突然の来訪者、その後
ロゼリーヌが会場に入ってくる少し前。
優奈の母、玲奈も今日はドレスアップをし、祝賀会に参加していた。
今日は夫が主役のめでたき日。
それは玲奈自身もとても喜ばしいことなのだが、招待客から声をかけられ
『内助の功』
『作家の夫を長い間、陰から支えた』
などの賛辞を受けると、内心冷や汗をかきながらお礼の言葉を述べていた。
(私は元春さんの仕事自体はノータッチなんだけどなぁ……)
確かに、元春の著書のファン第一号を豪語しているし、まだ元春が作家として鳴かず飛ばずな時期は、生活費を支えていたこともある。
しかし、玲奈自身は大使館職員として結婚してからも仕事を続けていたし、仕事の内容によっては海外出張などもある。
家にいたりいなかったりの生活を続けていたので、『内助の功』などと言われると、どうにもむず痒い気持ちになりながらも、それを心の内にしまって、にこやかに招待客の対応をしていた。
そんな時、会場の入り口付近がどうも騒がしいことに気づく。
(何かあったのかしら?)
今日の玲奈は参加者の一人とはいえ、出版社側の関係者だ。祝賀会が始まる前は軽く打ち合わせがあったり、会の進行に目を配らせていた。
「ちょっと呼ばれましたので、失礼します。どうぞごゆっくり」
談笑していた招待客に断りを入れ、その場から離れる。気になっていた会場の入り口付近へ少し近づくと、ホテルスタッフが数人集まっているのが見えた。
(あれは……?)
今日は風邪をひき、客室に残していったはずの娘の姿が見えた。なぜかパジャマ姿のままだ。
そして、その隣にいる外国人風のドレスの女性と言い合いになっているようだ。
玲奈は英国人と日本人のハーフである。その父方の親族にも通じる、ヨーロッパ系の顔立ちをした女性だった。
玲奈は多少の親近感にも似たものを覚えながらも、緊急事態と察して素早く考えを巡らせた。
そして動く。
まずは周囲を見渡し、目的の二人を探す。
すぐ近くに息子の優雅がいた。
一人で軽食をつまんでいたようで、都合がいい。
「優雅、ちょっと」
「あぁ。何? 母さん」
「優奈がここにきてる。出入り口のところで何かトラブルっぽいの。優雅は妙子さん探して連れてきて。私は先に対応するから」
まだ周囲に人がいるため、少し声のトーンを落として冷静に優雅に伝えた。
「優奈が? アイツ……」
妹絡みの対応は面倒だと優雅の顔に出ていたが、母の頼みとあっては断れない。
「お願いね」
「あぁ、わかった」
短い会話を終わらせ、玲奈は優奈の元へ急いだ。
問題の場所へ小走りで近づく。
事態は少し変わったようで、気絶しているらしいドレスの女性を警備員が抱えていた。
娘はそれを呆然と見ているようだ。
周囲の人々がザワザワとして注目を浴びているが、今はそれどころではない。
「優奈! どうしたの!?」
「あっ……ママ……」
玲奈の声に反応し、優奈がこちらを見る。かなり戸惑っているような、憔悴したような表情だった。
無意識に玲奈の手が伸び、優奈を抱き寄せる。
「大丈夫? ケガしたの?」
「う、ううん。大丈夫……」
その言葉に玲奈は少し安堵した。
「失礼します、お身内の方でしょうか?」
これまでの状況を見ていたホテルスタッフは、この場を収められるだろう大人の女性の登場に少し安堵しながら、玲奈に話しかけた。
「えぇ、はい。主賓の向坂の妻です。この子は娘なのですが……娘が何かご迷惑をおかけしましたでしょうか?」
「あ、いえ。お嬢様はこちらの女性を止めようとしてくださってまして……。こちらの方もお身内の方ですか?」
ホテルスタッフの言葉と共に、気絶しているロゼリーヌに皆の注目が集まる。
「あー、あの」
「ママ、待って! お願い、話を聞いてほしいの。この子を部屋に連れて帰って、部屋で話がしたい……」
玲奈が言いかけたところを優奈が遮り、懇願してきた。腕の中の優奈がギュっとしがみついてくる。
その言葉に玲奈は数秒考え、そして軽いため息をつく。
「……はぁ。わかったわ。
すみません。申し訳ないんですが、この方を私たちの客室まで運んでいただけませんでしょうか? 同じ階の部屋なんですが」
玲奈はスタッフと警備員を見ながらお願いをした。
「はぁ。それは大丈夫ですが、昨日はご宿泊されていた方でしょうか?
もしよろしければ、救護室へご案内もできますよ」
「あ、いえ。さっきこちらへきたばかりのようで……?
