祝賀会乱入
優奈たちが宿泊している高級ホテルは、20階建ての宿泊施設である。6階から18階までは一般的な客室があり、1階は正面玄関、エントランス、ロビー、フロント、ラウンジ等。
2階から5階には大型レストランやバー等の施設があり、宴会場・披露宴会場・会議室といった貸し会場も備わっている。
そして5階は特に、宴会場と奥方向に特別客室・スイートルーム等がある混在フロアである。
今回、元春が所属する出版社は祝賀会の開催にあたり、主賓である元春とその家族のために、宴会場と同じフロアにあるスイートルームを予約で押さえていた。
優奈が先ほどまでいた客室である。
そんな事情を知らないロゼリーヌは、客室を出たはいいものの、曲がり角の多い廊下を迷路のごとくウロウロとし……見事に迷子となっていた。
似たような扉が並び、試しに扉を開けようとしたが、鍵がかかっていたので諦めた。
立て看板や表示は読める……が、意味がわからない。
(エレ、ベーター……ホール?)
そこを覗いてみるが、ガラス付きの扉らしきものが二つ並んでいるのみ。
「……これは何の扉なの?」
よくわからないのでスルーした。
ロゼリーヌが探しているのは、地上の出口へ繋がる階段の場所である。
しかしながら、このホテルの階段は建物の両端に設置されており、『防火扉』の向こう側だ。
防火扉には階段と、簡略化された人間が階段を渡る姿が描かれていたが、ロゼリーヌはその絵が意味不明すぎてUターンをした。
「まったく……!」
なかなか階段が見つからず、イライラとし始め、歩く速度が速くなる。
カツカツと靴のヒールが鳴った。
一方。その頃の優奈は——。
急いでルームシューズを履き慌てて客室を出たが、そのために一拍遅れ、先に出たロゼリーヌを完全に見失っていた。
「えっ!? どっちに行った!?」
キョロキョロと顔をめぐらせながら廊下を走ったり、スピードを緩めて探したりする。
だがパジャマ姿という格好のため、それを見た女性のホテルスタッフにギョっとされながら
「あの、お客様!?」
と、呼び止められた。
(あちゃー。今かよ!)
ココロの中では口の悪いツッコミを入れるが、そんなことは口にできない。
「すみません、今人を急いで探してて! さっきなんですけど通りませんでした!?」
「人、ですか? どのような方でしょうか?」
優奈が慌てていたので、スタッフは緊急事態かと察して対応してくれた。
「あの、えっとー…青っぽいドレス着てて、金髪の外人さんみたいな!?」
女性スタッフからすると、そのドレスの女性と目の前のパジャマの女の子がどういう関係なのか疑問が浮かんだが、『お客様の内情は探らない』と、そこはあえて口を噤む。
「あぁー、そういう方でしたら、先ほどお見かけしましたよ。ウェディング関係の撮影モデルさんかと思ったのですが……?」
(ココだとそう思われちゃうんだ!?)
優奈はその言葉に驚嘆した。
(そうか。宴会場があるフロアだから、あんなドレスで歩いてても意外と怪しまれないんだ……)
意外な事実が判明したが、ロゼリーヌを探す方が優先である。
「ええっと、どっちの方向へ行ったかわかります?」
ホテルスタッフの善意という名の邪魔が入ったため、優奈のロゼリーヌ捜索がさらに遅れることとなった。
その頃、ロゼリーヌは先ほどのエレベーターホールを通りすぎた辺りから、建物内の様子が変わってきたことに気付く。
赤い絨毯の広めのロビーへ出て、人がぽつぽつと現れ、立ち話をしていたり、使用人らしき者がワゴンを押している姿が見えた。
ロゼリーヌの目からは皆、一様に今の流行とは違う服装をしており多少疑問を感じたが、ここを出るほうが先決だと歩みを進める。
やがて、進んでいくと人が増え始めた。
途中ですれ違う人々は、ロゼリーヌを見て
(綺麗な外人さんね……豪華なドレス姿だから、どこかの花嫁さんかしら?)
(こんな綺麗な子なんだからモデルかなにかだろう。撮影か?)
(何かのイベント?)
などと、様々な思惑が飛び交ったが、ロゼリーヌはそんな視線は慣れたもので、姿勢よく堂々と歩く。
そして、とある会場の扉が見えてきた。
他の会場の部屋より大きく、行き交う人の数も多いようだ。
きちんとした服装の男女。
料理を運ぶ使用人。
遠くから聞こえる談笑。
和やかな音楽。
開け放たれた大きな扉。
(やはり祝典大広間の近くにいたのね!)
と、ロゼリーヌは自分がまだ元の世界にいるものだと誤認しながら、会場へ吸い込まれるように入っていった。
そこでは偶然にも、元春が主賓である祝賀会が開かれていたが、ロゼリーヌがそんなことを知る由もなく。
祝典大広間へ戻ってこられたと思っていたが、中へ入ってみるとどうも様子が違う。
(……学友たちではない。だとしたら、この方たちは卒業パーティーに招かれた保護者や来賓の方々かしら?)
