家族会議
——そして、向坂一家が宿泊している客室。
警備員とホテルスタッフによって、ロゼリーヌは客室内にある個室のベッドへ運び込まれた。
今は妙子が、眠っているロゼリーヌの様子を時折確認しながら、ミニキッチンでお茶の用意をしている。
優奈は汗をかいていたので私服に着替え、それからは優雅の絶対命令により、リビング兼応接スペースのソファに座らされていた。
優雅は文句を言いながらも、まだ体調の悪い妹を内心では心配していた。
優奈の身体に毛布を巻き付け、水分を取らせ、熱を測り、次に薬を飲ませる時間はまだかと時計をにらみながら計算している。
「ありがとう、優雅兄ぃ……」
「……おう」
妹からの感謝に、面倒そうにしていた優雅も、そこは素直に返事をした。
ロゼリーヌを運び終えた警備員たちと入れ替わるようにして、玲奈が戻ってきた。
玲奈は彼らといくつか言葉を交わし、礼を言って見送った。
それから簡単に着替えを済ませ、リビングのソファに腰掛けたところで、妙子からお茶を出された。
「お茶まで用意しなくても良かったのよ、妙子さん。でも、ありがとう。
彼女はどんな感じ?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。
あのお嬢さんは、まだ眠っていらっしゃいますね」
「そう。目が覚めたら、お世話をお願いね。
妙子さんもこっちに座ってて」
「はいはい」
妙子にも席を勧め、これで元春を除く面々が揃った。
「さて……それで、優奈。説明してくれる?」
「……う……」
「あなた、ここで寝てたんじゃないの? なぜパジャマのまま会場に来たのかしら? それから、あの女性は誰?」
玲奈は今ある疑問を、すべて優奈にぶつけた。
「あぁー、えっとその、私追いかけてたんだけど止められて魔法使いそうだと思ったからその前にロゼリーヌが部屋に入ってきたから私それをあちこち追いかけて探してたの!あっ、部屋に入ってきたっていうのはドアじゃなくてテレビでっていうか会場で……あっ、違う」
矢継ぎ早の質問に、優奈はしどろもどろに答えたが、到底説明にはなっていなかった。
「お前意味わかんねーぞ」
優雅から呆れた声が上がったが、玲奈がそれを制止する。
「はぁ。優雅、言わなくていいわ。一度にたくさん質問した私が悪かったみたい。
優奈、少しずつ質問していくから順番に答えてね。
あと、嘘をつこうとしても無駄よ。私と妙子さんが聞いてるんだから」
「……はい……」
優奈は観念したように頷いた。
「じゃあ、優奈はこの部屋で寝ていなさいって言われてたわよね? ちゃんと寝てた?」
「寝てない……です」
「そう。まぁ、昼間じゃ眠れないこともあるわよね。眠れなくても、ベッドに横になってたりした?」
「してない……です」
「してない? じゃあ何してたの?」
「ちょっとだけゴロゴロして……それから、ゲーム始めまし、た」
「ふぅん……ゲームねぇ?」
「ごっ、ごめんなさい……」
優奈の額には、風邪のせいか玲奈の威圧のせいかわからない冷や汗が浮かぶ。優奈は玲奈の怒りを鎮めようと、素直に謝った。
「はぁ……まぁ、いいわ。
じゃあ何で、ゲームをやってたはずの優奈が、会場に来たのかしら?」
「それは……ゲームしようとしてたら……ロゼリーヌがテレビから出てきて……」
「…………もう一度お願い」
「ロゼリーヌがテレビから出てきた」
「…………」
「…………」
「やっぱ意味わかんねーじゃん。嘘つけよ」
「う、嘘はついてないもん!」
「優雅、待って。優奈は、嘘はついてないのね?」
「うん! 私、確かにこのテレビからロゼリーヌが出てきたの見たの!
すっごい怖かったんだから!
