3話
マサオミを牢から出して、応接室に向かう。
先頭に門番、その後ろをマサオミとゆかりが並んで歩く。
ゆかりは思う。彼に表情が感じられない。あんなにも感情豊かだった彼が何を考えているのかわからない。
ゆかりは彼を見た。
能面のような仏頂面。体は大きく筋骨隆々、見え隠れする腕には痛々しい古傷がついている。
そして、ゆかりがずっと見ているというのに目が合うことはない。気にした様子もない。
なんで?私はこんなに会いたかったのに....会えて嬉しいのに.......
彼は、私に会いたくなかったのでしょうか.....
ついには俯いてしまう。
もっと何かがあるのだと思っていた。抱きしめあって、涙を流しながら再会を喜ぶ物だと思っていた。実際それに憧れていたし、話したいことも聞きたいことも沢山あった。
ただいまと言って欲しかった。おかえりと言いたかった。
こんなロマンもないところでも、思わず飛び上がってしまいそうになる程嬉しかった。しかし、話しかけても帰ってくる返答は淡白なものだけ。
感情が乗っていない。
これじゃあ、喜んでいるのは.....
「.....私だけ、ですね」
ゆかりは無意識だった。自分でも声に出ていたことに驚いて、口元に手を添える。蚊が鳴くような声だった。
再度彼の方を見た。
変わらず前だけを見て、こちらには目も向けてくれない。先程の言葉は聞こえていなかったのか。それとも無視しているか、それすらもわからない。
ゆかりは落ち込んでしまっていた。
ずっと彼のことが頭によぎり、今自分がどこを歩いているのかもわからなくなってしまうほどに。
ここは地下牢。下は硬い石畳。不揃いな石が敷き詰められた床である。ゆかりは現在、ヒールの高い靴を履いていた。足元に気をつけて歩かねば転けてしまう。
だから躓いた。
ゆかりは咄嗟に手を前に出し、思わず目を瞑ってしまう。
「.....っ」
衝撃はいつまで経っても来ない。
痛みもない。
ゆかりは恐る恐る目を開けた。
そこには、ゆかりの手を優しく握り、肩に手を添えて支えてくれている彼がいた。
こちらを少し心配そうに見てくる。
「大丈夫か?」
初めて目が合ったような気がした。
不思議だ。先程も牢を挟んではいたが、目は合っていたはず。それでも、そう思ってしまった。
顔の表情は変わっていない。昔に比べて少なくなった口数も、手を握ってくれている傷跡も、昔にはなかったものだ。
でも、その目は......
彼の優しい眼差しだけはなにも......
ゆかりは時間が止まってしまった様な感覚を覚えていた。
心臓の鼓動が早くなる。顔に血液が溜まっていくことを実感している。顔はもはや真っ赤だろう。
それでも目を離せない。
だって、だってその瞳は、初めて恋に堕ちた時の瞳と一切変わっていなかったから.....
こちらを気遣う眼差し、涙が出てしまうほどに優しい目。
ゆかりは思う。10年の間に何かあったんだ。それで彼は変わってしまったんだ。と
ゆかりは知っている。彼の実家はもうないことを。壊滅してしまっていて、お屋敷のあった痕跡すらももうないことを。
そしてゆかりは知った。
ゆかりの大好きだったその瞳だけは、昔とは一切変わっていないことを
「?どうした。」
ずっと見つめてくるゆかりに不思議そうに尋ねた。
「.....あ、いえ!その....助けてくださりありがとうございます。」
「構わない。」
彼の返事は相変わらず淡白なものだった。
それでも先程よりは、気落ちしなかった。彼の目は変わっていないと知れたから。
しかしゆかりは気が付かないフリをした。
眼差しは一緒。それも少し違うことに本当は気づいていた。彼の優しい目は確かに昔と似ている。しかし、
彼の目には"優しさ"だけしかなかった。
ゆかりとの再会を喜ぶ色なにもなかった。
ゆかりは気が付かないフリをした。そんなことはないと。
ゆかりは再度歩き始めた。
4話は5月7日19:00に投稿されます。




