突き刺さる風は凄く冷たかった。今度は上を見る。そこには三mはあろうかという巨大な怪鳥。今回アズたちが討伐しにきたターゲットが先制攻撃とばかりにアズの乗っていた荷台をがっしり掴み、上空まで持ち上げていたのだ。その大きな体を支えることのできる羽ばたきを真下で直に受けているアズは凄まじい風圧に早くも腕に限界が来ていた。ナギはどこだ?。彼女は外にいたからアズより早く怪鳥の攻撃を察知できたはずだ。それに空を飛べるはずだから、この状況に手をこまねいている訳がない。しかしいくら周囲を探してもナギの姿は見当たらなかった。
ではナギはどこで何をしていたのか。それは怪鳥の頭部に行けば分かる。
「このっ!離せ!」
ナギの足は怪鳥のくちばしにしっかりホールドされており、身動きができない状態だった。怪鳥の動きはナギの想像以上に素早かった。気づいた時には馬車の回避行動は間に合わぬ間合いまで詰められており、馬を逃がすので精一杯だった。更に荷台のアズを救おうと、怪鳥から意識が離れたほんの一瞬でパクっと足を咥えられたのだ。痛みは無い。どちらかと言えばナギの裾がくちばしに引っ掛かっているというのが正しい。しかしくちばしを構成するケラチンは鉄のように固く、くちばしを閉じている怪鳥の力は恐ろしく強かった。当然のように刀は弾かれ、こじ開けることもできない。ナギは脇差を取り出すと、身をよじり怪鳥の顔目掛けて投げつけた。ダーツの矢のように鋭く跳んでいった小刀は怪鳥の目のちょうど下辺りに勢いよく突き刺さる。
「クルルッ!!」
痛みの余り堪らず、口を開けた怪鳥。そのおかげで脱出できたナギは全速力で飛んでいく。向かう先は怪鳥が痛みの余り高高度で手放した、アズが乗っていたはずの荷台だ。
アズは突如として耳をつんざく様な叫び声が聞こえたと思った途端、なんの支えもなく空中に放り出された。
「なんじゃとぉぉ!!」
あんなに大きく見えた怪鳥がみるみると小さくなっていく。体が重力に引っ張られ地面へと落ちていく。空中でどんなに藻掻いてみてもどうにもできない。ここまでか…と流石のアズも覚悟を固め始めた…
「いや無理!落下死は怖い!こんな事ならもっといっぱい食うておけば良かったぁ!!!」
アズの断末魔はナギの空を切る滑空音によってかき消された。
「ナギ!…」
空中で自身の体をキャッチしたナギに思わず甘えた声が出る。
「ゴメン!遅くなっちゃった。怖がらせちゃったね。」
ナギに支えられ地面に着地したアズは横に散らばる見るも無残な荷台の残骸を眺める。ナギが助けに来なかったら自分もこうなっていたのか。アズは何も言わずナギの胸に顔を埋めた。ナギもそれに対し何も言わずそっと頭を撫でた。
「…よし!あやつめ。鳥風情が死神に死の恐怖を与えよって。ただじゃおかんぞ。」
「…でも相手はあんなに空高くにいるんだよ?アズ君は空飛べないし、僕の刀じゃちょっとずつ羽を毟って傷をつけていく長期戦になる…。」
「無論、空中戦じゃ!ナギが我の体を持ち上げあの高さまで運んでくれればよい。我は今、過去千年でも数えるほどの復讐心に燃えておる。」
彼女の言う通り、彼女の瞳には熱く燃え滾る闘志がみなぎっていた。あの悠々と自分らの頭上を飛ぶ鳥を撃墜し、自分が味わった死の恐怖をそっくりそのまま返せなければ気が済まなかった。
「ん!」
おもむろにアズが腕を広げナギに向き直る。
「?」
その姿に威厳や恐怖は微塵も感じない。まるでレッサーパンダが威嚇するみたいに体を大きくしていた。
「んっ!」
「え、えぇ?」
アズの意図が全く汲み取れないナギはとりあえず屈むと迎え込むように自身の腕をナギの脇の下に潜り込ませ抱きかかえた。
「何をしとる…」
「え?やっぱ怖かったのかなと思ったんだけど、違うの?」
「何を聞いておったんじゃお主は!?お主があやつのとこまで運んで、我があやつを地に叩き落す!。」
「あぁ…なるほど。こういう事ね。」
そういうとナギは靴を脱ぎ大きなカギ爪を露わにする。
「爪は立てるなよ。」
「仰せの通りに。」
ナギはアズの両肩を掴むとそのままの体勢で思い切り急上昇した。この体制ならアズは両手が空く。彼女の武器である巨大な鎌が飛行の妨げになることはない。怪鳥はさっきナギに攻撃された箇所から血を流しながらも悠々自適に飛んでいた。
「キュルキュルキュキュッッーーーーー!!!!」
二人が怪鳥の眼前を通り過ぎた時、突如怪鳥が咆えた。目は真っ赤に充血しその口ばしで二人を捕えようと噛みついてくる。怪鳥はその巨大な翼で二人を蠅のように地面に叩きつけようと狙ってくる。
「随分と気が立ってるね~。僕が脇差を刺しちゃったからかな~。」
怪鳥からの攻撃から回避行動をとりながらナギは観察した。
