出会いはホラーチックに突然に
「はぁぁぁ……。ここまで来たのに参加できないとか……あーもう! いいや。ゲームしよっと」
だいぶ大きな独り言とともに、向坂優奈はため息を吐いた。
テレビ画面の前に大きめのクッションや枕を移動させ、自分の陣地を作る。
そしてテレビと繋いだゲーム機を起動した。
ここは都内のホテルの一室。
昨日から家族で宿泊している、星がつくほど豪華なホテル……らしい。
(よく知らんけど!笑)
自分が決めたことではないので、あまり興味はない。
とはいえ、父親に連れてこられたこのホテルの、高級感漂うエントランスやロビーには圧倒されたし、立派な客室に入った時には素直に感心した。
もっとも、それも昨日のこと。
一泊した今では、この部屋にもだいぶ慣れてきた。
買い込んでおいた細長いチョコのお菓子を口だけでモグモグと食べながら、手元のコントローラーを操作し、目的のゲームがロードされるのを待つ。
(プレスタ持ってきてて正解だったわー)
ゲーム機のハードは携帯用……だと嬉しいのだが、優奈が持ち込んだのは据え置き用である。
小旅行に重たいゲーム機をわざわざ持って行くなんて……と兄には呆れられたが、優奈はおかまいなしだった。
それくらい、今やっているゲームが面白く、すっかりハマって何周もやり込んでいた。
そのゲーム名は『UpStart!〜華の乙女達〜』。
友人である莉子からこのゲームのことを教えてもらい、発売日には一緒に買い物へ行ってゲームソフトを手に入れた。
ジャンルは乙女ゲーム。
男爵令嬢であるヒロインが主人公で、プレイヤーはそのヒロインを操作し、各種ミニゲームなどでステータスを上げ、ヒロインのキャラクターを育成していく。
また、イベントで第一王子を含む四人の攻略対象との仲を深めたり、令嬢たちと競い合う『王国の華評価会』というランキング要素もある。
当初は、
(“アップスタート”ってどういう意味だっけ?)
と、それなりに受験生だった優奈は辞書で調べ、『成り上がり』という翻訳を見つけた。
(…………)
多少の既視感に半眼になりつつ、
(本当に面白いんかいな?)
という疑問も浮かんだ。
だが、同時期にプレイするという約束を莉子としていたため、
(まぁ、とりまやってみるべし!)
と初プレイに臨んだのだった。
(……いやぁ、今思えば受験生がやるべきじゃなかったわよね)
ゲームやりたい。
いや、でも勉強しなきゃ。
そんな二つの気持ちの間を揺れ動いた受験期間だった。
非常に苦しい日々だった。
進学先の高校の偏差値より、優奈の成績は余裕で上回っていたものの。
「受験は油断大敵」と発破をかける教師たちや、周囲の学友たちの雰囲気に押され、試験日までは勉強せざるを得なかった。
だが、それももう終わった。
(今の解放感が半端ないんだけど!)
合格も無事に決まり、堂々と遊べる心地良さがたまらない。
受験勉強中に遊べなかった分を取り戻すべく、暇さえあればゲームを起動して、攻略対象を変えつつ何周かやり込んだ。
そしてイベントや分岐点を発見しては、同じ高校に合格した莉子と情報を共有していた。
(ホントは今日、出たかったけど……)
優奈はふと、今日の予定を思い出す。
本来ならば今頃、作家である父・元春の著書が賞を受け、その祝賀会に家族で参加している予定だった。
もちろん主役の父は、今頃壇上だろう。
昨日、優奈はホテルにチェックイン後、帰国してきた母・玲奈を、兄の優雅と一緒に空港まで迎えに行った。
久しぶりに母と再会し、その後は三人でウィンドウショッピングがてら都内を散策し、食事を楽しんだ。
元春は祝賀会の打ち合わせがあり同行できなかったが、久しぶりの母との会話は弾んだ。
そして、どうやら少々はしゃぎ過ぎたらしい。
翌日である今日。
優奈は、しっかり風邪をひいていた。
熱は判断に迷う、三十七度台。
「今日はもういいから。寝ていなさい」
祝賀会に出るとゴネる優奈を元春が諭し宥め、優奈の欠席は家族の総意となった。
参加を諦めた優奈はホテルの客室に残され、不貞腐れながら、こっそりゲームを始めた次第である。
(せっかく新しい制服も持ってきたのになぁ……)
この春から高校生になる優奈は、祝賀会で家族や知り合いに制服姿を見せるつもりだったが、それも叶わなくなってしまった。
(どうしてこうなった!)
