09 古い友人からの手紙
それは過去に類を見ない程の騒動のほんの前兆にすぎない。きっかけはガラハッドに届いた一通の黒い封筒だ。本来、人間界に文通する相手などいないガラハッドに手紙が届いた時点で怪しむべきだった。まぁ警戒したところで手紙がなんの滞りもなくガラハッドの手元に届いている時点で平穏は去った訳だが。
「シャルロッテさんってどなたですか?」
ガラハッドの精神状況はモニカの簡単な質問にさえ答えられない程、瞬時に消耗された。脳みそは急速回転でこの状況の理解に努めようとし、視線は存在しない現実逃避の策を探し彷徨った。
「なんの騒ぎだい?」
固まってしまったガラハッドの肩を揺するモニカの元に、アズとナギが起きてくる。
「ガラハッドさんにお手紙が来たんですけど、差出人の名を見た瞬間固まってしまって。」
「どれどれ…。ヒェッ!…これは…」
手紙を覗き見したアズが思わず息を飲む。そして開いた口が塞がらぬまま、ガラハッドに視線を送った。その瞳には『なぜ君がこんなものを?』という驚愕がありありと映った。
「どれどれ。…シャルロッテ…?なんじゃガラハッド、昔の女か?お主も隅におけぬのぉ~」
対照的にアズの反応はあっけらかんとしていた。それが無知ゆえのリアクションであることは誰の目にも明らかだった。全く的外れな推察で茶化してしまうほどだった。そんなアズを茫然自失したガラハッドに変わりナギが諫める。見たこともない程、真剣な表情でアズの肩をガシッとわし掴むと、ものすごい勢いで首を横に振った。それは何かとんでもない禁忌に触れたかのような、そんな恐怖すら感じられた。
「な、なんじゃお主まで?」
「知らないのか?シャルロッテ嬢の事を?魔族だというのに?」
「知らんな。有名人なのか?ならば益々あやつの交友関係が気になるのぉ。」
「僕の方が気になるよ。どこでどう出会うというのか。いよいよガラハッド君の正体が意味不明になってくる。」
「あのー、所でどなたなんでしょう。そのシャルロッテ様って?」
モニカがずっと気になっていたこの騒動の本質に触れる。そもそもなぜ二人がこんなに動揺しているのか。アズとモニカにはその訳が分からなかった。
「…シャルロッテ嬢は、魔族界の王女だよ。」
まるで言葉にすることすら恐れ多いというようなか細い囁き声でナギは言った。
「魔族の王女様って…」
「魔王の娘という訳か…」
「うん。魔王の城に住んでるんだけど、魔王から並々ならぬ寵愛を受けているから、普通の魔族はおろか、幹部クラスでも会える人は一握り。基本的には父親である魔王と専属のお世話係にしか会わないって。」
ここでやっとアズたちも合点がいった。確かにそのような人物が、思いつきで魔王軍を辞めちゃうようなガラハッド個人に宛てて手紙を送るのは不可思議だ。ナギの慌てぶりも納得できた。
「え、ちょっと待ってください。ガラハッドさん宛の手紙がここに届いたってことは…」
「うん。何らかの方法で彼の居場所が魔王の身内にバレた。」
ナギの言葉にモニカの顔もサーと青ざめた。魔王がこの教会の事を人間界にある有象無象の建物ではなく一つの場所として認識した可能性が出てきたわけだ。
「え、え、どうしましょう?お引越しとかした方がいいのでしょうか?」
「いや、僕たちの状況は全てあっちに筒抜けだと思った方がいい。残念だけど、引越した所で状況は変わらないだろう。せめて防御を固めるとか、用心棒を雇うとか…」
「落ち着け、二人とも。まだ差出人の名前を知っただけではないか。我らはそもそもどういった内容で魔王の娘がわざわざ手紙を寄こしたのかを知らぬ。お主も。そこでいつまで呆けておる。」
アズの言葉にハッとガラハッドが我に返る。確かにシャルロッテから手紙が来たという事実に驚きすぎてしまって肝心なところに行きつけていなかった。
