表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/6

外伝1【レガリア王国の落日】エピローグ『残照と、狼の爪痕』

エピローグ:残照と、狼の爪痕


1:西の災厄

後にレガリア王国の歴史書に『西の災厄』と大罪の文字で刻まれることとなる未曾有の大戦は、黄金騎士グリフィスの死という、あまりにも重すぎる幕引きによって一応の終止符を打った。

だが、勝利に沸く時間は一瞬すらも存在しなかった。

夕闇が完全に夜の帳へと変わる頃、王都西方の平原に転がる無数の屍を前に、総大将ヴィルヘルムは血塗られた聖剣を鞘に収める間もなく、全軍に次なる非情な命令を下さねばならなかった。

「休息は与えん。動ける者はすべて武器を取れ! 北のアイアンサイド砦、そして東の古城へ軍を動かす。我が同胞たちが、今も限界を超えて戦っているのだ!」

ガルド族らを荒野の奥へと撤退せしめた王国軍の残光は、傷ついた身体を引きずりながら、休む間もなく北方国境へと強行軍を開始した。

しかし、彼らが数日をかけてそれぞれの戦地へと辿り着いた頃には、すでに戦場の空気は冷たく静まり返っていた。

ノルドハイム帝国軍は、潮が引くようにして国境線の向こうへと撤退していたのである。


それは、決して帝国の慈悲などではなかった。『鉄血のグスタフ』が文字通り一歩も退かずに築き上げた鉄血の防壁、そして『沈黙のゼクス』がたった一つの騎士団で二万の鉄蹄を受け止め続けた超人的な奮戦。その二つの不屈の岩盤によって、帝国軍は開戦初頭にして予想を遥かに超える少なからぬ損害を被っていた。

さらに、王都西方でグリフィスが討たれたという急報が届いたことで、帝国将帥は「これ以上の継続した侵攻は困難であり、泥沼の消耗戦になる」と冷徹に判断せざるを得なかったのだ。


こうして、レガリア王国は滅亡の危機を免れた。

だが、戦後に残された謎は、あまりにも深く、昏い。


レガリア王国を震撼させた第四騎士団の反乱。黄金騎士グリフィスがガルド族の蛮族どもをレガリアの土地へと引き込んだのか、あるいは、底知れぬ狡猾さを持つガルド族の側が、何年もの歳月をかけてグリフィスの大義を揺るがし、彼らを調略したのか。

その真相は、首謀者たるグリフィスが物言わぬ屍となった今、最後まで明らかにはならなかった。

また、それと完全に時を同じくして行われた、北のノルドハイム帝国の侵攻時期についても同様である。王国内の混乱に乗じただけの、恐るべき「偶然」だったのか。あるいは、黄金の騎士と北の皇帝との間に、国を切り分ける密約――「連携」が存在していたのか。

レガリアの歴史において、最も激しく、最も多くの血が流れたこの点については、後世の歴史家たちの議論は今なお続いており、未だに誰も確たる答えを出せていない。



2:置き去りの領地


歴史という名の大きな大河が激しくうねる時、その飛沫は、無力な個人の運命を無慈悲に、そして完全に変え果ててしまう。

この『西の災厄』は、ある下級貴族の少女の運命を、その根底から狂わせることとなった。

第四騎士団が本来守護すべきであった、西の国境付近。そこには、なだらかな丘陵に囲まれた、とある貴族の長閑な領地が存在していた。

平和そのものだったその土地には、王都から騎士として派遣されていた、ある下級貴族の父子が実直に任務に就いていた。バルバトス家。名誉こそあれど富はなく、ただひたすらに騎士としての忠義を重んじる一族であった。


だが、最悪の凶報は突如として訪れる。

「ガルド族が国境を越えた」との知らせを受けたその領地の領主貴族は、恐怖のあまりに正気を失った。彼は領民たちにも、そして自らを守るべき騎士たちにすら何一つ告げることなく、夜陰に紛れて財産だけを馬車に詰め込み、自分だけが王都へ向けて逃亡したのである。

残されたのは、何も知らない数千の領民と、バルバトス家の父子騎士と十名ほどの兵士のみ。

目の前に迫るは、地平線を埋め尽くすガルド族の容赦のない軍勢。


「逃げるな! 民を、一人でも多く東へ逃がすのだ! 我らバルバトス家が、この地の盾となる!」

残された民たちを守ろうと、父子の騎士は絶望的な戦力差の中で、必死の奮戦を試みた。

しかし、現実はあまりにも残酷だった。どれほど気高き魂を持とうとも、数千の蛮族の暴力の前では、二人の騎士の奮戦はあまりにも無力だった。民を守り切ることは叶わず、戦火の中で次々と悲鳴が途絶えていく。

父は、数条の刃に身体を貫かれながらも、最後までその剣を捨てなかった。騎士の誇りを汚さぬよう、立ったまま敵を睨み据えて息絶えた。

兄は、最後の最後まで、泣き叫びながら避難する民の列の後尾に残り続け、押し寄せる狼兵の群れに一人で立ち塞がり、肉の塊となるまで剣を振り続けた。

失意と血煙の中、二人の高潔な騎士は命を落とした。


――この二人の騎士こそが、後に第七騎士団の副長として『灰狼の半身』と呼ばれることになる少女、ナナの父と兄であった。

このとき、少女ナナはわずか十四歳。

彼女は、戦場の凄惨な現実など何も知らなかった。王都の目の眩むような美しい日差しの中で、自分はいつか、貴族の娘として他のしかるべき貴族と結婚し、穏やかで平和な人生を歩むものだと、疑いもなく信じながら日々を過ごしていたのだ。

