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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
短編

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理解出来ぬもの(アデルバート)

本編が始まる前のアデルバートの後悔

アフロート王国の第一王子アデルバートとして生まれ、父王からの寵愛を一身に受け、望むものはなんでも与えられた幼い頃の私は、今思い返せば、それはもう高慢で憎たらしい子供だった。

王の覚えめでたい私に面と向かって逆らうようなものなどおらず…と言うよりは、呆れられ捨て置かれていたのだろうが、それが身勝手さを助長させていた。なんでも与えられる私は、何か一つに執着することがなく、新しいことに直ぐに手を出し、直ぐに飽きて投げ出す、非常に厄介な子供だったことだろう。


そんな中で、剣を振るうことは長く続いた。アフロート王国の十三ある騎士団の内、第三騎士団の長を務めるチェスター侯爵が、厄介な王子の剣術指南役を務めてくれた。高慢ちきな子供の相手をよくやってくれたものだと、今なら思う。彼は時には私を諌め、諭してくれ、初めは癇癪を起こしていたものの、その様な存在は初めてであったから、その内に素直に受け入れはじめた。

といっても、マシになったとはいえ一朝一夕でひん曲がった性格はそう簡単には矯正出来ず、私が変わる切っ掛けとなったのは、弟の存在だろう。






「…そうすると逃げられてしまったのだが、アルバート、どうしたらいいと思う?」


「…そうですね…」


私と同じ髪色の頭をうんうんと抱えているのは、母が平民の出であり、類稀に見る膨大な魔力を持つが故に離宮に隔離され、少ない使用人と共に存在を公から遠ざけられている、十歳になる腹違いの弟だ。父王から寵愛を受ける私でさえも、この弟とは私が十三、弟が六歳になるまで顔を合わせたことがなかった。それも、私が興味本位で弟が住む離宮に忍び込んだことがきっかけだ。私のその行動がなければ、弟とは一生会わずに終わっていたのかもしれない。


五つになるまではこの弟も陛下の寵愛を受けていて、私の名を捩ってつけられた名前からしてもそれがよく分かる。弟の母が亡くなったことで急速に陛下の心が離れ、今も尚この離宮で一人秘匿とされているこの処遇は、王の意向であるから今の私では手が出せないが、ゆくゆくはなんとかしてやりたいと思っている。こう思えるようになったのも、この弟が私の目を覚まさせてくれたお陰と言えよう。自分を取り巻く環境が、自分自身が異常だと気づくまでは、私は弟のことを気にかけた事など一度もなかったのだから。


あれは私が十四になったばかりだっただろうか。弟は初めて会った時から、純粋に私を兄上と呼んで慕ってくれていた。それがとても嬉しくて、王も私の行動に気づいているだろうが、やはり私には甘く何も言ってこないので、その日も私は己の欲求を満たすために弟がいる離宮へと忍び込んだのだ。


しかし、その日は様子が違った。弟がいるはずの部屋に入り込んだ時、すすり泣く声が聞こえたのだ。何事だろうかと部屋を見回せば、蹲る弟の姿と床に散った血痕が目に飛び込んできて、慌てて弟の元に駆け寄った。私が近づいたことに気付いた弟が顔を上げると、その右頬に深々と赤い線が走り、ナイフが床に転がっていた。

誰にやられた、そう問うても弟は首を振るだけだった。私はすぐに人を呼んだ。王の耳にもこの出来事が届き、弟は王の指示で傷跡ひとつ残らないほど手厚い治療を受けた。


その後日、治療を終えた弟に会うために離宮に向かうと、随分と人が減っていた。この件で多くの人間が処分されたらしい。弟に会うと、いつもならば兄上と私を呼んで笑う弟は、ただ悲しそうな顔をしてこちらを見てぽつりと呟いた。


『やはり、陛下はお会いくださらないのですね…』


あれは弟が自分の手でやったということは聞いていた。私にはその行動が理解できなかったので、それを問おうとやってきたのだ。しかし、その表情にそれを問うことすら躊躇われた。そんな私に、弟は俯いて懇願してくる。


