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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編

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第6話 私と彼の誓い (11)

アルベールはふらつきながらも上体を起こして、頭を抑えた。以前に経験したのでよく分かるが、魔力欠乏症は貧血症状に酷似している。全身の倦怠感や目眩、動悸等、どうやらそれらが今、アルベールを襲っているようで、暫くは動けないだろう。


「…トモエ、申し訳ございませんが、足元に落ちている石を取っていただけないでしょうか。」


「…あ、はい、これですね。」


先程の取っ組み合いでギルバートが落としたもので、親指ほどの大きさの、半透明な乳白色の石だ。親指と人差し指で摘んで拾い上げると、それがかなりの量の魔力を秘めていることが指先からつたわってくる。それも、見覚えのある魔力だ。


「これは…アルベールの…?」


「…そのようです。…三年の間で意識がある内に何度か、見かけたことがございます。恐らく、その鉱石は魔力を吸収し保持する性質を持っているものでしょう。希少なものの様ですので、そこに残されているものが全てだと存じます。」


この鉱石の性質を利用して、三年間でかなりの量の魔力をアルベールから奪い取ったのだろう。この一つだけでも、一般的な魔法使いが持つ魔力量三、四人分くらいには値する。


「…ギルバート兄上は、魔法の発動にはその鉱石を用いていました。気を失っている間に、取り上げておきましょう。」


頷いて、その鉱石をアルベールに手渡した。元々は彼の魔力だ、魔力を大量に消費し失った彼にはちょうどいい供給源になる。それを額にあてて、大きく息を吸い込んで吐いたアルベールの顔色は、少しだけよくなった気がした。


落ち着いたところで、先程の一悶着で落としてしまった、ギルバートから回収した呪法と拾い上げてから、ベールを下ろす。幸い、防音の魔法を使っていたのでこの騒ぎはまだ気づかれていないようだが、二人きりでと言っていた以上、ここにアルベールがいることが知られると不味い。肩を貸して部屋の隅へ連れていくと、姿消しの魔法をかけた。これで一先ずは、誰かが入ってきても誤魔化せるだろう。


先程アルベールが投げつけた花瓶を拾い上げて、元にあったであろう場所に戻す。よく見れば、少しヒビが入っているような気もするが、高価そう過ぎるので見て見ぬふりをする事にした。結構な重さがあるので、こんなものが頭に直撃したギルバートは大丈夫なのだろうか。

床に転がったままピクリとも動かない彼の元に近寄ると、胸が上下しているのを確認してほっと息を吐いた。流石に死なれては困る。それでも、頭部への衝撃は怖いので回復魔法をかけておくも、回復魔法は苦手なので気休め程度にしかならないが、やらないよりはましだろう。


「…申し訳ございません。私の魔力で発生した魔法ではギルバート兄上には通じないため、物理的な手段しかなかったのです。軌道は魔法で補正しましたが…」


「…いいえ、助かりました。」


あの時、この男が本当に怖かった。本気でこの男は私がどうなろうと興味がない、でなければそもそも人間を召喚しようなんて発想も生まれてこないだろう。彼の頭の中には、国王から申し付けられたこともきっとなかった。たとえ、自分の身がどうなろうとも興味が無いのだ、他人など尚更。アルベールがいなければ、どうなっていたか分からない。


ギルバートの異常な執着心と、盲目的な意志の強さを甘く見ていた。アデルバートやアルベールがあった目を知っていたのに。本当に、私は平和な世界で生きてきたのだ。


ギルバートの首筋に呪印が刻まれているのを確認して、息を吐いた。このままでは、明らかに呪われていると丸わかりなので、魔法で見えなくなるように細工する。本人が呪われたことに気づかない限りは、これでも魔女の弟子を名乗っている魔法使いがかけたそれに気づくものはいないだろう。

呪いが上手くいっているならば、彼のヘレナへの想いは封じられている。けれど、記憶が無くなっている訳では無いので、彼がアデルバートやアルベールにした事、私を召喚したことは覚えているはずだが、その行動原理が自分でも分からないといった状態になるだろう。


彼にとっては生き甲斐だったであろうそれを奪った私は、少なくとも彼にとっては極悪人なのかもしれない。哀れだと思う反面、私から元の世界を奪った彼への怒りや憎しみ、恐怖の感情が湧き上がる。内心で罵った後に、自分がやった事の罪悪感に気持ちが萎み、こうしなければ私はこの男にいつまでも脅かされるのだと言い訳する。


私がしたことは正しかったのか、間違いだったのか。他に何かいい方法はあったのだろうか。考えても答えは見つからず、陰鬱な気持ちがまとわりついて離れない。まるで、底なし沼に沈んでいくようだ。


