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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編

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エピローグ

カクンと頭が揺れて、はっと顔を上げる。どうやら、うたた寝していたらしい。ぐるりと見回すと、私は四畳半の畳の部屋の真ん中に座り込んでいた。喪服を着て、腕に遺影を抱えている。持ち直してそれを見れば、生前の母の写真がそこに収まっていた。


母は、笑わない人だった。私に向けられる目は、何時だって冷たいものだった。いつか優しく笑って褒めてくれないだろうか、そんなことを思っていたけれど、それは決して叶わぬものになってしまった。


「…巴さん」


声をかけられて顔を上げると、先程まではいなかったのに、近くに高校生の男の子がたっていた。異父弟だ。何年ぶりの再会になるのだろう、私が十、彼が八つの時に両親が離婚して以来だ。私と血の繋がらない父だった人に引き取られてからは、連絡を取り合うことすら叶わず没交渉となっていた。昔は姉ちゃんと呼んでくれて、両親が喧嘩をしている時は身を寄せあっていたのに、今では随分と距離が遠い。


「俺たち、もう会わない方がいいと思う。」


目も合わせず告げられたのは、拒絶の言葉だった。この世界でたった一人、片方だけとはいえ、血の繋がった弟からの拒絶。彼も、私の生い立ちを知ってしまったのだろうか。私の存在が彼から母親を奪ったと考えれば、仕方がないのだろう。


「巴さんが悪いわけじゃない。けど、父さんが…」


最後にあった時の、父だった人の目を思い出す。穢らわしいものを見るようなあの、目。これ以上ないくらいに、きっと憎まれていた。やはり、その人に引き取られた弟からしたら、私は疎ましい存在なのだろう。何も知らずに姉弟として接していたあの頃は、もうどこにもないのだと気付く。


「…うん、ごめんね。」


「…ごめん。」


弟はそのまま、部屋を出ていった。これは、仕方が無いことなのだ。だって、私にはどうしようもない。血を半分抜けば、顔も知らない本当の父親の血が消えてなくなるならいくらでもするのに。そんなことをしたって、私の血肉には名さえしらない父親の存在が刻まれていて、それが弟を、父だった人を苦しめるのだ。…母でさえも。


「…仕方がないじゃない…」


仕方がない。私にはどうしようもない。私だって、好きで生まれてきたわけじゃない。父親を選べない。母親を選べない。


本当にダメな子ね。どうしてあんたなのかしら。あんたなんて私、いらなかったのに。


そんなことを言われたって、私は望んで生まれてきた訳じゃない。だったら産まなかったらよかったじゃないか。

憎い。母が憎い。父が憎い。弟が憎い。こんな感情を抱くなんて、いけないことなのにと分かっているのに、どうしても沸き上がってくるこの感情を止められない。母も、父も、弟も、どうして誰も私を許してくれないのだろう。生まれてきたことを後悔されて、存在することを許してくれない。


ここは息が詰まって、苦しくて死んでしまいそうだ。気づけば、私は走り出していた。

どこへ行こうという訳でもない、ただあの場から逃げ出したかった。周りは真っ黒で、自分が踏みしめている地さえも見えない。なのに、私の足は止まることなく走り続ける。ただひたすら、真っ直ぐと。


ここは私の居場所ではない。貴女がいてくれて良かったと、私を望んで、認めてくれる人がいる。その人の隣で生きたいと、望んだ私がいる。

私は生まれた世界ではなく、あの人が生きる世界で、あの人のそばで生きると決めたのだ。






顔を上げると、見覚えのある光景が広がっていた。黒の森の、黒の魔女の小屋の中。いつの間にか机に突っ伏して寝てしまっていて、嫌な夢を見ていたようだ。口元を手の甲で拭って、ぼんやりと辺りを見渡してから後ろを振り返る。同居人のアルベールは今、彼の兄と外で散歩しているので誰もいないはずだったが、いるはずのない人物が後ろに立っていて、驚きに目を見開く。


「…エイダ?」


漆黒の髪と、アルベールと同じ、ルビーの様な真っ赤な瞳。黒の魔女と呼ばれる美しい女性は私の声に反応して、にっこりと笑った。椅子を倒してしまうくらいに勢いよく立ち上がって駆け寄るが、彼女は微笑んだままだった。


「ずっと、心配だったの。あの子のこと、助けてくれてありがとう。」


あの子というのは勿論、アルベールの事だろう。彼は黒の魔女の孫かもしれないと話したことがあった。

いま見ている彼女は、幻なのだろうか。たとえ幻だとしても、私は彼女にどうしても伝えたい言葉がある。ぐっとこみあげてくるものを抑え込んで、深く息を吸って、吐き出す。そして、エイダをじっと見つめながら、言葉を口にした。


