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いかにして彼は生きると決めたのか  作者: 冷製春雨スープ
届かぬ声、静謐なる涙、凄惨たる救いの手
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十話


 「兄貴、再確認でやんす」


 ガラガラと進む馬車の中、マサオミは目を瞑り、腕を組みながら揺らめていた。

 

 「今回は、ゆかり様を連れ出したら馬車ですぐに逃げるでやんす。無駄な戦いは避けるでやんすよ」


 「ああ」


 ザンザは右手で指を1本立て、念を押すようにマサオミの肩を左手で掴む。


 「くれぐれも、くっれぐれも!騒ぎは起こさないようにするんでやんすよ!?日輪の國全体を敵に回すのは嫌でやんすよ!」


 「わかった」


 マサオミは目を瞑って腕を組み、グラグラ揺さぶられながら答えた。

 スミレが読んでいた本を閉じ、マサオミの方向に視線を向ける。


 「本当にわかっておるのか?」


 「ああ」


 ザンザとスミレが訝しげに、心配そうにマサオミを見る中、ねいはとうっ!と言うようにマサオミの背中に飛び乗って、マサオミの代わりに満面の笑みを向ける


 「スミレもザンザも!だいじょーぶだよ!だってだんちょだもん!.......たぶん」


 カレラも揺れる馬車の中立ち上がり、胸を張ってスミレとザンザを見下ろした。


 「そうよ!!マサオミだってわかってるわ!!.......たぶん」


 ザンザは肩をすくめ、スミレはこめかみを押さえる。2人は同じことを考えていた。


 2人も自信なさげじゃないか


 いつも通りの日常だった。ザンザとスミレが心配し、ねいとカレラが甘やかす。

 そんな2人をスミレが少し羨ましそうに見て、ザンザがそんなスミレをニヤニヤ見やる。


 団員は態といつも通りのテンションでマサオミに接していた。彼女達は、敵に"剣豪"と呼ばれる強者がいることを把握している。


 もちろんマサオミが負けるとはカケラほども思わない。


 が、それはそれとして心配ではあるのだ。

 

 もう慣れてしまったとはいえ、団員達もマサオミの傷ついている姿は見たくない。でも、団員達はそんな事を承知の上でマサオミに着いてきている。


 戦力として考えるのなら、自分達はマサオミの足手まといにしかならないと知っていても


 「兄貴、もうすぐ着きますよ。」


 「そうか」


 マサオミは目を開いた。





 巫女に先導されて、ゆっくりとゆかりと琵琶天家の次男、そして双方の家族と共に神殿へ向かっていた。


 天から降ってくるような笙の音が鳴り、甲高い篳篥、控えめな鞨鼓と太鼓がリズムを取っている。

 優雅で奥ゆかしい雅楽の音色が、ゆかりを祝福するように奏でられていた。

 

 ゆかりは自分の白無垢姿を思い出し、吐きそうになっていた。

 元々白かった肌は透明感があり、目元や唇の鮮やかな赤が艶やかに輝いている。


 そんな女の晴れ舞台。

 本来なら、幸せの絶頂にいるべき瞬間。

 愛する人との誓いの場。

 神へ捧げる夫婦の契り


 そのどれもが、気持ち悪くて、鳥肌が立つ。

 そのどれもが嘘っぱち


 隣を歩く男のどこか嬉しそうな、幸せそうな表情


 どこか神々しく、荘厳さを感じさせる祝福の音色


 憧れたように目を輝かせて、ゆかりを見る少女の視線


 幸せそうなフリをする、自分の貼り付けた微笑み


 この場においてただ1人だけ、ゆかりだけの幸せがない世界。どこか色褪せていて、モノクロの視界。内側から湧き上がる"ナニカ"


 音も、視線も、何もかもが不愉快で

 少女の視線が幼い自分とダブって見えて

 憧れを向ける少女を縊り殺してしまいたくて

 

 気持ち悪い。全てを投げ出して逃げてしまいたい。愛など誓いたくはない。彼以外に誓いたくはない。

 

 なんで、なぜこうなるのです......

