閑話:その頃の祝賀会場では
——少し時間を遡り、玲奈たちが祝賀会場をあとにした頃。
(やれやれ……)
水城は肩をすくめたい気持ちを抑え、会場の奥のひな壇へ向かう。
先ほど玲奈から『場を繋いでおいて』という、なんとも雑な指令を請け負ったばかりだ。
謎のドレス姿の女性が乱入した騒ぎを収め、残りわずかな祝賀会をどうにか無事に終わらせなければならない。
途中、同じ出版社の社員を捕まえ、これから自分がマイクで事情を説明すること、元春にも一言話してもらうことを伝える。さらに、会場に来ている社長への伝言も頼んだ。
短い指示で相手の社員が了承したことを確認し、すぐに元春の元へ向かう。
「先生」
「あぁ、すまないね水城くん。何があった?」
今日の祝賀会は元春が主賓。いわゆる主役だ。
そのため、優奈たち家族の姿を見かけたが、先ほどの騒ぎに自ら駆けつけることもできず、水城に対応をお願いしていた。
「あのドレス姿の外国人女性は、玲奈さんのご親戚だそうです。優奈さんは、会場に入ってきた彼女を引き留めようとしていたとのことです。
それから玲奈さんから、会も残りわずかなので、身内のこととしてマイクでお詫びと説明をし、場をつないでほしいと頼まれました」
水城はできるだけ手短に話をする。
それを聞いた元春は、少し考え込んだあと、
「あぁー……わかった。僕も壇上に上がればいい?」
と、壇上にあるマイクをちらりと見た。
「はい、お願いします。
僕が先に事情を説明します。それでも会場の空気が戻らないようなら、先生にも話を振りますから、うまく話を合わせてくださいね」
「話を合わせるって……何を話せばいいんだい?」
「それは、その場の流れでお願いします」
「えぇ……。ずいぶん曖昧だなぁ」
元春はよくわからないまま了承し、再びひな壇へ向かった。
その間に、水城は足早にひな壇の下に設置されているマイクへ向かう。
先ほどの騒ぎの説明があるのだろうと、参加者も少しザワザワとしながら、ひな壇のほうへ注目している。
かなりのぶっつけ本番だが、仕方ない。
水城はマイクの電源をオンにして話し出した。
『えー。ご来場の皆様、先ほどは身内の者がお騒がせをしてしまい、大変失礼致しました。
向坂を担当しております、水城より簡単にご説明させていただきます。
先ほどのドレス姿の女性は、向坂の妻、玲奈さんのご親戚にあたる方です。
えー、サプライズでこの祝賀会にお祝いに駆けつけていただいたそうですが、長旅の疲れもあり、少々混乱されていたそうです。大変失礼致しました。
現在は別室で休んでおりますので、どうぞご安心ください。
皆様はどうぞ、祝賀会のお開きまでごゆっくりご歓談ください。
また向坂からも一言ございますので、壇上にご注目ください。先生、どうぞ』
水城は一気に話し、元春へバトンを渡した。
『はい、あ、えー。皆様、私の身内の者が大変失礼を致しました。
水城くんがほとんど説明してくれたので、もう私から言うことは特にないんですが……。
はい、会ももう少しで終了となりますので、最後までごゆっくりお過ごしください』
水城と元春の説明により、会場には安堵の空気が流れたものの、まだどこかぎこちなさが残っている。
それを察した水城は、壇上の元春に話を振った。
『……それにしても美人な方でしたね、先生。奥様に似ていらして』
『ふぁっ!? いやまぁ、そういうのはね、水城くん』
作家、向坂元春の素の反応が垣間見え、会場から少し笑いが上がった。
『いいじゃないですか、先生。先生の私生活は謎のベールに包まれているって噂もあるんですよ?
ここでご家族のことをご紹介いただいても? 自伝エッセイは書かないって言われてましたよね?』
『あぁ、まぁ……プライベートを切り売りするのはどうかと思って。自伝はまだ書いてないね』
『まだってことは、これから書く予定があるんですか?』
『これからと言うか、自分の死期を悟ったら、考えが変わって書くかもしれないねぇ。遺書的なやつになるかもしれない』
『遺書ですか。ではその時も私が責任を持って世にリリース致しますので、どうぞご安心ください』
『いや世に出さないよ!? それに君、いつまで働くつもりなの!?
めでたい日に縁起でもない……』
『いやいや、遺書と言い出したのは先生ですからね?』
『そうだけど、そこは拾わなくていいんだよ!
というか、僕は作家であって漫談家ではないんだけど……』
即興のコントのような二人のやりとりに、参加者から和やかな笑いが広がる。
水城は内心ホッとしながらも話を続ける。
『先生、今日のところはここに紙もペンもありませんので、ちゃんと喋ってください。
ほら、皆さんがご家族の紹介を待っていますよ』
『えぇっ? あぁー……はい。
ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、妻の玲奈とは二十数年前に出会いまして。
妻は日本人と英国人のハーフなんですが、そんな美人と朴念仁な私が、何の奇跡かご縁をいただきまして……。今では一男一女にも恵まれました。
こうして美男美女の家族や親族に囲まれて暮らしておりますのも、今、私が壇上でスピーチさせていただいておりますのも、すべて妻の長年の支えがあったからこそです。
妻には大変感謝しております。
……こんな感じでもういいかい?』
『はい、まぁ及第点でしょう。先生、ありがとうございました』
『採点厳しくない!? はい、えぇー、私のつまらない話を聞いていただき、ありがとうございました。
それでは私は降ります』
笑いと共に拍手を送られながら、元春はそそくさと壇上から降りた。
「先生、お疲れ様でした」
にこやかに水城が出迎える。
「いや疲れた。アドリブはキツいって……。
無茶振りがすぎるよ、水城くん」
「玲奈さんからのご依頼でしたので」
水城はしれっと、責任の所在をここにいない玲奈に投げた。
「はぁぁ……。君には敵わんよ」
「恐れ入ります」
「褒めてないからな!? それにしても……あのお嬢さんが入ってきたのが、マスコミ陣が帰ったあとで良かったよ……」
「確かにそうですね」
多少の波乱はあったものの、祝賀会はなんとか無事に幕を閉じようとしていた。




