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いかにして彼は生きると決めたのか  作者: 冷製春雨スープ
再会の温度、初恋の再定義
6/7

5話

「着きました」


「ここか?」


「ええ、中ですこ.....」


マサオミはゆかりの話を最後まで聞かずに入室する。マサオミの頭の中はご飯のことでいっぱいだった。


ゆかりは少し苦笑いをしているが、マサオミは気づかない。背を向けて歩いているからである。

この男にはレディファーストの概念がないらしい。先程もそうだったがもう少し紳士的な対応ができないものなのだろうか。


「いえ.....別にいいのですが.....少しは話をですね....」


マサオミはすでに椅子に腰掛けていた。もちろん上座であった。今回もなんとなくである。


そんなゆかりの言葉を聞いたマサオミは一言


「なんだ?」


何も聞いていなかった。頭が飯に支配されすぎている。無意識に唯我独尊を地でいく身勝手男。タチが悪い。


彼は部屋を見回して、気づいた。この部屋は初めてゆかりと会った部屋であると

懐かしい


「初めての部屋か?」


彼は言葉足らずであった。マサオミの中では、"ここはゆかりと初めて会った部屋か?"と言っているつもりである。


この圧縮言語には団員も戦友も苦しまされていた。戦闘中はあんなにわかりやすく指示を出してくれるのに......なんで普段はこんな.......と

本人に自覚がないのが本当にタチが悪かった。


数秒の沈黙。部屋には時計のチッチッチッと言う軽い音だけが響いている。


しかし流石はゆかり。10年のブランクがあろうともマサオミの言葉の意味を理解する。妄想癖のある乙女であるからこそなのだろう。

クソボケ検定3級はあった。


「...ええ。気づいてくださるのですね.....」


ゆかりは目を見開いて驚いた。


もちろんゆかりはその事をわかった上でこの部屋に案内していた。自分と彼の始まりの場所、ゆかりにとっては大事な思い出であり、この部屋で一緒にお菓子を食べたり遊んだりしていた。そんな何気ない日常の象徴。変えの効かない宝物。ゆかりにとってこの部屋はそうだった。


ゆかりは気づいてくれるとは思っていなかった。気づいてくれたら嬉しいな。でも無理でしょうね......と考えていた。

ほんの少しの望み。もしかしたらの期待。それが叶えられた時、ゆかりはとても嬉しかった。


ゆかりは割と面倒くさい女である。


しかし不憫な女でもあった。

マサオミと再会してからゆかりの感情は乱高下している。良い加減情緒が壊れてもおかしくはない。


「ええ...ええ!覚えていてくださったのですね!とても嬉しいです!」


「ああ」


「では、手によりをかけてお料理作らせてもらいますね?」


ゆかりが、作るのか?


マサオミは元とは言え貴族であった。故に当主、それも大貴族の現当主が自分で料理することはないと知っていた。


疑問に思う。


再度の数秒の沈黙。わからない。

マサオミは顔を上げゆかりに直接聞くことにした。


「なぜだ?」


「え?」


「当主だろう」


ゆかりは理解した。確かに当主本人が料理をするなどあまり聞くことではない。でもこれくらいはわかってほしかった。

ゆかりはただ、想い人に自分の手料理を食べて欲しいだけなのだから


だが彼はそれに気づかない。マサオミ.....いや。クソボケは気づけない。

その思考は相手が自分に好意を持っていると気づいた上での考えだから


故にゆかりは勘違いする。


「その.....いやですか.....?」


クソボケは何故かゆかりが凹んでいるように見える。

なぜ?わからん。 


「そうではない」


「いや....ではないのですね?」


「そう言っている」


____言っていない。


クソボケは言っているつもりになっているだけである。


しかしゆかりは安心する。私の手料理がいやなわけじゃなかった!と

ゆかりの目は輝いた。


「では!作ってまいりますね!」


クソボケは心なしか足取りの軽いゆかりの背中を見送る。

クソボケはその背中を見てわけがわからなかったが、気にしないことにした。


だって考えてもわからないから




半刻ほど経った頃、ゆかりが使用人を1人引き連れて部屋に戻ってきた。両者の手にはお盆がある。とても良い匂いがしてきた。

マサオミは内心うきうきである。

箸はすでに握っていた。


「ありがとうございます。もう下がって大丈夫です。」


「かしこまりました」


使用人は丁寧に配膳を完了した後に、洗練された動きで頭を下げ退出していった。


「お待たせいたしました!」


マサオミは運ばれてきたご飯を見る。

シャケの塩焼き、漬物、なすのおひたし、だし巻き卵、きんぴらごぼう、そして白米

調和の取れたメニューである。

しかし彼は思う。何故汁物がないのだろうか?と


正面に座っているゆかりの方を見る。

メニューは同じだが、味噌汁がある。

なぜだ?