「色々聞きたいことはあるが一先ず置いておく。お主宛ての手紙じゃ。我らが先に読むのは違うじゃろ。」
「そ、そうだな。」
ガラハッドは震える手で手紙を受け取る。しかし
「駄目だ、恐ろしくって。…文字が震えて読めねぇ。代わりに代読してくれ。」
なんとも情けない声を出しながら手紙はモニカに託された。
「わ、分かりました。」
モニカが大きく深呼吸して一文字目を口に出そうとした瞬間、
「ちょ、ちょっと待って。まだ心の準備が。」
「たかが手紙に何をビクついておる。」
「仕方ねぇだろ!まったくの想定外。意識の外からハンマーでぶん殴られた気分だ。すぅー…はぁー…。よし、読んでくれ。」
気を取り直して、モニカは三人が耳を傾ける中、妙に緊張して震える声で手紙を読み上げ始めた。
『拝啓 ガラハッドへ
息災だろうか。貴方が何も言わず、いきなり魔王軍を辞めたものだから父上達は大慌て。貴方が抜けた穴を埋めたり、後任を探したりとなんとも喧しく城を動き回っているわ。まぁ、私には関係のないことなんだけれども。それより、辞めるなら一言ぐらい伝えてほしかった。それが最低限の礼儀というものではなくて?。次、会うことがあれば覚悟しておくことね。それはそうとして人間界の暮らしはどうかしら?貴方からの連絡が着かなくなったと聞いた時から、私の付き人達に周囲を探らせたのだけど、随分と楽しそうな事をしているらしいじゃない。安心して。貴方が私達を裏切って、人間界で楽しく暮らしているという事は魔王軍の中では私しか知らないわ。貴方との仲だものね。私なりの温情よ。これからも私達なんかに構わず楽しくやってるといいわ。この手紙の返事は、人間界のお土産と一緒に私の付き人に届けさせること。以上。
敬具 シャルロッテより』
顔を塞ぎ聞き耳だけを立てていたガラハッドを脇目にモニカが読み切る。達筆で書かれたその手紙からは教養と気品が感じられたが所々怒りも滲んでいた。
「なんじゃ、どうということのない手紙ではないか。ビビり過ぎじゃ。」
「一先ずは…宣戦布告とかじゃなくて良かったよ。魔王の力ならこんな教会も、僕たちもわけないからね。」
「ちょっとナギさん。怖いことおっしゃらないでください。それにしても…ますますガラハッドさんとこのシャルロッテさんの関係性が気になります。只の部下という訳でもなさそうですけど。」
「…ちょっと待て。」
ガラハッドが何かに気付いたかのように顔を上げた。
「手紙の最後、付き人云々って書いてあるよな?」
「え?…ありますけど。」
「いる?!どこに?近くにいるのか?」
ガラハッドは怯えたように周囲を見回し始めた。
「情緒不安定…ここまで来ると笑いとか通り越して引いてしまうな。」
「あ、あぁ。若干気の毒に見えてくるけどね。なぁガラハッド君、落ち着いて。一体君とシャルロッテ嬢はどういう関係なんだい?」
「それは私めがお答えしましょう。」
突如全く知らない五人目の声が教会内に響いた。周囲に他の人影など見えない。
「うわぁ!!やっぱ来てる!」
「何奴?!姿を見せい!」
無様に慌てふためくガラハッドとアズの声に乗じて、参拝者用のベンチの陰から声の主は姿を現した。
「お久しぶりです。ガラハッド様。」
「ぐっ…久しぶりだな…ベルルーイ。」
「く、黒猫?」
思わず戸惑ってしまったモニカの視線の先には流暢に言葉を話す小さな黒猫がいた。
「ガラハッド様が前兆もないまま、忽然と姿を消されましたものですから、お嬢様は心配で食事も喉を通らぬ日々。おかげさまで私、ガラハッド様の捜索のために土地の隅々まで探索するという無茶な仕事と、目撃情報の精査で残業の毎日でした。」