『兄上、どうか、私を殺してください。』


『…何を言っている。』


『私はこのまま何の役にも立たず、ただ国の金を食いつぶして、誰に知られることも無くここで朽ちていく…それならば、もう…』


その言葉に愕然とした。とても七歳の子供が言うような言葉ではない。そして理解する、あれは弟なりの必死の主張だったのだと。

何もかも与えられる私と違い、この弟には何も与えられない。情も、役割も、何もかも。弟を取り巻く環境は異常だ、それに対して私を取り巻く環境はまるで正反対だ。何もかも当然のように受けていたが、それも異常なのだと気づく。


『自棄を起こすな、アルバート。時間はかかるやもしれぬが、お前をここから出してやる。』


俯いていた弟は、その言葉に顔を上げた。赤い目がじっと私を見つめるが、そこには期待や希望の色は見えない。弟が会いたかったのは私ではなく、父王なのだろう。今回のような事件を起こしても、決して王は弟に会おうとはしなかった。それに心が折れてしまったようだ。


『…しかし、兄上にそのような事が…』


『出来るさ、出来るとも、やって見せよう。なぜなら私はこの国の第一王子なのだから。』


そう胸を張って言うと、弟はぱちぱちと目を丸くして瞬いて、暫くして小さく笑った。こうは言っても、今の私には出来ないことは理解している。だから、私はそれを実現させる力を、正しく力を持たねばならないのだ。


「兄上?」


「ん、あぁ…」


弟が私を呼ぶ声ではっと意識を引き戻す。どうやら昔を思い出して感傷に浸り、弟の言葉を聴き逃した様だ。少しすねたように唇を尖らせた弟は、年相応の子供に見える。

何故、弟がこのような場所に閉じこめられ、存在を秘匿とされているのか。王はおそらく、弟を恐れているのだ。膨大な魔力と、歳不相応の頭の良さ、上手く扱えればこれ以上にない程我が国の強大な力となり得るのにこのような扱いなのは、公にされていないが、一度それを暴走させた事があるからだ。

その一度、それは恐らくは弟の母君が亡くなった事件で起こったのだろう。起こった場所は、酷い有様だったと聞く。当時弟は五歳、命の危険を感じる状況下で、本来なら制御出来るはずの母がその場で亡くなっていたのだから、起こるべくして起こったと言える。今もまだ幼い故に、ここに拘束されているのは致し方ない。なにせ、この弟と同等以上の魔力の持ち主などおらず、その半分ですら及ぶものはいない。私等、全くと言っていいほど魔力がない。私のような人間が殆どだ。

たが、こうして私が持ちかけた相談に必死に頭を抱え悩む様子は、ただの子供と変わりはしない。


「考えたのですが…」


どうやら、私が相談した事柄について考えがまとまったらしい。今、私は恋の病を患っているのだが、これがなかなかどうして、上手くいっていない。相手はチェスター侯爵の令嬢なのだが、彼女は侯爵令嬢でありながら武芸を嗜む変わり者の令嬢として有名であった。剣を交える事は喜んで受けてくれるのだが、それ以外の誘いは全滅している。断られはするが冷たいという程の反応でもないので、嫌われてはいないだろうが。

彼女の兄であるレナードは私の兄弟子であり良き友であるのだか、その事を伝え協力を要請すると、まるでゴミを見るかのような目でお断りしますと断られてしまった。傍若無人な頃の私を知っている男だから、当然の反応なのかもしれない。


狭い世界で生きている弟は、離宮に整えられた書庫の本を読み漁っていて、最近は令嬢が読むようなロマンス小説に没頭しているようだ。そこで、違う目線、柔軟な考えで何か拾えないだろうかと弟にたずねてみたのだが、私から助言を求められたのが嬉しかったのか、一生懸命に頭を捻って、二つの赤い目を私に向けて!自分なりに考えた答えを懸命に伝えてくる。


「乙女心は複雑と聞きます。本当に嫌であれば、もっと冷たい態度になるかと…ですので、きっと見込みはあります。」


「ふむ。」


「…ええっと、この場合は…押してダメなら引いてみろ、と本には書いておりました。けれども、聞く限りその兄上の想い人は、引くとそのまま逃げてしまいそうだと存じます。」


「…だろうなあ。」


「ですので、押してダメなら押し倒せ、…というのはいかがでしょうか?」


「うーん、アルバート。それはダメだと思うなあ。…その本を私に貸してくれないかな。」


「はい、どうぞ。…ダメ、なのですか?…では、押してダメでも押し通せ…はいかがでしょうか。」


「…はは、アルバートは色々な事をよく知っているなあ。」


頭の良い弟だが、恋愛に関してはそうでもないようだ。まだ十歳なのだから当然だろう。頭をくしゃくしゃと撫でると、弟は破顔する。弟が貸してくれた本を興味本位でぱらぱらと流し読みしたのだが、十歳児が読むには相応しくないと思う、なかなかドロドロした恋愛だ。


