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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編

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第6話 私と彼の誓い (9)

謁見の間を辞すると、別の部屋に案内される。そこでしばらく待ってから、ギルバートと二人きりで話をするためにまた別の部屋へと案内される。部屋の前までは私とアルベール、侯爵と案内の騎士が二人いたが、私一人のみが入室を許可された。


部屋に入ろうとすると、アルベールに手を掴まれる。どうやら一人でギルバートと相対することを渋っているらしい。ギルバート一人を指名したのだから、対等に此方も護衛を付けずと言われてしまえば、従うしかない。


「大丈夫ですよ。」


「……」


そう言って小さく笑って見せたが、彼は手を離してくれない。どうしたものかと思っていると、急に引き寄せられて、唇に触れるだけのキスをされた。突然の事に呆然としていたが、周りに人がいたことを思い出して頬に熱を帯びる。ヴェールで隠れているのでバレはしないだろうが、きっと真っ赤になっている事だろう。


「人前!ですから!」


抗議するも彼は悪びれた様子はなく、私の手に額を寄せた。本当に私のことを心配しているのだろう、握られた手を強く握り返して、もう一度大丈夫と口にする。


漸く手を離してくれたので、安心させるように笑ってから部屋に入った。部屋の中は既にギルバートの姿があり、固唾を飲んで彼と対峙する。


アデルバートがいない今、ギルバートが最も王位継承権が高いはずなのに、こうも簡単に二人きりになる機会を得ることが出来るのは、私が信を得たと言うよりも、余程、このギルバートが王から軽んじられているのか。若しくは、アデルバートが重んじられているのか。その両方か。

先程まではアルベールがそばにいたから、不安を感じても大丈夫だと思えたのだが、今は一人だ。自分の力でなんとかするしかない。


「私に何を望まれるのですか。」


抑揚のない声と、無感情の目がこちらに向けられる。アデルバートと同じディープブルーの目でも、これほどまでに違うものなのだろうか。無表情も相まって、まるで人形のようだ。


「…単刀直入にお願いします。あなたがアデルバート殿下にかけた呪い…その呪法を、お教え頂きたいのです。」


はっきりと、呪いの主はギルバートだと明言した。だが、少しくらいは動揺してもいいものだというのに、ギルバートは表情を変えることなく、微動だにせずこちらを見ている。肯定しないが、否定すらもしない様子に、逆にこちらが不安になりそうだ。暫く反応を待っていたのだが、いつまで経っても何も返そうとしてこない彼に焦れて、口を開く。


「…、驚きませんか?」


「あの黒の魔女に師事している方ならば、呪いをかけた主を看破する程度、容易いことなのでしょう。」


随分と買いかぶられているようだ。実際は、自力で判明した訳では無い。黒の魔女の呪いとアルベールにかけられた呪いを利用して、たどり着いた答えなのだが。


「…では教えて頂いても?そうすれば私も、このことは他言しません。」


「構いませんよ。」


「…え?」


「あの呪いは私がかけたものだと、公言しても。」


まさかの返しに言葉を失った。王太子に呪いをかけた、これは反逆罪とみなされてもおかしくないくらいに重罪だ。そうなれば、ただでは済まないと分かっているだろうに、構わないと言うのだろうか。

しかし、そこで気づく。それを公言するということは、黒の魔女の弟子である私がアフロート王国の王太子と繋がりがあるということも、知れる。そうなって不味いのは、こちらの方だ。


(…なんて役ただずなの、私…)


しかし、ここで諦める訳にはいかない。他になにか、彼から呪法を聞き出す為の交渉材料のなるものは無いかと考えを巡らせる。だが、新たな策を練る前にギルバートに動きが見えて、思考を止めて彼の方を見やった。


高級そうな服の釦が、上から二つ目くらいまで外される。この状況で、まさか脱ぐのか…と身を固くしたが、それはないようで安心した。そこから己の手を差し入れた彼は、丁寧に折りたたまれた紙を取り出す。…肌身離さず、持ち歩いているとでもいうのだろうか。むくむくと沸き上がったどうでもいい疑問は解消されることなく、折りたたまれたそれを広げてみると、両手を広げたほどの大きさになっていた。


「貴方が望まれているのは、こちらです。」


「…そのようですね。」


アルベールが書いたものと、よく似ている。彼が書いたものを使って私は呪いをつくりあげたのだから、これは呪法だ。アルベールにかけられた呪いは三つあるが、こんなに複雑な呪法を用いなければならないものではなかったので、これがアデルバートにかけられたものだろう。他にもなにか、大掛かりな呪いを別の誰かに使っていたのなら分からないが、ギルバートも一応は魔法使いだ、アデルバートにかけた呪いの呪法をと私が望んで、これがそうだと指し示しているのだから、信じていいだろう。


目の前に欲しいものをぶら下げられ、ああこの流れはいけないと冷静な部分が警告する。話の主導権が既にあちらに回ったことは明白だ、ただの一般人が王族を相手取るなど難しすぎた。この男は、アデルバートが大切すぎて彼に関わることならばなんでも頷く王とは違うのだ。