「あ、いや。その…ご迷惑おかけして申し訳ございませんでした。」
可愛らしい見た目の黒猫から詰められ頭を下げる黒騎士という珍妙な光景に三人は呆気に取られていた。
「失礼ながらモニカ様はどなたでしょうか?」
「え!?はい…私ですけど?」
黒猫に呼ばれたモニカが前に出てくると、黒猫はその姿を一瞥した後、ぴょんと高く跳び上がった。
「え…な!?」
次に降りてきたのは人間の姿をした女性だった。黒く長い髪を複雑に団子状に編み込んで纏めており、服装は貴族が使役している使用人そのもの。金色の瞳が全てを見透かすかのように光った。
「挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。私、十八代目魔王様の一人娘でおられますシャルロッテお嬢様の専属使用人長を務めております。名をベルルーイと申します。この度は事前連絡なしの訪問、大変失礼いたしました。またあちらのガラハッド様を保護していただき大変感謝していることをシャルロッテお嬢様に変わりましてお伝えします。こちらほんの気持ちですがお納めください。」
「あ、あぁどうも。」
目の前で起こったことが何一つ理解できず、ただベルルーイの完璧な所作にモニカは圧倒される他無かった。彼女の手渡した袋の中には王族が食べるような貴重なメロンが三玉と価値の高そうな宝石が数個入っていた。
「それで、俺をシャルロッテの所に連れ戻そうってのか?ベルルーイ。」
「滅相もございません。手紙にも書かれていたでしょう?ガラハッド様の生活にお嬢様は口出ししないというのが、現在の方針です。あくまで現状把握。有り体に言えば安否確認に参りました。どうかお嬢様のご心労になることは避けていただきたい。」
ベルルーイの鋭い眼光にガラハッドは「ヒィ!」と縮み上がる。彼は本能に刻み込まれたトラウマのようにシャルロッテやベルルーイには逆らえない様子だった。
「お嬢様は魔王城にて厳格な保護体制の元、成長なされました。将来、魔王軍を率いる者として様々な教育と制約を課せられています。無論、付き合う人に関しても徹底した精査が必要です。悪い虫が付かぬよう、ふさわしくない入れ知恵が入らぬようという魔王様の方針でした。ある日のことです。その日も普段と変わらぬ穏やかな日常が流れておりました。城に忍び込む愚か者の存在に気が付くまではですが。どこから入ったのか子ネズミがどういう訳か誰にも気づかれることなく、一人城内部見学ツアーと洒落込んでいたわけです。後に聞いた話では憧れと好奇心が止められなかったと申していたそうですが。とにかくその侵入者がお嬢様の事情など知る由もなく、不躾にお嬢様の部屋へと踏み入ったのです。不覚な事に私めらがそれに気が付いたのは既にその者がお嬢様と接触し、あまつさえ遊戯に興じていた後でした。捕らえられました者に対して魔王様に温情はございません。魔王軍の軍事機密を見た可能性があるからです。その者はよくて永久禁固。しかし大方処刑という方向に傾いておりました。それに待ったをかけたのがお嬢様でした。お嬢様は聡明なお方です。侵入を許したという事で責任を取らねばならない私めらの事も気にかけ幼いながらに声を上げてくださりました。お嬢様の働きかけのおかげでこの騒動は城の中だけで留めることとなりました。ただ一つ弊害があったとすればお嬢様がこの歳もそう離れていない侵入者の事を大層気に入った事になります。元々、同世代の友人と呼べるほど気を許された方がいなかったこと。その者の外の話が面白かったこと。この二つが理由でしょう。そこから私めらが魔王様の目を盗み、その者のお嬢様への秘密の訪問をお助けすることになりました。この交流は年月が経ち、二人が立派に成長成されても絶えることなく続いておりました。それがお嬢様とガラハッド様の出会いの経緯というわけでございます。」