私もよく事情がわからないことが多いので、一旦部屋のほうで、この方の介抱をしながら娘に事情を聞きます。
もし今夜の宿泊人数が増えるようでしたら、フロントへご連絡させていただきますから」
「はい、かしこまりました。ではお連れしますので、どちらのお部屋でしょうか?」
そんなやり取りをしている間に、優雅と妙子がやってきた。
後ろには元春の担当編集、水城が付いてきていた。
どうやら話が聞きたいらしい。
「母さん、妙子さん連れてきた。
……ちょ、優奈お前……っ!」
優雅が優奈を見たとたん、吹き出しそうになるのをこらえ、代わりにニヤニヤとした。
「もうっ! 優雅兄ぃ、しょうがないでしょっ! 急いでたの!」
おそらく今の自分の格好のことだろうと推測した優奈は、顔を少し赤らめながら優雅に抗議した。
「ハイ、そういう話は部屋でやってね。優雅は優奈の介抱して部屋へ連れて行って。
この人も警備員さんたちに連れて行ってもらうから。
妙子さんはこっちへ。部屋の鍵を渡しておくわ。
えぇっと。水城さん、少し待っていただけるかしら?」
自分の肩に掛けていたストールを取り、優奈の肩にかけながら玲奈はテキパキと指示を出す。
「わかりました」
水城は言葉通り、待ってくれるらしい。
向坂の兄妹と水城は知り合いで、特に優奈が水城に懐いているが、今は仕事としてここに来ているためか、軽く笑顔を送ってくるのみであった。
「はいはい」
妙子はにこやかに玲奈について行く。二人は少し離れたところで、話を始めた。
「やっぱり俺かよ……。まぁ、お前まだ風邪なんだろ。仕方ねぇか……てゆーかこの人誰だ?」
玲奈の指示を聞き、予想通りだがやはり面倒そうに優雅が言い、続いて気絶しているロゼリーヌを見る。
「それも部屋帰ってから説明するから……」
優奈は言いにくそうに、少し困った顔を見せた。
「……わぁったよ!」
優雅は目を逸らし、無意識に後頭部を掻いた。
少し待っている間、優奈はロゼリーヌが落とした扇子を拾った。
(ゲームのデザインと同じ扇子……。やっぱりこの子はロゼリーヌなんだ……)
一方、玲奈と妙子の会話は。
「妙子さん、ごめんなさいね。今日はお休み扱いだったけど、仕事としてお願いしたいことがあって……後日手当てとして出すから」
「まぁ。いえいえ、玲奈さん。そういうのは気にしないでくださいな。
今日は私もお祝いと称して、色々と便乗させてもらってますからねぇ」
妙子は冗談ぽくコロコロと笑った。
妙子は向坂家の住み込みの家政婦だ。血縁関係はないが、元春の若い頃の恩人で、玲奈とも旧知の仲である。
今回の祝賀会は是非にと、向坂夫妻の意向で妙子も招待されていた。
「ありがとう。えぇっと、まずはさっき倒れてたドレスの女性のことね。優奈の知り合いみたいで。
優奈に頼まれて、私たちの部屋で介抱することにしたの。気がつくまでは側にいてあげて。
……詳しい事情は、今から優奈に聞くつもりだけど。たぶん、何か訳アリねぇ、アレは。
私と似てる感じだから、いちおう私の親戚ってことにしておくから、そのつもりでいて。
それから、妙子さんの今夜の宿泊は部屋を変わってもらうかもしれないわ。この階の客室に。それについてはまた伝えるから。
ハイこれ、キーカード」
「えぇ。承知しましたわ」
妙子が朗らかに了承し、客室のキーカードを受け取った。
「今まだバタバタしてるから悪いんだけど、先に行ってて。
私は水城さんとちょっと話してから部屋へ向かうわ」
「はいはい」
短めの会話を終わらせ、妙子は先に客室へ向かった。
玲奈はまた、話をするために水城に近寄る。
「水城さん、お待たせしました」
「いえ、お気になさらず。それより、大丈夫なんですか?」
「えぇ、まぁ……。あのドレスの女性は私の親戚なの。
申し訳ないけど、私も席を外すから『身内が失礼しました』ってマイク入れておいてもらえるかしら?
会もあと30分くらいだし……そこまで大きな騒ぎにはならなかったから、ここで中止にしたくないの。場を繋いでおいてもらえる?
あと、元春さんにも伝えておいて」
玲奈は腕時計の時間を確認し、水城にお願いをした。
「了解しました。……ですがちょっと、無茶振りがすぎません?」
了承しつつも、水城は笑いながら軽い冗談を言う。
「ふふっ。ウチの有能な編集担当さんを、私は信頼してるわ。よろしくお願いね〜」
玲奈はにこやかに言いながら半ば強制的に話を終わらせ、会場の出入り口へ向かった。