「私はこれを対価とします。」


ギルバートは無表情のまま、そう言った。対価ということは、彼は私に何かを望んでいるらしい。本来は、何かを得るために対価を支払うはずなのに、彼が差し出す対価を得るために私は彼の願いを聞き入れなければならない。


「…黒の魔女も、私も、気まぐれにしか願いを聞きいれません。何を望まれるのですか。」


負け惜しみに近いが、それでもまだこちらは断ることが出来るという虚栄は張る。それを気にする様子はなく、ギルバートは無感情に要求を告げてきた。


「そのベールをばずしていただきたい。」


「は…?」


要求としては、あまりに無価値なものだと思った。しかし、アルベールの言葉を思い出して、はっとする。決して、貴女の髪をあの者達の目に触れさせぬように。彼が言った言葉が復唱されて、ゾッとして血の気が引くのがわかった。


この男は、ベールで隠そうとしているものに予想がついているのだ。何故、と考えてみても答えは見つからない。けれど、こんな要求をしてくるのだから、確信めいているのだろう。


「…人目に晒すようなものでは、ありません。」


「だからこそ価値があるとは、思いませんか。」


見ることの出来ないものを見る、それは確かに十分に価値がある事だ。墓穴を掘ったと後悔しても遅く、何を言ったところで、彼は要求を変えたりしないだろう。


このギルバートの、異常な魔法使いヘレナ・ネルソンへの執着心。その息子である、彼女によく似ているというアルベールを三年間も捕らえ、その手段を得る為にアデルバートに呪いをかけたこの男の関心が、こちらに向けられている。

ヘレナと同じ色をした、この髪。まだ確信している訳ではないだろうが、それを目の当たりにすれば、この男は何かを仕出かすかもしれない。考えるだけで、酷く恐ろしい。


(どうしよう、どうすればいい?)


断ることは出来る。しかし、そうするとあの呪法を手に入れる機会は、この先ないと言ってもいい。アデルバートの呪いは解けないし、解けなければ、アデルバートにこの男を呪うことを黙殺してもらうという対価が得られない。それに、この要求はなにも無茶なことを言っている訳では無いのだ。


(けれど、怖い…)


今すぐ、ここから逃げ出したい。あの黒の森に、私が安心できるあの場所に。なにもない場所だけれど、あそこにはアルベールがいてくれる。何もかも放り出して、逃げだして、あそこに引きこもってしまえばいいのではないか。


(…アルベール…)


ずっと否定され続けてきた私の存在を、穏やかな笑みを浮かべて肯定し、受け入れてくれる人。どんな結果になったとしても一緒にいると言ってくれた、アルベール。彼と共に、平穏な日々を過ごしたい。そう思うから、こうしてここまで来たのだ。ここで怖気づいて、引き下がる訳にはいかない。


後悔してでもこの男に呪いをかけて、ヘレナへの執着心を、そこから生まれるアルベールへの執着心を封じ込め、この男の恐怖から逃れるのだ。


「…いいでしょう。それを対価に、このベールの下をあなたにお見せします。但し、私の風貌を無闇にひろめぬように。」


アルベールが警告してくれたというのに、私はこの髪をこの男の目に晒そうとしている。自分でも愚かだとは思うが、それでも私は退けない。この場にアルベールがいれば、きっとそこまでしなくてもいいと言ってくれるだろうけれど、私が諦めたくないのだ。


ベールに手をかけて、持ち上げる。すると、クリアになる視界にギルバートの姿が見え、その表情が信じられないようなもので、言葉を失った。初めて目に映した時からずっと、笑いも怒りも悲しみもせずに無表情を貫いていたというのに、今は目元が少し緩み、ほんの僅かに口角を上げている。ただ、私が黒髪だからという理由だけで。


この表情を、アルベールは向けられていたのだろうか。無表情な兄が、唯一自分に対してこんな表情を向けてくれるのだと思えば、アルベールが疑うことなくギルバートを慕ったのも無理はない。だからこそ、この男のアルベールへの仕打ちに怒りが湧く。


「さあ、対価を頂きましょう。」


ギルバートは、ゆったりとした足取りで近づいてくる。どくどくと、耳にうるさい程に心臓が高鳴る。これが理由をつけて、ギルバートに近付くことの出来る機会だ。あれを受け取って、ギルバートが背を向けたら、私は彼に呪いをかけよう。


差し出された紙を手に取る。ギルバートはそれから手を離し、これで私とギルバートの取引は完了した。この呪法を読み解けば、アデルバートの呪いを解くことは容易いだろう。後は、彼が私に背を向けて、その隙をついて呪いをかければ全て終わる。


しかし、そこでギルバートが思わぬ動きを見せた。受け取った私の手首を、手放したその手で掴んできたのだ。咄嗟に腕を引き振り払おうとするが、ビクともしない。


「…何をなさるのですか。」


内心恐怖でいっぱいなのだが、隠すように精一杯相手を睨みつける。しかし、ギルバートはそれを視界に入れてすらいないように、笑んでいた。


「二年前の召喚は、思わぬ邪魔が入ってしまいましたが…漸く見つけました。」


「…え…?」


今、ギルバートはなんと言ったのだろうか。彼の言葉に恐怖していた事すら忘れて、ただ呆然とその顔を見つめた。

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