第十三章 いのり
最終章です。
「え?」と思われる方もいると思いますが・・・
詳しくはあとがきに書くので、そこまでどうぞ、お付き合いくださいませ!
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十三章 いのり
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いつもいつも、祈っているから。
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あなたはだれ。
フィリップさまなんでしょう?
待って。いかないで。あたしのそばにいて?
前をゆく彼の背を追い、あたしは走った。真っ黒い闇に向かっていく彼を、どうしてもとめたくて。その闇の先にあるものから、どうしても彼を救いたくて。
やっと見つけたのに。いなくならないでよ。あたしをおいていかないで。
その濃紺の袖をつかみ、こちらに顔を向けさせる。お願いだから、わかって。
フィリップさま、わかって。お願いだから――そう言おうとしたけれど、はっと口をつぐむ。
だってそこにいたのは、彼だけど彼じゃない。たしかにフィリップ王子だと思うのに、彼じゃない。
緑の瞳じゃ、ない。
いやだ。だれ。あなたは、だれ?
緑の瞳はどこ?ねぇ、どこ?
フィリップ王子をかえして――。
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「林檎でも食うかい、お嬢ちゃん」
目をあけると、ニカッと前歯のない口を見せて笑った男がいた。真っ赤な林檎を片手に、ずいっと差し出して。
夢……変な夢をみた。
もう卑屈にならないと、彼にすがりつくのはやめていこうと決めたのに。どうしてこんな夢をみてしまったのだろう。
いつだって、彼はあたしの心をかき乱す。
「ひどくうなされてたぞぉ。大丈夫かい」
「うん、平気……」
心配そうに顔をのぞき込むダリーに軽く笑いかけ、起き上がり、辺りを見回す。
あたしは湿った布団に寝かされていた。船の小部屋のひとつで、ベットとランプしかない小さな部屋だ。こんな部屋が船にはたくさんあって、いつもは好きなところで寝てしまうみんなも、本当に疲れたときはそこで休憩をとる。
「ありがとうな、お嬢ちゃん」
出し抜けに、ダリーはそう言った。見ると、その小さな目に涙をためている。
「命の恩人さ。本当に、ありがとう」
ああ、と納得し、あたしは笑った。
「なにを言っているの。特別なことをしたわけじゃないもの」
そうか。嵐があったんだ。それであたしは、船の端に取り残されたダリーを助けにいったんだ。まるで昔のことのよう。
それから、なにがあったんだっけ。
「今は……ええっと、よく状況がつかめないわ」
あのあと、なにがあったんだっけ。あたしはどうやって……嵐は?
「混乱するのも無理ないさ。お嬢ちゃんはこんこんと丸一日中眠ってたんだから」
いつものニカッとした笑顔に戻って、ダリーは話をつづけた。
「嵐は去ったよ。なんとか船ももちこたえたし、みんな無事さ!快晴の空の下、船は今日も海を走ってる」
よかった。とりあえず、ほっとする。みんな無事……それがなにより、うれしかった。
海の上の嵐なんてはじめてだった。あんなに恐ろしいものだったなんて、今でも信じられない。
「……お嬢ちゃん、自分がどうなったか、憶えてないかい」
「あたし?」
再び心配そうに顔を歪めるダリーを見て、あわてて記憶の糸をたぐりよせる。だいぶ頭も働くようになってきた。
ダリーを助けて……そしたら滑って綱を放して、あたしだけ取り残されて……船が揺れて……ああ、あたしは海に――。
「――海に落ちた……?」
口に出してから、ちがうと気がつき頭を振る。
ちがう、ちがう。落ちてなんかない。だれかが、あたしを引き止めたのよ。
「……だれ」
顔をあげ、じっとダリーの目を見つめる。この問いに、強い意思を託すかのように。
「あたしを助けてくれたのは、だれなの」
期待なんて、しちゃだめ。だって答えはわかりきってる。彼なはずはない――フィリップ王子では、なかったもの。
わかってたのに。
「……あ、あたし、は……それでも……か、彼だと、よかったって……おも、思うの……」
ぽた、ぽた、と涙が落ちて、白い布団を濡らしていく。だれに言うわけでもなく、ただ声に出して泣く。
「か、彼はもういないって、わ、わかってる……だけど、あたし、を、救って……くれるのは、彼だけだって……彼しか、いないのよ……」
どれほど、惹かれていたか。身に染みてわかる。いない、もう彼はいないのだと思い知らされれば、そのたびに傷はうずく。
わりきれるわけ、ない。そんなすぐに、彼を過去の人として、生きていけるはずないじゃない。
「お嬢ちゃん……」
ダリーの手が、あたしの頭をなでた。ぎこちない手つきだったけれど、とてもあたたかだった。
――それでも。
やはりその手もフィリップ王子のものではない、と思うと、涙はさらに量を増した。
