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いかにして彼は生きると決めたのか  作者: 冷製春雨スープ
届かぬ声、静謐なる涙、凄惨たる救いの手
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十一話


 山道を高速で馬車が駆けている。日輪の首都はもう遠く、みるみる小さくなっていく。


 ガタガタの舗装され切っていない道を走っていても馬車が揺れすぎることはなく、普段よりも落ち着いているぐらいだった。


 カレラの法術による車輪を覆う水滴がクッションとなり、スムーズな走行を可能にしていた。


 カレラは馬車の中で杖を構え目を閉じて、額に汗を浮かばせる。


 ねいがカレラの額の汗を拭い、眉を下げながら心配そうにしている。


 「カレラ。大丈夫...?」

 

 カレラは目を開いて横目でねいを見る。

 そして、安心させるように笑った。


 「.....ええ....大丈夫よ。.....まだ持つわ」


 法術は本来、高度な技術である。

 法力を練り、込める法力の量を調整しながらイメージを固めて、言葉にする。


 少しの例外を除いて、法術一つを維持するのに法力を消費し続けてしまい、イメージを固め続ける集中力が必要だった。

 

 それを今回、カレラは二つの法術を同時に使用していた。かかる法力も手間も2倍。

 その努力があってこそ、今このスピードを維持できていた。


 マサオミは馬車の中頃に座り、その対面にゆかりが座っていた。マサオミは胡座をかき、ゆかりは膝を抱えて座っている。


 ゆかりは俯いており、髪が遮ってどんな表情をしているのかがわからない。

 

 ゆかりは俯いたまま、口を開いた。


 「なぜ.....ですか.....」


 マサオミはゆかりの方を向かず、次の言葉を待っている。


 団員は、これはゆかりとマサオミの問題だ。と自分にできることを継続していた。

 

 ザンザは御者、スミレは見張り、カレラは法術の維持にねいはその補佐


 ただ2人、マサオミとゆかりだけの空間がぽっかりと馬車の内部に空いていた。


 小さく、今にも無くなってしまいそうなゆかりの声が言葉を続ける。


 「なぜ.....来てしまったのですか....」


 マサオミは答えない。仏頂面でジッとゆかりを見ているだけだ。


 「私は...助けてなんて、言いましたか....?」


 ゆかりはマサオミに質問する。マサオミは答えない。目も逸らさない。

 ただ、ゆかりの言葉を聞いていた。


 「ここに来たと言うことは、知って...いるでしょう?私は結婚するのです.....。なぜ助ける必要があるのですか?」


 ゆかりは依然として顔を上げない。

 しかし、膝の上に滴り落ちる水滴が、その表情を表していた。


 「......私は、依頼を破棄したはずです。........貴方は、もう私の護衛ではありません。」


 ゆかりは顔を上げた。涙が大粒のポロポロと流れ落ちて、口角が下がっている。まるで、今にも大声で泣き出してしまうのを堪えるように


 潤んだ瞳でマサオミを真っ直ぐと見た。

 そして決壊する。


 「なんで.....なんで来てしまったのですか!!」


 静かだった馬車内にゆかりの声が切り裂いた。


 「私は助けてなんて言ってません!!」


 「私は一言も、来て欲しいなんて言っていませんでした!!」


 「もう、来ないでくださいと言いました!!なぜ来たのです!!」


 マサオミは、ゆかりの言葉を黙って聞く。

 団員は、ゆかりの言葉が聞こえていないかのように為すべきことを成していた。


 「相手には....お爺様には、あの"剣豪"が付いているのです!!」


 「私は.....貴方に.....マサオミ様に傷ついてほしくないのです!!死んでほしくないのです!!」


 「なんで来てしまったのですか!!答えてください!!!」


 ゆかりの声にはありありとした感情が乗っていた。息を荒くし、表情も鋭い。


 白無垢姿なんて見られたくない。

 マサオミに傷ついてほしくない。

 死んでほしくない。

 

 だから、来てほしくなかった。


 ゆかりは、あの結婚式から連れ出された時、思わず"嬉しい"って、そう思ってしまった。


 そしてそれ以上に悲しかった。



 だって、だってこれじゃあ......マサオミ様が...

 私の選択が.......すべて........


 ゆかりの言葉を聞き終えたと判断したマサオミがその質問に答える。


 「嫌がっていただろう」


 その言葉に抑揚はなく、ただの事実の羅列のようにマサオミは言った。

 一切の気遣いも、同情も、理解もない。


 実際、マサオミはゆかりの言っている言葉の意味はあまりわかっていない。なんで来てほしくなかったかなんて、何一つわかっていない。 


 そもそもマサオミはゆかりが怖がっているらしい"剣豪"とやらの事は知らない。


 だから何を恐れているのかもわからない。


 なぜゆかりが泣いているのかもわからない。

 

 マサオミはただ、あの側仕えの助けてに答えただけなのだから

 

 そんなマサオミでも、わかることはある。

 それは経験や記憶に基づいての推測だ。


 マサオミは相手の感情がわからない。

 悪意や敵意には敏感なのに、好意や愛情は理解できない。


 だからマサオミは、ただ覚えていることにしたのだ。考え続けることにしたのだ。


 話してくれたことを、その意味を


 好きだと言ったものを、その感情を


 嫌いだと言ったものを、その対象を


 相手の仕草を、癖を、表情を


 だからマサオミは気づいたのだ。ゆかりがあの結婚式を嫌がっていることに

 だから従ったのだ。側仕えの助けてに


 本当にこれだけだった。


 だからこそ、ゆかりへ伝わった。10年間、マサオミだけを考え続けた少女だからこそ、その言葉の意味を理解した。怒りが削がれ、少しの嬉しさと大きな悲しみだけが残った。


 「っ.........」


 私は、マサオミ様だけを見つめてきました。わかろうとしてきました。


 それと同じように、マサオミ様も私を........