「…助けてくれて、拾ってくれて、ありがとう。魔法を教えてくれて、弟子にしてくれて、ありがとう。…エイダのおかげで私、あの人に出会えて、必要としてもらえたの。」


異世界に召喚されて、右も左も分からない私に居場所を与えてくれたのは、黒の魔女エイダだった。彼女の弟子としてこの場所にいたから、私はアルベールと出会えた。

ずっと誰かに必要だと言ってもらいたかった。ここにいてもいいのだと言ってもらいたかった。母も、父も、弟も、誰もくれなかったその言葉をくれたのは、他の誰でもない、アルベールだ。


これは私の幻だからか、エイダは何も言わずに、ただこちらを微笑んで見ているだけだった。ただの自己満足であっても、彼女にこの言葉を伝えることが出来て、嬉しい。もっと、彼女が生きているうちに恩を返すことが出来ればよかった。もっと、ありがとうと感謝を伝えたかった。

じわりと視界が滲んで、慌てて目を擦る。ぐずぐすと泣き出してしまった私の頭を、エイダはそっと撫でてくれた。


「貴方はとんだ拾いものだったわ。あの時、あそこに貴方がとばされてきてよかった。…本当にありがとう、トモエ。」


きっと、これは私の妄想だからなのだろうけれど。その言葉がとても嬉しくて、ボロボロと涙がこぼれ落ちるのを止めることが出来なかった。


「…私、頑張ったの。」


「ええ、ちゃんと見ていたわ。偉かったわ、すごかったわ。そこは、貴方が自分の力で掴んだ場所よ。」


エイダが死んでしまってから、どうしていいのか分からなかったけれど、必死で生きた。そうして、漸く私は、私の生きる場所を得た。私は私なりに、とても頑張ったのだ。元の世界では誰も認めてくれなかったけれど、今、こうしてエイダが認めてくれる。たとえ妄想だったとしても、それがとても嬉しい。


「…あの子のこと、よろしくね。」


エイダの言葉に、涙を手の甲で拭いながら頷いた。私はこの世界で、彼と共に生きていくと決めたのだ。


「私…生まれてきて、よかった。」


頭を撫でてくれたエイダの手が離れると同時に、バタンと音がして小屋の扉が開く。視線を、移せばその扉をくぐって入ってきたのは、アルベールその人だ。よく見れば、後ろにその兄であるアデルバートの姿も見える。


「…この鉱石が、か…」


「あとは自力でなんとかなさってください。」


「ああ、感謝するぞ。アルト。」


何やら会話をしながら入ってきたが、こちらの姿を認めて二人してぎょっと目を剥いた。体裁も構わず大泣きしている女がいるのだから、当然の反応だろう。いつの間にかエイダの姿はなくなっていて、大した距離ではなかったとはいえ瞬く間に私のすぐそばにやってきたアルベールは、腰を落として目の高さをあわせ、私の顔を覗き込んでくる。


「トモエ、いかがなさいましたか?…何か、辛いことでも?」


とても心配そうに覗き込まれて、慌てて首を振った。アルベールの指先が頬に触れ、涙を拭ってくれる。それが少しくすぐったくて、小さく笑った。


「ごめんなさい…辛いことなんて、ないんです。あなたがそばにいてくれたら。」


そう言うと、彼は少し驚いたように目を見開き、ほんの少し照れくさそうに笑う。そういえば、アルベール一人ではなかったと思い出して周りを見渡すが、つい先程共に入ってきていたはずのアデルバートの姿が無くなっていた。何たる早業、気を利かせてか退散していたらしい。私の泣き顔を認めて、直ぐに回れ右して出ていったのかもしれない。


「…アルトって、呼ばれていませんでした?」


「…はい。」


二人の間でどのような話があったのかは知らないが、アデルバートはずっと彼のことを、弟である第三王子の名、アルバートと呼んでいた。別名、と言うにはあまり違いはないけれど、正しい名で呼ぶことが礼儀だとされるこの世界で、彼をアルトと呼ぶようになったのは、二人なりのけじめなのかもしれない。


「私は、アルト・アルベールとして、ずっとトモエのそばにおります」


そう言って引き寄せ、抱きしめてくれる胸に顔を埋める。彼を初めてアルトと呼んだ頃には、この様な事になるとは思いもしなかった。


「私も、ずっとアルベールのそばにいます。」


お互い、随分と遠いところにまで来てしまったけれど、此処が私たちが望んだ居場所だ。




魔女が住む森にやってきた王子様。定番の物語ならば、悪い魔女を退治して、お姫様を救って結ばれるものだろう。私はどちらかと言うと、退治される側の魔女なのだが。

そんな話をすると、アルベールは一人くらい魔女に恋に落ちる王子がいてもいいでしょう、なんて言って笑った。

ここまで読んでくださってありがとうございました!

ここまで書き続けれたのは読んでくださった方々のおかげです。少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。

この二人のお話は書きたいことが色々とあるので、短編や他でも少し書き続けれたらなあと思っております。


ありがとうごさいました!

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