残響都市2
雨が背中を叩く。
黒い羽音が、頭上を裂く。
さっきからずっと、赤い点が視界の端にちらついている。あれが照準なのか、識別なのかは分からない。ただ、こちらを狙っているのは確かだった。
「止まるな!」
前を走る外套の男が低く叫ぶ。外套が雨を弾き、金属の脚が水たまりを蹴散らす。
私はその背中に必死に食らいついた。息が苦しい。けれど足は妙に軽く、滑るように進める。現実感の薄い身体が、逆にこの逃走には向いている気がした。
背後で【ジジッ】と音が重なった。
飛行体が増えている。
路地の角を曲がるたび、赤いレーザーが壁を舐める。雨がその光を引き延ばし、街が傷口みたいに光った。
外套の男が急に進路を変える。崩れたビルの隙間ではない。地下へ降りる階段――古びた駅の入口だった。
「降りろ!」
私は躊躇しなかった。地上にいる限り、追われる。階段を踏み外しそうになりながら駆け降りる。
雨音が遠ざかり、代わりに金属の軋みと、古い電気の唸りが大きく耳に入った。
背後で爆ぜる音。
飛行体の射撃が階段の縁を削り、破片が跳ねた。
外套の男は振り返りもしないまま、さらに奥へ走る。暗い通路。壊れた看板。壁に残った路線図。どれも湿っていて、どれも死んでいるのに――なぜか雰囲気が違った。
通路の先で、外套の男が立ち止まった。
そこから先が、妙だった。
空間が歪んでいる。レンズ越しに向こうを見ているように、ある境目から先がねじれて見えた。さっき飛行体が私を囲った時に出した、あの歪みと同じ――?
(……通れない)
本能的に悟る。
外套の男が叫んだ。
「開けろ! ドローンに追われている!」
空間の歪みが、ふっと“正常”に戻った。
「走れ! すぐ閉まるぞ!」
男は私がついて来ているかを確かめながら走り始めた。
次の瞬間、ドローンが空中で壊れ始めた。ぶつかって砕けたもの、切断されたように割れたもの。歪みが戻ったことで起きた現象だと、すぐ理解できた。
追跡が途切れる。
歪みの向こう側に来た瞬間、私は膝に手をついて息を吐いた。肺の中の冷たさが、ようやく抜けていく。
「……今ので、撒けたの?」
外套の男は肩越しに言った。
「“歪門”を閉じた。あいつらは通れない」
「歪門……?」
「空間を歪ませる柵だ。俺たちの命綱」
そこで初めて、男は私の方をまともに見た。
外套の襟を少し下げる。濡れた顔は男のものだったが隻眼で、片目は赤い。目の周りは機械のような肌が露出している。首筋から鎖骨にかけては、金属の継ぎ目が覗いていた。普通の人間には見えない。
「……で、お前は誰だ」
私は言葉に詰まった。
名前がない。自分が何者かも分からない。
ただ――遠くの塔に行かなくてはならない、という使命感だけが胸に残っている。
「わからない……」
外套の男が、一瞬だけ目を細めた。
短く息を吐き、言う。
「……俺のことは、リオと呼べ」
「リオ……」
「立てるか?とりあえずここを案内する」
「ええ……立てます。案内ですか?」
「歩きながら話そう。仲間がいる。拠点まで案内する」
リオが歩き出す。私は遅れないように、その背中を追った。
暗い地下道の奥――そこに、生活の匂いが混じっているのが分かった。