 わかろうと......してくれたのですね.....



 ゆかりは嬉しく思う。連れ出された時も、先ほどの言葉も、ゆかりをわかろうと努力してくれていたことも


 でも......このままじゃマサオミ様は.........



 馬車の後方から、ドンッと言う音が鳴った。

 

 スミレが後方を確認しているが、音の対象が見つからない。


 「ねい!!当方の代わりに見てくれ!!」


 ねいはカレラの額を拭うその手を止めて、飛び上がり後方へ行く。


 「わかった!.........あれは!!」


 ねいの視界に人影が映る。数は1人

 そして、その異常性を理解した。


 「誰か来る!!すぐに追いつくよ!!」


 ザンザが御者をやりながら、驚きの声をあげる。

 

 「はぁ!?こんなスピードが出てるんでやんすよ!!兄貴以外にそんな芸当できる人間がそうそういるわけ...............ッ」


 ザンザは言いかけていた言葉を止め、思い出した。


 そうだ、そうでやんす!相手には剣豪がいたでやんす!!


 「剣豪でやんす!!全員、迎撃準備をお願いするでやんす!!」


 ゆかりの表情が固まり、震え出す。


 きた、のですか?もう?

 マサオミ様が.....マサオミ様が.......


 剣豪は尋常じゃない速さで馬車へ接近してきていた。追いつかれるのも時間の問題であった。


 「やばいよ!!もうすぐそこにいる!!」


 ねいの焦りに反応したカレラが立ち上がり、杖を馬車の後方へ向ける。その足はふらついていて、今にも倒れそうだった。

 スミレがカレラの肩を支える。


 「カレラ!!あまり無理をするな!」


 カレラがスミレを横目で睨んだ。


 「うるさいわね!!私以外に誰が迎撃できるって言うのよ!!」


 「しかし!」


 カレラはスミレの静止を無視して法力を練り、杖の先端に集め出した。

 そして唱えた。


 「法術『猛火の五輝星』!!!」


 馬車の周りに5つの燃え盛る火球が出現した。火球の周辺温度で馬車内の温度が急上昇する。


 「いけぇぇええ!!!!」


 カレラはその火球を剣豪に向けて、射出した。

 剣豪に向けて勢いよく飛んでいくように見える5つの火球

 もともとこの法術は、そこまで速い法術ではない。その分威力が高い法術である。故に直撃させるのが難しい法術だった。


 しかし、相手が突っ込んでくれるのならば、その限りではない。


 高速で剣豪へ飛翔する。

 

 剣豪は、腰の刀を抜き、火球五つをほぼ同時に切り裂いた。

 剣豪の背後で爆発が起こり、その爆風に乗って剣豪が更に加速する。


 「嘘でしょ!?」


 ねいの叫びがこだまする。


 加速した剣豪は跳躍し、馬車の前に躍り出た。

 そして刀を一度納刀し、特徴的な構えをする。


 スミレが叫ぶ。


 「伏せろ!!!」


 ザンザが手綱を手放し、飛び込むように馬車内で伏せ、それと同時にマサオミやゆかり、団員全員が地に伏せる。


 一閃。


 綺麗な直線が横に走り、馬の首と馬車の上半分を切り裂かれた。慣性の残る馬車は依然と進み続け、目の前の大木に激突しそうになる。


 立ち上がったマサオミはゆかりをスミレに押し付け、全員に言った。


 「飛び降りろ」


 団員がその声に最短で反応し、各々が飛び降りた。

 ゆかりの悲鳴と残骸となる馬車の破壊音が響く。


 地面に転がるように受け身を取った。


 目を開けた時には、団員とゆかりの前に盾になるように立つマサオミと、少し離れた位置から刀を肩にトントンとしながら、獰猛な笑みを浮かべる剣豪がいた。

 剣豪が口を開く


 「マジかよ。それで誰も死なねぇわけ?」


 マサオミは剣豪を一目見て、理解した。


___強い。


 マサオミは顔だけ後ろに振り返り、団員に命令を出した。


 「全員、ゆかりの保護を優先しろ。」


 マサオミの命令を受けた団員は、全員痛む体を無視して走り始めた。

 スミレがそのままゆかりを担ぎ、ねいが先導、ザンザがカレラを支えている。


 担がれたゆかりが悲痛の叫びをあげる。視界のマサオミがどんどん小さくなっていく。


 「マサオミ様ッ!!マサオミさま!!!」


 その声に、ザンザとスミレが安心させるような口調でゆかりに言った。


 「団長が負けることなどありえない。」


 「兄貴は大丈夫でやんすよ!」


 そして、ザンザに支えられながら走るカレラが叫んだ。


 「マサオミが剣豪"ごとき"に負けるわけないじゃない!!!舐めてんじゃないわよ!!!」


 一拍を置いたあと、ザンザがもう一度口を開いた。


 「俺ちゃん達に出来ることは、兄貴の邪魔にならないことだけでやんすよ」


 


 その後すぐ、後ろから2つの轟音が響いた。


 今日は二話連続投稿にしました。十二話が短かったからです。

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