さよこみたいにズズズって出てきて!!」
テレビを指差し、ロゼリーヌ出現時の恐怖が蘇ったのか、優奈の声がだんだんと大きくなる。
「ぶはっ! さよこって、お前……! くくっ」
優雅は苦し紛れの言い訳だと思ったのか、堪えきれずに笑い出した。
それを聞いた優奈は膨れっ面になるが、次の瞬間には、家族に信じてもらえないことに落胆し始めた。
「……ホントなのに……」
しょんぼりとしてしまった優奈に、助け舟が出された。
「そのロゼリーヌさんというのが、さっき会場で倒れて、あなたに頼まれてここまで連れてきた人ね?」
玲奈は頭を抱えたくなるのをこらえ、冷静に質問を続けた。
「そう……」
「ロゼリーヌさんが祝賀会場に来てたのは何故なの? ゆっくりでいいから、順番に説明してね」
「えっとぉ……あの時は、テレビから出てきた後に、立ち上がってから身だしなみを整え始めて、『ごきげんよう』とか言われて。
ここは祝典大広間の地下かって聞いてきて、私のことを使用人みたいに言って……」
「使用人?」
聞き捨てならない言葉に、玲奈が思わず反応した。
「うん。ロゼリーヌはフルネームで名乗って、自分は侯爵令嬢だから使用人の私が言うことを聞くのは当然みたいな態度でさ。
ここから出口まで案内しろって言われたけど意味わかんなすぎて答えれずにいたら、自分で出口を探すって部屋を出ていったから追いかけたの。
それでやっと見つけたと思ったら、お父さんの祝賀会場に入り込んでた」
「そう……。えっと……ロゼリーヌさんとはお友達なの? 優奈がここに呼んだの?」
「いや、友達とかじゃないし、私が呼んだわけじゃない……」
「じゃあ、知り合いなの?」
「知り合いでもない、かも……?」
「かもって、どういうこと?」
「あーえっとぉ。ゲームのキャラだから、私が一方的に知ってるっていうか……?」
「……ゲームのキャラ……」
頭の痛い優奈の回答に、玲奈は額に指先を当てながら本日何度目かのため息をついた。
長年の母親としての勘で、娘が嘘をついているようには見えないが、話自体が荒唐無稽すぎる。
「ゲームをやってたら、そのゲームのキャラがテレビから出てきたって言うのかよ?」
ゲームに関しては母や父は門外漢だろうと思った優雅が、玲奈の話を引き継ぐ。
母もだいぶ混乱してきているようだと、優雅なりに気を遣っていた。
「うん。ゲームをやってたらっていうか、ゲームしようと思って、ロードしてて……。
ロード長いなぁって思ってたら、白かった画面の真ん中あたりが、だんだん黒っぽくなってきてさ。
それで、黒いシミがだんだん人の影みたいになって。両手が出てきて、頭が出てきて……あ、最初はこの扇子が出てきたかな?」
「……その扇子の情報はいらねーだろ」
「どんな情報が必要かわかんないから、とりあえず全部言ってるの!」
「あーそーかよ。じゃあ何か、証拠みたいなもんあんの? あのお嬢様がこのテレビから出てきたっていう証拠」
そう言いながら、優雅は客室に設置されている大きめのテレビに目をやった。
「あっ! あるよ! とりあえずコレ!」
優奈は自分に巻かれていた毛布を剥ぎ取り、テレビの近くに寄った。
床置きにしているゲーム機の横へ半ば放置されていた、ゲームソフトのパッケージを拾い上げる。
そしてパッケージの表側を見せながら、優雅に手渡した。
「ほら、ここ見て。ロゼリーヌがいるでしょ? 本物と同じ!」
パッケージには、ゲームの主人公であるヒロインが中央に大きく描かれ、その周囲を数人の主要な登場人物が囲んでいる。
優奈が指差した左端には、例の扇子を手に、ツンと澄ました顔のロゼリーヌがいた。
「……確かに似てんな」
「でしょ!?」
「いや、だからコスプレじゃねぇの?」
「えぇっ? コスプレイヤーだって言うの!?」
「お前みたいにこのゲームのファンで、詳しいからドレスとか作って着てるんじゃねぇの?
今は外国人にも日本のコンテンツ流行ってるし」
「ぐぬぬ……それもそうだけど……っ! じゃあ、ゲームつけて確認してみる! 何かわかるかもしれないし!」
優奈は多少ムキになりながら、この部屋を出る前と同じようにテレビ前のカーペットへ座り込んだ。
コントローラーを操作して、ゲームの起動を試みる。
また何か変な〝モノ〟が、この画面から出てくるかもしれない。
だが、それはそれで、ここにいる皆に自分の言っていることが正しいと証明できるかもしれない。
優奈は半ばヤケクソ気味にそう思いつつ、ゲームが始まるのを待った。
「優奈ちゃん、まだ風邪ひいてるんだから……あまり興奮しすぎると、熱が上がっちゃうかもしれないわよ?」
ふいに、優奈の肩に柔らかなものが触れた。
妙子が、ソファに置かれていた毛布を再び優奈に掛けてくれたのだ。
「あ……ありがとう、妙子さん」
優奈は少し驚いて声のした左側を振り向き、妙子の顔を見ると、安心したように微笑んで礼を言った。
「まずは落ち着いて。ねっ?」
妙子はいつもの朗らかな笑みを見せながら、毛布の上から優奈の肩に手を置き、安心させるように声をかけた。
「……うん」
「優雅くんも。事情はまだよくわからないけど、優奈ちゃんが体調の悪い中、あのお嬢さんを必死に探して走り回って、会場まで入ってきたでしょう?