 私はただ、一緒に、ただ側にいられたのなら、それでよかったのです


 自分で選択した結果。

 悩んで、悩んで、悩んだ結果のゆかりにとっての最善手


 納得したはずです。マサオミ様を傷つけないために、剣豪と戦わせないために

 私はマサオミ様を拒絶しました。もう、会うこともない。自分で決めたはずです。


 ゆかりは言い聞かせるように、もう戻れないと知らしめるように思考する。


 それでも、それなのに


 消えてくれない


 ___マサオミに会いたい


 ___一目でいいから顔を見せてほしい


 ___また、一緒に大福を食べたい


 ___今度は、私がマサオミ様に膝枕をしてあげたい


 当主としてのゆかりがどれだけ叱責しても、本来のゆかりが、10年前の少女が叫ぶのだ。

 叱責以上の大きさで、量で、ゆかりの頭に望みを満たす。


 現実を虚像で覆うのだ。

 諦めるなと心が叫ぶのだ。


 

 それでも、もうゆかりにはどうすることもできない。

 そこまで来てしまっていた。



 神殿に入り、神主がおおぬさを振り、心身を清める。


 木の匂いがして、衣擦れの音がゆかりの意識を現実に引き上げようとする。

 でも


___消えない。消えてくれない


 神主が、祝詞の奏上を始める。

 

 独特な抑揚で、神へ夫婦への祈り、家の繁栄を願う。

 次は三献の儀、夫婦の契りを結ぶ儀式。


___いやだ......やだ.......いやです........

 

 無意識に、ゆかりの手に力が入る。
















 それを、遠くの屋根から見ている男がいた。


 虚像が壊れる音がする。





 マサオミは、神前式を行う神社、そこから少し離れた建物の瓦屋根の上で式を見ていた。


 神殿に向かって歩くゆかり


 幸せそうなゆかりの隣の男


 祝うようにその姿を見ている人々


 ゆかりへ憧れの視線を向ける子供


 今ならゆかりだけを連れ去って、馬車に行くことができる。


 マサオミは騒ぎを大きくするな。と言われていた。ザンザの指示なのだ。なぜかはわからないが、そうすることが最善なのだろう。と考えていた。


 マサオミは足に力を入れ、ゆかりの元へ跳ぼうとする。



 

 その時、脳裏に、ある女性との会話が再生された。


 『結婚式.....憧れますわ!!』


 女は両手を合わせ、うっとりとするようにマサオミに言った。


 『なぜだ』


 女は、よく聞いてくれた。と言わんばかりに机に乗り出して、元気よく教えてくれた。


 「マサオミ様!!愛する男女が、周りに祝福されながら、愛を誓い合う.....これが結婚式なんですわ!!!ロマンチックですわ!!」


 女はだから、と優しく柔らかい微笑みを向けながら続けた。


 「マサオミ様も、もし参列する機会があるのなら、とびっきりの祝福を贈るのですわ!!!」


 そう言う彼女の声は、とても明るくて、うるさくて

 そして誰よりも弾んだ笑い声を交えて教えてくれた。


 マサオミは考える。


 俺が今やろうとしていることは、その祝いを壊すことにはならないか?

 ゆかりも笑っている。周りもなんだか嬉しそうだ。俺がここを壊してしまうと、ステイシアの言葉に反してしまうのではないか?


