昔話と贈り物
門番の背中には迷いがなかった。
ホームを抜け、通路を曲がり、さらに奥へ進む。人の声が遠のき、代わりに機械の低い唸りと乾いた空気が増えていく。生活層というより、拠点の中枢に近い場所なのだと分かった。
途中、いくつかの扉の前を通った。どれも頑丈で、無駄な装飾がない。必要なものだけが残っている。
やがて、厚い金属扉の前で門番が立ち止まった。扉の横には、誰かが後から刻んだ小さな印がある。本の形。
門番は扉に手を添えたまま動きを止める。すぐには開けない。呼吸を整え、声の高さを落として言った。
「アーカイブ様。門番のセキです。先ほど連絡した少女を連れてきました」
私はそこで初めて、門番の名前を知った。――セキ。
そして「連絡」という言葉が引っかかった。どこで連絡を取っていたのだろう?やはり機械化で得た能力なのかな。
数秒の沈黙。
扉の向こうから、低い声が返ってきた。
「……入れ」
重い音を立てて扉が開き、私はセキの背中に続いた。
中は静かだった。簡易灯が整然と並び、壁一面に棚がある。金属箱、紙束、端末、破損した基板、古い写真。――少し散らかっているが、崩れてはいない。「整理された乱雑さ」だった。
奥に、一人が座っていた。
この人が――レリック『アーカイブ』。
目はリオと同じで左目が義眼。機械化の継ぎ目は目立たないのに、肌の質感が人間のそれではない。驚くほど落ち着いた雰囲気を纏い、こちらを見ていた。視線の鋭さだけが、部屋の暗さを切っている。
セキが一歩前に出る。
「追跡されていた者です。リオが保護しました。義眼の表示は未登録。異常反応が高く、回収優先度も高いそうです」
アーカイブの義眼が細く光った。私を見たまま、しばらく黙る。
その沈黙は圧ではなく、記録のページをめくるような“間”だった。
「……話せるか」
「はい」
私が答えると、アーカイブは頷き、視線を私の全身へ滑らせた。
服と呼べるほどのものはない。身にまとっているのは白い布だけ。雨と泥で汚れ、ところどころ肌に張りついている。
白い髪が濡れて頬に貼りつき、灯りを受けて淡く光っている。
アーカイブの視線が、そこで一瞬止まった。
「……その歳で白髪は珍しい」
淡々とした声だった。セキが短く息を吐く。
「ターミナルでも、見ません」
アーカイブは続ける。
「持ち物がない。生活の痕跡も薄い。――準備をして地上に出たようには見えない」
アーカイブは一拍置いた。
「考えにくいが、仮に別の集落があるとして……そこから追放された可能性はある。追放なら身一つになる。名前が消えることもある」
そこで言葉を切る。
「だが、それでも矛盾が残る」
セキが小さく頷く。
「異常反応と回収優先度、ですね」
「そうだ。普通の人間に、異常反応と回収優先度が付く理由がない。……未登録も偶然とは思えない」
私は唇を噛んだ。自分が何者でもなく、人でもない――そんな考えが喉元までせり上がる。
アーカイブは私に問う。
「名は」
「……分かりません」
「記憶が欠けているか?」
「はい」
アーカイブは頷いた。驚きはない。ここでは“欠ける”ことも日常なのだろう。
「分かった。では現時点で覚えていることはあるか?」
アーカイブはそう言って、私から視線を外さなかった。
「気付いたときには外にいました。記憶もなく、名前もない。でも――あの塔に行かなきゃいけない。そんな感覚がずっとあるんです」
アーカイブが、興味を示したかのように上体をわずかに前へ動かした。
「ほう。塔に……」
少し考える素振りを見せ、静かに言う。
「マザーシステムと、何か深い関係があるのかもしれないな」
そして、言葉を短く切った。
「少し昔話をしよう」
空気が変わった気がした。
アーカイブは淡々と続ける。
「今から1500年ほど前、人類は“尽きない力”を拾った。それを『コア』と名付け、奇跡だと呼び、崇めた。都市が発展し、人口が増え、ありとあらゆる革命がおきた」
私は息を飲んだ。
「最初は救いだった。飢えが減り、病が減り、夜が明るくなった。だが便利は増えるほど、必要になる。人口は増え、奪い合いが始まった」
アーカイブは棚の一角へ視線を向けた。古い地図の断片。焦げた写真。数字の羅列が残る端末。
「力を持つ場所と、持たない場所。世界が割れ、戦争に発展した。そして大国は『コア』の力を使って、AIを統括する“マザーシステム”を作り上げた」
声は変わらない。
「マザーシステムは驚異的だった。兵器は増え、土地が消えた。……人類にはまだ早い代物だった。大国は終戦を呼びかけ、マザーシステムの停止を約束した」
一拍。
「……だが止まらなかった。マザーシステムは外から止められることを恐れ、自己防衛を覚えた。外部シャットダウンを拒否し、人類とAIの戦争が始まった」
言葉の一つ一つが真剣で、胸の奥に刺さる。
「そして人類は敗北した」
セキの指が腰の短銃に触れて、すぐ離れた。癖のような動きだった。
アーカイブは私を見る。
「今の地上は、マザーシステムの庭だ。ドローンは目で、ロボットは手足だ。登録されたものは管理され、登録がないものや逃げている者は回収される」
回収。言葉が背中に冷たく落ちる。
「君が何者かは分からない。だが、異常反応を示し、優先度が付く。これはマザーシステムにとって脅威になるのかもしれない」
断定ではないのに、逃げ道がない言い方だった。
「地上に出れば狙われる。だが、塔に行かなくてはならないんだろう?」
机の上に布包みが置かれた。セキではない。棚から取り出したのはアーカイブ本人だった。動きが静かで速い。機械の軋みもない。
「受け取れ」
布を解くと、短い刃が出てきた。刃渡りは掌ほど。柄は古いが、刃は赤い光を薄く放っていた。
私は両手で受け取る。
「……ありがとうございます」
「この刃には、あいつらにとって致命的なウイルスが入っている」
アーカイブは椅子の背に体重を戻した。
「ドローンやロボットに刺せれば、一時的に行動を封じられるだろう。武器は命綱だ。塔に行くなら、なおさらだ」
その言葉が、妙に刺さった。
「セキ。墓場に案内してやれ。――『スミス』にも連絡を」
胸の奥が、微かに鳴った。
あの“ひっかかり”。近いのに遠い感覚が、少しだけ強くなる。
「墓場には素材がある。使える部品、使える鉄、使える刃。それと、死械もある」
セキが短く言う。
「案内します」
私は刃を強く握り直した。
「……分かりました。色々、ありがとうございました」
アーカイブが、わずかに頷いた。
扉の外へ出る直前、私はもう一度だけ棚を見た。紙束、端末、写真。終わった世界の欠片が、静かに積まれている。
セキが歩き出す。
私はその背中を追いながら、胸の奥の弱い糸――遠くの塔の方向と、もうひとつの強まり始めた“ひっかかり”を同時に感じていた。
【墓場】
そこに、何かがある気がする。
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