確かに正装の男女が大勢いるが、知らない大人ばかりだった。だが給仕をしている者もいるし、ロゼリーヌはここにいる者たちが祝典関係者なのだろうと思った。
ならばとにかく自分に起きた異常事態を、誰かに知らせなくては。
——そして、
「お待ちください!!」
会場に向かって大声を張った。
それを聞いた祝賀会の関係者が何人か振り向き、ロゼリーヌを見て、その豪華なドレスの装いや容姿に内心、一様に驚く。
一瞬、驚きや感嘆の声が同時に漏れ、会場の一部でどよっと声が上がった。
しかし招待客は自ら動くはずもなく、様子を伺うのみ。
出版社側の関係者たちも予定外の人物登場にホテル側の不手際かと思い、対応はホテルスタッフに任せることにした。
「お客様、どうされました!?」
ロゼリーヌの大声に反応して、男性のホテルスタッフが急いで近寄り声をかけてきた。
ホテルスタッフの彼は今回、会場の出入り口に立つ案内係である。
ほんの数分前に、会場の外でこちらに近づいてくるロゼリーヌを見つけたが、彼女があまりにも堂々と会場内へ入っていったので、『ご案内のお客様だろうか?』と思い、入場を止めることもせずにスルーしてしまった。
だがその彼女が大声を上げ、騒ぎになろうとしている。
男性スタッフは慌てて自分も会場内に入り、ロゼリーヌの対応を買って出ることにした。
そのホテルスタッフに後ろから声をかけられたロゼリーヌは振り返る。そこには使用人らしき格好をした男性がいた。
「ちょうどよかったわ! あなた、ここの警備を担当しているのでしょう?」
「……はい?」
「至急、衛兵を集めなさい! 祝典大広間の地下を調べるのです!」
「……地下、でございますか?」
男性スタッフは最初はこの豪華なドレスを着た外国人は、同フロアの別案件の関係者だろうと思っていた。
話を聞き出し、正しい会場へ案内すれば良いと考えていたが、彼女の言っていることが不明すぎて次第に警戒心を強めていく。
だがこの場で、これ以上騒ぎを大きくするわけにもいかない。
男性スタッフはロゼリーヌの話を聞きながら、近くの別のスタッフとアイコンタクトを取った。
その様子をうかがっていたスタッフは、アイコンタクトの意図を察したように頷き、従業員用の無線を使って警備担当者へ連絡を入れた。
——そこへ、ロゼリーヌを追っていた優奈が、遅ればせながら会場内へ入ってくる。
「あっ! ロゼリーヌいた!! こんなところに!」
男性スタッフに自らの状況を訴えていたロゼリーヌだったが、横からそんな声をかけられ、話を中断された苛つきで眉を吊り上げながらそちらを見た。
「あなた、さっきの小娘……?」
「誰が小娘よ!? いや、そんなことより、部屋に戻ろ? ねっ? 話なら聞くからさ!」
優奈自身もロゼリーヌがこの場で騒ぎを起こすのはマズいと、咄嗟にロゼリーヌの左手首を掴み、必死に彼女を引き留めた。
優奈は知っている。ロゼリーヌが青い炎を操る大魔法が使えるということを。
もしそんな攻撃魔法を怒りに任せて放たれたら、この場が一瞬にして火の海になってしまうかもしれない。そんなことは許容できるものではない。
優奈はできるだけ穏便にこの場を収め、とりあえず宿泊している部屋へロゼリーヌを連れ戻したいと考えていた。
しかしロゼリーヌは、優奈のそんな言葉を聞き余計に反発を強めた。
「黙りなさい! あなたでは話にならないと申しましたでしょう!」
その言葉と共に、握られていた優奈の手を振り払った。
「あっ!」
優奈は振り払われた手を庇うようにしながら、それでも諦めずにロゼリーヌを見た。
そこへ、ホテルの警備員が走って割り込んでくる。
「お客様! ここで騒ぎを起こされるのは困ります! 落ち着いて!」
新たな人物の登場に、ロゼリーヌの怒りがさらに増す。
「何なのですか先ほどから!? わたくしは侯爵令嬢ですのよ!」
ロゼリーヌは激高した。
(目の前の平民ごときが、わたくしの言うことを聞かないなんてありえないわ。ましてや、邪魔をしてくるなんて……!)
優奈はロゼリーヌの背後からメラメラと青い炎が沸き立っているのが見えた。
(あ、これマジでヤバい……!)
優奈は慌てて、再度ロゼリーヌに抱き着いてでも止めようとしたその時。
警備員が一歩前へ出てきて
「お客様、落ち着いてください!」
と、再度声をかけながら、ロゼリーヌの前へ出て制止した。
それでもロゼリーヌは、
「そこをお退きなさい!」
と押し退けようとする。
警備員は咄嗟にロゼリーヌの背後へ回り、その両腕を押さえ込んだ。
「キャッ! な、何をするのです!?」
背後から両腕を押さえられたロゼリーヌが、驚きの声を上げながら抵抗しようとした。
————その時。
優奈から見えた光景は。
ロゼリーヌの周囲に、青い花びらが舞っているように見えた。
(えっ……何コレ……!?)
しかし、その花びらのような〝何か〟はすぐに消え去り、ロゼリーヌは突然、力が抜けたようにガクンと項垂れた。
持っていた扇子が手から抜け落ち、床に転がる音がする。
「うわ…っ!」
突然力を失った身体を、警備員は慌てて抱き留めた。
「……気を失ってる……?」
優奈はその状況から、恐る恐るひとりごち、最悪の危機は回避できたと少しホッとした。
だが優奈は、ロゼリーヌを止めることに必死になっていたため、会場に居合わせた全ての人々の注目を集めていることに気づいていなかった。
「優奈! どうしたの!?」
そんな中で、優奈の元に玲奈が駆けつけてきた。




