6話
6話
マサオミとゆかりとの再会から4日後の朝
マサオミは方陣家へ向かって歩いている最中に考えていた。
ゆかりがなんかずっと変
マサオミはゆかりを不思議に思っていた。
方陣家へ着くとゆかりは俺におかえりといってくる。
俺の家じゃないのに
よく顔を赤くする。熱があるのかと確認したら更に顔を赤くする。
一緒にご飯を食べていると、じっと俺のことを見てくる。
厠へ行くために一時離れる時は心配そうにこっちを見てくる。
何かを言いかけて、そのまま何も喋らずに俯いてしまう。
方陣家から宿屋に帰る時には、いってらっしゃいと言われる。
他にもいろいろあるが、挙げればキリがない。
わけがわからん。なぜ?
そしてそれに悪い気はしていない俺もわけがわからん。どう言うことだ?
俺はゆかりに何かしてしまったのだろうか?
こんな時、団員の皆が居れば教えてくれるのに今は自分で考えるしかない。
なぜ?なぜ?どうして?なんで?
同じ答えが脳内をぐるぐると回っている。
いつまで経ってもまともな答えを出せない。
マサオミはとりあえず考えるのをやめた。
そして他のことを考え始めた。
今日の夕食のことである。
◇
そんなこんなで方陣家の門の前についた。
「おはようございます。マサオミ様」
「ああ」
門番が挨拶をしてくる。
そう言えばアリシアが言っていた。挨拶はきちんと返さないといけませんよ。と
アリシア。俺は挨拶を忘れていないぞ。
アリシア本人がここに居れば、「違います!!それは挨拶じゃありません!!」と言っていたことだろう。
彼は"ああ"を挨拶だと勘違いしていた。草葉の陰からアリシアが泣いている。
アリシア存命だけど
門番の横を通りすぎ、方陣の屋敷に入っていく。ところどころですれ違う使用人の挨拶に「ああ」と返していく。
マサオミは1から10まで説明してあげないと駄目らしい。アリシアに会うのはいつになるかわからないが、アリシアのお説教が彼を襲うことは確定していた。マサオミはまだ知らない。
「おはようございます」
「ああ」
また1人、使用人の横を通りすぎる。
違和感
ん?あの男。見覚えがない。ここ数日、一度も見たことがない使用人だ。
重心にズレがない。整いすぎている。
そこそこの実力はあるな。だが、脅威ではない。
新しく雇ったのだろうか?
マサオミは気にしないことにした。方陣家は大貴族、そんなこともあるだろう。と
ガチャ
執務室の扉をノックもなしに開ける。
普通に不敬である。大貴族の当主の部屋に入る時の作法ではなかった。野蛮であった。
執務室の机に向かって書類仕事をしていたゆかりの肩がびくりと震える。
彼女は慣れていなかった。4日目であってもまだ驚いている。
「....おはようございます!おかえりなさい!マサオミ様!今日も早いですね!」
「ああ、お前もな」
マサオミはグレートソードを鞘ごと背中から外し、ソファに立てかける。そして立てかけたグレートソードの横にドカッと座り、どこからともなく本を取り出して読み始めた。
ゆかりはそんなマサオミを見てニコニコと嬉しそうにしている。
ゆかりを1度だけチラッと見てから本に目線を落とした。
やっぱりわからん。
これがここ3日間毎日続いている。
ちなみにマサオミが読んでいる本は【貴方と私の逃避行】、俗に言う恋愛小説である。カレラとねいが読んでほしいと言ってきた本、正直わからないがとりあえず読んでいた。
何故逃げるんだ?戦えばいいだろう。
マサオミは致命的に恋愛小説との相性が悪かった。
◇
ゆかりは本を不思議そうに読んでいるマサオミの顔を見て、3日間で何度目かもわからない妄想の暴走が始まっていた。
マサオミ様が今日もきてくれた!!
私にただいまって返してくれた!!
___言っていない
私に微笑んでくれた!!
___やっていない
今日はボーっとするのではなく本を読むのですね!初めて見ました!かっこいい!横顔がかっこいいです!
なんの本を読んでいるのでしょうか?聞いてみましょう!!
「マサオミ様、なんの本を読んでらっしゃるのですか?差し支えなければ教えていただけないでしょうか....」
マサオミはゆっくりと本からこちらに目線を向けて、表紙を見せてくれた。
「これだ」
そこに書いてあったものは、【貴方と私の逃避行】
意外すぎた。
マサオミ様がそのような本を読むなんて.....
まさか.....