「味噌汁」


「え?」


「ない」


ゆかりはふふっと微笑んで言った。


「マサオミ様、汁物がお好きではなかったでしょう?」


マサオミは少し驚いた。記憶が正しければゆかりにその事を言った事はないはず。

では何故知っているんだ?


「何故だ」


「それはですね?昔、一緒に夕食を共にしていた際にお熱い汁物を飲む時に、少しお顔が歪んでいたのですよ?その時に思ったのです。マサオミ様は、汁物がお好きではないのかな?と.......違いました?」


「合っている。ありがとう。」


ゆかりは安心する。間違っていなかったと

マサオミはほんの少しだけ嬉しかったような気がした。


マサオミは料理の正面で手を合わし、食物に感謝を捧げる。しかし拝み箸をしていた。普通にマナー違反である。


「いただきます。」


「ええ、召し上がりください」


ゆかりは緊張した面持ちでマサオミを見る。

それもそのはず、初めて人に手料理を振る舞うのだ。もちろんゆかりとて、業務の合間ではあったがお料理の研鑽を怠ったことはない。そこそこの品を作れると料理人にもお墨付きをもらっていた。


しかし緊張する。

味付けはマサオミ様の好みでしょうか?美味しいと思っていただけるでしょうか?他にもお嫌いな物はないでしょうか?


マサオミが箸を使い、シャケを切り分け口に運ぶ。

ゆかりにはその光景がスローモーションに見えていた。


「うまい」


時が止まった。

嬉しい。嬉しい!よかった!お料理の勉強をしていてよかった!

そんな思いが頭の中を支配する。


ゆかりはマサオミが自分の手料理を食べている姿をうっとりとしながら眺める。

夫婦のようです.....と思っていた。完全にトリップしてしまっている。ゆかりはまだ想いを告げていなければ、通じ合っているわけではない。一方通行である。気が早すぎた。


マサオミはその視線を受けて疑問に思う。

何故俺を見る?食べないのか?


「食べないのか」


ゆかりはトリップから帰ってきた。


「....え?...あっ!そうですね!私もいただきます!」


部屋には時計の音と、人間2人の食事の音だけが響いている。会話はほぼない。

たまにゆかりが、"この料理どうですか?"と聞いてマサオミが"うまい"と言うだけだった。


でも、ゆかりにとってはとても満足の行く時間であった。

ずっとこの時間が続いて欲しいなど、1日に2回も思えただけで、満足だったのだ。



双方食事を食べ終わり、四半刻ほど会話をしたマサオミは帰ることにした。

突然立ち上がり、淡白にゆかりに告げる


「帰る。世話になった」


「......え.....」


ゆかりは少し茫然としてしまった。

もっと話していたい。もっと顔を見ていたい。もっと貴方の声を聞いていたい。もっと側にいて欲しい。


10年分の想いで思考が止まらない。


いかないで.....

いかないで......

私から離れないで.....

置いていかないで.....


独占欲が溢れ出す。


ゆかりは過去を思い出していた。

"じゃあな"と一言だけを告げて、背中を向けた彼の姿を

どれだけ引き留めても振り返りもしなかった彼の背中を

声が枯れるほど泣き叫んだ時の涙で歪んだ視界を


「あ...あの....!」


「明日また来る」


ゆかりの思考が一瞬でクリアになった。

"また来る"は、ゆかりのほんの少しの望みそのものであった。


10年前とは違い、今は私に会いにきてくれる。その約束をしてくれる。それが依頼のためであるとわかってはいるが、今日一番嬉しかった。彼がなんとなしに言った"また来る"が、ゆかりにとっては一番嬉しい言葉だった。


「ええ、ええ!また明日会いましょう!」


「ああ」


彼は相変わらずの仏頂面、返事は淡白で感情が乗っていない。でも、その目は少し柔らかい気がした。

10年前とは色々なところが変わってしまった彼。それでもその優しい目だけは健在で、それが嬉しくて


そして今回は10年前とは違い、彼の背中を安心して送り出せた。


ゆかりはただ、それだけでよかったのかもしれない。あの日、口だけだったとしても彼と再会の約束ができていたのなら


ゆかりは.........





彼を見送った後、窓から外を見る。

すでに日は暮れていて、眩い星々が煌めいていた。そして屋敷を去っていく彼の背中も見えていて


「....愛しています。マサオミ様。」


窓に手を愛おしそうに添えて独りごちた。


こんなにも明日が楽しみな日は久しぶりですね。

早く....明日に.....


ゆかりは10年振りにゆっくりと安心して寝られそうだった。

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