「…では二人は友人…ってこと?」
「現状、そういう名でしかこの関係性を表すことはできないかと。」
「駄目じゃないですかガラハッドさん。人様の家に勝手に入るなんて。それも乙女の部屋に。」
「ガキの頃なんだ、許してくれよぉ~。」
「ガラハッド様。おしゃべりよりも早くそちらの便箋に返事を書いてください。」
「手紙なんて書かねぇから何書けばいいのか分からねぇよ。これ何文字あるの?」
「一万字です。これまでの冒険の話に少しの謝罪を込めればあっという間に終わるかと存じますが?」
机に向かって甲高い悲鳴を上げながら白紙の原稿用紙に向き合っているガラハッドにベルルーイは冷たい視線を送る。
「大変なことじゃな。ほらナギ。我らはクエストにでも行こう。」
「な?!アズ。俺の事を見捨てるのか?!」
「お主の返事に我らが手伝えることなんぞなかろう。」
「うーん。ゴメンねガラハッド君。」
「薄情者~!」
悲痛な叫びもアズとナギには届かなかった。
「ところでモニカ様。私、お嬢様への手土産を調達しなければならないのですが、如何せん人間の街というのには土地勘が無くて。宜しければお付き合いしていただけませんでしょうか?」
「え?!私は構いませんけど…ガラハッドさんを一人にするのは。」
「一人の方が幾分か集中できるでしょう。」
流石、一種族の王に仕えている者というべきか。ベルルーイの所作は美しく流麗で比の打ちどころがなかった。背筋はピンと張り歩くだけでその場の空気が変わる。クールな印象を与える表情にどこか重厚感のあるシャープな香りを漂わせていた。街を行く全ての人が目線を奪われている。モニカはその隣を歩くのが恐れ多く気恥ずかしくなってしまい少し後ろに下がった。
「いかがなされましたか?」
「あ、いえ。」
「失礼、歩くのが少し早かったでしょうか。どうぞお手を。」
「え、でも…」
差し出された手にはNOとは言わせないという迫力があった。モニカは少しの葛藤の末、顔を赤く染めながらその手を取った。
「良い街です。人で賑わっている。魔族はあまり大規模のコミュニティを作らないのでこういうのは新鮮ですね。」
「…意外です。魔王に仕えているというからもっと人間に対して敵意むき出しかと。」
「そうでしょうか。私から見れば人間も魔族も大して変わらないように思えます。確かに見た目こそ大きく異なりますが魔族もあのように商売しますし、あの子供のように遊びます。結局の所、生命という括りではそう差異はないのです。あと私が使えておりますのはあくまでシャルロッテ様になります。お嬢様は魔王様とは親子ではありますが考え方はまた少し変わってくるものですよ。」
「そう…ですよね。ごめんなさいおかしな事を言ってしまって。」
「いえ。…モニカ様とガラハッド様はどういった経緯でお会いになったのでしょうか。関心が過ぎるようではありますが、気になりますね。」
「あぁ、私の住む教会が借金のせいで存続の危機にあった時に、ガラハッドさんに助けられたんです。」
「首が取れることに関しては?」
「その日のうちでしたね。最初は驚きましたけど…慣れてしまえば私達とあんまり変わらないなって思うようになって。」
「大変、器が大きくあられるのですね。私が今までに見てきたどのような人間よりもずっと。」
ベルルーイの口から出た誉め言葉にお世辞や社交辞令は一切含まれていなかった。純粋な感心をもらったモニカは僅かに紅潮している頬を更に赤く染め気恥ずかしそうに下を向く。あまり褒められ慣れていないからちょっとした言葉でもモニカの心を温かくした。
「モニカ様、申し訳ございません。裏路地に迷い込んでしまったようです。」