まさか.....!
私と....ランデブーしたいって意思表示なのでしょうか!?
___違う
まさかマサオミ様....仏頂面の裏ではそんなに私のことを.....
___だから違う
言ってくだされば私、やぶさかではないのですが.....むしろ攫って連れ出してほしいのですが!!
ゆかりは絶好調だった。
先日、彼にただいまと言われてからずっとこんな調子であった。
会えない時間が愛を育てると言うが、育ちすぎである。
しかし流石は当主様、表情には一切出していない。表面上はいつも通り微笑んでいるだけだ。
これが10年放置された女の貫禄、只者ではない。
「ねいとカレラが勧めてきた」
ピシリ
妄想の世界から現実に引き戻される。
知らない女の名前が出てきた。
誰ですか?その女。どう言う関係なのでしょう。
ゆかりは自身の優秀な頭脳で思考を始める。
年齢は?容姿は?いつ頃出会った方なのでしょう。
ゆかりは頭を全力で働かせる。常日頃の業務の数倍は脳を働かせていた。恋の力は恐ろしい。
そして一つの記憶を掘り起こした。
それは1枚の報告書。北点傭兵団のメンバーに関する報告書だ。
団長 ザイテン
副団長 スミレ
戦術家 ザンザ・クローバー
斥候 ねい・フェイティ
法術士 カレラ・プライデンス
そうですか。ねいとカレラは団員ですね?
よかったです。とゆかりは一安心
「団員の方ですよね?」
「何故知っている?」
マサオミはまだ団員の名前を言った覚えはなかった。依頼の受領書にも書いていなかったはず、なんで知っているのだろうか?
「北点傭兵団は有名ですから、私も名前くらいなら知っていますよ」
「そうか」
ゆかり、華麗に嘘をつく。バレるわけがない嘘だ。相手があのクソボケなら尚更バレない。
疑わないクソボケはそのまま納得して本の続きを読み始めてしまった。カモである。
本を読んでいるマサオミを見つめる。
あのマサオミ様が恋愛小説をあんなに真剣な顔で読んでいる。ふふっとした笑い声が漏れてしまう。
「マサオミ様?その本は面白いのですか?」
「わからん」
わからん?なんですか?え、わからんですか?
マサオミは小説の終盤を読んでいるのだろう。見る限り残りのページ数は少ない。ここまで読んでの感想がわからんの一言
マサオミはマサオミしていた。
クソボケだった。
◇
「今日のお料理はいかがでした?」
「うまかった」
4日目もゆかりの手料理を食べたマサオミはご満悦だった。心なしか口角が上がっているような気がゆかりはしていた。
本当に気のせいである。
マサオミはゆっくりと立ち上がり、立てかけていたグレートソードを背負う。
「帰る。また明日くる」
それだけ言い、返答を聞かずに背を向け扉に向かう。
「待ってください」
もう一度ゆかりの方に向き直る
「なんだ」
ゆかりは秘策があった。
昨日の晩のことである。
ゆかりは昨日一昨日と夕食を食べたらすぐに宿屋に行ってしまうマサオミを見て、思っていた。
まだ帰らないでほしい。
故にゆかりは考えた。彼ともう少し一緒にいるにはどうすれば良いのかを考えた。
そして思い出した。
彼は昔から甘い物が好きだった。と
ゆかりは思い出した瞬間、「これです!」と独り言を言った。
マサオミ様は甘い物が好き、なら夕食の後のデザートとして大福を出せばもっと側に居てくれるのでは?
ゆかりはすぐさま行動に移した。
マサオミを見送った後、即座に調理場に直行
大福を作り始めた。しかしゆかり、お菓子作りには慣れていなかった。
とっくに仕事を終えリラックスしていた料理人のところへ向かい突然の一言
「大福の作り方を教えてください!」
その時の料理人の顔は唖然としていた。
その時の料理人の心境は手に取るようにわかる。
"え?今から?勤務時間過ぎたんですけど....."