急遽、優雅が買ってきてくれた風邪治療セット——市販薬などが入った袋の中にあった冷却シートを額に貼り付け、パジャマ姿のままクッションに身を預ける。
胡乱げな目でテレビ画面を眺めるその姿は、さながら引きこもりの干物女である。
病院への受診も勧められたが、優奈は「大したことはない、市販の薬で十分」と押し切った。
今日は家族全員が何かと忙しい日だ。
自分のせいで兄や母が付き添い、せっかくの祝賀会を欠席するのは嫌だった。
帰宅後も風邪の症状が治らないようなら受診するようにと念を押され、優奈も了承した。
そうして今の状況に落ち着いたのである。
(……それにしても、遅くない?)
色々と考えているうちにゲームが始まる——と思いきや、テレビの画面は白いままだ。
いつもなら、とっくにゲームが始まっていてもおかしくない。
「えっ、なんで? フリーズした?」
優奈は思わず呟いた。
コントローラーを床に置き、四つん這いになってテレビへ近づこうとした。
その時——。
白かった画面の中央あたりから、じわじわと黒いシミのようなものが広がっていく。
やがて。
ゆっくりと、楕円形の黒い影が映し出された。
「えっ、えっ? 何これ……!?」
驚きの表情で画面を凝視する優奈の疑問に、答える者はいない。
…ズ……ズズズ……ズズ……
画面から、棒状の何かが突き出てくる。
それを握る、華奢な左手。
続いて、爪の長い右手らしきものが、画面の内側の〝縁〟を掴んだ——。
「…………え?」
折り曲げられていた腕が、ゆっくりと伸びる。
やがて、頭らしきものが覗いた。
乱れた長い髪が幾筋も垂れ落ち、顔を覆ったまま、画面の縁をずるりと滑ってくる。
「ひっ……ひぃぃいぃぃ……っ!」
〝それ〟を人だと認識した途端、優奈は言葉にならない悲鳴を上げた。
座った体勢のまま後ずさり、客室のソファーの脚元に背中がぶつかる。
逃げたい。
今すぐこの場から逃げ出したい。
なのに、身体が強張って思うように動かない。
異様な光景に釘付けになり、さっと血の気が引いて、全身に震えが走った。
「……ッグァ、ハァーッ……ハァー……ッ」
女の乱れた息遣いが聞こえる。
「ぁ……あ……」
優奈は口をはくはくとさせた。
あまりの恐怖に、目には涙まで浮かんでいる。
「……やっと……やっと、出らレた、ワ……」
〝それ〟が、ゼイゼイと息を乱しながら、合間に声を漏らした。
画面の縁に両手をかける。
ぐっと腕が伸ばされ、頭がテレビ画面より上へ持ち上がった。
そして——上半身が出てくる。
「…………」
優奈は声も出せない。
次の瞬間。
上半身がグラッと傾いた。
そのまま——
べしゃり。
部屋の床に置いてあったクッションへ、顔から落ちた。
それに伴い、脚を覆っているらしいロングスカートがぶわりと広がり、下半身までもが画面から引きずり出される。
衝撃で乱れた長い髪がほどけ、床の上へ這うように広がった。
「ゥ―――!! ッッ……! ヴゥゥウ……」
呻き声が、顔を埋めたクッションから漏れている。
テレビ画面から床までは、高さ五十センチ程度。
とはいえ、腕の支えもなく顔から落下すれば、それなりに痛いだろう。
——いや。
あるいは『痛み』以外の理由で唸っているのかもしれない。
女の両腕が、床の上でもがく。
乱れた長い髪。
顔は見えない。
床を這うような姿。
テレビ画面から現れた、謎の女。
——優奈は、小さい頃に家で見た映画を思い出していた。
今でもトラウマとも呼べる、あの恐怖が蘇る。
映画のタイトルより、何故かその主人公の名前のほうが有名だ。
「ギャアァァアアーーー!!
さっ、さささよこが……っ! さよこが出たーーー……ッ!!!」
優奈はもう、失神寸前であった。