「いくら図体が大きくても所詮は鳥。攻撃方法を単調で避けやすいねっ!」
怪鳥をおちょくるかのように旋回し下に潜り込み体の周囲を回る。
「おい!もうちょっと大人しく飛べんのか!目が回るわ!」
「あ、ゴメン。忘れてた!」
「まぁよい。奴の背に乗る。上昇、頼むぞ!」
「合点!」
アズの支持通りナギは怪鳥の背後に回り込むと背に沿うように飛んだ。
「よし!放すよ!」
アズは着地体制をとり、怪鳥の背に飛び移る。勢い余って転げ落ちそうになったが羽を掴み堪えた。
「よし、覚悟せぇ…」
鎌を取り出し一気に怪鳥の背を頭目掛け駆け出した。だが怪鳥もされるがままではない。
「くっ!大人しくせい!」
アズを振り落とそうと怪鳥が身を激しく揺らす。それは上下逆さ、背面飛行状態になる程の抵抗であった。体を低くし、必死に体毛を掴んでいたアズも流石に堪えきれず、怪鳥の体から放り出される。空中で身動きができない無防備なアズを目掛け怪鳥が口ばしを突き立て突っ込んでくる。
「任せて!」
ナギがすかさず飛んできてアズの体を受け止める。
「惜しかったけどね。」
「あやつ元気すぎじゃ。羽を攻撃して飛行能力を落とさんとまた振り落とされる。」
「OK!じゃあもう一度君をあの怪鳥の背に届けるよ?僕が羽をやるからアズ君はできるだけ上で堪えてね。」
再びアズが怪鳥の背に乗る。怪鳥が先ほど同様にアズを振り落とそうとするのを今度はナギが許さなかった。
「羽の部分は繊細だ。ちょっと傷をつければすぐ飛べなくなるだろ?。」
ナギの特異な急降下からの斬撃。怪鳥の舞い散る羽と痛みに悶える叫びが辺り一面に広がる。アズの予想通り、急激にバランスを保てなくなった怪鳥は斜め横に滑るように高度を下げていく。
「くっ!振り落とされることは無くなったが…これじゃあ満足に動けん。」
「手助けは必要かな?」
片膝を着き身動きが取れないアズの傍にナギが飛んでくると右手を掴み引っ張る様にしてアズの体を怪鳥の頭へと連れて行った。
「僕のやるべきことはやったからね。あとはお願いするよアズ君?」
「無論、ここまで来れれば十分じゃ。」
ようやく怪鳥の首元に辿り着いた。どれだけ大きくても急所が目前ならば分はアズにある。落ちないようにしっかりと足で首元をホールドし鎌を大きく振りかぶる。
「手間かけさせてくれたのお!」
「ナギよ、解体できるか?」
「できるけど…落下の衝撃で換金できる素材はダメージ大きいよ?」
ナギは怪鳥の亡骸と周囲に散らばった羽を見ながら言う。
「肉とかは無事じゃろ。焼き鳥にして食ってやろうと思ってな。」
「あーなるほど…。じゃあ血とか噴き出るだろうし、匂いもキツいからちょっと離れててね。」
「すまぬな。」
ナギは手慣れた手つきで怪鳥の体に小刀を刺すと手早く解体し始めた。
「内臓は?」
「肝や心臓は欲しいな。」
「じゃあ小さく切って回収しておくね。」
「うむ。お主がおって助かったわ。」
「教えてあげようか。今後一人でクエスト行った時に備えて。」
「いや、解体もそうなんじゃが。我一人では空飛ぶ魔物なんぞ狩れんからな。」
「あーそういうこと。まぁそれはお互い様じゃない?アズ君が一太刀で仕留めたわけなんだからさ。」
「…それもそうか。だがしかしこれだけは言っておかねばならん。上空に放り出された時、助けてくれてありがとうな。」
アズが気恥ずかしそうに背中を向けながら言った感謝の言葉にナギは思わず手を止め、ポカンとその後ろ姿を見た。そして愛おしそうに微笑むと
「お安い御用さ。これからもよろしくね。」
と再び手を動かしながら言った。
「お主は食わぬのか?」
街へと戻ってきた二人は案内所に併設している酒場で持ち帰ってきた怪鳥の肉を大量に串焼きにしてもらい少し遅めの昼ご飯としていた。
「前にも言わなかったっけ?僕は家の事情でお肉は食べないんだ。」
大量の串焼きの山にアズの体は隠れてしまい、もはや串焼きの山に話しかけているナギは言う。
「そうだったか?じゃあお主、普段は何を食っておる?」
「そうだなー…まぁ野菜と魚?別にハーピーが肉を食べれないわけじゃないから、食べようと思えば食べれるんだけど。」
「家出したのにまだ家の事情を引きずっておるのか?」
「うーん…そう言われちゃうと何も言い返せないなぁ。やっぱ自分の口に入れる物じゃん?子供の頃から制限されてるから今更食べてみようと思っても抵抗感がある。」
「そうか…じゃあ今度は巨大魚討伐じゃな。」
「どうして?」
「せっかくなら同じ食卓を囲みたいじゃろ?同じ物を食らい糧とする。あれが美味いこれが美味いと話も弾む。それが仲間というものじゃないか。」
「…うん。それは凄い楽しそうだ。」
羽休め。
メロいってどう書けばいいのか。