フリーズしたままの料理人を連れて調理場に戻ったゆかりは早速調理を開始する。
1度目 失敗
2度目 失敗
3度目 失敗
失敗、失敗、失敗、失敗
ゆかりの納得できる大福がいつまで経っても完成しない。気づけばもう深夜であった。
料理人は心の中で"もうかえして...."と言っていた。
しかしゆかりは諦めない。納得のいく大福を作るため、マサオミに食べてもらうためにゆかりは暴走していた。
そして完成する。
明けの明星が一際輝きを増した頃、ゆかりの納得のいく大福が完成した。
薄くコシのある餅、甘さ控えめな風味豊かな餡、少しの塩気
ゆかり的にはまだまだ改善点はあったが、納得のいく物だった。
腕を組み、うんうんと頷くゆかり
その後ろで、少し薄くなった料理人がいた。
ゆかりは気づかなかった。恋は盲目である。もはや目はついていないと言える。どこかに寄付したのだろう。
「デザート、食べませんか?」
マサオミの行動は早かった。背中に背負ったグレートソードを元の位置に再度置き、椅子に腰掛ける。
「食べる」
よし!食いつきました!これでもう少し一緒にいられます!
「ふふっ...では、持ってきますね?少々お待ちください」
ゆかりは立ち上がり、大福を取りに行く。
表面上は姿勢良く優雅に歩き始めた。
内側はスキップしていた。後ろからマサオミが見ていなかったら本当にスキップしていただろう。
◇
「うまかった。また頼む」
マサオミは珍しく二言目を喋っていた。
よっぽど大福が気に入ったらしい。珍しいことである。
「ええ、もちろんです!言ってくださればいつでも作ります!」
ゆかりは心の中で、料理人にまたお願いしなければいけませんね!と考えていた。
やめてあげてほしい。
「帰る」
「ええ、いってらっしゃいませ。マサオミ様」
そのままマサオミは背を向けて歩きだした。
マサオミは帰路の途中、大福のことで頭がいっぱいだった。
おいしかった。また食べたい。
明日も食べられるだろうか?
丁度いい甘さ、少しの塩気、薄いのにもちもちとしていた餅。マサオミ的には完璧な大福だったのだ。
そんなことを考え続ける。
方陣家から離れ、宿屋のすぐ側でマサオミは感じた。
違和感。
そういえば今日は朝に違和感を感じていた。
マサオミは考える。
なぜ依頼をしたのかは聞いていないから知らない。
だがゆかりは俺たちを、傭兵を雇う判断をした。
なぜ?
門番は強者ではないが、弱くもない。
今日初めて見た使用人は、見た感じ強かった。
そこで気づく。
初めて見た?知らない使用人.......
何故傭兵に依頼を出した?ゆかりは大貴族の当主、私兵ぐらいいるだろう。
___鎧を着ている者は、門番以外いなかった。
そもそも使用人の数も大貴族の当主として考えたら少ない。少なすぎる。
俺達を雇っているゆかりがわざわざ今、このタイミングで新たに強い者を雇う理由はなんだ?
___本当にあの男は、使用人だったのか?
反射的に走り出した。
力を入れすぎて踏み込んだせいか舗装された道にひびが入る。
だがそんなことを気にしている余裕はない。
確証はない。保証もない。己の直感に従って走りだした。
とてつもないスピードが出ているのか、空気の膜ができており、マサオミが通ったところに突風が吹く。
間違っても街中で出していい速度ではなかった。
なぜ俺は違和感を脅威ではないからと無視した!
なぜゆかりに聞かなかった!いつもの俺なら聞いている筈だ!
嫌な予感がする。俺は俺の嫌な予感が当たることを知っている!
すぐに方陣の屋敷が見えてきた。
この間約5秒である。
門の前を見てみるが門番が立っていない。
屋敷の中は騒がしく、何かが起こったのは明白だった。
思い出す。ゆかりは俺が帰った後も少しだけ仕事をしていると言っていたことを
門をジャンプで飛び越え、そのままゆかりの執務室の窓に飛び込んだ。
ガシャンとした音が響く
「ゆかり!!」
そこには誰もいなかった。
すぐさま執務室から出て、人を探す。
すぐに見つかった。
女の使用人だ。こいつは確か、ゆかりの側仕えだと聞いていた筈
こいつなら何か知っているかもしれない。
「ゆかりはどこだ!」
「マサオミ様!?どうしてここに....いえ!そんな場合ではないのです!!」
___ゆめのはもうここにはいない。
過去がフラッシュバックする。
やめてくれ。
___お...おいぃ....ひゃ......
またか?
俺はまた繰り返すのか?
___たすけて、たすけてかみさま
「ゆかり様が攫われました!!」
嫌な予感が的中した。
彼の額に青筋が浮かぶ
「どっちだ!」
「え?....」
「どっちに向かった!!!」
「ひっ...。に、西です!西の山の方に向かって行きました!!」
側仕えの女が方向を指をさして教えてくれた。
本気で床を蹴る
ドガンと轟音が響き、屋敷が揺れた。