今は考えないでおこうと首を振って、部屋の外に控えている騎士を招き入れた。彼らはここで見聞きした事は一切口外しないと誓約させられているので、無理をさせてしまい頭を強く打ったと言って、ギルバートを引渡した。嘘ではないだろう。


その後、チェスター侯爵が猫のアデルバートを腕に抱いて入ってくる。アルベールと同じ部屋で控えていたはずなので、彼の行動には目を瞑ってくれていたのだろう。


「チェスター卿、どうもありがとうございました。」


「私は大したことはしておりません。上手くいきましたか?」


「はい、チェスター卿の協力があってこそです。私達はこのまま一度、黒の森に帰ります。あとは一週間ほど時間を頂ければと…」


「お伝えしておきます。…この姿の殿下とはお別れかと思うと、実に惜しいですが。」


騎士団長を務めるという侯爵は実にしっかりとした体をしていて、その腕に抱かれている猫はとても小さく見える。本人はとんでもなく大変な目にあっているのだからあまり堂々とは言えないが、確かにこんな愛らしい姿を見れなくなるのは残念だと、内心同意する。


アデルバートを受け取って侯爵に頭を下げ、侯爵が退出したのを見届けてからアルベールの元に近寄る。元々は彼自身の魔力だからか、その鉱石に含まれていた魔力の殆どを吸収しきって随分と調子が戻ったようだ。先程まではおぼつかなかった足も、今は両足をしっかりと地につけて立っている。


「…帰りましょう、アルベール。黒の森に。」


「はい。」


来た時は態々馬車で運んでもらったが、帰るのは転移魔法で直ぐだ。黒の森の魔女の小屋に足を踏み入れると、どっと体から力が抜ける。そのままへたりこんでしまいそうになった所を、アルベールが後ろから抱き留めてくれた。その隙に、猫のアデルバートはするりと腕の中から抜け出して、アルベールの部屋にサッと入っていってしまった。…本当に、アデルバートは意識がないのだろうが。


「大丈夫ですか?」


「…はい…思ったよりも、緊張してたみたいで。」


この世界に来た時は、まさか一国の王と謁見するなんて思わなかったし、王子達と関わり合うことになるとも思わなかった。まさかその王子の一人が、私を召喚したとも。


「…私が二年前にこの世界のこの森に迷い込んだのは、ギルバート殿下に召喚されたからなんですって。思わぬ邪魔が入って、あの人の元ではなく黒の森に出ちゃったみたいですけど…」


そう言うと、アルベールが後ろで息を呑んだのがわかった。首を後ろに回して見ると、眉尻を下げた彼と目が合う。


「…あれは、貴女を召喚していたのですね。もう少し早ければ、貴女が召喚されること自体を防げたのかもしれません。」


「…邪魔って、もしかしてアルベールが?」


「二年前といえば、丁度、一度目の逃亡の時でした。なにか大掛かりな魔法を使おうとしていたところで、ギルバート兄上を襲って逃げましたので…」


「じゃあ、私はアルベールに助けられていたんですね。ありがとうごさいます。」


もし、そのまま何の邪魔も無くギルバートの元に召喚されていたら、彼の当初の目的の通りに私は利用されていたのだろう。そう考えると、体が震えた。アルベールはそれを感じとってか、抱きしめる腕の力をほんの少しだけ強くする。伝わってくる体の温もりに、安心して身を預けた。


「…貴女が、ここにいてくださって、よかったと存じます。」


言葉とは裏腹に、声音はどこか後ろめたいような響きを含んでいる。もし、彼が言う通り、もう少し早ければ、逆にもう少し遅くても、私はここに居なかった。

ギルバートによって召喚されたことは、私にとっては不幸だ。彼もそれをわかっているから、申し訳なさそうにするのだろう。


「私、ギルバート殿下を憎く思うんです。元の世界にも私の居場所はありましたから。それを理不尽に奪われて、とても腹が立つんです。」


「…はい。」


アルベール自身も理不尽に自由を奪われた身だから、よく分かるのだろう、憂いを帯びた目でこちらを見てから、ゆっくりと目を伏せた。


「…でも、召喚されたからアルベールに出会えて、…私、幸せなんです。」


「…トモエ」


アルベールが少し腕の力を緩めたので、体ごと彼に向き合う。赤い目が真っ直ぐこちらに向けられていて、再び力強く抱きしめられて、両腕をその背に回した。


「…貴女が失ったものの代わりにはなれませんが、私と共に生きてくださいませんか。…この場所で。」


元の世界に未練がない訳では無い。けれども私は、アルベールのそばにずっといたいと強く思うのだ。自分がやったことが正しかったのか間違いだったのか分からないし、後悔もしているけれど、その強い想いがあるから私はこの手段を選んだのだろう。


「…はい。…ずっとそばにいて、くださいね。」


この世界に召喚されたことをよかったなんて言えないけれど、アルベールに出会えたことは、私にとって何よりの幸運だったのだ。

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