ベルルーイの言葉にモニカが顔を上げると、薄暗い道の先に品性の欠けた顔をした男が三人立っている。二人が来た道を引き返そうとするとその道を塞ぐように二人の男が出てきた。細い道に逃げ場はない。二人はあっという間に暴漢五人に囲まれてしまった。
「姉ちゃん達、二人でこんなところ歩いていたら危ないじゃないか。」
暴漢の一人がニヤニヤと下劣な笑みを浮かべながら近寄ってくる。
「いい女だ。」
劣情を一切隠そうとせずベルルーイに触れようと伸ばした手を払いのけながらモニカが間を立ちふさがる様に立った。
「なんだよ!心配しなくてもあんたも可愛がってやるって。とりあえず有り金全てよこしな。」
「下がりなさい。私は神に仕える大陸正教会の聖職者です。そのような卑しい言動は慎まなければいずれ天罰が下りますよ。」
「なんだあのボロ教会のシスター様であられたか。これは失礼。俺達見ての通り神様からのご慈悲とか受けた事ない様な連中だからさ。純潔とか見てると汚したくなるんだよな!!」
突如、暴漢が手を振り上げ思い切り裏拳をモニカの頬に目掛け振り下ろす。モニカは咄嗟の事で目をつむるという防衛反応しかできなかった。
「あ?!」
暴漢の手がモニカに当たることは無かった。ベルルーイが瞬時にモニカの頭を押さえ屈んで避けたからだ。
「あまり聖職者にたいしてふさわしい言葉ではないように見受けられますが?」
「いいねぇ。気の強い女がしおらしくなるのは大好物だ。お前ら囲っちまうぞ!」
暴漢たちが拳を鳴らしながらじりじりとにじり寄ってくる。小娘二人をいたぶった後に待ち受けているお楽しみにワクワクしているといったそんな表情を浮かべ。当然、モニカに戦う力は無い。肩をガクガクと震えさせ涙目になっているモニカの手をベルルーイはそっと包み込んだ。
「怖がらせるような状況に巻き込んでしまい大変申し訳ございません。ここは私めがなるだけ穏便に収めますのでどうかご心配なさらぬよう。一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」
モニカがこくんと小さく頷く。
「ありがとうございます。今から私めが武器となりますのでモニカ様にはご起立いただき、その武器を手に取っていただきたいのです。手に取るだけで構いません。そうしたら後は私が。」
「え?!武器って…」
そう言うと、ベルルーイはピョンと跳び上がる。初めて会った時に猫から人間の姿へ変わったあの時のように。次にモニカの目の前に突き刺さったのは彼女の身の丈ほどの長さの棒であった。手に馴染むほどの太さでモニカが持ち上げられる程の軽さ。先端に刃がついていれば槍と呼べるそんな代物だ。
「なんだ?!あの女はどうした。」
暴漢達は目の前で起こった出来事に驚く。ベルルーイの姿が消え、いつの間にか長い棒を持ったモニカに突っ込むことを躊躇っているようにも見えた。
「ちっ!あのいい姉ちゃんは逃げちまったか。まぁ芋くせぇシスターでも遊べるだろ!」
暴漢が一人突っ込んでくる。モニカはベルルーイに言われたことを思い出した。「手に取るだけでいい」と。拳を上げた暴漢がモニカに殴りかかる。しかし次の瞬間、宙を舞ったのは暴漢のほうだった。ひとりでに動いた棒が暴漢の拳が当たる直前、モニカの体を動かし暴漢の足を引っかける。顔面からなんの準備もできず地面に激突した暴漢は鼻血を出しその場で倒れた。
「てめぇ!何をした!」