 マサオミは顎に手で触れながら、神前式の観察を続ける。


 ステイシアの言葉を嘘にしたくはない。

 だが、俺は"助けて"と言われてしまった。


 どうすれば、どうすればいい。

 俺は、何をすればいい。


 どちらかを取ったらどちらかが守れなくなる。マサオミは、ステイシアの言葉もちせの助けても、両方取りたかった。だから思考を巡らせる。


 しかし、答えは出ない。

 どうするべきかがわからない。


 マサオミが悩んでいる間にも神前式は続く、マサオミの視界には、ひらひらの紙がついた棒を振る男の姿が見えていた。


 そして、男が何かを唱えた時、マサオミの視界にゆかりの手が映った。


 手を力強く、ギュッと握り締めている。

 力が入りすぎているのか少し震えていて、表情は見えない。見えないが、マサオミは気がついた。


 マサオミはゆかりの気持ちは理解できないが、過去の記憶から参照はできる。


 ゆかりは昔、嫌なことに直面している時、無意識に手を握る癖がある。


 マサオミはそのことを覚えていた。だから気がつけた。



 ゆかりはこの式を、嫌がっている。

 何が嫌なのかはわからない。

 でも、この結婚式は、ゆかりが望んだものではないのかも知れない。


 

 なら大丈夫だ。ステイシアは、"愛する男女"がするものだと言っていた。

 なら、ステイシアの言葉に反しない。


 かくして、マサオミの行動が決まった。

 あの側仕えの"助けて"に従えばいい。

 あそこをぶち壊してもいい。


 そう結論付けた。


 

 マサオミは足に力を入れて、跳躍の準備をする。


 ゆかりは神殿の中、正面から突入するのは、逃走方向を見られる恐れがある。


 なら、上から行こう。


 マサオミは飛び上がり、神殿の瓦屋根の上に行く。宙で体を翻し、頭上を屋根に向けた。


 そして空中で背中のグレートソードを抜き、少し右肩が出るように構え、切先を屋根へ向ける。


 重力に従い、落下し始めた。マサオミの巨体とグレートソードの重量によって、高速で落下していく。

 屋根にぶつかる直前で、突きを放った。


 鳴り響く破壊音、揺れる建物


 マサオミは神殿の天井をぶち抜いて、ゆかりと神主の前に着地する。


 粉塵が舞い、煙幕のようにマサオミとゆかり、琵琶天家の次男、そして神主を包み込む。


 「きゃっ!!」


 「な、なんだなんだ!」


 ゆかりと琵琶天家の次男が悲鳴をあげる。

 雅楽が止まり、悲鳴が連鎖する。

 

 その間にマサオミは、瓦礫の落ちる神殿から、神主と琵琶天家の次男の襟首を掴み、神殿の外へ放り投げる。


 「な、なんです!誰ですか!!」


 ゆかりの困惑の声を無視して、抱きかかえた。


 「きゃっ.......え、なんで....」


 視界がまだ開かない中、ゆかりは気がついた。自分を抱き抱える者の正体を

 目を見開き、手で口を覆う。


 マサオミはぶち抜いた天井の穴から脱出し、馬車に向かって駆け出した。


 「なんで....マサオミ様が........!」





 少し離れた場所から、ドォン!と言う音が聞こえてきた。方向は式場の場所と一致している。


 ザンザは頭を抱え、スミレはこめかみを揉む。


 カレラは口をあんぐりと開け、ねいはオロオロとする。


 全員の思考が一致した。



___やっぱりダメだった。



 それと同時に行動を開始した。スミレが命令を下す。


 「全員!準備しろ!!団長が到着しだい逃げるぞ!!」


 ザンザは急いで馬車に乗り込み、馬の手綱を握った。


 「俺ちゃんが御者をやるでやんす!!」


 カレラは懐から杖をだして、馬車に向かって構えた。


 「法術『纏いの水滴』、『韋駄天の加護』!!」


 馬車の車輪に水を纏わせ、馬の身体能力を上昇させる。馬は少し苦しそうに鳴き声をあげた。


 「ごめん!!後でなんかあげるから許しなさい!!」


 近くの高い木に登って辺りを見渡していたねいの視界に、高速でこちらに向かってくる人影が映った。


 「だんちょ、きたよ!!!」





 馬車が常軌を逸したスピードで駆け出した。

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