それは確かなのだから、あまり優奈ちゃんを責めるような言い方は、やめてあげてくださいな」
「……あぁ。悪かったよ……」
妙子に諭され、優雅はばつが悪そうに謝った。
「うふふ。優雅くんと優奈ちゃん、何か飲む? 玲奈さんも、お茶のおかわりは?」
妙子が、それぞれに希望を聞いた。
ゲームが始まるまでには、どうしても手持ち無沙汰な時間ができてしまう。
妙子はそのタイミングを見計らって自ら動き、皆に声をかけ、張り詰めた場の空気を和らげた。
「えぇ。お茶のおかわりをお願い、妙子さん。
そうね……優奈なりの理由があったんでしょうし」
「私は、まだお水でいいや」
「俺は紅茶お願い」
優奈と優雅のやり取りをしばらく黙って見守っていた玲奈も、妙子のおかげで少し復活したようだ。
優雅は妙子に飲み物を頼んだあと、座っていたソファに身を預け、天井を仰ぎ見ながら大きく息を吐き出した。
(疲れた……あ、このソファ気持ちいい)
まだ19歳の大学2年生である優雅にとって、父の祝賀会のような改まった席は、どうにも居心地が悪かった。
父の祝い事とはいえ、知り合いの少ない場所、着慣れないスーツ、使い慣れない言葉遣い……。
2、3時間の辛抱だと自分に言い聞かせ、祝賀会がもう少しで終わるというところへ、優奈から持ち込まれた意味のわからないトラブル。
疲れから、無意識のうちに優奈へ辛辣な言葉をぶつけ、当たっていたのかもしれない。
だからといって、優奈の言っていることを全面的に信じてやるわけではない。
だが、少しは寄り添ってやろうかと思い直した。
「優雅くん、どうぞ」
優雅の前に、温かい紅茶が入ったカップが置かれた。
「よっと……ありがとう、妙子さん」
優雅はソファから起き上がり、妙子に礼を言ってカップに口をつけた。
「……なぁ、優奈。お前は、あのお嬢様がゲームから出てきたと思ってんだろ? だから責任感じて、必死に追いかけてたのか?」
その言葉に、テレビを見つめていた優奈が、少し怪訝そうな顔をして優雅を見た。
「えっ? ……さっきは私の言ってたこと、全否定だったじゃん」
「いや……お前が言う、ゲームから出てきたって話は信じてねぇけどさ。
普通の人間なら、放っといてもホテルのスタッフや警察がどうにかするだろ。
お前、会場に来た時、結構焦ってたみたいだし。それは何でだ?」
「あー、それね。……普通の人なら、そうかもしれないけど。
ゲーム内のロゼリーヌは、青薔薇魔法っていう、めっちゃ強力な攻撃魔法を使うんだよね。
もしあの子が本物のロゼリーヌで、誰かが何かの拍子に怒らせたら……その魔法を使うんじゃないかって、心配だったから……」
「……いや、魔法はさすがに信じらんねぇけど。それでお前、あんなに焦ってたのか」
「うん……。もし優雅兄ぃの言う通り、ただのヘンなコスプレイヤーだったら、あー良かったーで済むんだけどさ」
「……まあ、万が一本当にそんなもんが使えたら、確かにヤベーな」
「うん……。それに、実際に見たんだよ」
「見たって、何を?」
「会場でロゼリーヌが怒った時、背中の辺りから青い炎がメラメラって出てたの!」
「……はぁ?」
優雅だけではなく、玲奈と妙子も怪訝そうな顔で優奈を見た。
「ホントだって! それから警備員さんに腕を押さえられた時、ロゼリーヌの周りに青い花びらみたいなのが一瞬だけ舞って……。それが消えた直後に、ロゼリーヌが気を失ったの」
「でも、会場にいた人たちは誰もそんな反応してなかったぞ。青い炎なんか出たら、もっと大騒ぎになってるだろ」
「だから……たぶん、私にしか見えてなかったんだって!」
「お前、やっぱ熱で幻覚見たんじゃねぇの?」
「違うってば!」
「優奈。もう一度、熱を測りましょうか」