あの日、父と兄の遺品である、血と泥に汚れた壊れた剣が王都の屋敷に届けられた時、十四歳の少女の中で、何かが完全に死に、そして何かが猛々しく産声をあげた。



3:第二次西の災厄


『西の災厄』から、六年という歳月が流れた。

王都レガリアは表面上の平穏を取り戻しつつあったが、西の国境はいまだに深い傷跡を残したままだった。第四騎士団長グリフィスの後任は、あまりにも巨大すぎる裏切りの衝撃から調整がつかず、空席のまま。その結果、西の国境付近は正規の騎士団ではなく、どこにも所属を持たない、食い詰めた『自由騎士』たちの互助組織によって、辛うじて守られているという有り様だった。

そして、運命の歯車は再び回り出す。


西の国境付近に、再びあの忌まわしきガルド族の影が現れたのだ。しかも今回は、六年前のような前衛部隊ではない。ガルド族の族長であり、大陸西部にその悪名を轟かせる巨漢、バザルガ・ガルザ自らが大軍を率いて、王国を完全に喰らい尽くさんと進軍してきたのである。

後に『第二次西の災厄』と呼ばれることになる、この絶望の侵攻が王都へと告げられたとき。

父と兄を失い、幼くして没落しかけたバルバトス家の家督を継いだナナは、二十歳になっていた。


十四歳のあの日から、彼女は刺繍針を捨て、重い鋼の剣を取った。周囲の貴族たちから「狂った」と嘲笑されようとも、血の滲むような、骨の軋むような努力を毎日、一日の休みもなく重ねてきた。そうして彼女は、一人の誇り高き『自由騎士』となり、奇しくも父と兄が命を落とした、あの西の街の防衛任務に就いていたのである。

「民を、早く街道へ! 荷物は捨てて命だけを持っていくのよ!」

六年前と全く同じ、炎と悲鳴に包まれる街。

押し寄せるガルド族の大軍から民を逃がすため、ナナは躊躇うことなく、数名の志願した自由騎士たちと共に、最も危険な最後尾へと残ることを選んだ。

彼女の獲物は、女性の体躯にはあまりにも不釣り合いな、父と兄の遺志を継いだ、身の丈ほどもある武骨な大剣。

「……二度は、狂わせない!」

ナナは迫り来るガルド族の軍勢に対し、地勢の利がある狭い隘路陣地を利用し、その大剣を風の如く振り回して、鬼神の如き強さでよく戦った。大剣が一閃するたびに、蛮族の兵が防具ごと叩き斬られ、彼女の凛とした美貌が返り血で染まっていく。

だが、多勢に無勢。

隘路を埋め尽くすガルド族の数は、斬っても斬っても一向に減る気配がない。一人、また一人と、共に残った仲間たちが凶刃に倒れていく。

(ああ……父上、兄さん……)

六年前に父と兄が見たものと全く同じ光景。

父と兄を、自分の世界のすべてを奪い去ったあの悪夢そのものが、再び目の前に広がっていた。大剣を支えるナナの両腕は疲労で激しく震え、指先からは血が滴り落ちている。

ここまでか――。

ナナが絶望に瞳を閉じ、最期の覚悟を決めた、まさにその刹那だった。


「――おいおい、女だてらに大した根性じゃねえか。だが、死ぬには百年早すぎるぜ、お嬢ちゃん!!」

爆風と共に、街道の木々をなぎ倒すような、あの狂暴極まる『野獣の咆哮』が戦場に轟き渡った。

大地を蹴立て、土埃を巻き上げながら、凄まじい速度で突入してきた一団。その先頭を駆けるのは、二振りの愛剣を抜き放ち、飢えた狼の如き獰猛な笑みを浮かべた男――灰狼リチャードであった。

もちろん、今回も王都からの正式な出陣命令など待ってはいなかった。西の危機を聞きつけるや否や、独断で第七騎士団を強行急行させていたのだ。

リチャードの双剣が一瞬で三人の敵兵の首を撥ね飛ばし、ナナの前にその大きな背中が滑り込む。

「あなたは……『灰狼』リチャード団長……!? こんな、無法の境界に、なぜ……」

息を荒げながら、ナナは驚愕に目を見開いた。正規の騎士団が、自由騎士の守る捨てられた街に援軍に来るなど、あり得ないことだったからだ。

リチャードは、迫り来る次の敵を蹴り飛ばしながら、背後のナナへ向かって乱暴に言い放った。

「話は後だ! 命が惜しけりゃ、さっさと後ろへ撤退しろ!」

その言葉を聞いた瞬間、ナナの眸に、激しい、そして決して消えることのない不屈の炎が灯った。

「……いえ! 私は退きません、私もここで戦います!! 団長、私に馬を貸してください!」

二十歳の少女の、命を賭したその叫び。

それを聞いたリチャードは、一瞬だけ驚いたように目を見張り、次の瞬間、彼の人生で最も愉快そうな、そして最も獰猛な笑みをその顔に刻んだ。

「――ハッ、気に入った! おいお嬢ちゃん、俺の背中から絶対に離れるなよ!」

「はいッ!!」

ナナが馬の背に飛び乗り、大剣を正眼に構え直す。

後に、王国最強の双璧の一角『灰狼の副長』として、大陸全土にその名を轟かせることになる一人の少女の真の戦いは、この日、この燃え盛る西の街道から始まったのである。





叛逆の灰狼と蒼の騎士外伝『レガリア王国の落日』完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