「…兄上」


「なんだ?」


「何故、その方を好きになられたのでしょうか?」


私の目を見る弟の赤い目は、本当に不思議そうであった。多くの書物を読み、多くの知識を得ている弟でも、その様な感情に関する事柄は未だ理解ができないのだろう。

私が彼女に惚れた理由等、何故と問われればいくらでも思い浮かぶ。その凛とした姿が、剣を振るう時の活き活きした表情が、私に対して物怖じしない姿が、裏表のない態度が。


「色々と理由はあげれるが、結局は全て後付けなのだろうなあ。気づけば恋に落ちていた、そんなものだ。」


「…そう、ですか…」


そうですかとはいったが、弟は納得出来ていないようだ。何度か首を傾げていたが、それ以上何かを言うことは無く、私が手に持った本に視線を落とす。


「いつか私にも…」


そこまで言いかけて、弟は口を噤んだ。この離宮で人との関わりを絶たれ、外へ出ることも出来ないこの現状では、続けようとした言葉は到底叶わぬものなのだと直ぐに理解したのだろう。


「そうだなあ、アルバートにもきっとわかる時が来るだろうよ。」


諦めた弟に代わって、言葉を続ける。弟は目を丸くして黙り込んでいたが、ややあって小さく笑った。






それから八年の間に私は立太子し、着実に力をつけていった。弟のことは守ってやらねばならない、助けてやらねばならない、そんな想いを抱きながら、約束を果たすためにより精力的に政務に取り組んだ。結果、徐々に弟の元へ行くことも少なくなり、顔を合わせる機会はぐんと減ってしまった。それでも、成長していく弟は会えば必ず笑んでいて、不満を漏らしたこともなかった。だから、私との約束を信じてくれているのだと疑いもしなかったのだ。

だが、私が二十五歳の春、視察から帰ってきた私に届いた弟の訃報に、私は言葉を無くした。公には病死とされたが、自死だと。

最後に会ったのは半年前だろうか。また来てくださいね、そう言って笑っていたのに、弟は自ら命を絶った。


「何故」


物言わぬ棺の前で問うたところで、返事など返ってくるはずもない。王に認めさせるのは今少しだったのだ。守ってやらねばならない、助けてやらねばならない、そう思っていたのに、私は約束を果たすことも出来なかった。


「アデルバート殿下は、彼が望んでいた事をご存知無いでしょう。」


なんの感情もこもらず、無表情にもう一人の弟であるギルバートが私に言う。無感情に棺に視線をやったギルバートに内心苛立ちを感じながらも、その言葉を噛み締める。今振り返れば、その通りなのだと痛感する。


「お前ならアルバートが何を望んでいたのか、分かると?」


「少なくとも、殿下よりは。」


「ほう…ではそれは何だと言うのだ?」


「…今更、詮無き事でしょう。」


ギルバートはそう言ったきり、そのまま沈黙する。これ以上私とその話をする気は無いようだ。ギルバートの言う、弟の望みを知ることが出来たのなら、今のこの結果は変わっていたのだろうか。私が分からぬことを、なぜギルバートが分かるのだろうか。


「お前も望んでいるのか?」


珍しく、ギルバートの顔が強ばった。殆ど無表情のこの弟がこの様な反応を返すとは、珍しい。


「…いいえ。失礼します。」


それ以上詮索されたくないのか、話を切り上げてギルバートはその場を辞した。あの反応からして、今は望んでいなくとも過去には望んだことがあるといったところだろうか。益々、その望みがわからなくなる。

無いものは気づきやすいのに、あるものは気づきにくい。つまり、私にはあって、弟達には無いものを望んでいたという事だろう。果たしてそれは何だったのだろうか。


「…すまない、アルバート。」


私は弟を理解してやれなかった。守ってやらねばならない、助けてやらねばならない、そう思っていたが、守られることも助けられることも弟の望みではなかったのだろう。自由ですら、弟の望みでは無かったのかもしれない。

悔やんだところで時すでに遅く、物言わぬ骸となった弟を想い、ゆっくりと目を閉じた。

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