「ママまでそんなこと言うのぉ!?」
その時、沈黙していたテレビから、聞き慣れた華やかな音楽が流れ始めた。
「あっ、ゲーム始まった!」
優奈が弾かれたようにテレビへ向き直る。
優雅と玲奈、妙子も、自然と画面へ視線を向けた。
テレビには、ゲーム『UpStart!〜華の乙女達〜』の見慣れたタイトル画面が映し出されていた。
「えぇっと、ちょっと待って。すぐにロゼリーヌが出てくるセーブがあるはず……」
優奈は自分の記憶を辿りながら、いくつかあるセーブデータの中からひとつを選び、決定ボタンを押した。
数秒後、ゲームはすんなりと始まった。
優奈は物語を少し進め、ある場面で操作を止めた。
「ここ! ここでロゼリーヌが出てくるから!」
場面が切り替わり、イベントが始まった。
背景が映し出されると同時に、BGMが流れる。
まず、ほかのキャラクターの立ち絵が現れ、画面下のセリフ欄に字幕が表示された。それに合わせて、キャラクターの声も流れる。
そして、次のセリフに切り替わった。
セリフ欄の左上には、話者としてロゼリーヌの名が表示され、その下にセリフが現れる。
『あら、ごきげんよう。ユーリ様』
セリフの字幕は、いつもどおり表示されている。
けれど、いつもなら聞こえてくるはずのロゼリーヌの声は流れない。
——それだけではなかった。
「…………え?」
立ち絵も、いない。
「いや……待って。こんなの初めてなんだけど……」
優奈は画面を凝視しながら、顔を強張らせた。
「……ゲームのバグじゃね?」
そうは言うものの、優雅は気まずそうな顔をしている。
「待って……ほかの……」
優奈は流れているイベントを終了させ、急いでタイトル画面へ戻り、別のセーブデータから始めた。
ロゼリーヌが登場する別の場面を表示させたが、やはりロゼリーヌだけがいない。
優奈はだんだんと青ざめながら、次にキャラクター図鑑を開いた。
ロゼリーヌの名前を選択し、確認する。
プロフィールや名前は残っているが、いつも表示されていたロゼリーヌの立ち絵だけが消えていた。
「……うそ……こんなの、ありえないよ……」
「…………」
「…………」
数秒間、その場にいる全員が沈黙した。
「……これはこれで気持ちわりぃけどよ、どーせバグだろ? コレ。
それより、とりあえずどーすんの? あのお嬢様」
優雅が、空気を変えるように口を開いた。
「え、えぇ。そうね……ちょっとおかしなことが起きてるけど……。
ゲームからロゼリーヌさんが出てきたっていうのは、これだけじゃなかなか信じられる話じゃないわ、優奈」
玲奈は、今の率直な気持ちを話した。
「えっ……? だからコレで証明できたでしょ!? ゲーム内にロゼリーヌがいないってことは、やっぱりこのゲームから出てきたんだよ!」
優奈は必死になって食い下がった。
「あなたの言うことは信じてあげたいけど……ほかに何か、手掛かりはあるの?」
「う……ない……」
「じゃあ、いったんゲームは中断して、ロゼリーヌさんが目覚めるまで待ちましょう?
彼女から話を聞けば、また何かわかることもあるかもしれないわ。
そろそろ元春さんも戻ってくるでしょうし……今日の夕飯のことも考えなきゃねぇ」
玲奈は、努めて普段どおりの口調で話題を変えた。
「うー……わかった……」
優奈も、どうにか証拠を見せて疑いを晴らしたかったが、今日の出来事は自分でもわからないことだらけだ。
玲奈の言う通り、ロゼリーヌが目覚めたら、落ち着いて彼女と話がしたいと思った。
優奈は玲奈に言われた通り、ゲームを中断し、本体をスリープモードにした。
テレビ画面が暗くなり、そこに映っていたロゼリーヌの名前も消える。
その本人は、隣の部屋でまだ静かに眠り続けていた。