つづけて仲間が殴り掛かる。モニカを狙ったはずの拳はなぜか棒に激突。手の骨はボキボキと嫌な音が響き、苦痛に顔を歪める暴漢の腕に棒が絡めついたかと思えばそのまま肩の骨を外した。残された暴漢は信じられないという顔でモニカを見つめる。対するモニカも自分が何をしているのか自覚していなかった。彼女としては棒を手に取り、そこにただ立っているだけだったから。彼女の手に握られた棒が勝手に動くたびにモニカの体も引っ張られるように動いた。舐めてかかった小娘に奇妙な技で次々と交わされるのは暴漢達のプライドに傷をつけた。残りの三人は卑怯にも一気に殴り掛かってくる。しかしその拳はやはり宙を切り、二人の暴漢は勢いそのままに正面衝突。もう一人はどういう訳か空中に放り出され、下に転がる暴漢の山にダイブした。当たり所が悪かったのか、暴漢達はピクリとも動かなかった。
「気絶しているだけですよ。」
突如、モニカの手の中から声がし、驚いて離してしまうと、ベルルーイはまた人間の形に戻った。
「彼らは自分たちの力を制御できず、勢い余って自滅したのでございます。」
「あ、ありがとうございます。…その」
「私の力についてご説明しておきましょう。先程見られました通り、私は自信の体を変幻自在に変えることができます。お初にお目にかかりました時の猫の姿も、ほらこの通り。」
ベルルーイはまたポンと猫の姿に変わって見せた。
「私自身も主を守るため、ある程度、徒手格闘を習ってはおりますが高潔なシスターであられますモニカ様の前で暴力行為はふさわしくないと判断した為、人間の前ではありますが能力を使いました。申し訳ございません。」
ベルルーイはモニカが遵守しなければならない教会の戒律を守ってこんな回りくどい真似をしていた。
「お怪我はございませんか?」
ベルルーイはまたモニカに手を差し伸べる。
「あ…大丈夫です。ありがとうございます。」
モニカは彼女の並々ならぬ気遣いに感謝しながらその手を取った。
「そろそろガラハッド様も手紙を書き終わった頃合いでしょう。教会に戻りましょうか。」
モニカは何も言わず頷いた。その手は酷く熱くなっていた。
「これだけ書ければ上出来でしょう。今回お嬢様への手土産はこちらで用意しておきましたので。」
「もう…二度と…やりたくない…」
真っ白に燃え尽き意気消沈しているガラハッドの書いたレポート並みの手紙を確認しベルルーイは言った。
「ガラハッド様から頻繁にお嬢様へコンタクトを取れば、このような事は起こり得ないのですが。」
「いや魔王城に届けてくれる郵便配達人なんて知らんし。」
「では伝書鳩をご用意いたしますね。」
ベルルーイの言葉にガラハッドはげんなりする。結局の所めんどくさがっているのが見え見えだった。
「では、私はここらで失礼させていただきます。」
「あ、あの…」
何かを言おうとしたモニカにベルルーイは近づきその手を優しく握った。
「本日はお付き合いいただきありがとうございました。まだ幼いお嬢様の手を取り、城の中を散策した事を思い出し、私めも業務を忘れ、少し楽しんでしまいました。」
その時、鉄仮面のようだったベルルーイが初めて微笑んだ。花のように可憐で気品のある笑みだった。
「私がお手紙をだしてもいいですか?」
ベルルーイはその言葉に驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「勿論でございます。モニカ様、お手紙お待ちしておりますね。」
ベルルーイが去ってからしばらくした後、一羽の伝書鳩が教会に飛んできた。足に括られた手紙を読んで、モニカは顔を綻ばせると、急いで便箋を買いに行った、せっかくならとびきりおしゃれな物を。彼女の頭の中には手紙に書きたいことがいっぱいだった。
超シゴデキスパダリメイドのベルルーイの年齢はガラハッドの同じぐらい。シャルロッテはその五歳ぐらい下のイメージ。ベルルーイの服はスカートタイプの執事服にちょっと女性らしさを加えた感じで。