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「リアを助けたのは、我らが船長さ!」
たくさん泣いて元気になったあと、あたしはさっそく外へ出た。みんなは拍手喝采であたしを迎えてくれて、あたたかい声をかけてくれた。
カインなんて、あたしの髪をぐしゃぐしゃとかきなでて、しまいには「たいした奴だ!」なんて言って高々と抱えた。
そんなこんなでしばらく過ごし、気持ちも再び落ち着いてきたころ、カインがあたしににこっとしながら、そう言ったのだ。
「船長……って、あの、例の船長?」
びっくりして尋ねると、カインはさらに笑みを深めて頷いた。
「ああ。船長が自らお嬢ちゃんを助けにいったんだぜ?リア、あんたは幸せ者だなぁ」
本気で羨ましがっているようなカインに乾いた笑みを返し、あたしはあいまいに頷いた。
船長が、助けてくれたんだ。お礼、言わなきゃ。
「船長って、どこにいるの?あたし、お礼言ったかよく憶えてないの。助けてもらったときも、意識ははっきりしていなかったし」
「ん〜。あ、船長室だな。船長って呼んでも、きっと気づいちゃくれない……奴にはその気はないからな」
「わかった。ありがとう」
船長室に行こうと踵をかえす。後ろでさらに、カインが付け加えて叫んだ。
「眼帯をつけた、ひょろっこい男だ――ウィルって呼べば、気づいてくれる」
「ありがとう!」
カインに言わせれば、きっと大半はひょろっこい男なのではないかと思いながら、足を運ぶ。
みんなから好かれた船長なのに、船長になる気がない船長……か。
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甲板から出て船のなかに入るまえに、ふと足をとめて、ちらと海に目をやる。
深く、あたたかな緑の海が顔をのぞかせていた。
――フィリップ、王子。あなたはいつだって、あたしの心をかき乱す。
その海ににっこりと笑いかける。
――きっとこれからも、あたしはあなたを忘れられず、ふとした瞬間に泣くのだろう。そうやってあなたを思い出に変えてゆくのだろう。
息を吸い、小さな声で歌をうたう。彼の好きだと言ってくれた、あの歌を。
――あたしはこうやって、生きていくよ。海とともに、広い世界を見ていくよ。
やっぱり、思うの。あたしは人魚姫になりたい。だって、王子さまにしか恋をしないもの。
沈黙のなかで、そっと。そっとのせて、そうやって願う。
あなたの幸せを、強く願う。
あたしは、強くなるよ。ずっと、輝いて生きてみせるよ。
緑の海に、祈りを込めて歌いながら。
【終わり】
まずはここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
*何度も語っているとおり、『サイレント・プレア』は『王国の花名』の外伝みたいなものです。^^
なので、「終わり」というよりは、「つづく」みたいなイメージを自分ではもってます。
もうすこしつづけようかとも考えたのですが、ここで「つづく」雰囲気のまま終わりたいな、と思ったので。
★フィリップ王子について★
本当は、フィリップ王子は血みどろで首をかききって自殺するはずでした(笑
むごーい死に方をして、バッドエンドみたいな切ない恋にしようかと考えていたり……
もともと『王国の花名』で、彼は故人だったので(笑
……その矢先、怖ーい夢をみました。めちゃくちゃ怖かったです(((^_^;)
なんだかフィリップさんを血まみれに出来なくなりました(爆
そこで今回、彼はこんななんとも言えぬ終り方をしました……
☆これから☆
ひとまず、『サイレント・プレア』のうちにここまでもっていきたかったので、今回はここで終わりとさせていただきました。
……が、なんか微妙だろう?という方もいるかもしれないなぁ、と私自身思ってます^^(汗
「船長は?」「リアは?」「フィリップ王子の国は?」・・・などなど。
はい、気になる方は『王国の花名』を読んでみてください。
だいぶ後になると思いますが、リアのその後が読めるはずです(^^)
ここではあえて触れませんね。
まぁ、「当初の予定とはだいぶ変わった」「やっぱり予定は未定なのだなぁ(._.)」とだけ言っておきます☆
詳しくはまた、『王国の花名』のキタルときにて語りたいと思います!
*『サイレント・プレア』は衝動的に設定を思いついたものでしたし、終わり方もだいぶ予定とは変わりましたが、今では満足しています。
新たなフィリップ王子を発見できましたし、海賊たちとリアの絡みは本当に楽しく書けました!
最後に、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
個人的には、書きたいことも書ききろうと思っている『王国の花名』まで読んでいただければ、心残りはありません(苦笑
ここまでお付き合いくださり、本当に本当にありがとうございました!!!